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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

空白

作者: たん

昔からそうだった。

思えば物心ついた時からずっと。


「あら〜凄いわねぇ、(お兄さん)は。」


いつも褒められるのは(そら)で、俺にはそのお零れすら与えられなかった。


成績優秀、運動万能、統率力もあるカリスマ性を持つ上に、おまけに顔まで男らしい凛々しい顔立ちときた。

みんなの関心が兄に向くのが当然で、嫉妬や憎悪の感情を持つ事自体烏滸がましいと思える位に完璧な人だった。

でもそれだけの理由じゃない。


「兄さん!」

「ん、どうした?」

「校内順位がやっと二桁に入ったんだ!」

「おぉ、よく頑張ったな。」


兄はとにかく俺に優しかった。

誰も見てくれない、俺がいつもよりも点数のとれたテストや、少しだけ良くなった成績表を見ては喜んでくれた。

よしよしと撫でられながら見るその笑顔が当時唯一俺に与えられたご褒美だった。


兄に褒めてもらいたい。

その一心で唯一伸び代がありそうな学力を高めることに必死だった。

そうすれば成績は自ずと上がっていって、遂に俺は兄のいる大学に入学する事が許された。


「入学おめでとう。」


そう言ってくしゃくしゃと撫でてくれた手に、俺は入って良かったと、その時は思っていた。




◇◇◇




(はく)。」

「あ………兄さん。」


大学構内のカフェテラスで1人昼食を食べていれば、聞き慣れた声が遠くから聞こえた。俺はその声を聞いた瞬間に、顔を俯かせる。いつの間にか癖になったこの習慣は、痛いほど浴びせられる周りの嫉妬や憎悪の視線を幾分か減らしてくれるのだ。


「今日は講座が長引かなくて良かった。」


トレーを持ったまま俺の隣に自然な動きで座る空に白は気まずそうに目を逸らした。

みんなに愛されてるとは知っていた。だけどまさか昼食を一緒にとるだけで睨まれる程だとは入学当初知らなかったのだ。


『一緒に大学でご飯食べてみても良い?』


入学のご褒美に1つだけなんでも叶えてやると言われて浮かんだのがまずそれだった。

小学校から既に人気者だった兄に近づけず、高校は学力が足りなくて別だった為、兄と兄弟らしい事をしたことがなかった。

日常では両親が一緒にいるのを避けたがるので、一緒に食事もとれない。

だからちょっとした夢だったんだ。


『空が昼食の誘いを全て断って弟に付き合わされているらしい』


そんな噂がある事に気がついた時は、既に昼食を2人で食べる習慣が身についてからだった。


別に奪いたかったわけじゃない。

ただ一度で良いから兄弟らしく喋りながら食事をしてみたかったんだ。


でもそれは俺のエゴだったんだろう。

俺は机の下で密かに拳を力強く握りしめた。

今日こそ今まで言えなかった決意を伝えるために。


「兄さん。」

「どうした?」


声が若干震える。

喉がカラカラに乾いていて、舌が張り付きそうだった。

そんな白に、特に訝しむような素振りを見せず、箸を止めずに首を傾ける空。


「あの、さ………」


言わなきゃ。

言わなきゃいけないのに。

いざとなると、喉につっかえたように言葉が出てこない。


「何かあったか?」


流石に箸を止めて、不思議そうに真っ直ぐこっちを向く空。


「俺………」




◇◇◇




『勉強辛いから大学変えるよ。今まで本当にありがとう。

気兼ねなく友達と昼食を楽しんでください。』




最低限の事だけを書くと、白はスマホの電源を落とした。

大学の編入手続きは済まされていて、一人暮らしの部屋も今日いっぱいで解約される。

親が、2人一緒は嫌だと別に暮らさせていたのは思わぬ所で良い方へと転がった。


結局、顔を見て直接言う勇気は結局出なかったのだから。


「これで負担にならずに済むかな?」


俺はぼそりと呟くと、ほんの少しの間お世話になった部屋をざっと見回す。

これできっと兄は本来の友人関係を取り戻せるだろう。それに周りの人たちのストレスもきっと減って穏やかになるだろうし、俺は本来いるべきの大学に戻る。一石何鳥するんだろう。


そう思って出た。











……………つもりだった。







「まさかアパートの解約までしてたとは……な。」


そこにはいるはずのない人物の声に、白は目を見開いた。

彼と俺の一人暮らしの場所は数十分程度で来れるものじゃない。

それをわかってて、さっき連絡したんだ。

気づいても止められない。そんな絶対的な確信があった。

なのに……


「なんで……兄さん。」


そこには空がいた。

今まで見た事もないような形相をして。


「閉鎖的な空間から出られて、俺には飽きたか?」


俺の問いには答えず、空がジリジリと近づく。扉を開いたまま固まっていた俺の手を掴むと、そのまま別れ損ねた部屋へと戻される。


「だけどな……」


後ろでバタンと閉じた扉の音がした。

それは俺の逃げ道を塞いだ重い音だった。

なのに、まるで鳥籠の鍵をかけたような音にも聞こえた。











「俺はお前を手放すつもりはない。」









その後とある話題が大学を密かに賑わせた。


「ねぇ、聞いた?空君のあの弟、行方不明らしいよ。」

「空君、弟いなくなって悲しんでるだろうね。」

「それが最近妙に嬉しそうなんだよね。この間聞いたら『家の猫』のために早く帰るんだ、って笑顔で。」

「へぇー、執着してたのは気のせいだったかなぁ。」


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