罪人王子
またしても、かなり遅れた更新で申し訳ありません。
重ねて、次の更新も遅れる可能性が有ります。
何とぞ、ご容赦下さい。
「レイドが…裏切り者…?」
光一郎は告げられた真実が信じられなかった。
レイドが十年前――連合国軍に“魔王国”の情報を流していた、内通者であるという事実が。
……そんな…だって十年前ってことは、レイドはまだ子供だろ…
光一郎は、視線をレイドに向ける。
レイドの口から否定の言葉が出るのを期待して。
「……おい、レイド…」
話しかけて見るが。
「………」
と、レイドは声を発さず、答えは返ってこない。
「……なぁ……おい………おい!」
強い口調で問う。
「……………」
しかし、レイドは真っ青な顔で立ち尽くしているだけだ。
「おい…レイド…なんか言えよ…」
……だって……何も言わなかったら…
「自分の国を裏切ったことを…認めることになるんだぞッ!?」
光一郎は必死の思いで声を張り挙げた。
レイドが祖国を裏切るような人間であると、認めたく無かった。
だから、レイドに答えさせたくて――声を張り挙げた。
しかし、それでも。
「……………」
レイドは無言を貫く。
酷く青い――切羽詰まったような表情で俯いている。
「な、なんで……」
光一郎は今日、何度目とも分からない問いを投げ掛ける。
――すると。
「事実だからですよ」
レイドではなく、進治が答える。
「彼は否定しないのではなく、出来ないのです……だって、本当のことなのですから」
「――――ッ!……違うッ!!」
進治のその言葉に、光一郎は怒りを隠すことない。
「レイドは…進治さんが言うような……悪い奴じゃねぇッ…!」
「光一郎――もういい」
やっとレイドが口を開いた。
しかし、その表情にはやはり生気は無い。
あるのは、深い―絶望。
諦めだとか、後悔だとか。
そういう“負の感情”をない混ぜにした――絶望。
「レイド……お前――」
「――光一郎」
光一郎がレイドの名を呼ぶのを遮って。
レイドは光一郎の名を呼んだ。
そして顔に、黒い感情を張り付けたまま―語る。
「その人の……進治さんの言ってることは――真実だ」
「…………嘘だ」
そう呟いた光一郎の声は、酷く掠れていた。
「嘘じゃない、本当だ。俺は……自分の国を裏切った」
淡々と答えるレイド。
「でも…何か理由があるんだろう……?」
それに光一郎は、すがるように問う。
――しかし。
「理由なんか……無い」
レイドは光一郎のすがり付くような思いを、振り払う。
「俺が魔王国の情報を連合国軍に流したのは―自分が、生き残るため……それだけだ」
「……そ…そんな訳…無い」
光一郎は幾度目とも知れない、否定の言葉を放つ。
たとえ、レイド自身の言葉であっても。
レイドが自国を保身の為に売るなんてことは信じられなかった。
「お前が……そんなことをするわけ無ぇッ……!」
だって、レイドは救ってくれたのだ。
光一郎を。
命を懸けて。
――だが。
「――お前に、俺の何が分かる」
「……え……?」
レイドの言葉が光一郎に冷たく突き刺さる。
「―――お前が俺のことをどう思っているのかは知らないが……変な期待をされても、困る」
「そ、それは……」
レイドの言葉に光一郎は何かを返そうとするが。
何も返せない。
「お前にいったい…俺の何が理解る? お前はいったい…俺の何を理解っている? ――何も知らないだろう?」
「――――――ッ」
レイドが語るのに、光一郎はやはり何も言えない。
――だって、その通りなのだから。
光一郎とレイドは、出会ってからまだ一週間しか経っていない。
確かに光一郎の人生の中でも、多くの出来事が起こった一週間ではあった。
レイドには命も救われた。
しかし。
それでも、たったの一週間。
人と人が解り合うには、短すぎる。
現に今の今まで光一郎は。
レイドの人格も。
レイドの実力も。
レイドの過去も。
何も知らなかった。
何も理解していなかった。
故に、光一郎にはそれ以上――
「………………」
何も言えなかった。
「―――それで? どうするんですか?」
刀を肩に掛け、信治が尋ねる。
それは、何も言えずに立ちすくんでいる光一郎に向けたものでは無く。
闇のように暗い表情をしたレイドに向けたものだ。
「“どうする”……ってそれはこっちのセリフだ」
漆黒の髪と感情を信治に向けながら、レイドは答える。
「俺を殺したいなら…殺せ。それがあんたの仕事なんだろ? 信治さん」
「……つまり……覚悟は出来ている…と?」
レイドの答えに対して信治は不審がりながらも聞く。
「あぁ…そうだ」
「そうですか……それでは―」
「―ただし」
そこでレイドは表情は暗いまま、一瞬だけ瞳に力がこもる。
「ただし、他の生徒には手を出すな……光一郎やエレン―俺の従者や友達には手を出すな」
「…………え」
レイドの言葉に光一郎は声を取り戻した。
……今…俺のことを友達って…
やはり、レイドは、思った通りの人間なのでは?
