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魔王王子と星銃銃士の王国復興《リ・ジェネシス》  作者: 斉藤・賢生
王子と銃士の出会い
22/23

相思問答

 無言。

 

 「…………………」

 「…………………」


 光一郎とレイドは黙っていた。

 

 進治が学園から去って、約十分後。

 今、南座学園では救助活動が行われていた。

 進治の言っていた魔法協会の救助部隊がやって来たのだ。

 その救助部隊により、生き残った生徒と教職員への救助活動が行われており。

 それを、光一郎とレイドは、校舎の大きな瓦礫に腰掛け眺めていた。

 「……………」

 「……………」

 やはり――無言で。

 しかし、しばらくすると。

 「なぁ……傷、大丈夫か…?」

 と、レイドが光一郎へと話しかけた。

 「ん、あぁ……問題ねぇよ」

 と、光一郎は返した。

 と、返しはしたが――

 正直、光一郎は満身創痍だった。

 左脇腹に火傷を伴った刺し傷。

 右肩に大きな切り傷。

 両腕には軽い切り傷が一つずつ。

 もし『天体魔人スター・ゲイザー』による身体の強化がなされていなければ、戦闘中は歩くことすら困難だっただろう。

 しかし、幸いにも、進治が去った直後、ルーナと千代が《治癒》の魔法による応急処置を施してくれた。

 《治癒》の魔法によって消費される魔力は魔法の使用者のものだ。

 しかし、傷の回復の際に消費される体力スタミナは魔法の対象者のもの。

 故に、通常では、《治癒》の魔法を使用されたら眠りこけてしまう。

 だが、光一郎は身体が強化された状態で治療を受けたため、『天体魔人スター・ゲイザー』が時間切れを迎えた今でも、体力に余裕を残していた。

 とはいえ、やはり。

 ……痛ぇな…

 かなり、痛む。

 それを見破ったのか、レイドが。

 「……本当に…大丈夫か?」

 と、聞いてくる。

 その心配した顔が、ちょっとだけ勘にさわり。

 「だ、大丈夫だって言ってんだろッ……お前こそ大丈夫なのかよ?」

 と、言い返してしまう。

 しかし、それに。

 「ん? 俺か? いや、俺はお前に比べりゃ全然、軽傷だよ」

 と、レイドはあっけらかんと返答する。

 実際、レイドの怪我は両足の浅い刀傷だけ。

 それも今では、エレンの《治癒》によって塞がっている。

 なので――

 「そ、そうか……」

 と、きまりが悪くなってしまう。

 その後。

 「…………………」

 「…………………」

 再び、無言になる。

 


 本当は、聞きたいことが沢山ある。



 何故、本当の実力を隠していたのか。

 国を売ったというのは真実なのか。

 シャルテリーゼとは誰なのか。


 それだけじゃない。

 言いたいこともある。

 話したいこともある。

 なのに、いざとなると、言葉が出てこない。

 恐れているのだろうか?

 しかし、何を恐れているのか、自分でも判然としない。

 ……でも、やっぱり…

 聞かない訳にはいかない。

 そう思い、レイドに声をかけた。

 ―――その時。


 

