魔王王子
ルーナの後をついて、
光一郎は廊下を歩いている。
光一郎がルーナにレイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズの紹介を依頼した理由は、
大きく分けて三つ。
一つは早く監視対象と接触する事。
可能な限り早く監視対象と接触する事で可能な限り早く監視任務を始めるためだ。
一つはルーナとレイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズの繋がりを確かめる事。
ルーナの素性。
先刻、学園長室で桐堂学園長に聞くことは出来なかったがだからといって諦める理由にはならない。
まず、最初に確認しておくべきことはこの謎めいた少女が監視対象と何らかの繋がりを持っているかどうかだ。
何の繋がりも無ければそれはそれで問題ない。
しかし、何らかの繋がりがあった場合は別――。
そうなれば今後の任務の進め方も変わっていく。
……まぁ、実際にルーナは監視対象と知り合いではあるようだが…
最もそれが、“ただの知り合い”かどうかは分からない。
先程のルーナの発言――。
『彼は私が守る』。
それを聞く限りただの知り合いではない。
そう考えても問題ないだろう。
そして、残る一つは、
これから光一郎のとる行動を千代に知られる分けにはいかないからだ。
「――もう少しで庭園に戻るわよ。レイドに会う準備はいい?」
「……え?あぁ、うん、もちろん」
不意にルーナから声をかけられたが、自分で言い出した事だ。
無論、準備はできている。
だが――。
……どんな奴なんだ?…
この任務に就いた時から、その事が任務とは関係なく個人的にずっと気になっていた。
人相書きで大体の見た目は分かっているが――実際に見てみなくては分からないこともあるだろう。
彼の魔王は冷酷にして冷徹、非情にして無情であると名高い暴君。
そんな傍若無人な王の血を引く少年。
光一郎はその少年に多少興味が湧いていた。
無論、この時の光一郎は知るよしもないが――。
光一郎がレイドに抱いていた興味は、ルーナが光一郎に抱いていた興味とよく似たものだった。
「――おはよう、レイド、」
「――へ……?」
その少年を見た瞬間、光一郎は驚愕に声をこぼした。
一見するとその少年は――少女のようだった。
もちろん身につけている制服は光一郎と同じ白地に紫の刺繍の入った男子用の制服だ。
――だが。
漆黒の短髪は天使も羨むほどに艶やかでさらさら。
青藍の瞳は神も怒り狂うほどに穢れなく透き通っている。
白磁のような肌にはシミ一つ無く、顔立ちも美形で中性的。
身長が170センチの光一郎より多少低めで細身なことも少女のように見える要因だろう。
……なんつうか…
とても魔王の息子とは思えなかった。
別段、監視対象の風貌を想像していたわけではない。
無論、容姿に何らかの固執があるというわけではない。
しかし、なんとなく――拍子抜けだった。
「あぁ、おはようルーナ……そっちの彼は?」
レイドの言葉遣いにはおよそ王族の品位というものが無かった。
悪く聞こえるかもしれないが“下品”ということではない。
むしろキザったらしいところがなく自然体だった。
「えぇ紹介するわね。レイドこちら光一郎、光一郎こちらレイド。二人とも私の大事な友人だから二人とも仲良くしてちょうだい」
不遜な物言いであったがルーナはそういった物言いが似合う少女だった。
光一郎はもちろんレイドも嫌そうにせずルーナの言葉を聞く。
そしてルーナが光一郎に軽く目配せをする。
……一応、恩に着るよ…
ルーナに感謝しなければならない。
ルーナはあえて“天道光一郎”ではなく“光一郎”と呼んだ。
レイドに光一郎が天道家の人間であると気づかせないためだ。
……まぁ、この一言で意味を無くすがな…
光一郎は“好青年の笑み”を作り自己紹介を始める。
「初めまして――レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズくん。僕の名前は天道・光一郎、よろしくね」
そう言って光一郎は握手を求めて右手を差し出す。
対するレイドは少し驚いたようにこちらを見ている、ルーナは意外そうに―もしくは面白そうに微笑んでいた。
光一郎はあえて自分の姓名を名乗り、自分の正体が天道家の人間であると明かした。
また、相手の名もフルネームで言うことで自分が相手の素性―魔王の息子であると知っていることも明かした。
そのせいかやや遅れ気味にレイドは光一郎の右手を握って来た。
「俺は…レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズだ。レイドで構わない」
光一郎も軽くその手を握り返す。
「僕のことも光一郎でいいよ、レイドくん」
「あぁ、分かった…よろしくな、光一郎」
「ふふ、二人とも仲良くなったみたいでよかったわ!」
楽しそうなルーナの言葉に男二人は反応する。
「レイド、実は光一郎は今日この学園に編入してきたのよ」
