過去暴露
更新が遅くなり申し訳ありません。
試験や部活動などであまり書く時間が取れずこんな一ヶ月振りの更新となってしまいました。
改めて申し訳ございませんでした。
今さらですが、誤字の指摘や感想はいつでも大歓迎でお待ちしております。
黒髪青目の青年レイドの首元に。
土埃の舞う大気を切り裂くように。
白銀の刃が迫り来る。
「――――――ッ!?」
……疾い………!
その刀の速度はレイドの反射速度を上回っていた。
銀の刃を眼で捉えることは出来ず。
微かに見えるのは銀の輝きのみ。
このままではレイドの頸は體を離れることになる。
――しかし。
「……ぬあああぁぁッ!」
レイドは持てる力の全てを両足に注ぎ。
文字通り、全力で。
後ろに退がった。
「――ッウ!」
刃の先が左の頬を掠め、少し息を洩らしながらも。
なんとか刃を回避した。
「ハァ…ハァハァ…ッハァ…」
レイドの息は大きく乱れていた。
全力で回避を行ったから。
等と言う理由ではない
確かに回避に多少なり体力を使った。
だが、肺の空気が空になるほどでは無い。
理由は別。
……は、疾すぎる……
敵の攻撃の速度。
その攻撃に己が反応しきれない。
つまり、敵の方が―疾い。
その事実がレイドを焦らせた。
焦燥に呼吸が乱れる。
「おや? 外しちゃいましたか?」
恐ろしいほどの剣撃の冴えとは裏腹に、おどけた調子で敵が――。
式島・進治が言う。
「…初太刀で殺められなかったのは久しぶりですよ」
式島・進治は右手の刀の峰で肩をポンポンと笑顔で叩く。
「まぁ…次で殺めますが…ね」
進治は楽しげに笑い、そら恐ろしいことを口にした。
……なんて奴だ…
しかし、レイドにはその言葉が事実だという強い確信がある。
何故なら、進治の剣速は完全にレイドの反応の外だ。
レイドには〈魔導真眼〉がある。
そのため、凡そ全ての魔法を見切ることができる。
しかし、目の前の男、式島・進治の剣撃は。
魔法が使われていなかった。
魔導士が白兵戦を行う場合。
『身体強化』の魔法を使うのが定石だ。
故に、レイドは『身体強化』の魔法を使った者が居れば近接攻撃を警戒する。
だが、進治は『身体強化』を使っていなかった。
更に、もう一つ。
進治の剣撃には。
否、目の前の式島・進治という男には。
……殺気が……無い…!
通常、どんな手練れの戦士であろうと殺気は存在する。
実際に多くの人間を殺しているであろう少女、八条・七花はおびただしい殺気を纏っていた。
しかし、進治にはそれが無い。
おそらく、殺意は存在する。
だが、それが外に出ない。
胸の奥では殺意を燃やしながらも、表情には笑みを貼り付けて殺気だけは漏らさない。
つまり、敵に敵だと悟られない。
油断した獲物に近づき、必殺の一撃を叩き込める。
現実にレイドは全く進治を警戒していなかった。
それこそが進治の恐ろしさだと、レイドは確信する。
魔法も使っておらず、一片の殺気すらも放っていない。
しかし、その剣撃はレイドの反応を越えて首もとに迫る。
そんな進治に対抗する手立てがレイドには無かった。
……どうする…どうすれば、この男を……
倒せるか。
レイドは考えを巡らせる。
打開策を見つける為に頭を回転させる。
しかし。
「――何か、考えつきでもしましたか?」
進治が刀を無造作に構える。
刀を持った手を、だらりと下げた格好だ。
凡そ戦意の感じられない構えだが、レイドにはそれが進治にとって最も効率的な構えなのだという確信があった。
「――クソ…」
悪態をつきながらも進治の攻撃に備え、腰を低くし身構える。
……来るなら…来い…!