 「なぁ、レイド」

 「なぁ、光一郎」



 声が重なった。

 無論、レイドの声と。

 「な、なんだ? 光一郎?」

 光一郎が面食らっていると、レイドが尋ねてきた。

 質問の先を譲ってくれたのだ。

 しかし。

 「あ、いや、別に…お、お前から言えよ」

 「え? いいのか?」

 「あ、あぁ、たいした用じゃねぇから」

 と、変に見栄を張ってしまった。

 やってしまった、と後悔しながらも、どこかで安心もしていた。

 「じゃ、じゃあ、お先に――」

 レイドはそう前置きすると。


 「光一郎……お前のあの“二つの魔法”はなんなんだ?」


 と、聞いてきた。

 「それは……『流星弾メテオ』と『天体魔人スター・ゲイザー』のことか?」

 光一郎は一瞬だけ思考を巡らせて、答える。

 レイドの言う“二つの魔法”は、それ以外には考えられなかった。

 「それが――メテオとスターゲイザーってのがあの魔法の名前なのか?」

 「……順に説明する」

 レイドの問いに光一郎は短く返す。

 「まずは…『流星弾メテオ』について。これは、正確に言うなら俺が使っている魔法じゃない……使っているのは、“こいつ”だ」

 そう言って、光一郎が懐から取り出したのは――拳銃。

 純白の銃身に、青い装飾の施された、宝石のような自動拳銃。

 「それは…魔導兵器……だよな?」

 「あぁ、名前は『流星魔銃メテオ・シューター』」

 レイドの確認のための問いに、光一郎は詳しく答える。

 「この『流星魔銃メテオ・シューター』の放つ魔法。それこそが『流星弾メテオ』だ」

 そう言うと、光一郎は純白の拳銃―『流星魔銃メテオ・シューター』を構えて、撃つ真似をしてみせる。

 「お、おい…光一郎」

 それを見てレイドは思わず、光一郎に声をかける。

 しかし、それに光一郎は。

 「安心しろよ、撃つわけねぇだろ……ていうか、分かってんだろ? 俺には――『流星弾メテオ』は“撃てない”って……」

 と、どこか自虐的に笑う。

 それに、レイドは一瞬だけ口ごもる。

 しかし、すぐに語り始める。

 「『流星弾メテオ』は…おそらく、光属性の素となる《光輝こうき》。貫通のための形状をとらせるための《弾丸だんがん》。光の弾丸を発射するための《射出しゃしゅつ》。そして打ち出された光弾に高威力と高速を与える《倍加ばいか》。……以上の四つの魔法を組み合わせた、二等級魔法だ…と思う」

 思う、という言葉を使いながらも。

 それは全て事実だ。

 レイドの〈魔導真眼マテリアル〉で読み取ったのだ。

 よって、レイドの説明に間違っていた点は無い。

 そして、読み取ったことはもう一つ。

 「そして……お前の魔力量じゃ……『流星弾メテオ』は撃てない」

 光一郎に魔法に関する才能は一切無い。

 魔力も極少ない。

 常人の十分の一程度だろう。

 これも〈魔導真眼マテリアル〉で読み取ったことだ、間違いない。

 光一郎と初めて会ったときから気付いていた。

 ―――――でも。

 「でも、あの時は違った」

 そう、あの時は違った。

 光一郎の体が光に包まれた時――『天体魔人スター・ゲイザー』を使った時だけは異なっていた。

 「『天体魔人スター・ゲイザー』を使った時のお前は…お前の魔力は明らかに通常時とは違った」

 レイドは真剣な眼差しで続ける。

 「お前が『天体魔人スター・ゲイザー』を使った瞬間…お前の“魔力量が増えた”。それこそ、俺の魔力量と同じくらいに……」

 レイドの魔力量は常人の約十倍。

 対して、光一郎は常人の十分の一。

 その差はとてもじゃないが、小さなものとは言えない。

 しかし、その如何いかんともしがたい差はその時は埋まっていた。

 「最初は…何かの見まちがえかと思った」

 何故なら、それは本来あり得ないから。

 「今まで色んな魔法を視てきたし、聞いてきた……でも、自分の魔力量を増やすなんて魔法は、視たことも聞いたこともない」

 レイドの言葉を、光一郎は黙って聴いていた。

 なのでレイドは、真の問いをぶつける。

 「なぁ、光一郎……あの魔法はなんなんだ?」

 その質問に無言な光一郎の表情が、少し、笑う。

 しかし。

 「あれは……特殊な魔法だ」

 と、答え始める。

 「『天体魔人スター・ゲイザー』は『流星魔銃メテオ・シューター』の補助魔法だ」

 「補助魔法……?」

 「あぁ、『流星魔銃メテオ・シューター』――というより『流星弾メテオ』は高速で威力も高い…そのため多くの魔力を消費する」

 「あぁ、そうだな」

 「『天体魔人スター・ゲイザー』の主魔法は《集中しゅうちゅう》。これは俺の魔力を“五分間に凝縮する”魔法だ。これを使って俺の魔力を増やしたあと身体を《強化》したり、俺の視覚情報を『流星魔銃メテオ・シューター』に《伝達》したりする三等級魔法だ」

 「そんな魔法が……」

 存在していたのか。

 レイドはそう思った。

 その存在すら知らなかったということは、おそらく公国・神威の独自の魔法だ。

 よもや魔導兵器のための魔法が造られていたとは――

 ……ん?…

 「あれ…でも、光一郎………?」

 レイドは不意に疑問を抱き、それを口にする。

 「『天体魔人スター・ゲイザー』が三等級魔法なら……やっぱりお前の魔力量じゃ使えないんじゃないか? それに、五分間って言ったが……進治さんと戦った時は明らかに十分以上『天体魔人スター・ゲイザー』を使っていただろう?」

 光一郎が『天体魔人スター・ゲイザー』を使うことによって魔力量を増大させているのは分かった。

 だが。

 それでは、『天体魔人スター・ゲイザー』を使うための魔力はどうやって調達しているのか?