「へぇ、そうなのか…そういえば今更だけど学年は?」
「あぁ、三年生。君といっしょだよ」
「へぇ…三年か…また微妙な時期に編入してきたんだな。……何か事情でもあるのか?」
レイドの言葉はいままでと同じ飾らない物言いだが、少し探るような雰囲気があった。
そして光一郎はそんな言葉を待っていた。
「実は……その事で話したいことがあるんだ。レイドくん」
真剣な表情の光一郎にレイドも真剣な表情で聞く。
「話したいこと…か?いいよ、聞こう」
「……まず、もう気付いているかも知れないけど僕はこの国―公国・神威の公爵家、天道家の長男天道・光一郎なんだ」
「うん、まぁ気付いてた」
「そして僕は君がヘイルスウィーズ王国の元王子だということも知っている」
その言葉にはレイドだけでなくルーナも少なからず驚いたようだった。
だが、気にせず光一郎は続ける。
言ってはならないことを。
「実は……僕はこの学園にレイドくん、君を監視するために魔法協会から派遣されんたんだ」
「…………え?」
レイドは驚きのあまりそう呟く事しか出来なかった。
しかしそれは当然の事だ。
秘密裏の監視任務の遂行者がわざわざ監視対象に「俺はお前を監視する」などと言うことはありえない。
そんなことをいってしまえば当然監視対象は監視者に対して善良な人柄を演じてしまう、それでは監視対象の本質を見極めることは出来ない。
否、それだけならまだいい。
もし監視対象が危険性のある行動をとった場合、監視者を口封じのために殺すということも考えられる。
監視者が自分の正体を監視対象に明かすとはそれだけ危険な行動だ。
この任務の支援者でありパートナーでもある千代が許すはずが無い。
では――何故光一郎はそんな行動をとったのか。
それはあくまでも任務を遂行させるため。
より早く。
……ようは危険な奴かどうかを見極めればいいんだ…
この任務の内容はレイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズが危険な存在であるか。
その是非だ。
しかし―それならば別に、
監視対象が何かを起こすのを待つ必要はない。
自分から動けばいい。
そしてその対応によって、
監視対象の本質を見極めればいい。
確かにこれで安易にボロを出さなくなっただろう。
だが、もし光一郎が監視者ということを明かさなかったとして。
そこでボロを出すような間抜けならどっちにしろそのうちボロが出る。
逆にこちらが動いてもうまく対応してくるような奴なら。
光一郎が監視者であるということを明かさなくともボロは出さない。
少なくとも光一郎はそう考えていた。
「………なんで、それを俺に言ったんだ…?」
驚いた様子のレイドが最もな質問をする。
しかし、光一郎は
「……僕は…隠し事が嫌いな性分なんだ」
なんてことを宣う。
もちろん光一郎は隠し事が嫌いじゃない。
むしろ友や家族にも明かせない秘密をもった秘密主義者だ。
実際に今もレイドとルーナに真の性格を隠している。
「……それだけか?」
拍子抜けしたようにレイドが聞いてくる。
「僕にとっては重要なことなんだ!だっていくら任務でもいっしょに学園で暮らす仲間を騙すなんて辛いじゃないか!」
言いつつ自分でも恥ずかしくなりそうだ。
だが、“ここ”だけはこうしなければならなかった。
すなわち、馬鹿を演じなければならない。
馬鹿が博識の真似をするのは困難だ。
だが。
切れ者が馬鹿を演じるほど楽なことはない。
……それに馬鹿は警戒されないしな…
故に馬鹿のふりをする光一郎であったが、
次のレイドの言葉に演技も忘れてしまった。
「そうか、だったら俺とお前は――友達だな」
「…え?」
聞き返す事しか出来なかった。
いくつかの返答を想定していたが――これは想定外だった。
思わず続く沈黙。
しかしそれも気にならないほどに光一郎は茫然自失だった。
「……?。どうかしたのか?光一郎?」
「…あ」
その言葉でやっと我にかえる。
「…ご、ごめん、うん、そうだね僕らは友達だ」
なんとか出てきた言葉はそれだけだった。
「おう、改めてよろしくな」
「いいわね殿方は、すぐに仲良くなれて」
「あはは…」
冗談ではない。
誰と誰の仲がいいと言うのだ。
なんて負け惜しみくらいしか今の光一郎の頭には浮かばない。
完璧に調子を狂わされてしまった。
キンコーンカンコーンキンコーンカンコーン
そこで助け船のように学園の鐘が鳴った。
「あら、もうそんな時間なのね」
「そろそろ始業式がはじまるな、移動するか」
「そうしましょ、行きましょ光一郎」
そう言って二人が歩き出す。
「う、うん――」
光一郎は短く返した。
「あ、そういやルーナ、なんか俺に話しがあるんじゃなかったのか?」
今朝レイドと会う約束をしていたのはルーナだ。
それ故のレイドの質問だが。
「えぇ、今朝はもういいのとても面白いものが見れたから」
満足気なルーナの言葉に「そうか」とだけ返した。
斯くして、
魔王の息子と、
英雄の息子の、
邂逅は終わりを向かえた。




