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Desperade~ならず者~  作者: おれごん
2/2

別れ

「今日のところはここまで・・・」教授の声で授業が終わった。

(ようやく今日の授業も終わり、さあ彼女とランチだ!)

雅幸は、小走りしながら会館へと向かった。

歴史を感じる外観は、レンガ造りでところどころに戦闘?の跡が残るこの会館は坂の途中にある。駅から歩いて坂を上ると、一番手前だが授業を受ける各建物からは反対に下ることになる。蔦の絡まる・・・が、お似合いの会館は、学生たちの待ち合わせ場所としてもわかりやすいのでよく利用される。

雅幸が坂道を下ってゆくと、遠くからも宣子の姿がはっきりとわかった。なぜなら、彼女はスカートだから・・・。この大学でスカート姿の女子は結構珍しいのだ、何故かはよくわからないが。

「ごめん。待った?」雅幸が声を掛けると「ううん。今ちょっと前についたところ」あどけなく笑う。

「行こうか、ここの学食の特ランチが好きなんだよね俺。」雅幸が言うと、

「私は初めてなんだ、いつもはお弁当作ってたから。」宣子が答えた。

「学食は初めてって事?」「うん」そんなやり取りをしながら、券売機へ向かう。

雅幸は特ランチAを、宣子はてんぷらうどんを、それぞれ選んでカウンターへ並ぶ。

「なんか、新鮮だな」

宣子は、新潟の学校を卒業して上京してきたからだろうか、このような大きな食堂に入るのも初めてらしい。雅幸も入学したての頃初めて入ったときには、その広さと快適さに驚いた。

「やっぱり大学は高校とは違うよね。何もかもがスケールが大きい」と雅幸が話しているうちに

「ほら、中川君の特ランチAランチもう出来てるよ!」宣子に催促された。

「私はうどんだから、あっちだ」

さすがに多くの学生が利用するだけあって、調理をする人、サービスする人も多いのでチケットを購入すると直ぐにカウンターに料理が用意されてくる。

「席取っとくね、窓際で」雅幸が声を掛けながら、場所取りに窓側の席を目指して歩いていった。


(なるべく静かな窓側がいいな)

雅幸は、大学に入って初めての女性とのランチデートに高ぶっていた。

「渡辺さん!ここね~」宣子がわかりやすいように、大声で叫んだ。

彼女は、少し恥ずかしそうに雅幸の元へとやってきて

「中川君・・・声大きいね。ちょっと恥ずかしかったよ」顔を真っ赤に染めて言った。

「ごめんね。ここ夜はちょっとしたコンサートとかでも使えるように防音設備もあるくらいだから、つい大きな声で叫んじゃった」照れ隠しをしながら答えた。

「いただきま~す」

そう言って、箸を取ると夢中で食べてしまった。(気づいたら腹へってたんだな)

「はや~い」驚きながら「ゆっくり良く噛んで食べないと」と宣子。

その言い方がまるで母親のようにも聞こえたので「はいはい」おどけながら雅幸が応える。

「高校まで部活だったりで、食事をゆっくりすることも出来なかったから、つい早食いに・・・」

雅幸は、本当に食事するのが早かった。食べるというよりも飲む・・・という感じに。

「私は田舎育ちだし、よく母に怒られてたから・・・」そう言いながら、美味しそうにうどんを頬張った。

「食後のコーヒーでも飲む?」

「そうだね」

窓際から眺める景色は、眼下に野外音楽堂がありその先には都心の風景が一望できる。

雅幸は昔から高いところが大好きだった。霞ヶ関ビルが完成した時に、父親に連れて行ってもらった事があり高層ビルへの憧れもあったのだろう。

「ここの景色が大好きでね・・・。」雅幸は遠くを眺めながらそう言った。

「私も山とか畑とかは毎日見てたから飽きてるけど、こういう景色は素敵だね」宣子が雅幸を見ながらそう答えると「今度は夜景でも見ながら飲みに行きたいね」と雅幸が誘ってみた。

「いいよね~行きたいな」宣子が嬉しそうに答えてくれたのを見て

(よし、今度は夜だな)雅幸が心の中でガッツポーズしていた。

「じゃあコーヒー飲みに行こうか」そう言って、席を立ち後片付けして会館を後にした。

(どこにいこーかな?)雅幸は、落ち着いた喫茶店を頭の中で検索する。駅の近くにも喫茶店はあるが、出来れば人に見られたくない・・・。そんな思いもあったから、新宿へ出ることにした。

「新宿に知り合いの隠れた喫茶店があるんだけど?そこでいい?」と聞いてみる。

「うん。帰り道だからいいよ」明るく答えながら、一緒に坂を下ってゆく。

坂を下りながら、セミナーの時の話とか思い出話に花を咲かせていった。


駅から急行で新宿へ・・・。東口を出て地下街サブナードへ向かう。

このサブナードの中のジーンズショップの裏手に隠れた喫茶店があったのだ。雅幸が高校時代に部活を引退した後、クラスの同級生に良くつれて言ってもらったことのある名前もない喫茶店。普通の人では入り口さえもわからないであろうその喫茶店には、山田さんという姐さんがいてよく色々な相談相手になってもらっていたのだ。

