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実用書ではないレター教室

 長男が大学生の時の出来事です。長男は山形にある大学に通っていたので、わたしの実家に居候状態で誠に羨ましいキャンパスライフを送っていました。

 その折に、卒業研究で戦国武将の甲冑、主に兜の方の作り、デザインについて調べる必要があるので、山形市内にある『最上義光歴史館』に最上義光の兜を見せてもらえるよう依頼状を書かなくてはならないと、長男が言っておりました。

 千尋の谷から突き落とすことしか考えていないわたしは、文系ノ大学生ナラチャッチャト自分デ書カンカイ、親ニ訊クンジャナイと感じましたが、良人と居候にはメロメロと甘いジジババ(つまりわたしの両親)は書き方を教えてやれ、添削してやれ、と心配しているのでした。

 まず、お願いしたい旨と、都合の良い日はいつ頃でしょうかと、下書き書いてみろ、と言うておりましたが、頼りきっていてなかなか書き出そうとしません。

 そしたら、父が実用書を持っておりました。「手紙・ビジネス文書の文例集」みたいなやつです。ぱらぱら捲ってみると、ちゃんと見学の依頼みたいな文例がありましたので、そのページを開き、これを参考にして、こことここを入れ替えれば、立派な依頼状になる、と皆で教えてやり、書き上げていました。

 日頃、twitterやLineで遣り取りしているといっても、あの文面は口語であって、書き言葉ではありません。顔文字だか、スタンプだか知りませんが、お便り、それも第三者が目にする書面にそんなものは使えません。

 紙のmailを日頃から書く習慣のない輩は、緊張してしまうのでしょう。

 紙のmailと一家に一台の据え置きphoneの時代に十代を過した身には、ツールが多少変わっても、本質的なことは変わらないんだけどなぁと考えています。

 現在、家族がスマートフォンやパソコンを勝手に開いてメールをチェックしているようだとか、私信だったのに、ほかの人にもばれていたとかの悩み事相談は、昔から、家族が私の日記をこっそり読んでいるようだ、封書で来たのに私宛ての手紙を親が勝手に開けて検閲している、の形で存在しています。

 一応、手紙の書き方の注意には、特にラブレターの類は熱が入ってとんでもないことを書いているといけないから、すぐに出さずに一晩置いて読み直しなさいとか、受け取った人だけが読むとは限らない、勝手に開封する家族がいるかも知れないし、受け取った人がこれ読んでみてよと友人や家族に見せるかも知れないと、言われてきました。

 SNSの炎上騒ぎに、玄関先に貼り出せないような内容は送信しないこと、なんていう人がいますが、ムカシニンゲンからすれば、手紙は人前で読み上げられる可能性を想定して書かなきゃなあ、でございます。コピペ、拡散は昔の比では無いですが、井戸端会議や居酒屋での愚痴と違って、文字が残る怖さは変わらないでしょう。

 そうはいっても、お喋りと変わりない内容の手紙を出したり、電子メールを送信してから、てにをはがおかしかった、この形容詞や副詞の位置が変だったと後悔することも多いので、偉そうにはできません。

『三島由紀夫のレター教室』(ちくま文庫)は実用書ではなく、小説です。確か三島由紀夫の『文章読本』も読んだはずなのですが、内容を覚えていません。『レター教室』の方は、書簡体小説とでもいいましょうか、登場人物たちの手紙の遣り取りで構成されています。若い男女、年配の男女、狂言回しの青年、五人の登場人物が手紙で、あなたったら酷いわとか、この顛末はこうだったとか、すべてお手紙で経過が書かれているのです。勿論報告書のようではなく、怒ったり、嘆いたり、仲良しこよしの感情が描き出されています。

 当時しては体裁の悪いできちゃった婚の若い二人の仲をうまく取り持ったオジサンが、付き合いのあるオバサンに報告の手紙を出し、若い男性に執着を持つオバサンがあなただってあの娘にご執心だったじゃないと書き綴りつつ、このオジサン、オバサンもカップル成立かな? とハッピーエンドで終わります。狂言回しの青年は当時最新のカラーテレビを眺めつつ、もぐもぐしているのが仕合せなのだそうです。

 お耽美な小説ではなく、ユーモアものです。それでいて、困った時の手紙はこのように書くのだとお手本っぽく仕上がっているのが秀逸な作品です。終章の、作者から読者へ対しての手紙には、相手が自分の側に全く関心がないのを前提に書きなさいと記されています。手紙だと定型はありますが、その後ちゃんと読んでもらえるか大事なところです。また、小説の出だしだって悩みますから、文章を書き綴る時、念頭に置いておくべき言葉でしょう。

 三島由紀夫だと、戯曲作品の方ばかり読んで、『豊穣の海』や『仮面の告白』を読んでいないんですよ、と告白しておきます。

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