シェイクスピアの問題劇
シェイクスピアの戯曲には、悲劇や喜劇、歴史劇、ロマンス劇と呼ばれているもののほかに問題劇と呼ばれているものがあります。別に作者がシェイクスピアではないかも知れないとか、盗作疑惑があるとか言うものじゃありません。(シェイクスピアの戯曲には元ネタがあるものが何作かあると言われていますし、別人作、合作の説の戯曲は存在しています。また当時は著作権がないし、当たった芝居はドンドン真似されていくものでしたから、そーゆーのには直接シェイクスピアが対応していたでしょう)
内容や結末に苦さが交じり、すっきりとしない気分になる物語とでもいいましょうか。
昭和五十年代の後半にNHKでBBC制作の『シェイクスピア劇場』を放送していました。イギリスで、テレビ放映用に作成されたシェイクスピア劇で、『ロミオとジュリエット』のほかに喜劇を何本か観た記憶があります。興味があっても如何せん、年齢が中学生では歴史劇あたり(薔薇戦争は当時知りませんでしたから)は予備知識がなければ解らないので、観てません。『ハムレット』は主役の俳優が髭を生やしていて、まだおとぎ話の王子様イメージから抜けきっていないお子様で、「王子様なのにヒゲ生やしていて、おじさんだ」と、放映時間が長かった所為もあって始めだけ観てすぐ眠ってしまったような……。
問題劇の一つ『尺には尺を』は、番宣でシェイクスピア版水戸黄門と言っていたので観ませんでしたが、『終わりよければすべてよし』は喜劇だと聞いていたので、観ました。
観て思いました。それで仕合せになれるのだろうか。終わりよければって、これからの人生まだまだ先があるのにそれでいいのかしら。で、『終わりよければすべてよし』は実は喜劇ではなく、問題劇に分類されています。
多分、『終わりよければすべてよし』は観る人で感想は様々だと思います。特に、男性は。
物語は、一人の若い女性が片想いで悩んでいるところから始まります。ヘレナという女性はお医者さんの娘ですが、その父が亡くなり、とある貴族の未亡人に引き取られています。ヘレナは未亡人の息子、現当主であるバートラムに恋しています。未亡人もその周囲もヘレナを気に入っていて、バートラムと結婚させてもいいと考えています。
都の王様が病に臥せっていて、ヘレナは亡き父の遺した治療法と秘薬があれば治療できると、都に行き、王様に願い出ます。治療が上手くいったら意中の男性と結婚させてほしい、もし良い結果にならなければ死刑にしてもらっても構わない、と。
見事王様は快癒し、ヘレナはすっかりお気に入りとなりました。そして宮廷には独身の家臣が呼び集められます。ヘレナはバートラムを選びます。ところが、バートラムは若いから結婚しないでまだ遊びたいと考えていましたし、そもそもヘレナを好いていないのです。嫌だといっても、王様の命令です。結婚式だけは挙げました。式だけは。儀式だけ済ませて、そのまま戦争に行ってしまいました。
ヘレナは処女のまんま放っておかれ、バートラムから無茶な手紙を渡されました。
「自分の指輪を取ってみせること。自分の子を身籠ってみせること。それができたら良き夫になる」
傷心のヘレナは巡礼の旅に出ます。
戦場近くの街で、ヘレナはある母娘に出会います。その娘にバートラムが言い寄っているとの情報を得て、ヘレナは自分の身の上を明かします。母娘はヘレナに協力すると決めました。
娘ダイアナはバートラムに身を任せる条件に指輪をくれとねだります、お返しに自分の指輪を渡すから、そして夜灯を点けないで、と。
指輪を渡すのは勿体無いがうまく可愛い娘をモノにできたと浮かれているバートラム。
戦争で手柄を立て、巡礼中のヘレナは亡くなったらしいとの噂を耳にして都にバートラムは帰ってきます。ヘレナが亡くなったのなら、今度は医者の娘ではなく、れっきとした貴族の娘と結婚したいと申し出ます。
そこへダイアナと母がやって来て、バートラムは結婚の証に指輪を交換したんだよと、王様に訴えます。
バートラムはそんなの嘘だと言いますが、王様はバートラムの指にかつて自分がヘレナに与えた指輪があるのを見て、ヘレナを殺したのかと問いただします。
ドッキリが終わってネタばらし。ヘレナが姿を現します。貴方の言う通り、貴方の指輪を手に入れ、貴方の子どもを身籠りましたと、誇らしげに告げるのでした。
すっかり観念したバートラムは、ヘレナに愛を誓います。
「終わりよければすべてよし」の台詞でこの劇は終わります。
バートラムは果たしてこの女には何をしたって敵わないと諦め、大人しくなるのか、あれこれと企みを巡らす女だと仮面夫婦になってしまうのか、明るい未来が想像できない結末です。
『ベニスの商人』のシャイロックはただの悪人ではなく、ユダヤ人だって赤い血の流れる人間なんだと長台詞があり、少女漫画の『ガラスの仮面』でちょこっと出てきていましたが、演出次第で、シャイロックを被害者にすることができます。
解釈と演出を自由にしてのお芝居は楽しいと思いますが、問題劇はどのようにすれば面白くなるのでしょう。ヘレナの性格付けに工夫のしどころがあるのでしょう。
わたしなら、怖い女たちが男に首輪と鎖を付けるお話として、ホラーっぽくするかも知れません。
なお、蜷川幸雄の最後の演出『尺には尺を』をわたしは観ておりません。ご覧になった方、どんな演出だったのか教えてください。




