zero 夢現
瀬良陽太【セラ・ヨウタ】は太田東高校に通う二年生だ。
運動神経も良いとは言えないし、勉強も決して出来るとは言えない、これと言って自慢出来る特技も一切ない、どこにでもいるような平凡な一人の人間だ。
瀬良陽太は―――この憂鬱な毎日に退屈をしていた。
陽太は常に口にする。
「退屈だ」
毎日毎日、椅子に座って机の上に必要最低限の筆記用具と教科書を置いて、黒板を見ながら教科書とチョークを手に黒板に文字を書く先生の話を聞きながらノートに落書きし、先生に指されたら教科書を手に椅子から立ち上がって読む。
これの繰り返しだ。
所詮、退屈以外を求めるのは傲慢ではないか? 中学二年の頃の陽太は、その一つの『答え』に辿り着いた。その『答え』に辿り着いて以降、憂鬱な日常を当たり前の様に過ごしていた。
「――よし、今日はここまで」
そんな言葉が教壇から聞こえると、一人の黒髪の少女が立ち上がり――、
「――起立、礼、お疲れ様でした!!」
大声で少女が叫ぶと教室の全員(一部除いて)が立ち上がり、黒板に向って礼をする。長ったらしい憂鬱な授業がやっと終わり、椅子に再び座った陽太は、自身の右手首に着けた腕時計を見る。
「……まだ十二時か―――がッ!?」
その時計は長い針と短い針が丁度真上を射していた。そんな腕時計を見ていた瀬良の後ろから大きな声と共に背中に衝撃が走り、瀬良の言葉は続かなかった。
「おーい、ヨータ!! どーせ今日も「憂鬱だ」とか思ってたんだろ?」
「げほっげほっ…。お前かよ…」
陽太は頭だけを後ろに回し、一人の少年を見る。
背は150より少し高く、やや痩せ形で少しでも殴ったら軽く三メートルは吹き飛ばしそうな感じだ。左目は真っ黒な黒髪に覆われている。呼ばれた(呼んだ覚えは一切ないのだが)少年は大きな声で「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!」と叫びながら陽太の机の前に移動する。
「それで、俺に何か用? ヨータ。あと咳が凄いぞ」
「それで、じゃあないし呼んでもいない。それとな、現在咳をしている原因は、お前がいきなり背中を強く叩いたからだ。げほっ…」
右手を髪に差し込み、かき分ける少年と左手で口元を抑えながらせき込む陽太。
「まあ、その位じゃ死にはしないからだいじょーぶ!」
「死ぬとかの問…だ…い…じゃ…な」
「うん? どうした? ヨータ。まさか俺の顔がイケメン過ぎて絶句しちまったか!? それとも、俺の後ろに美少女の幽霊でもいると!? それはそれで嬉しいぜ…!」
そんな訳の分からないことを言っている少年の事を無視しつつ、陽太は「あー、うん、えー…」と口ごもりつつ少年の後ろを指で指し――、
「―――幽霊じゃないが、美少女がお前の後ろに立ってるぞ。手をこぶしにしてな」
「―――がふッ!?」
「ひょいっと」
少年が後ろを振り向くと同時に少年の後頭部に美少女のこぶしが振り下ろされ、少年は陽太の机に叩きつけられる直前に陽太は椅子から立ち上がり―――机を後ろに引く。そのまま少年の体は重力に引き付けられるまま、床に頭を強打。
ふらふらとした様子で少年は真横に置いてある机を掴みながら起き上がり、その叩きつけた張本人を見て、大きく溜息を吐く。
「……頭にこぶしを叩きつけられると、流石にいてえよ。姉ちゃん」
「あんまり、瀬良君のことを困らせないようにね? 困らせたら痛いことが起きるから」
「いやいや、姉ちゃん! 既に痛いことが起きたから!!」
頭を両手で押さえながら少年は美少女に睨みつけながら叫ぶ――が、美少女はそれを華麗に無視。
「瀬良君、愚弟が困らせたようでごめんなさい」
「いや、いつものことだから大丈夫。委員長」
「俺のことはスルーかよ!?」
「ああ、いたんだ、康太郎」
「俺の存在否定かよ!?」