 どうして五分間以上使えるのか?

 という疑問が出てくる。

 「それは……」

 光一郎は一瞬だけ目を泳がせ、しかし、その後に何かを決意する。

 「ちょっと、待ってろ」

 そう言うと、光一郎は制服のボタンに指をかけ、制服の上着を脱ぎ始める。

 「お、おい? 光一郎?」

 周りに光一郎達以外に人間はいない。

 しかし、遠くの方では救助活動が続いており、あちらからもこちらを見ることができてしまう。

 もし、こちらに注意を向けられたら色々とあらぬ誤解をまねいてしまうかもしれない。

 その防ぐためにレイドは光一郎に声をかけるが、光一郎は返答せずに更にシャツの前を大きく開く。

 鍛えられ引き締まった体が外気に晒される。

 「こ、光一郎……な、何を?」

 「レイド……一度しか見せられないから――よく視ておけよ」

 「――み、視るって……?」

 レイドの質問にも答えず、光一郎は仁王立ちで瞳を閉じる。

 しかし、数瞬の後。

 「ハッ―――!」

 光一郎が身体に力を込めると。



 光一郎のからだに光の線が走った。



 「――――!?」

 思わず、レイドは息を呑む。

 それは例えるなら葉脈。

 光一郎の胸元を始まりとし、指先や顔に至るまで、青い光の節が張り巡らされている。

 スラックスと靴が邪魔でわからないが、おそらく足も同じようになっているだろう。

 「――ッはぁ!」

 大きな息継ぎの直後、光一郎の躰から光の線が消える。

 「こ、光一郎……? い、今のは?」

 レイドは目を見開きながら、尋ねる。

 光一郎は息を整えながら答える。



 「これは…〈魔導刻印テスタメント〉だ」



 「て、テスタメント?」

 レイドが分けが分からないと問いを重ねる。

 「これは……言わば“魔法の補助装置”だ…もっとも装置って言っても…そんな便利なにもんじゃねぇ、一度でも躰に刻めば決してとれることのない……己を諦めた者の証だ」

 「己を諦めた……?」

 光一郎の言葉を反芻するレイドに、光一郎は更に事実を教える。

 「これはな、魔方陣の役割を果たすんだ……つまり、魔力が足りなくとも、ただ“使う”と念じれば勝手に発動してくれる」

 魔法陣を展開するためには魔力が必要となる。

 逆に言えば、魔法陣さえ展開出来れば、魔力は必要ないということだ。

 「――でも」

 不意にレイドが口を挟む。

 「でも、それが“己を諦めた証”ってどういうことなんだ……?」

 レイドの問いは最もなものだ。

 「〈魔導刻印テスタメント〉は一つの魔法に一種類しか無い」

 語る光一郎の顔は、やはり自分をさげすんでいる。

 「だが、〈魔導刻印テスタメント〉を刻んでしまうと…そいつは他の魔法を使えなくなる」

 「なッ!?」

 〈魔導刻印テスタメント〉は魔法陣の役割を果たす。

 しかし、消すことが出来ない。

 つまり、他の魔法の魔法陣と干渉し合うのだ。

 だから、他の魔法は――使えなくなる。

 「じゃ、じゃあ光一郎……お、お前は……!?」

 「―――――あぁ」

 驚愕の表情をするレイドに光一郎は――

 「俺は――『天体魔人スター・ゲイザー』以外の魔法は使えない」

 と、己の真実を語る。

 「俺は……自分を諦めたんだ」

 「あ、諦めた……?」

 レイドの質問に、光一郎は話すことで返答とする。

 「魔導士ってのは普通多くの魔法の修得を目指すだろ?」

 魔導士の強さ、優秀さは扱える魔法の多さで変わる。

 ――しかし。

 「でも、魔法の修得には時間がかかる」

 魔法の修得は一日にして成らない。

