接触交渉
そして再び時間は、
南座学園の学園長室の中に戻る。
光一郎はソファに座り、
相変わらず、暗い気分だった。
「て、天道くん…そろそろ監視任務の打ち合わせを、は、始めたいんだが…」
桐堂学園長がおどおどしながらも、
監視任務の打ち合わせを促してくる。
確かに、いつまでも気を揉んでいても仕方ない。
「……あぁ、悪いな。じゃあ始めるか…って言っても、ものの数分で終わる」
現在の時刻は七時七分。
おそらく七時十五分には終わるだろう。
「まず最初に確認しておくが…監視対象はレイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズ。俺がこいつを監視し、そのサポートを藤名瀬千代がする…ここまでは間違いないか?」
「あ、あぁ。私の方でも把握しているよ……藤名瀬くんはヘイルスウィーズくんと同じ三年一組のクラスになるよう手配してある。…も、もちろん、君の編入されるクラスも同じだよ」
今日の日付は四月二日。
この学園では前日の四月一日に一年生の入学式があった。
今日は二、三年生の進級式とクラス発表の日だ。
新たな生徒が編入するタイミングとしてはあまり不自然ではない。
故に監視対象に疑われることなく潜入出来るはずだ。
「……よし、ではこれで打ち合わせは終わりだ」
「…え…?」
意外そうな表情で桐堂学園長が声を発する。
「ほ、他に聞きたいことは無いのかい?……“ヘイルスウィーズくんの性格”とか―」
「必要ない」
切り捨てるように言う。
「そういうことはこれからの潜入で調べる、……それに事前に情報が無い方が先入観を持たなくて良いしな」
「そ、そうか。それならこちらも特に質問も無いので――」
「あ、いや待て」
何かを思い出したように光一郎が桐堂学園長の言葉を遮る。
「……一つ。聞きたいことがある」
「な、なんだろうか……?」
「ある生徒のことを聞きたい」
「あ、ある生徒…?」
「――ルーナ・エル・ライトについてだ」
「――え?、あ、えと。な、なぜだろうか?」
……ルーナの名を出したら明らかにさっきより慌てているな…
光一郎は今日この学園長室に来るまで、
ルーナの言動に違和感を抱いていた。
否、不信感と言ってもいいかもしれない。
「彼女は“神聖アルヴァレン王国”の貴族令嬢らしいが…俺は『エル・ライト』もしくは『ライト』なんて家名は聞いたことがない」
光一郎は現在の政治に関しても知識を持っている。
特に同盟国であり世界の四分の一を統治する聖王国については詳しい。
そんな光一郎でもルーナの名乗った姓に心当たりは無かった。
そして――。
「もう一つ。俺は今朝、庭園で彼女に会った時に“誰かと”尋ねられた」
「…ど、どういうことかな?」
光一郎の発言の意味を理解出来ず桐堂学園長が質問する。
「いいか――。俺は今日この学園に編入してきたばかりとは言え、きちんと学園の制服を着ている…れっきとしたこの学園の生徒だ……そして俺は“一生徒”としてあの庭園で彼女を見たそして彼女に突然尋ねられた…『あなた……どなた…?』―と」
「…………え?」
桐堂学園長の短い声に光一郎は少しばかり拍子抜けした。
「なんだ……まだわからねぇのか?」
「あ、あぁ。すまない」
「つまり今朝庭園で会った時点では俺とルーナは完璧に他人…いわばただの生徒同士だ。そしてそんな生徒同士が学校の中で出会ったら一体どうすると思う?」
「あ、あぁ。そ、そういうことかい…つまり――」
どうやら桐堂学園長にも察しがついたようだ。
静かに答え合わせを始める。
「学園の中で見ず知らずの生徒同士が会ってする事……それは“無視”だ」
街の中では不特定多数の人間とすれ違うだろう。
しかしその一人一人が知り合いでもない限り挨拶を交わしたり、ましてや名前を尋ねたりはしない。
