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「悲劇的な目」の女優

 シャーロット・ランプリング主演の映画『まぼろし』を観たのはいつだったでしょうか。少なくとも十年以上前、フランソワ・オゾン監督、シャーロット・ランプリングが組んでの映画で、宮城県では仙台フォーラムというミニシアターでの上映でした。

 シャーロット・ランプリングが演じるのはフランス、パリで暮らす女性マリー。長く連れ添った夫ジャンと共に五十代の夫婦。パリから海沿いの街に別荘があるので、自家用車で夫婦交代で運転してそこに遊びに行きます。休憩所でのコーヒータイム、別荘に着いてからの簡単な片付け、工夫はないけれどいつも通りのメニューの食事。子どもがいないだけで、安定した夫婦の関係が読み取れていきます。

 海辺に出て、砂浜にシートを敷いて、日光浴をして、マリーは持ってきた本を読みはじめ、ジャンは海で泳ぎだしました。いつの間にかマリーはうたた寝をしていました。はっと気付くとジャンの姿が見えません。海を近くから沖の方まで目を凝らしてもいません。通りがかりのヌーディストみたいなカップルにこういう男性を見なかったと尋ねますが答えはありません。

 マリーは救助隊に助けを求めます。

「ここは遊泳禁止ですよ」

「とにかくお願い!」

 救助隊の捜索にもかかわらずジャンは見つかりませんでした。マリーは独り、打ちのめされたように交代する者の無い状態で運転してパリに帰ります。

 パリの友人の晩餐会に招かれて、マリーは出掛けていきます。友人たちは事故を知っていても、マリーを傷付けまいとジャンの話題を出しません。ジャーナリストのヴァンサンという男性を紹介されます。家に帰ると、ジャンのまぼろしが現れ、「夕食会はどうだった?」とマリーに話し掛けます。

 マリーは以前と変わりないように日常を過そうとしています。

 マリーは大学で英文学の講義を受け持っています。講義の後、学生の一人が、「僕は海で救助隊のアルバイトをしていました。ご主人の捜索を手伝いました」と、声を掛けてきました。

「わたしは海に行っていないわ」

 とマリーは思わず答えます。

 家に帰ればいつもと変わらないようにジャンのまぼろしが出迎えてくれます。しかし、夫が生死不明の状態での不都合がだんだんと露わになっていきます。

 買い物でクレジットカードが使えません。計理士をしている友人の一人から、ジャンの口座が凍結されているからあまりお金を使わないようにと忠告をされてしまいます。

 ヴァンサンから会いたいと連絡があり、応じます。

 ジャンのまぼろしが、「ヴァンサンって誰だ?」と詰問してきます。マリーは「焼きもち?」と笑います。マリーはヴァンサンと情事を持ちます。がっしりとした体つきのジャンと違ってヴァンサンはどちらかというと細身、「あなたは軽いわ」なんて笑います。

 警察の調査の報告が度々来ています。また、養老院にいるジャンの母にも会いに行っています。マリーはジャンのまぼろしと暮らしながら、だんだんと夫の不在の現実を突きつけられていくのです。

 ヴァンサンは「あなたの夫の事故のニュースを知っています。そろそろ受け入れないといけない」と告げられますが、マリーは「あなたには重みがない」と突き放します。

 やがて医者に掛かった時に、夫がうつ病をマリーに秘密にして治療を受けていたことを知ります。


 ――夫は自殺したのか? それとも事故なの?


 養老院の姑にそれを告げに行くと、冷たく言われました。

「うつ病のことは知っていたわ。あなたとの生活に飽きて、冒険に出たのよ」

 マリーも負けじと言い返しますが、姑の言葉に打ちのめされます。

 その頃警察から夫らしき死体が発見されたので確認に来てくださいと連絡が入ります。時間の経過と海から発見なので、損傷が激しい状態です。カメラアングルで映っていませんが、マリーと一緒の警察官の様子から窺われます。損傷は激しいが法医学の観点からジャンに間違いないと警察から言われます。しかし、マリーは腕時計が……、始めは夫のものと言ったのに、すぐに否定して、この遺体はジャンではないと言い張ります。

 夫が行方不明になった浜辺に出て、マリーは一人悲しみに沈みます。

 遠くに人影が見えました。マリーはその人影に歩み寄っていきます。


 愛する配偶者が急にいなくなる、それも一緒の外出だけれど、マリーは海で夫の姿を見失っていました。それまで元気に仲良くしていた相手が戻ってこない、溺れたのか、それともどこかに行ってしまったのか解りません。死んだのかも生きているのかも、生きているのなら、どうして自分の許に戻ってきてくれないのか。精神の均衡が崩れそうになる、事情を知っているインテリの友人たちは強い忠告もできずにいる中、どんどん逃げ切れない事実が目の前に現れていきます。

 夫の死の受け入れ難さ。

 シャーロット・ランプリングは老いを見せ始めたその顔で、あまり衰えの見えないほっそりとした肢体で、演じました。

 かつてヴィスコンティ監督がシャーロット・ランプリングを「悲劇的な目」をしていると評しました。大きなブルーの瞳で観る者を魅了します。


『まぼろし』を良人と観にいったのですが、鑑賞後の感想がお互い違い過ぎました。二時間もののサスペンスドラマじゃあるまいし、あのヴァンサンが怪しい、何か知っているに違いないと言うのです。そういう傾向の映画でないってば。

 良人とヴィスコンティの『ヴェニスに死す』を観にいった時も、「男か女か解らないようなアレはなんだ」と、美少年タジオのことを言っていましたし、とあるフランス映画では眠かったが、隣の男性が涙していて驚いたと言ってもいました。良人とはコメディ要素のないヨーロッパ映画、特に耽美や倒錯要素のある映画や心理劇ものは一緒に観にいかない方がいいと決断しました。

 自分の好みとスケジュールの問題でもありますけど、『英国王のスピーチ』や『最高の花婿』、『美女と野獣』は一緒に観にいきましたが、『さざなみ』、『アデル、ブルーは熱い色』、『焼け石に水』、『ゼロ時間へ』、『彼は秘密の女ともだち』、『8人の女たち』は一人で観にいっています。

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