 幾日、あるいわ幾月、幾年の時間、歳月を懸けて修得していくものだ。

 故に、魔導士は己の半生を、人生を賭けて魔法の修得と開発を行う。

 それこそが、魔導士の王道であり、矜持だ。

 「だが、俺の〈魔導刻印テスタメント〉はその真逆だ」

 〈魔導刻印テスタメント〉は魔導士の王道とは対局に位置する。

 「時間を掛けず、努力を経ず、自身の未来を――可能性を諦めた証だ」

 他の魔法を使えなくなる。

 それは、長い年月を懸けて修得するであろう魔法の全てを諦めることを意味している。

 自分が歩む魔導士としての。

 道を。

 未来を。

 可能性を。

 てるということだ。

 「だから……」

 「あぁ、だから、〈魔導刻印テスタメント〉は己を諦めた者の証なんだ」

 「な、なんで…そんなモノを……」

 「強くなるためだ」

 レイドの質問に、光一郎は想いのままに答える。



 「……レイド…俺は――天道家の…天道桃花の子供じゃない」



 

 光一郎は更に真実を話す。

 「俺は拾われたんだ……母さん―天道桃花に」

 それは、光一郎の最も古い記憶。

 「そこは魔王国のとある戦場跡地だった」

 それは、光一郎が持つ絶望の記憶。

 「その戦場跡地では、みんな死んでいった」

 赤い火の粉、黒い硝煙。

 あるものは火に焼かれ、あるものは毒に冒され、死んでいく。

 死という名の絶望が支配する空間。

 それこそが、光一郎の最古の記憶にして――絶望の記憶。

 

 「死んでいったのが、誰かは分からない、俺にはその時より前の記憶が無いから」

 当時を思い出して寂しげな表情だ。

 「記憶が……無い?」

 「あぁ、理由は分からねぇ。だが、記憶が無いんだ、自分のこと、自分の家、自分の家族……一切の記憶が無い」

 「そう…なのか……」

 「でも――」

 そこで少しだけ変わる。

 「そんな俺を桃花さんが拾ってくれた」

 光一郎の表情が少しだけ明るくなる。

 「桃花さんが家においてくれて、進治さんが育ててくれて――俺は生きることが出来た」

 「……そうか」

 「あぁ、だから…強くなりたかった」

 生きる場所を、与えられた。

 「だから…強くなって――恩返ししたかった」

 自分の道を、未来を、可能性を。

 棄てでも。

 諦めでも。

 〈魔導刻印テスタメント〉を刻んででも。



 「強くなりたかったんだ」



 「………そうか」

 光一郎が語り終わると、レイドは静かに頷いた。

 ……あれ…俺は……なんで……

 話しているのだろう。

 レイドの話を聞くつもりだったのに。

 何故、自分の秘密を――

 「光一郎」

 不意にレイドが名前を呼んだ。

 「な、なんだ?」

 「……あのな」

 光一郎が聞き返すと、レイドは上を――

 空を見上げる。



 「俺は魔王国の情報を連合国に流していた」



 それは、進治が言っていたレイドの過去。

 「―――どうして…そんなことを……?」

 ゆらゆらと、心のなかで何かが震えている。

 でも、光一郎はそれを抑えてレイドの横顔に問いを放った。

 「……俺……守りたい人がいたんだ」

 レイドは寂しげに空を――

 青空を眺めている。

 「――シャルテリーゼ・ワイズ・ヘイルスウィーズ」

 「それ……」

 シャルテリーゼ。

 その名は、進治が語っていた名前。

 だが。

 ヘイルスウィーズ。

 その名は、魔王の名だ。

 ―――レイドの名だ。

 「俺の守りたかった女の子だ」

 「守りたかった……?」

 何故、過去形なのか?