声には出さない気合いの声を挙げる。
――しかし。
「なんで…なんでだよ……なんでなんだよッ! 進治さんッ!?」
突如、悲痛な叫び声が聞こえた。
レイドは声の方向に振り向く。
そこには、くすんだ黒い髪と濁った赤い瞳をした、天道・光一郎の―
悲壮に歪んだ表情があった。
××× ××× ×××
光一郎は本当の両親を知らない。
今から十年程前に光一郎はとある戦場で拾われた。
拾ってくれたのは、育ての親である天道・桃花。
しかし、まだ幼い光一郎にはそれ以前の記憶が無かった。
言葉は公国・神威の言語を知っていた。
物の名称もそれなりに知っていた。
だが、何故か記憶は無かった。
自分の名前も。
自分の家族も。
何も知らなかった。
そんな光一郎を優しく育ててくれたのが母である桃花と――
進治だ。
進治はいつも一緒にいてくれた。
進治は昔から優秀な魔導士として、多忙な日々を送っていた。
だが、彼は毎日天道家の屋敷にやって来てくれた。
光一郎と会ってくれた。
桃花も一緒になって色んな遊びをして、色んな話しをした。
進治からは、多くのことを教わり。
多くのことを学んだ。
光一郎を魔法協会「魔導制圧部隊」の副隊長にしてくれたのも進治だ。
だから、光一郎にとって進治は――
父親のような存在だった。
だが。
いや、だからこそ。
目の前の光景が信じられなかった。
「なんで…なんでだよ……なんでなんだよッ! 進治さんッ!?」
光一郎は悲痛な声で叫んだ。
進治の“行動”が理解出来なかった。
進治の“行動”を認めたく無かった。
だから、叫ぶ。
「なんで……なんでレイドを殺そうとするんだッ!?」
叫んだ瞬間に腹の傷が悲鳴を挙げる。
だが、心も悲鳴を挙げている。
拒絶の悲鳴を。
しかし、そんな悲鳴を掻き消すように、進治は言葉を返す。
「なんで…とは、どういう意味ですか?」
その時の進治の表情に笑みは無かった。
それは進治が本気であることを如実に表していた。
「どういう意味もクソもねぇよ! なんであんたがレイドを殺すんだよ! 俺達を助けに来たんじゃねぇのかよッ!?」
進治がレイドを殺そうとしている。
ひょっとしたら、自分も殺そうとしているかも。
その事実を否定したい一心で問うた。
進治の口から「やだなぁ、冗談ですよー」という、人を小馬鹿にしたような、心底腹立たしい言葉が出るのを、心底期待した。
そして――
「確かに…言いましたね。君たちを助けに来た、と」
そう、進治が言った。
「だ、だったら――」
それに期待した。
しかし。
「確かに、言いました。君たちを助けに来たと。――ですが、その“君たち”の内にレイドくんは入っていないんですよ」
期待はその言葉に押し潰された。
「光一郎くん…私が助けに来たのは君たち“一般生徒”であってレイドではありません」
進治は簡潔に話すとレイドに刀の切っ先を向ける。
「な、なんで…?」
光一郎は何度目とも分からない問いを放つ。
「また“なんで”ですか…君は分かっているはずですがね……光一郎くん」
「……な、何を…」
進治が半ば呆れたように言うが、光一郎には理由が分からない。
進治がレイドを殺そうとしている理由など分からない。
それに進治はため息をつく。
「……私が彼を殺す理由は…主に二つ」
そう言って、進治は説明を――
“説得”を始めた。
「一つは“任務”です。光一郎くん、思い出して下さい、私たちの任務を――」
「それは――」
魔王の息子。
レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズの監視。
そして――抹殺。
―――――でも。
「でも、それはッ! “抹殺”はレイドが危険な存在だと判断された場合のハズだッ!」
光一郎は思わず声を挙げる。
確かに、光一郎はこの南座学園にレイドの監視の為にやって来た。
だが、レイドの抹殺に関しては―
レイドの存在が危険だと判断された場合だ。
「確かに…レイドの魔導士としての能力は異常だ…それに、頭も良い……でも! こいつは学園を―学園の皆を連中から守ったんだッ! そんなレイドが……危険な存在なわけないだろ!?」
光一郎の言葉には想いの全てが込められていた。
進治にレイドを殺して欲しくないという想いが。
――しかし。
「本当に…そうでしょうか?」
「…………え……?」
進治の静かな言葉が、光一郎に刺さる。
「確かに、レイドはこの学園を守るために尽力したのでしょう―――ですが」
進治の眼光が鋭く、レイドを見据える。
「ですが、そもそも、レイドが居なければ――あの武装集団も来なかったのでは無いですか?」
『――――――』
光一郎とレイドは同時に息を飲んだ。
光一郎は進治の言っていることを直感的に理解した。
光一郎はミリタリー服の武装集団の目的は知らない。
だが、レイドが目的の一部であることは理解していた。
「私の危惧することはそれですよ…レイドの力は、確かに恐るべきものです。ですが、私に言わせれば最も危険なのは魔王王子の存在そのものです」
進治は尚も冷たい声で語る。
進治にとって、重要なのは。
レイドの強さでも無く。
レイドの賢さでも無く。
レイドの存在そのものである、と。
「光一郎くん…君はレイドが悪い人間でないと思っているようですね――だが、周りの人間にはそんなことは関係ありません」
レイドの存在が。
魔王王子の存在が。
魔王国の者に活力を与え。
周りの諸国に恐怖を与える。
「だからって…だからって! 殺す必要は――」