「こんにちは、やまださんお久しぶりです!」雅幸がそう言いながら店に入ると・・・

「やっほー」そう言って、山田姐さんが微笑んで迎えてくれた。

「あら、今日は一人じゃないのね・・・」姐さんは少し驚き加減に続けた。

「うん、大学の同級生で渡辺さんです」「よろしくお願いします。」

「初めまして、渡辺といいます。よろしくお願いいたします」丁寧なご挨拶をすると、姐さんはちょっと冷やかし気味に「雅幸の彼女?」とおどけて言った。

「やめてよ姐さん!そんなんじゃないから・・・友達だから」慌てて否定すると、カウンターへ腰掛けた。

「・・・・」宣子は黙って微笑みながら、隣へ座った。

「ジョーダンヨ」姐さんは少し食傷気味に言いながら「今日は何にする?この時間じゃ昼も済んでるんでしょ?」といつもの調子でオーダーを聞いてきた。

「彼女と一緒に学食で食べてきたんだけど、ちょっと物足りないからトースト食べようかな?」

「彼女はどうする?」姐さんが聞くと

「じゃあ私も!」と宣子の意外な答えに雅幸は驚いた表情で姐さんと顔を見合わせて笑った。

「トースト二枚」「飲み物は何にしますか?」と宣子に声を掛ける。

「私は、ブレンドで」と宣子が答えると「僕はアイスで」と雅幸が後を追う。

「了解!」姐さんが答えると、雅幸はこのお店との馴れ初めを宣子に話して言った。


元々、高校の同級生の上野がここを教えてくれたのが初めてだった。

あれは、3年の夏のインターハイ予選で負けて引退した直後だった。ある日、バレー部恒例の夏合宿で後輩への引継ぎ式が終わり晴れて引退。8月の後半の土曜日に皆で後輩の練習に体育館を訪れたときだった。

練習を終わって学校から帰るときに、上野が「帰りにサ店行かない?」と声を掛けてきた。

「サ店?」雅幸が訊くと、「喫茶店だよ」笑いながら上野が答えた。

「あ~いいよ」そう答えて、この店に連れて来られたのだ。

後で知ったのだが、上野と仲の良い同級生の元付き合っていた彼女が山田姐さんだったらしいことを・・・

そんなことで、ここでは高校生でもタバコが吸える内緒の店だったらしい。

(タバコなんて吸ってたら、バレーも出来なかったと思う)雅幸はそう思った・・・。

「お前はキャプテンだし真面目だから、引退するまでは教えなかったんだ」少し真面目な顔つきで上野が事情を話してくれた。(正解だな・・・)雅幸は内心そう思った。そのとき来ていたら、きっとタバコも吸っただろうし、入りびたりになったと思うからである。

そう、雅幸は意志が弱いところがあるから・・・。誘われると断れない性格だから。善い事も悪い事も。


「姐さん久しぶりです。皆はたまには来てますか?」雅幸が訊くと

「最近、皆来てないな」と答えながら、ふっと寂しそうな横顔が見て取れた。

「今度また皆できますね」明るく振舞いながら言った。

(やっぱり高校を卒業してそのまま就職したからな、上野たちは)

彼は実家が魚屋だったこともあり、高校を卒業して業界を学ぶためスーパーの鮮魚売り場で修行中だった。

「あたしもいつまでこの店やってるかわからないからね・・・」姐さんがつぶやきながら、出来立ての分厚いトーストを運んできた。

「え~姐さんこの店辞めちゃうの?」焦って雅幸が聞き返すと

「私だって年頃なんだから、そろそろ落ち着かないとね。いつまでもバカやってられないからね」

そう言いながら、淹れたてのコーヒーを持ってきた。

「すごい厚切りですね。美味しそう」宣子がそう言いながら頬張る。

今思い返しても、ここのトーストは何故かメチャクチャ美味しかった。

(久しぶりだな)

雅幸も「いただきま~す」そう言ってトーストをむしゃむしゃ食べた。


「ほんと、美味しいね。このトースト」宣子が言った。

「でしょ。ホントに姐さんのトーストは一番うまいんだよ」雅幸が言うと

「ありがと」姐さんが嬉しそうに笑った。

あっという間に食べ終わると、姐さんがニコニコしながら

「宣子さん、雅幸と仲良くしてあげてね」と突然言い出した。

「突然何言うのかと思ったら・・・」雅幸が怖気ずくと

「だって、今まで一度だって女の子連れてお店にきたことないじゃん」冷やかし気味に言ったので

「男子校だったし、女の子いないから・・・」と言い訳気味に答える雅幸。

それから彼女が新潟出身で、セミナーで一緒になったことなどを事細かく説明した。

「あたしもね・・・」今度は姐さんが生い立ちを話してくれた、このお店の歴史も含めて。

今まで一年近く通ってきたけれど、そんな話を聞いたこともなかったことに気づいた。考えてみればここにくるといつも自分のことしか話していなかった。学校での嫌な出来事や面白くないこと。バレーの話や先生の嫌み等、相談することはあっても姐さんのことが話題になることは無かった。

(人に歴史あり。か・・・)

「姐さんもがんばってきたんだね」

「あんたもがんばりなさい!宣子ちゃんを大切にね」姐さんはそう言うと「ガハハ」といつに無く大きな声で思い切り笑った。何かを吹き飛ばすように・・・

考えてみたら姐さんと話したのは、この時が最期になった。

半年後にもう一度、この店を訪ねたとき・・・既にお店は閉店し、姐さんが亡くなってしまったことを後から友人に聞いた。そんなことも気づかなかった自分を恥じた、恨んだ。

気付いた時には、自分も環境が大きく変わり宣子とも疎遠になっていた・・・。






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