それは学園の中でも一緒だ。
……確かに俺はルーナのことを…その…“きれいだ“と言ったが、あれは独り言で小声だった。まず聞こえねぇし、仮に聞こえていたとしていきなり名前を聞いてくるのはおかしい…
――最も。
もしルーナに光一郎の独り言が聞こえていたのであれば。
それはそれで別の問題――。
“羞恥心”という問題が出てくるのだが。
「とにかく――。今朝の彼女の言動はおかしかった」
「し、しかし……なぜ、彼女がそんなことを…?」
桐堂学園長の疑問は最もなものだった。
そしてその答えも――不完全ながらも導きだしていた。
「おそらく……彼女は最初から俺のことを知っていた」
憶測の域を出ない話し。
「そして彼女には自分の素性を知られたくない理由が有った」
しかし、光一郎には確信が有った。
「では、自分の素性を疑われない為にはどうすればいいか――。方法は簡単、自分が相手の素性を疑ってしまえばいい」
人間の心理とは斯くも面白いものだ。
自分に何かしらの疑いがかかればそれを払拭しようと必死になる。
そのため相手の怪しさに気づかない。
「ルーナはそういう人間の心理を利用した……のだと思う」
とはいえ、今回はそれがかえって光一郎に不信感を持たせる理由になったのだから皮肉なものだ。
「……な、なるほど…すごい洞察力だな……」
光一郎の憶測に桐堂学園長は感心している。
正直、気恥ずかしい。
が、今の話しで光一郎がルーナの正しい素性を知りたいことの大義名分が建った。
「じゃあ、ルーナ・エル・ライトについて教えてくれ」
「それは出来ない」
「……は?」
意外な言葉に光一郎は思わず聞き返した。
桐堂学園長は先程よりもさらにおどおどした態度をとっていた。
「ざ、残念だが、彼女の情報は“とあるスジ”から口止めされていて明かすことは……出来ないんだ」
「……あぁ、分かった」
ここで「任務遂行にあたって必要な情報だ」と言って食い下がることも出来る。
しかし、そんなことをしても桐堂学園長を困らせるだけだ。
それに、
光一郎は職権濫用というものが好きではなかった。
「では俺は千代と合流してそっちと連携して動く。また何かあれば連絡する」
「あ、あぁ。了解したよ…」
桐堂学園長の言葉を聞きながら光一郎は立ち上がり部屋を後にしようとする。
時計は七時二十二分は指していた。
××× ××× ×××
室内の光一郎の考えとは裏腹に、
学園長室の前で淡い金髪を揺らしながらルーナは迷っていた。
……どうしようかしら…
何を迷っているのかといえばそれはもちろん。
先程この学園長室まで案内してあげた同い年の編入生、
天道・光一郎のことだ。
「光一郎……きっとなにも分からなくて困っているわ…、そうだわ!この後校内を案内してあげましょう!…あ、でも…そんなことしてたら、またアトラスに怒られてしまうし…それに“彼“との約束もあるわ…、どうしようかしら…」
だいたいそんなことで迷っていた。
光一郎は今日この学園に編入してきた、
いわば新入りだ。
そしてルーナはそういった右も左も分からない人間を放っておくことの出来る人間ではなかった。
故にルーナなら一瞬も躊躇無く光一郎の面倒を見てあげるところなのだが……。
……でも、“彼”との約束を破る訳にはいかないわ…
今朝はちょうどある人物と先約があったのだ。
どちらをとるべきか迷っていたが現在時刻は午前七時二十二分。
そろそろ約束の時間になってしまう。
光一郎のことは仕方ないと思い直して約束した場所――。
さっきの庭園に戻ろうとしたその時。
「――あれ?ルーナさん?どうしたの?」
学園長室から出てきた光一郎に引き留められてしまった。
「あ、あら、光一郎。もう編入手続きは終わったの?」
……し、しまったわ…庭園に戻るタイミングを逃してしまったわ…!