「それだけでは、ありません」
光一郎は再度、進治を説得しようとする。
しかし、進治の光一郎への説得も止まらない。
「二つ目の理由は――」
「君の為ですよ…光一郎くん」
「…………は……?」
進治の言葉の意味がわからず。
己の為だと語る、意味がわからず。
光一郎は疑問の声を発した。
「……光一郎くん…私は桃花さんに崇拝にも似た感情を持っています……そして、君のことも実の息子のように思っています……だから、私はそんな二人の“秘密”を護りたいんですよ」
「な、なにを――」
進治は滔々と思いを語るが、光一郎にはその真意が読み取れない。
だが、進治は言葉を続ける。
「光一郎くん…その髪と瞳……どうしたんですか?」
「―――! こ、これはッ!」
光一郎は自分の髪と瞳の今の“色”を思い出し、進治の言わんとしていることを察した。
光一郎と桃花の血の繋がりを保証する髪と瞳の色。
だが、それは今、別の色に変わっている。
それはつまり――
桃花と光一郎の間に血の繋がりが無いことを示す。
進治は無論それを知っている。
そして、光一郎の秘密を知っている進治の前に。
光一郎の秘密を護りたい進治の前に。
秘密を知ってしまった者が立っている。
その事実に思い至った時、光一郎は言葉を紡いだ。
いや、紡ごうとした。
しかし、進治はその光一郎の言葉を遮る。
「まぁ、理由はどうでも良いですよ…私にとって大事なのは――」
進治の刀に、初めて。
「レイドが息子の秘密を知っていることだ」
殺気が滲む。
『――――――――ッ!?』
レイドは勿論。
光一郎ですら、初めて見る。
進治の殺気。
それは有象無象は当然の如く。
卓越した実力の戦士すら凌駕する。
圧倒的なモノ。
進治の本気の臨戦体制だ。
「………ッ」
光一郎はそれを感じただけで、焦燥に駆られ、冷や汗が背中を流れた。
この殺気を直接向けられているレイドは恐らくこんなものではないだろう。
だが、レイドは汗を垂らしながら、尚も立っていた。
ならば、光一郎も気圧されているわけにはいかない。
だって、ここで引いては――
レイドが。
自分のことを友と呼び、助けてくれた友達が。
殺されてしまう。
進治に。
恩を感じている父親に。
「ま、待って……待ってくれッ! 進治さん!」
懇願するように光一郎は叫ぶ。
レイドに――友達に死んで欲しくない。
進治に――父親に友達を殺させたくない。
その一心で。
―――だが。
「待ちませんよ」
進治は底冷えするような声で語る。
「光一郎くん…私は桃花さんに恩があり、君にも愛着がある……だから――たとえ“君が望まぬことであっても”君や桃花さんにとって不利になるようなことは全て、私が――消す」
「ち、違うッ! 違うんだよ! 進治さん!」
光一郎は最後の望みにすがるように声を挙げる。
「レイドは…秘密を言いふらすような奴じゃないッ! こいつは会って、たった一週間の俺を助けに来るようなバカなんだよッ! こいつは…良い奴なんだよッ!!」
「光一郎……お前」
光一郎の必死の説得に進治では無く、レイドが反応した。
意外そうに目を丸くしながら、驚いているのか喜んでいるのかよく分からない表情を作りながらも―少し、嬉しそうにしている。
しかし。
「いや、光一郎くん。君の方こそ勘違いしている」
進治は光一郎の想いを否定する。
「レイドくんは決して…善人ではない」
「何を…根拠に…」
「根拠ならばありますよ」
進治はレイドを刀の切っ先で示しながら。
「……光一郎くん…君には報告していませんでしたが。私たちはレイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズについて重要な情報を入手しています」
と、レイドについて語る。
「光一郎くん君も知っているように…かつての魔王国軍と連合国軍の戦力はほぼ互角でした」
「…はぁ?」
光一郎は進治がいきなり何を話始めたのか分からなかった。
レイドの話が何故、十年前の戦争の話になるのか理解不能だ。
だが、進治の話は続く。
「しかし、何故か魔王国軍は連戦連敗――国力はあっという間に疲弊していきました」
そこで進治が言葉を区切る。
「では、それは何故か? 魔王国の中枢―ヘイルスウィーズ王家の中に連合国軍への内通者がいたんです」
「内通者…?」
光一郎は思わず聞き返した。
それが、一体レイドと何の関係があるというのか。
しかし、そこで。
「……ま、待て…」
何故か、レイドが顔面蒼白で進治を睨み付けている。
「その内通者は多くの情報を連合国軍に流し、自らの祖国である魔王国と家族である王族を―裏切り続けました……では何故そんなことをしたのか、理由は簡単なことです――」
「…や、やめろ……」
進治の言葉にレイドの表情が更に、蒼く、白くなる。
「自分は生き残ることができるからです」
進治は重々しく言い放ち、続ける。
「魔王国が滅亡した時、王族は全て殺されました……ですが、その“内通者”だけは連合国軍に
よって保護され…“今も生きています”」
つまり。
「つまり、その内通者は“自分が生き残る為だけ”に、国を、民を、家族を売ったのです…」
そこまで、説明を聞き。
……まさか…
光一郎の中にも、一つの疑念が浮かぶ。
……まさか、その内通者って…
「その内通者の名前は」
「レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズです」