生物学って面白いけど難しい
岩崎都麻絵「ああ、しばらくぶりだわ。なあに、あんた、若い頃読んだ本を引っ張り出してきて。『ウイルス進化論』、時々テレビに出てくる中原英臣センセと佐川峻という人の共著でハヤカワ文庫」
惠美子「説明的な台詞有難う。二十代の時に読んでも、難しいなあの感想でしたけれど、今回も難しいと思いました」
都「あんたは高校の時に生物を選択しなかったものね」
惠「そう地学を取っていました。でも理科の話は好きなのよ。
鎌状赤血球って、昔なんかの本で読みました。普通、赤血球って顕微鏡からの画像というか、映像だと、丸いじゃないですか。丸くて真ん中が少しへこんでいる。
丸ではなく、細長いような、鎌状の、鎌状赤血球と呼ばれる形の赤血球があるそうです。酸素をうまく運べなくて、その鎌状赤血球が遺伝している人は貧血になりやすい」
都「生活していくのに不利な遺伝的特徴があるのは何故でしょう」
惠「マラリアに罹った時に、重症化しないで済むのだそうです。その病理についての詳細は忘れちゃいましたが、マラリアが多発する地域ではその為に鎌状赤血球の遺伝的特徴を持つ人がいると統計にあると、本で知りました。
あと、確かNHKの生物の進化に関する番組で観たような気がするのですが、何故生物が繁殖するのに効率の悪い両性生殖をしているのかで、兎の病気を使って説明していた記憶があります。
オーストラリアでイギリス人が持ち込んだ兎が繁殖しすぎて、駆除しなくてはならなくなって、柵を設け、罠や狩りで追いつかなくなって、遂に兎の病気を兎に感染させて退治しようとなりました。上手くいったかのように見えました。しかし、兎にその病気に強い生き残りがいたようで、生き残りたちがその遺伝子を拡げる結果になって、また増えていってしまったのでした」
都「それはその病原菌が宿主を全滅させないように、弱毒化したのではないの?」
惠「それもあるのでしょうが、その番組では、両性生殖で、様々な遺伝のバリエーションを作っていたおかげで、病気に耐性のある個体が生き残り、そこからまたボトルネック効果の繁殖をしていったと説明されていました。
ミジンコなんかも普段は母が娘を産むという単性生殖なのに、環境に変化があるとオスが誕生して、子孫の遺伝子にバリエーションを出して、なんとか生き残りを作ろうとしていくというじゃないですか」
都「ウイルス進化論だか、赤の女王理論だか、パラサイト仮説だか、あたしには区別が付かないけれど、まあ、だいたい生物が生き残っていく上で、細胞とか遺伝子のレベルで、免疫を作ったり、繁殖相手の特性も取り入れた子孫を残したり、寄生虫やら病原菌に対抗していこうとしていることなんじゃないの?」
惠「ウイルス進化論は文字通り、ウイルスが生物の進化に影響を及ぼしているんじゃないかって話よ」
都「それはウイルスが生物か否か、もしくは切り離されている何らかの細胞レベルの部品の一部かとか、ちょー難しい論争が関わってくるんでしょ? 素人には論じられないわ」
惠「そうよねえ」
都「今の時点で、新型肺炎のウイルスが人類に何をもたらしているのかと言われれば厄災だし、オーストラリアの兎みたいに耐性を持つ人がいるのか、ネットニュースでちょこっと出てきているBCGの効果があるのか、まあったく解らないじゃない。軽々しいことは言えないわ」
惠「今、できることを成すしかないです。生き延びる為の守勢です。
後は多くのお医者様からの診察結果を元にして、今後に生かしていただくしかありません」
都「そうよ。生活を支えてくれる人たちへの感謝を忘れてはいけないし、またあたしたちも社会の一員なんですから」
惠「あなたはわたしの頭の中に住み着いているだけでしょが」