first 始まりの詩
二〇二六年、八月四日に世界は事実上、破滅を迎えた。
原因は世界中に突如現れた『化け物』による襲撃。
世界各国の軍隊があらゆる方法で攻撃しても倒せず、最終的には【核】を使っても『化け物』を倒すことはできなかった。
その結果が、世界人口は半分以下になり、一歩でも外に出れば高濃度の放射能が襲い、『化け物』を除く、生命体が死に絶える絶望の世界へと変貌を遂げた。死を免れた人類は、南極海の底に超大型のドームを作り上げた。
そして、『化け物』に対抗するための力『ガイア』を与えられた人間が現れた。
その『力』を与えられた内の一人が―――
この俺、瀬良陽太だと思わなかったが。
「これから報告会議を始める」
黒の軍服に身を包んだ少女はテーブルの上で手を組み、会議を始める。
「それでは、私から。昨夜二時四分頃にて、旧東京都世田谷区にてヒトガタを十三班が発見し、応戦するもヒトガタは逃亡しました」
「……ヒトガタ」
紺色の軍服を纏った筋骨隆々の中年男性が小さく呟く。それに少女は「どうした」と聞くと中年男性は「いえ」と前置きし、
「旧青森の方でもヒトガタを発見しました。九班と一班が応戦するも死者四人、負傷者六人と被害が大きくなりましたが、なんとか倒すことができました。それと……ノイズが現れました」
中年男性が最後の部分を付け足した途端、部屋の空気が凍った。
「それは本当か?」
「本当です。40メートルのヒトガタ、あれは間違いなくノイズです」
小柄な少女は小さく舌打ちすると、
「どこでそれを?」
「こちらに戻る途中でしたので、旧宮城です」
「ヒトガタとノイズ…。早急に対処しないとダメそうか?」
中年男性は髭の生えた顎を触りながら、
「一応は大丈夫かと」
「分かった。メンバーは五班と七班と私達、二班で二日後に旧宮城に向けて出発だ」
黒の軍服に身を包んだ少女が言うと全員が静かに頷く。そして俺は静かに手をあげ、
「……瑞希大佐。それは俺も行くんですか? 出来れば行きたくないんですが」
正直行きたくない。
「外が怖いから行きたくないと? バカ言え、力はあるのだから来てもらうぞ」
「(´・ω・`)ショボーン」
知ってた。
「他には報告とかはあるか?」
「はい」
白のコート(このご時世、とても珍しい)に身を包んだ男性が手を上げる。
「比叡メイが長崎にてノイズ掃討作戦実行中にて行方不明になりま――」
「比叡メイなら大丈夫だろう。もし、ヒトガタに囲まれても『絶対』に無傷のまま戻ってくるだろう」
部屋にいる皆が「またか」とあきれを顔に出しながら頷く。
彼女なら……一人でノイズを相手にしても死なないで戻ることぐらいは出来るだろう。
「以上で報告は終わりか?」
少女は辺りを静かに見渡し、
「よし、以上だな。第六回、報告会議はこれにて終了。解散。瀬良陽太と萩吾康太郎は第三会議室に向うように」
皆が部屋を出ていくのを少女は見届け、八分程度で部屋の中に『存在』する人影は小柄な少女だけになり、少女は思いつめた顔で胸元から一つの携帯電話を取りだし、耳元に当てる。
すると、向こう側から楽しげで、全てを嘲笑うような声が聞こえてくる。
『……最近はどうだい? 瑞希大佐クン』
「…、とても最悪な気分だ。このクズが」
『おやおや、怖いね。―――君が、そこに、立って、いられるのは、私が、いるから、なんだよ?』
携帯電話の向こう側の声の主は一区切りずつ分かりやすく、怖く、脅しながら、言う。
「何が言いたい?」
『要するに、私は、君を、そこから、いつでも、落とせるんだ。私の、権限、で、ね』
「……」
『おっと冗談だ。私は、君が、好き、だから、そんなこと、はしないよ。君が、ちゃんと、私の、命令を、聞いて、いれば、ね』
変わらず一区切りずつ分かりやすく言うが、ここまでくると異常な『狂気』としか思えない。
「その命令が―――彼、瀬良君の持つ『能力』調査の事。ただそれだけで、瀬良君をノイズと戦わせて何が」
アレは『一体』何を考えているのか、少女には『何も』分からない。
『ほう? 瀬良君、とはいい感じに言うじゃないか。愛しきその瀬良君には―――』
