読書でのこと
生物学から見た男女の差、そして暴力について著述された本を紹介します。内容に触れる為に、暴力的な言葉、表現の使用、引用が出てきます。本能は理性や教育でコントロールできると、信奉している方々は多分がっかりする本です。
お嫌いな方は読まないでください。
とある時、といっても十六、七年ほど前、新聞広告で『男はなぜ暴力をふるうのか』という本を見掛けて、どんな本か読んでみたいと大型の本屋さんに行きました。題名からしてフェミニズムの本かと思い、社会学の棚を一生懸命探しましたが見つかりません。書店員さんにお願いして在庫を確認してもらいました。そうしたら生物学の棚から本を持ってきて、驚きました。えっ、よく見ると、サブタイトルに「進化から見たレイプ・殺人・戦争」とあります。
筆者はマイケル・P・ギグリエリ、アフリカで類人猿の研究しているアメリカ合衆国学者さんで、ヴェトナムで従軍経験もある人です。原書の出版が1999年、日本での翻訳出版がそれくらい前なので、書かれている内容や参考にされている研究や文献は1990年代のものです。(出版は朝日新聞社、翻訳は松浦俊輔)
本の冒頭、「はじめに」で、「本書は男と女、セックスと暴力についての本であるが、人々がこのような行動に駆り立てられる根っこにある、基本的な生物学的・文化的な力も探求する。ただ本書に政治的正当性を期待してはならない。政治と、人間性に関する偏見のない科学的考察とは、水と油のように相容れないものである。」と四行目から述べられています。著者はヴェトナム従軍から戻り、復員兵援護法の給付金を利用して、アフリカで類人猿の研究をしていた。その間のアフリカの政情不安や内戦で、命懸けでの逃亡をした経験もあるそうです。当然出身のアメリカ合衆国の銃社会や犯罪の多さも容赦なく俎上に乗せて分析しています。
三部構成となっており、第一部はルーツ、「1 生まれつき悪いのか」、「2 人形使い」、「3われわれはどんな生き物か」、第二部は暴力、「4 レイプ」、「5 殺人」、「6 戦争」、第三部は対策で「7 誰? 俺のことか?」、謝辞となっています。訳者あとがきで「6 戦争」と重複する内容が多い「ジェノサイド(民族的大量虐殺)」を省略したとありました。
第一部では人類はどのように進化していったか、そしてその中で身に沁みついている本能とは、男女でどのような差があるのかを問い、研究結果を述べていっています。
何故女性はよく笑い、嘘を吐くのか。男性は未経験の問や仕事を突然与えられても、知らないとは言わない。配偶者に求める条件がどうして男女で違いがあるのかそれは性淘汰の結果。哺乳類である為に、女性は妊娠と授乳の二重に子どもに投資するのは無理で、出産から乳離れまで時間が掛かり、食物を安定して得ていくのに男性からの協力が不可欠。その為に多くの縄張りや資産を持つ男性を望むようになる。男性は子を持つのに体力的な投資は少なく、より多く女性と交接できる。だからこそ機会を多く持ち、かつ自分の子である信頼性を得る為にも女性にほかの男性を寄せ付けないようにしなければならない。縄張り、資産を守り、女性に貞節を求め、従わせようと攻撃的になる。女性が愛想を良くし、嘘を吐くのは男性の暴力から身を守る一手段として発達したのではないか。
こういったことに無自覚、或いは目を瞑っているから、暴力事件は起こるのではないか。
第二部は、男性が女性をレイプする理由は、「性欲」。それだけ。レイプについて研究している生物学者の研究結果を援用しながら、人類社会は「一夫多妻制」が多い。男女はほぼ一対一の割合で生まれてくるので、そうなればあぶれる男性が出てくる。経済的にも外見にも恵まれない男性が女性と交接する手段がレイプだと結論付けている。宗教、法律、倫理上「一夫一婦制」でも姦通のない社会はない。学歴や資産のある既婚男性が性犯罪に手を染めるのは所謂「多妻」の機会を得ようしたから。
気持ちの悪い話さえ載せられています。保護され人間に養育されたオランウータンの雄が、保護施設の女性職員を性的対象と捉えて、襲い掛かりました。周囲に人間が多いので人間の女性をそのように見るようになっていたと考察されています。
そう、類人猿もレイプをする、チンパンジーは縄張り争いで戦争に似た殺し合いもします。
男性は男性の体面を傷付けられそうな場面で、自己を守る為に侮辱してきた相手と戦い、遂には殺人にまで発展してしまう、そんな分析が出てきます。女性が傷害や、殺人する場合と理由が違う(女性は保身そのものが行動につながり易い)
女性が子を害するのは、自分が子育てできないようなケース、大人が相手の場合は自分の交際相手を奪われそうになっているから。
男性の子殺しはもう交際相手の女性の子、これはライオンやある種の猿と変わりません。
戦争、かつては隣り合う村落やある地域で、食糧、水、境の争いから血族や顔見知りとともに戦っていました。男性は家族や友と、一致団結していました。
しかし、段々とその単位は大きくなり、国や大陸となると、赤の他人、顔も知らない同士が徴兵され、部隊に入れられます。それでもかれらは男と男の絆で結ばれ、敵と戦えるのです。
女性は男性と比べて友情に薄いと評されますが、国威高揚、愛国心の名の下に肩を組んで突撃していく友情の在り方なら要らないと言う人たちがいるかも知れません。
第三部の対策はそれまで述べられてきた内容に比べれば短すぎ、大した提言とも思えません。男性の攻撃的で、性欲が女性より強い本能をきちんと知っていなければ、そしてどういった行動が自己と利他にとっていいか知らなければならない。そして1990年代、つまり9.11以前のアメリカ人らしく、普段は紳士的、協調的であるが、ひとたび攻撃を受ければ、断固として報復する態度を表明、或いは実行しなければならないと考えています。
女性が護身用の銃を持っていたから、レイプ犯を退散させたとか書かれていると、ほう、そりゃアメリカじゃそうだよね。レイプにしろ、泥棒にしろ、快楽殺人犯にしろ、自分が反撃されて怪我したり、最悪死んだりしたくないのは人間として当たり前だから、相手が銃を構えたら、逃げるでしょう、としか言えません。
さて、ホモ・サピエンス・サピエンスとチンパンジーとのDNAの差はほんのわずかと解明されています。類人猿と人間の頭の中、性欲も行動も大きな差が無く、むしろ近いくらいなんだようと書かれた本を読むと、人類の英知、理性って進歩しているのかと、不安になってきます。