クリスティの小説の終わり方にあるクリエーターの性(さが)
アガサ・クリスティの『ホロー荘の殺人』は男女の愛憎や心理的なあれやこれやが入り混じったミステリの一品です。
被害者の妻の造形がわたしにとっては面白かったです。趣味が悪いと言われそうですが、恋愛ドラマに出てくる中ではどうも貧乏くじを引くタイプというか、やることなすこと鈍くさくて周りが保護してあげなきゃと気を遣っていて、それでいて頭は悪くはないので気付いてますますイジける面倒くさい性格。夫から時に呆れられつつも、ノロマナ亀ダロウトモ、スッポンのように喰いついて頑張っていました。
作品中のヒロインとも言える女性はまた別にいます。
ヘンリエッタというその女性は、事件が解決して、ポワロから「私は死者といます。あなたは生者の世界に戻りなさい」と言われ、事件の場から去ります。ヘンリエッタは彫刻家です。悲しみにくれながら、彼の女は「悲しみ」の像を頭の中で造形しはじめるのを止められません。
――私はこんな女なのだ。ただ悲しむだけができない。
物語はそう締めくくられます。
興味深い終わり方です。そして、何か共感を覚えませんか?
これはネタになるかも知れない、わたしだったらこう表現すると感じる瞬間がありませんか?
きっとクリスティ本人にもそんな経験が多くあったのでしょう。
世界に冠たるミステリの女王について素人のわたしがどうこう述べるのは烏滸がましいのですが、何かを創り上げてみたいと望む者として、強く感じ入る場面でした。ミステリの感心のしどころとしては完全にズレていますけど。
アガサ・クリスティの創り上げた名探偵の一人エルキュール・ポワロはイギリスに亡命してきたベルギー人の設定です。エルキュールはギリシア神話の英雄ヘラクレスのフランス語風にした名前です。クリスティが『スタイルズ荘の怪事件』でポワロを登場させてから、何作もポワロを探偵役にしての作品を書いてきました。クリスティ自身こんなにポワロシリーズを続けるとは思っていなかったのかも知れません。
ポワロの『カーテン』、ミス・マープルの『スリーピング・マーダー』を早いうちに書き上げ、自身の死後出版すると契約を結び、原稿を金庫に入れていたという有名なエピソードがあります。『カーテン』はクリスティの死の前年、『スリーピング・マーダー』は死後に出版されました。
――アガサ・クリスティは『カーテン』で名探偵ポワロの人生にカーテンを引いたように自身の人生にカーテンを引いたと、クリスティの死が報じられた――と当時の新聞が伝えていたとミステリの紹介本で読んだ記憶があります。
『カーテン』は幕引き、つまり名探偵退場でした。
小柄で卵型の顔にヒゲ、時に嫌味ったらしくて、甘い物が好き、フェミニスト、癖が強いけれど、妙に可愛らしいオジサン、オジイサンでもあります。