「お前が瀬良君の名前を言うな」
少女は声を殺しながら言うが、アレは「あーこわーい」と一向にふざけた態度のままだ。
『ああ。本当に怖いな。だけどそこが愛らしい。話を戻すよ。彼には、ノイズと、戦って、もらい、彼の、持つ『能力』を、報告するのが、私が、君に、与えた、命令、だ。別に、彼が死んでも何の支障もないからね。死んだら死んだ、その時はその時だよ』
「……本当に、クズだ。お前は」
『いい加減に、クズやお前じゃなくて【お父さん】と言って貰いたいんだけどね。瑞希』
「死ね。―――萩吾、大和総司令」
少女は一言付け加え、電源をプツリと一方的に切断すると、少女は手を胸に当てながらしゃがみ、彼の名前を口にする。
「―――瀬良君。ごめんね」
その少女の言葉は誰知れず部屋の中に消えていった。
「ヨータは本当に外に出るのが嫌いなんだな」
黒髪の短髪で、着慣れない黒の軍服に腰元に二刀の日本刀を携え、一見すれば背の小さい少女にしか見えない風貌の少年だ。
その少年は上目遣いで俺を見つめ、俺は少年の顔を見ながら長いコンクリートの床を歩く。
「当たり前だろ。わざわざ外に出てヒトガタとノイズに襲われに行くような真似をしないといけないんだか」
右目に黒の眼帯を着けた少年は「そりゃそうか」と眼帯に手を触れながら笑う。その横であきれ顔の俺。
外に出ればヒトガタ、運が悪ければノイズとばったり遭遇する災厄な世界で笑いながら外に出るようなヤツはいないだろう。
いや、一人いたな。あの戦闘狂がそうだった。
「それにしても、康太郎が二班に配属されるとは思わなかったな。なぜこっちに緊急配属されたんだ? お前は『本部』に配属されてたはずだが」
「ああ、それね。それの理由は姉ちゃんがこっちに来るように本部の上層部に言ったからだよ。あっちはかなり渋ってたらしいけど」
「ふーん」
本部―――南極海の底に作ったドームの都市を統括している支配者…と言いたいのだが、実際は形だけだ。偉そうに命令して、のんびりと昼寝をしている奴らの集まりと言えばいいのだろうか。
「まあ、ここに来た理由がなんとあれ、久しぶりにお前に会えてよかった」
「そう言われると案外嬉しいね。っと、着いたよ」
大人が四人並んでも余裕がある廊下を康太郎と話しながら歩くこと二十一分、俺ら二人は一枚のドアの前に立っている。
ドアの横に掛けられているプレートには『第三会議室』と書かれている。
「それでなんだが、俺らってなんでここに来るように言われたんだ?」
「いや、知らないが…。またヨータが遅刻したからじゃないか?」
「「…………さっぱり分からん(ないや)」」
怒られる関係ならドアを開けて雰囲気を確かめた瞬間逃げよう。そうしよう。
ドアノブに手を掛け、少しづつ捻る―――が、俺と康太郎の予想を全て裏切った。
「呪われた血は!」
「「「「粛清せよ!(バタン)」」」」」
………………黒の法衣を羽織った数人が手に分厚い本を持ちながら床に魔法陣を書いているのを見た瞬間、俺と康太郎は勢いよくドアを閉めた。
「なあ、ヨータ。俺らが来たのは第三会議室だったよな? もしかしてだけど、姉ちゃんは俺らを黒魔術の生贄にでもする予定なのかな」
「……いや、分からないな」
俺と康太郎は数秒ほど見つめ合い、こくりと頷き再び手をドアノブに掛けて捻―――
「「イタッ!?」」
―――った瞬間、後ろから何者かに蹴られ俺と康太郎はドアを押すように倒れる。
ドアは勢いよく開き、どさりと部屋の床に倒れこむ俺と康太郎。床に書かれていた魔法陣は何事もなく綺麗に消され、テーブルを並べられ、黒の法衣を羽織った不審者はさっきまで何事も無かったかのように並べられた椅子に座っている。
「……一体、コソコソとドアの前でなにをやってるのかしら」
何度も聞いたことがある、透き通るように高い声。俺はなんとなく脳裏に一人の少女の姿を思い浮かべ、口を頬に寄せながら振り向く。
「……てっきり、ノイズに潰されて死んでるかと思ったよ。比叡……!」
「相変わらず、その死んだ魚のような顔をしてるかしら。その顔を残すくらいならさっさと死んだほうが国、世界の為かしら―――瀬良」