光一郎はその希望を言葉にしようとした。
しかし、それを信治が遮る。
「では……死んでいただきましょうか……」
「……あぁ」
レイドは応じて歩きだす。
信治の元に。
刀の届く距離へと近づいていく。
「待っ――」
光一郎はレイドを停めようと声を挙げる。
しかし、再び信治が遮る。
「光一郎くん――もういいでしょう? 退って下さい」
「――で、でも」
「いいんだ――光一郎」
「―――――――え?」
尚も食い下がる光一郎にレイドが放った言葉は、“諦め”に満ちていた。
「俺は罪を犯したんだ…だから、罪を償わなきゃいけない」
信治の元に歩きながら。
重々しく、語る。
「だけど…それに他の奴等を巻き込んじゃいけない……そうだろ?」
自分の前をレイドは真っ直ぐに歩いていき、その表情は次第に髪や背中に隠れていく。
「悪いけど、光一郎…エレンを頼む……俺が死んだらあいつ跡を追いかねないからな…」
「な、なんで…俺に……?」
「お前にしか…頼めそうにないからな……だから、光一郎……お前は―――」
「生きろよ」
その言葉を放ったレイドの表情は光一郎からは見えない。
声もふざけたように軽薄な、まるでいつものレイドのようだった。
だから、光一郎にはレイドがどんな気持ちでその言葉を口にしたのか、理解らない。
さっきと一緒だ。
光一郎には分からない。
レイドの気持ちも。
覚悟も。
罪悪感も。
何も――解らない。
でも。
解らないけど。
光一郎には、思えない。
レイドが保身の為に祖国を売る売国奴だと。
思えない。
「何か、言い遺すことは、ありますか?」
信治がレイドに尋ねるが。
「さっき光一郎に言ったのが、遺言だ」
レイドは短く答える。
「そうですか…では」
そう言うと、信治は右腕を上げる。
その手に持った刀を、振り上げる。
――――――駄目だ。
光一郎の中で何かが叫んだ。
このままでは、レイドが死んでしまう。
それは、駄目だ。
たとえ、レイドが売国奴であっても。
裏切り者であっても。
死なせて良い奴じゃ――ない!
光一郎は走り出していた。
それと同時に、信治の刀が降り下ろされる。
風が吹くように静かで速い。
……間に合わない…!?
焦り足に力を入れるが、躯が重く言うことを聞かない。
……クソ、クソ……クソッ……!
――しかし、そこで。
光一郎の全身を光が包む。
各所から痛みと重みが消え。
身体が活動を再開する。
……これは…
間違いなく、『天体魔人』。
おそらく、七花の操る『魔封印』が解除されたのだ。
故に、《封印》されていた『天体魔人』が再発動した。
――だが。
そんなことは、今はどうでも良い!
光一郎の脚に力が入る。
今までとは比べられないほどの、力に。
光一郎の脚は床を砕き、加速する。
「レイドォッ!」
先刻とは違い。
光一郎がレイドの名を呼び掛ける。
そして、刀が降り下ろされるレイドを横から体当たりで吹き飛ばす。
紙一重で刀が降りて来る。
標的であるレイドを失った刀は代わりにその場にいた光一郎は切り裂く。
肩口から血が吹き出し、『天体魔人』で軽減されているとは思えない激痛が走る。
だが、そんなことでは止まれない。
「レイド! 走るぞ!」
「………え…?」
意外そうに目を丸めるレイドを他所に、光一郎はレイドの腕を握り、走り出す。
目指すは、教室の出口。
本来は、窓からの逃走が理想的だが、今は信治が窓と光一郎達の間に立ち塞がっているため、そこからの逃亡は不可能だ。
――更に。
「待ちなさい! 光一郎くん!!」
信治が光一郎に静止の呼び掛けと共に、追いかけようと身構える。
……チッ…!