 その気持ちをレイドがくみ、話してくれる。

 「シャルテリーゼ――シャルは俺の従妹いとこだ……でも、俺と違ってめかけの子供だった」

 妾。

 つまり、愛人の子だ。

 「その頃、王宮は純血重視の風潮でさ…シャルは王宮の中でいじめれてた」

 光一郎は当時の様子など知らない。

 だが、容易に想像できる。

 力に酔ったもの達が、弱いものをよってたかって笑い物にする様は。

 「俺は…そんなシャルを守りたくて……王宮の―王族の在り方を変えたかった」

 「だから…なのか?」

 だから。

 「自分の国を…敵国に売ったのか?」

 「……あぁ、そうだ」

 少しだけ、レイドの表情が暗くなった。

 「変わると思っていたんだ……魔王国が連合国に負ければ…魔王国の制度が――王族が……善くなると思ってた」

 それはレイドの幼いが故の過ち。

 「でも――それは、間違いだった」

 それはレイドの絶望の過ち。

 「魔王国が連合国に負けて……王族が皆殺しにあった……俺の家族も、俺の嫌いな奴らも、俺の――好きな人も……死んだ」

 それは光一郎も、否、この世界に生きる人間ならば誰でも知っているであろう常識。

 「生き残ったのは…唯一、俺だけ……俺のしたことで――俺の勘違いで…! 何人も死んだ…父さんも! 母さんも! ……シャルも…!」

 レイドはいつしか青い空を見上げてはいなかった。

 そんな資格は自分には無い。

 とでも言うように灰色の地面に俯いている。

 「だから…なにもしないようにしていた……俺のしたことで誰かが不幸になるなら……誰かが死んでしまうなら……なにもしない、なにもすべきじゃない」

 何かにすがり、許しを請うように。

 レイドは続ける。

 「なにもせず、なにも出来ないように、力を隠して生きていく……それが償いだと―そう思っていた」

 「……だから」

 実力を隠していた。

 〈魔導真眼マテリアル〉のことも隠していた。

 「でも、進治さんに言われて…思った。俺はなにもしないことが償いだと思って生きてきたけど……本当はしぬべきだったんじゃないか?って」

 「そ、それは……」

 違う。

 そう言いたかった。

 しかし、改めてレイドの過去を知ってしまった後では、そんな一言でレイドの気持ちを否定していいのか。

 光一郎には分からなかった。

 だが。

 「でもさ、お前に言われて気付いたよ――本当の償いは“生きて何かをすること”だって……」

 レイド自身がそれを否定した。

 ――そして。

 「光一郎……俺、シャルに会うよ」

 顔をあげて、そう言った。

 「シャルが生きているって、進治さんは言った……それが本当なら、会いたい、会って確めたい」

 レイドは空ではなく、前を見ている。

 「俺のしたことは赦されない……でも、だからこそ、シャルが生きていて…もし苦しんでいるなら……助けたい。せめて、シャルだけでも」

 前を――現在を見つめて、レイドは語った。

 その表情に、光一郎は――

 「―――あ」

 思わず、声を溢した。


 思い出したから。


 レイドの表情にあったのは、意志と優しさ。

 光一郎は、それを見たことがある。

 桃花に助けられたそのときに。

 桃花の表情にもそれはあった。

 桃花は泣いていたが、そこにある色はレイドと変わらなかった。

 そして、思ったのだ。

 何故、そんな表情が出来るのだろうと。

 何故、自分を救ってくれたのだろうと。

 何故、――泣いているのだろうと。

 光一郎はその理由を知りたかった。

 強くなって知りたかった。


 それを、思い出した。




 ――だから。

 

 “今”、思った。


 改めて、“知りたい”と。


 この男の近くで。


 レイドの側で。


 その、表情の理由わけを。


 見極めたいと。


 そう、思った。



 

 「――なぁ……レイド」

 光一郎はポリポリと頭をかき、少しだけ、言いにくそうにしながら。

 「俺も――その、シャルテリーゼを探すの手伝うぜ」

 と、言った。

 レイドはそれに。

 「――――え?」

 と、ポカンとした顔になる。

 次いで、笑いだす。

 「ククク…ハハハ、アハハハハッ!」

 と、快活そうに愉快そうに。

 「な、なに、笑ってんだよ!?」

 光一郎は顔を真っ赤にしながら、声を挙げる。

 しかし、レイドの笑いはいっこうに止まらない。

 「な、なんだよ!? じゃあ、べつにいいよ!」

 恥ずかしさが極まったのか、光一郎は、大声ではぶてて、そっぽを向いてしまう。

 「アハハハ…わ、悪い悪い、なんでもないんだ」

 そんな光一郎にレイドはなんとか笑いを堪えながら声をかける。

 そして。

 「――光一郎」

 と、光一郎の名を穏やかな声音で呼んだ。

 「……なんだ?」

 光一郎は、ほんの少しだけ怒気を込めた声とともにレイドの方を向く。

 レイドは、さっき見上げていた青空よりも。

 何倍も清々しい笑顔で言った。





 「ありがとう」

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