「あーはいはい(机を戻しながら)」
先程から陽太の目の前で騒いでいる少年の名は萩吾康太郎【ハギワ・コウタロウ】
陽太と同じクラスメイトであり、中学から付き合い(ほぼ一方的)のある数少ない陽太の友人である。
康太郎の隣に(手を握りこぶしにしながら)立っている美少女の名は萩吾瑞希【ハギワ・ミズキ】
康太郎と同じく、背は155位のスリムな体型で、肩に掛かる艶のある黒髪を手で後ろに流し、両目を覆う程の前髪をサクラの形をしたピン止めで留めている。
その異常なほどの運動神経やらを除けば結構魅力的な少女だ。
彼女はこのクラスの委員長であり、先程から騒がしい康太郎の双子の姉でもある。彼女もまた、中学からの付き合いで、よく(彼女から)話をするくらいだ。
「…それで、康太郎は何がしたくて俺の席にまで来たんだよ」
康太郎の顔を見ながら陽太は頬杖を突き、その陽太の姿を数秒眺めたのち康太郎はニコリと微笑みながら一言――、
「なんとなく」
「よし―――覚えとけよ」
その一言で教室の中に残っていたクラスメイト達は机と椅子を端に寄せ終わるのに五秒も掛からなかった。瑞希は無言のまま康太郎の手を引いて教室の真ん中に移動し、
「え? は? ちょ、ね、姉ちゃん? 一体何をするきッ!?」
「――ああ、やっぱり委員長は凄いな」
陽太はその光景を見て感心気に呟いた。
先程の光景を言葉にすると、
教室の真ん中に移動した瑞希は康太郎の身体を華麗な足さばきで空中に跳ね上げて、空中に飛んだ康太郎の足と頭を両手で掴んで、そのまま地面に叩き付けた。
★★★★
「あれは酷くないか!?」
「有言実行」
「畜生…!」
透き通るように蒼い空と白い雲の下で悔しがる康太郎とその光景を見て苦笑いする瑞希と陽太。あの後、陽太たちは(床に叩きつけられ気絶した)康太郎を担ぎ屋上に移動して数分が過ぎ――今に至る。
「それで、康太郎。俺に何か用があるから来たんだろ?」
「ああ、そうそう。それで話が合ったんだ。ヨータ、今年の夏祭りには行くのか?」
陽太の質問にクリームパンを頬張りながら答える康太郎。康太郎の問いに手に持っていた手作り弁当を地面に置き、陽太は「うーん」と前置きし、
「祭り、ね。行くと思うぞ、アイツと一緒にな」
『―――花火、綺麗だね』
「ああ、西條さんと二人で―――姉ちゃん? さっきから手に握った箸がメシメシと変な音を立ててるんだけど…」
「あ」
康太郎の言葉で我に返った瑞希と同時に鮮明に映し出される過去の記憶。
「はは」
『―――私の事…、好き?』
陽太はその康太郎と瑞希を見ながら静かに微笑。
『ふふ、ありがと』
好きだった、少女の嬉しそうな笑い声が耳元で聞こえた―――気がした。
微かにカーテンから覗く陽光が椅子に背中を預けながら寝ている男を起こす。
目を開けた男は、手を口元に当てながら小さく欠伸をし、椅子から立ち上がると軋む身体を静かに「うーん」と伸ばし終わると男は部屋の隅に置かれたクローゼットを開け、ハンガーに掛けられた服を手に取り、隣に置かれた鏡の前に移動する。
服を着替えた男は少しぼさぼさになった鏡を見ながらクシで直しカーテンの前に移動し、男は静かにカーテンを開くと、――目を眩むほどの陽光が、部屋の中に滑り込む。
男は少し外の風景を眺めながら静かに息を吐き玄関に向う。靴箱から靴を取り出し、靴を履いた男はドアノブを左手で捻りドアを開け、迷わぬ足取りでコンクリートの床を歩む。
コンクールの床を数分ほど歩いた男は一枚のドアの前で止まり静かにノックをすると二秒もしないでドアの向こうから「入れ」と聞こえ男は迷いなくドアノブを捻り中に入る。
「―――遅かったな、瀬良陽太。一分十四秒の遅刻だ」
「―――少しばっかりの遅れは勘弁してくださいね? 萩吾瑞希――大佐」
本題に入るのは後、一~二話位だと思います。すいません。