それに光一郎は魔導兵器を構える。
銃口が向く先は、信治――の頭上の天井。
そこを狙って。
六発、『流星弾』を放つ。
六つの連なった流星は、丁度、六角形に天井を撃ち抜き。
砕けた天井は岩石となって降り注いだ。
「――――チッ」
忌々しげに舌打ちをして、信治は岩石を避けるために後ろに退った。
……今だ…!
それを、見届けた光一郎はレイドの手を引き。
教室を後にした。
××× ××× ×××
「光一郎様…大丈夫でしょうか……?」
南座学園から離れること約一キロ。
建物の屋根の上で八条・七花は呟いた。
たった今、光一郎の体に掛けていた『魔封印』を解除した。
元々は“仲間”と合流するまでは『魔封印』を解除しないつもりであった。
しかし。
先刻、学園の中から今まで感じたことのない、殺気を感じ、少しの思案の後に解除を決意した。
何故なら、光一郎に死なれては“困る”から。
彼女の――否、“彼女達”の目的には光一郎の存在が必要不可欠なのだから。
……死んではなりませんわよ、光一郎様…
「しかし……恐ろしい方ですわね…鬼さんは」
鬼。
それは、式島・信治の異名だ。
あまりに強い彼にはいつしか、そんな人ならざる二つ名がついた。
「まさか、こんな離れた場所に殺気を届かせるとは……」
未だ相対したことのない敵を思いながら。
七花は南座学園を眺めていた。
××× ××× ×××
「待てッ! ……待てよ光一郎!!」
「あぁ!?」
特別教室を後にして、レイドを連れて廊下を走っていた、光一郎。
急いで、別の教室の窓から逃げるか、階段を下りて逃げるかしなければいけない。
しかし、そこでレイドが腕を振り払い止まる。
「おい…なにしてんだッ! 急いで逃げなきゃヤベェんだぞッ!?」
純白に戻った髪を揺らし、青に染まり直した瞳をレイドに向けて、光一郎は怒鳴る。
「それはこっちのセリフだ! お前…自分がなにしてるか分かってるのかッ!?」
「分かってるに決まってんだろッ! 逃げてんだよッ! お前、状況分かってんのか? 逃げなきゃ殺されんだろ!?」
「…お前……お前こそ状況分かってないだろ!!」
「あぁ!?」
「だって……お前が殺される訳じゃ無いんだぞ? なんでお前が逃げるんだよ!?」
「お前が逃げようとしねぇからだろ! そんなことも分かんねぇのかよ! 馬鹿がッ!!」
「――なッ!? お、お前の方が馬鹿だろ!」
「あ? なんだと!?」
「お前…さっきの話し聞いてなかったのか!?」
「あ? 話しって――」
「とぼけるなよ! 俺の……俺の過去の話しだよ!!」
レイドが肩で息をしながら、表情をまた、暗くする。
「俺は…罪を犯したんだ、それを償わなきゃいけない……そのためには…もう死ぬしか…信治の刃にかかって死ぬしか――」
「ふざけんなッ!!!」
光一郎はレイドの言葉を遮り、その胸ぐらを掴む。
「な、なにを――」
「甘えてんじゃねぇぞ!?」
光一郎は今までに無いくらい手に力を入れ、眉間に皺を作る。
「お前…さっき俺に言ったよな……“お前はお前だ”って………」
それは光一郎が最大の秘密を――天道家の血統ではないという秘密を暴かれ、絶望の淵に立っていたとき。
レイドが光一郎に向けて放った言葉だった。
「あ、あぁ……それが一体なんだと――」
「それは、こっちも同じなんだよッ!」
光一郎は腕に力を入れ直し、レイドの体を近づける。
「いいか……テメェにとって俺が天道家の長男であろうとなかろうとどうでも良いように――俺にとってもテメェが祖国を売った人間であろうとどうでも良いんだよ!」
熱く、光一郎は語る。
しかし、それにレイドは言い返す。
「な――お前…さっきまで、俺は国を売るような奴じゃないって言ってたじゃないかッ!」
「う、うるせぇッ! 今、意見が変わったんだよ!!」
少し、慌てて光一郎も切り返す。
しかし、それにレイドは。
「そ、それに――ッ!」
声を張り上げ、再度光一郎の手を振りほどく。
「お前のとは……わけが違うんだ………血が繋がってるとか繋がってないとか、そんなこととは違うんだ! これは、俺の過去の……俺自身の罪の話しなんだよ!?」
そう。
光一郎の話しとは違う。
他の誰でもなく、これはレイド自身の罪の話しなのだ。
――しかし。
「だから、なんだ?」
「え………?」
レイドは戸惑いと共に声を溢した。
そんなレイドに光一郎は想いをぶつける。
「だから、何だ? 血の繋がりとは違う? お前自身の罪? ――ハッ。そんなのどうでも良いな!」
「な、なにを――」
「俺はな! テメェが過去に何をしていようが、テメェの過去に何があろうが、そんなもんは知らねぇし、知ったこっちゃねぇんだよッ!!」
「し、知らねぇって…お前――」
レイドは光一郎の想いを受け入れられない。
だから、光一郎を説得しなければならない。
――――しかし。
「俺にとって大事なのは、“今のお前”だ!」
「――――――」
しかし、その言葉には言い返すことが出来なかった。
……今の……俺……?
