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わたしがこわいと感じた話

 他書籍からの引用が多いことをお許しください。

 故草柳大蔵の詳しい経歴を知りません。ジャーナリストであったと聞いています。小娘の頃、よく草柳大蔵の本を読んでいました。テレビや週刊誌方面の氏の活躍よりも書籍での語りが印象深い人物です。

 草柳大蔵の本は大半失くしていますが、それでも覚えている内容や手元に残っている本があります。『草柳大蔵の人生21話』(大和人生文庫)の中に、「自己懐疑の回路が美しい人間をつくる」と題した章があります。

 草柳大蔵が宇野信夫という人の『話のもと』なる題の本の内容で、大好きな話だが、思い出してはこわくてぞくっとすると、あるエピソードを紹介していました。だからこの内容は孫引きとなります。長くなりますが、草柳大蔵の本から引用します。


『観世太夫が供を連れて歩いていると、ある道筋の家から謡いの声が聞こえてきたというのだ。太夫は、しばらくその声に耳を傾けていたが、供の者に「あの謡いを、とめてみせようか」といった。供の者は何のことかわからずキョトンとしていると、観世太夫は朗々と謡い出した。ほどなく、聞こえてきた謡いはぴたりととまってしまった……。

 じつは私、ここまで読んで観世太夫は厭味な男だな、と思ってしまった。プロだもの、うまいのがあたりまえじゃないか、大衆のひとりが家の中で謡いを楽しんでいるのを、なにも声を押しかぶせるようにして自らが謡い、ひとの楽しみを打ち(ひし)がなくてもいいだろう、心ないことをする男だと、苦々しく感じていた。ところが、話の続きがあった。

 またある夜、観世太夫が供を連れて歩いていると、別の道で謡いの声が流れてきた。供の者が聞きつけて、「太夫、この間のように、あの謡いをとめてごらんになりませんか」と、うながした。すると観世太夫はしばらく聞いていたが、「あれは、とまらない」といい、スタスタと歩き始めた……。』


 何故でしょう? また引用します。


『観世太夫は、なぜ、謡うことをやめたか。宇野氏の文章を引用しよう。

「前の謡の主は、まだ多少は芸のわかる人なので、太夫の謡をきいておそれ入って、口をつぐんでしまったが、あとのは、太夫がうたえば、負けずになおさら声を貼り上げることだろう――太夫にはそれがわかっていたのである」

 私など、物書きの端くれとして、こうして文章を書かせていただいているが、じつは観世太夫に「あれは、とまらない」といわれたシロウトのように、人間の心の奥にあるものに筆が届いているのかどうかも忘れて、ただガナリ立てているのではないか。ほかの人も書いているのだからと、さらに声を張り上げているようなところはないのかと、いちどに身体がだるくなるような思いがするのである。そのような虚脱感に通ずる自己懐疑は、しょせんは日常の自習の程度を上げることによって埋めるほかはないが、いくら自習しても人間には資質というものがあるはずで、どこかに「シロウトのバカ謡い」の響きが残ってしまうのではないか、それがおそろしいのである』


 こんなに引用したら怒られてしまうかしら?

 でもわたしがかみくだいた文章で紹介しても、このこわさは伝わらないと思いました。「自己懐疑の回路が美しい人間をつくる」の章はもっと長く続きます。自分のやりたいように好きなことをする風潮なってきているが、それでいいのだろうか、人間は不完全な存在であると言動を省みることを知るのが大事であるとその章では述べられています。しかし、冒頭のエピソードの印象が大きくて、わたしの頭の中から結論の内容が飛んでしまっています。

「シロウトのバカ謡いはとまらない」とは、なんとこわい言葉なんでしょう。

「夜郎自大」にならないよう、気取って衒学的な文章を綴って悦に入ったりしないよう、自分の文章を読み返す折、ふと思い出すお話です。

 ぞっとする、こわさがあります。

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