ルーナは笑顔で光一郎に聞きながら内心はとても後悔していた。
「うん、あ、ひょっとして僕が出てくるの待っててくれたの?」
「え、えぇ、もちろんよ」
変に見栄を張ってしまい。
どんどん身動きが取りづらくなっていく。
……ど、どうしようかしら…
胸中で先程と同じ言葉を呟きながらも、
先程と違いとても焦っていた。
「じゃあ、ルーナさん早速頼みたいことがあるんだ」
「な、何かしら?」
内心焦ったままのルーナだったが次の光一郎の言葉に驚いた。
「レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズって人知ってる?」
「もし知っているなら紹介してくれないかな?」
「――え?」
ルーナは驚愕すると同時に警戒を始める。
「レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズ」の名は学園の者なら知っている者も多いだろう。
だってその名――「ヘイルスウィーズ」は魔王の名だ。
レイドは魔王国の元王子。
そのためこの学園の中では学生だけだなく教諭たちにも煙たがられている。
しかし、この南座学園が全寮制であること、
そして学園長を中心とした教師たちの情報規制によって魔王国の元王子がこの学園にいるということは秘匿されてきた。
秘密裏にされてきた。
だが、目の前の男、天道・光一郎は、
今日編入してきたにも関わらずそのことを知っていた。
つまり――。
……光一郎は…レイドに会う為にはこの学園にやって来たんだわ…
光一郎が何故レイドに会うのかは分からない。
利用するためなのか?
仲間にするためなのか?
それとも――暗殺するためなのか?
いずれにせよ、もし光一郎がレイドに害を及ぼす存在ならば。
ルーナは光一郎をレイドに近づける訳にはいかない理由があった。
故にルーナは今まであえて、
失礼になると思い触れていなかった。
ある“事実”を口にした。
「光一郎…。あなたは天道・桃花公爵の――ご子息…よね?」
真剣な眼差しのルーナの問いに光一郎も真剣な表情を作る。
「そっか…。ルーナさんやっぱり僕の家のこと気付いていたんだ」
「ええ、だからこそ聞きたいの…魔王を倒した英雄の息子が魔王の息子に一体なんのご用?」
「それは君には話すことは出来ない…でも信じて欲しい!僕は決して君たちに危害は加えない」
その光一郎の言葉は心のこもった一言だった。
光一郎が心の底から自分のことを信じて欲しいという気持ちが伝わってきた。
しかし――何故だろう?
光一郎の思いは伝わって来るのに――
気持ちが動かない。
感動しない。
動揺しない。
靡かない。
まるで人形劇を見ているようだ。
光一郎は一流の人形師が操る一級品の人形。
良くできた作りと人形師の巧みな操作によって、
人間の感情を豊かに表現している。
だがルーナには分かる。
どれだけ「人間」に似せようとしても。
それが「人形」であるということが。
「人間」ではないということが。
今、目の前にいる少年は。
否、今思うと庭園で出会った時から。
光一郎は何か装っている。
隠している。
演じている。
少なくともルーナにはそう見えた。
「…あなたの言葉を簡単に信じることは出来ないわ…」
「……そう…だろうね」
ルーナが冷たい声音で言い放つと光一郎も少し残念そうに答えた。
「でも――。会わせてあげるわ」
「!?本当に!」
「えぇ…、だって――私が彼に危害を加えさせないから」
「……」
ルーナの言葉に光一郎は暫く何かを考えていたかと思うと
「――あ。そういうことか」
何かに気づいたように手をポンッと叩いた。
「…なに?どうかしたの?」
「え~とだから…、ルーナさんは、ヘイルスウィーズくんのことが好きなんだよね?」
「――ハァッ!?」
「え?ちがうの?」
「あなた……本気で言っているの?」
「もちろん」
思わぬ言葉にルーナは驚きを禁じ得ない。
どうすればそういう結果に至るのかは謎だ。
しかし――。
光一郎は朗らかな笑顔を“作っている”。
「…はぁ」
あそこまで挑発的なことを言われて笑顔を作っている光一郎に――少し興味が湧いてきた。
「まぁ、いいわ。紹介してあげるって言ったのは本当だから…じゃあ行きましょうか」
「え?どこに?」
光一郎の言葉にルーナは“約束”の話しをする。
「実は今からレイドと会う約束をしているのよ、あの庭園で」
そうルーナが約束をした相手は他ならぬレイドであった。
「わ、分かったよ。――ありがとうね」
「えぇ、どういたしまして。いいから、行きましょ?」
そう言うとルーナは光一郎を連れて庭園への道を歩き始めた。




