方向音痴なのに、道を尋ねられる
先日、用足しがあって仙台駅前まで出ました。用事を終えて帰ろうかとしているところに、見知らぬ年配の女性に話し掛けられました。
「七十七銀行はどこでしょうか」
手には地図というか、略図をお持ちでした。すぐ近くなのでしたが、近く過ぎて解らなかったという感じでしょうか。
「その先の大きな建物ですよ」
さして難しくない質問でよかったですし、その女性にとってもちょっと歩けばすぐ判明する場所でしたので、良かったです。
わたし、地図を読めないというか、方向音痴です。道順を聞いても頭に入らないです。右に、左に、東西南北、距離はどれくらいと説明されてもチンプンカンプン。それを昔、職場の人にお喋りで言ったら、相手の男性は一言。
「説明を聞いて、頭に地図が浮かばないの?」
道順を聞けば、頭に地図が浮かぶのですか。それは羨ましいです。わたしは目印になる建物や看板の順で右左折のタイミングを覚えるしかありません。数学苦手で、座標軸やら空間把握能力が恥ずかしいレベルのなので、地図が読めないってこういうことなんだと落ち込むばかりでございます。
それなのに、道を訊かれるのってなんでしょうねぇ。ただ単に困っている時に近くを歩いていたに過ぎないのでしょうか。
去年の十一月に奈良に行って、同窓生や恩師たちと正倉院展を見学する為にJR奈良駅前から路線バスに乗って、奈良の国立博物館で降りようと、座席から立ち上がると、前の座席に座っていた外国人から英語で話し掛けられました。手に持った地図を指し示し、ここはどこだと言っているのは理解できましたが、なんと答えたらいいのかと頭の中が真っ白。一緒に降りようとしていた同窓生が、“That is National Museum. ”と一言言って、わたしを促してくれなければ、バスを降りそびれるところでした。地図の指差していた箇所がどこだか不明ですが、こっちも急いでいたんですよう、有難う、○○さん!
うっうっう、それにしたって路線バスが止まって、ぞろぞろ人が降りていく中の一人であるわたしになんで話し掛けたのでしょう。
二十代の頃、泊付きの出張で東京に行った時、帰りの新幹線までまだ時間があるからと、八重洲口にある大きな本屋に行ってみようと、地下街を足早に歩いておりましたら、やはり出張中と思しき小父さんたちに呼び止められました。
「東京駅の△△はどこかな?」
わたしは荷物をいれたバックを持ち上げました。
「こちらも出張中ですので解りません」
地下街なんだから、店員さんに訊いてくれればいいのに、と思いました。
また別の泊付き出張で、泊まったビジネスホテルで、朝食場所の喫茶店で順番を待っていたら、ウェイトレスと間違われて声を掛けられて、「わたしも客です」と言い返したら、「おお怖い、ちょっと声を掛けたのに睨まれた」と言った失礼なオヤジもいましたなあ。(スーツ着てたのに)
また、小学生の高学年の頃に習い事に行く為にバス停にいましたら、自動車に乗っている男性から道を訊かれたことがありました。バス停側の道路ではなく、向かい側の道路に車を停めたまま、窓から顔を出して大声で尋ねてきたので、不審者ではなく、本当に道に迷ったのでしょう。(この時代にナビなかったですからね)
この程度、道を訊かれるなんてよくあるんでしょうか?
実家で与太話をしていると、父もよく道を尋ねられると言っていました。また、『本当にあった話』とかいうような読者投稿の笑い話を漫画化した雑誌で、電車で居眠りしていたら突然起こされ、何事かと思ったら、起こした相手は見知らぬ人で、駅や道を尋ねられた、起きている乗客は多数いたのに何故自分を選んだんだろうと不思議がっているお話がありました。
見知らぬ相手でも話し掛け易い顔ってあるのかしらと、悩む次第です。
道に迷っている方、わたしに尋ねられても正確に説明できない場合の方が多いですよう!




