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消されたエース

 井上ひさしの脚本のお芝居で、実際舞台で観たのは『闇の咲く花』の一作だけでした。後はテレビや、その舞台の録画放送。『闇の咲く花』を観たのは短大時代。その時のポスターに劇の題名の『闇に咲く花』のほかに、「消されたエース」と言葉が添えられていた記憶があります。

 東北楽天イーグルスに田中将大が在籍していて、沢村栄治賞を受賞するとかしないとかのニュースがあった時、ふいとこのお芝居を思い出しました。

 沢村栄治は戦前というか、十五年戦争中の巨人軍の速球投手だと、昔、NHKで放送していた『おしゃべり人物伝』で紹介されていたのを観た覚えがあります。日米野球の対戦で、結果は日本の負けであっても、沢村の速球はベーブ・ルースたちメジャーリーガーに引けを取らなかったそうです。ところが、この沢村栄治は何回か従軍して、投手の命の肩を傷め、最期は戦死でした。

 戦争がなければ、と語られる人物の一人です。

 その沢村栄治賞の由来の人物は戦争に行って戦争で選手生命を断たれたんだってね、という話を良人としていまして、ついでに井上ひさしの『闇に咲く花』の話をしました。戦争に行った野球の優秀な投手が、行った先の島の住民か捕虜かを相手にキャッチボールをしていて、相手に怪我をさせて、虐待の罪で死刑になっちゃうは話だったんだよ~、と言ったら、中学校まで野球をしていた良人は冷静に言いました。

「エースが素人相手に本気球投げたら、虐待だ」

 普通のキャッチボールもできないわたしもそれには同意しますが、素人相手に野球のエースがキャッチボールをして怪我をさせて、その怪我の度合もありますが、戦争犯罪として死刑宣告される罪なのだろうか、その疑問は宙ぶらりんとなりました。

 井上ひさしの脚本ですから、戦争の悲劇の描き方はそこだけではありません。エースは愛敬稲荷神社の神主の養子でした。国家神道の戦時中の在り方の批判や、戦争に打ちひしがれても生きていかなければならない庶民の姿を描いていました。

 記憶の混乱を起こしていたエースは心と記憶を取り戻し、戦犯として引かれていきます。かつての野球仲間の親友や神主たちに、その後戦犯として処刑されたと語られます。エースを逮捕していった警官はその罰の重さに、逮捕を後悔しているような台詞を語ります。

『闇に咲く花』の舞台に行った時、舞台の端というか、一段下がった所に、ギターを持った男性がいて、ギターを爪弾いていました。この男性は謎の存在ですが、ずっとその場所にいて、ギターを抱え、芝居が始まる前から静かに演奏しているのです。

 終わりになってやっとこの男性がギターを弾く理由が判明します。劇中のアレコレで交代した地区の新しいお巡りさんが、鎮魂の為(詳しい子細を忘れました)に九九九曲を弾くと誓ってギターを弾き続けている男が、この男らしいと愛敬稲荷神社の神主や一緒に内職などを手伝っている戦争未亡人たちに語ります。

 お巡りさんは気軽に男に話し掛けます。

「何曲弾いたんだい?」

 神主は止めます。

「九九九曲とは、一生弾き続けるという意味だ」

 舞台が終わっても、男性はギターを奏で続けていました。

 戦争は人を直接殺すだけではありません。兵隊に取られていった人の別の人生の可能性も殺してしまう、それを忘れてはならないでしょう。

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