レイドの心の疑問に光一郎は言葉で答える。
「確かに、お前は過去に国を売るようなことをしたのかもしれねぇ……それは死ななきゃ許されねえことなのかもしれねぇ――でも」
でも。
「そんな“お前”を俺は知らねぇ! 俺が知ってんのは……自分の命がヤベェって時にも人のこと心配したり…会ってたった一週間の奴を“友達”って呼んで助けちまうような――お人好しの“お前”だ――だから」
だから。
「俺は――お前に生きて欲しい。お前とおんなじだ……お前が誰とか、何をしたとかじゃねぇ――お前が俺の友達だから…俺は生きて欲しい!………第一よ、テメェさっき俺にあんな偉そうなこといったくせに……簡単に死のうとしてんじゃねぇよ」
そんなことを語る光一郎にレイドは――
「お前…馬鹿だろ」
「あぁ!?」
光一郎が今までと別種の怒りを爆発させる。
「テメェ…どういう意味だ!?」
今にも殴りかかってきそうだ。
しかし、レイドはそれをハハと笑い。
「だって…そうだろ」
「だから――どういう意味だよ!?」
「明らかにお前も“お人好し”じゃねぇか…」
「――な、て、テメェほどじゃねぇよ!」
「ハハハハ…よく言うよ…ハハ」
レイドはひとしきり笑い。
不意に、何かが、頬を伝った。
「――――――あ」
そして、それが、涙だと遅れて気づく。
「お、おい…良い年こいて泣くんじゃねぇよ」
光一郎が半ば茶化すように、半ば心配するように、言う。
……やっぱり、お前も充分お人好しだよ…
「ハハ……ハハ………アハハ……」
何故、笑いが込み上げるのか。
何故、涙が流れるのか。
どちらも、自分では判然としない。
でも、きっと。
過去の罪を知っても、今の自分を受け入れてくれたことが――
嬉しかったのだと思った。
三十秒ほど経ち。
「おい…もう、行くぞ?」
光一郎がやはり心配そうに聞いてくる。
「あぁ、行くか……」
それに努めて、明るく返す。
「なんつうか、その……大丈夫か?」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
その言葉は嘘ではない。
確かに、まだ罪の意識は消えない。
というより、罪悪感は消して良いものでは無い。
一生、背負って行かなければならない。
だが、もう、死のうとは思わない。
生きなければ、光一郎に示しが付かない。
だから、大丈夫だ。
「そうか、じゃあ行くぞ」
光一郎が笑いながら階段を下ることを促す。
それにレイドも笑顔で返す。
「おう、行くか」
「おや? どこへ行くのですか?」
『――――――――ッ!?』
二人の笑顔が瞬時に、凍りつく。
後ろを振り向くと、廊下の先に信治が立っていた。
信治は刀をこちらに向けながら尋ねる。
「まさか……逃げるつもりですか? レイドくん? さっきの覚悟はどうしました?」
信治の表情は笑っていたが。
真珠色の瞳は恐ろしく真剣だった。
だが、その瞳をまっすぐに見据え。
「悪いが……あんたに殺される訳にはいかなくなった……!」
レイドは悪びれることなく、答える。
「俺は――生きて罪を償う」
「そう……ですか」
それに信治は一瞬目を伏せる。
しかし。
「まぁ……君の償いなど、どうでも良いんですがね? 私は私の仕事をするだけですから――」
そう言って、信治は――
刀を構える。
……ッ! やはり…強いな…
信治の放つ殺気がレイドに届く。
……一体どうやって、倒せば…
レイドが思案に入るその瞬間。
「おい…レイド」
光一郎がレイドにだけ聞こえるほどの声で、話した。
「俺に……少し、考えがある」
鬼の異名を持つ男と対峙しながら。
レイドは光一郎の作戦を聞いた。
文章の誤字がありましたら、ぜひ指摘をお願い致します。
感想もお待ちしております。




