烏にバカにされた話
あれはまだ三十代で、お勤めしていた頃のことです。外回りをしなくてはならず、職場の公用車を運転しておりました。車道のど真ん中で烏が何かをついばんでいました。ゴミかネズミかは運転席から解りませんでした。このまま車を進めると、烏の上を通ることになります。車高と烏の大きさからしてぶつかりはしないでしょうが、もしかしたらと思って減速しました。烏は車を見ましたが、全く気にしないでついばみ続けています。わたしはクラクションを鳴らしました。飛び立ちません。後続車がいないので、減速をしただけでなく、遂にわたしは車を停めて、またクラクション。
烏は知らん顔です。わたしの運転する車と烏に気付いた歩行者のおじいさんが車道に乗り出して、烏にしっしっとしてくれました。しかし、烏は相変わらずです。
仕方ありません。おじいさんに頭を下げ、わたしはブレーキからアクセルへと踏み変えて、車を発進させました。烏は無事のようでした。
難なく通り過ぎできるのに、この人間は何をしているのかと烏からバカにされたのかなぁと、しゅんとなってしまう出来事でした。
鳥類の中でも烏は頭がいいと言われています。実際に人の顔を記憶できるようですし、道具を使って狭い所から餌を取り出したり、滑り台で滑って遊んだりと、類人猿並みのことができると、動物特集の番組で観たことがあります。
そのほかにも、東北大学の観察で、烏が胡桃などの木の実を車道に置いて、車に轢かせて割った胡桃の実を食べると報告されています。火の付いた蝋燭を平気で咥えて飛んでいた、奈良公園で鹿の糞を拾って鹿にくっつけて遊んでいた、も聞いたことがあります。烏は蝋燭や石鹸の成分の油分をおやつのように好んで食べるのだそうです。
一月十五日の新聞を読んでいたら、烏の研究の記事が載っていました。鳥の脳の重さの比較がありました。ハシブトガラスが十グラム前後、ハシボソガラスで九グラム弱、ところが、鶏が三グラム超、鳩が二グラム……。
脳の重さですから、体格と脳の大きさの比較を考えたら……、三歩歩けば忘れる鶏と言われるのも理解できるような気がしてきます。
公園でよそさんの子どもが烏に石を投げようとしていたのを慌てて止めた覚えもあります。顔を覚えられて、後で見掛ける度に急降下で驚かされたり、後頭部を突かれたりしたらたまりませんものね。
賢い烏。三本足の烏――八咫烏は太陽のお使いとされたり、熊野神社の印に使われていたりと本来信仰のある鳥なんですよねぇ。ただ、こっちがバカにされていると感じるくらい賢いし、ゴミを荒らすばかりか、農作物や小型の家畜に害をもたらすから、知恵比べのように対策を考えなくてはならないのですよね。
烏をバカにしちゃいけません。