絶対零度
風が吹いている。
冷たい風が、
男の躰に吹き付ける。
黒髪に白い二本のメッシュをまるで角のように付けている、真珠色の瞳を持った男。
光一郎の上司、式島・進治だ。
進治は高所に立っていた。
場所は公国・神威の首都「宮代」。
更に、その中心部にそびえ立つ、
時計塔。
その頂上に進治は立っていた。
「………どうしますかね…」
そう呟く進治の視線の先には、
学園がある。
南座学園だ。
その学園からは、
様々な音が聞こえる。
戦闘音。
絶叫。
悲鳴。
あるいわ―断末魔。
本来、学園という場所からは、
凡そ聞こえるはずの無い物ばかり。
だが、進治は知っている。
そんな音が――。
絶望の声が――。
学園から聞こえる理由を。
現在、南座学園は謎の集団に占拠されている。
進治はその謎の集団を打倒し、
学園を救うためにやって来た。
―しかし。
「…さて、光一郎くん…君はどうしますか?」
部下の青年を思う。
彼なら―自分の助けなど要らない。
かもしれない、と。
「でも…早くしないと…みんな死んでしまいますよ?」
進治は愉しげに呟いた。
××× ××× ×××
「ちょっと待ってくれ!」
光一郎は訴えた。
その言葉に大柄なアーミーナイフを持った男―ロドリゲスが反応する。
「あぁ? 今度はなんだ!?」
明らかに苛立っている。
光一郎は静かに周りを見回す。
敵の数はおよそ、五十人。
全員が戦闘の専門だ。
対して―。
こちらの戦闘可能な人間は自分を入れて、
四人。
アトラス。
セイナ。
ルーナ。
そして、自分。
「光一郎殿!」
不意に名を呼ばれる。
千代だ。
腰に左右一振りずつの刀。
『雷刃丸』と『風刃丸』を差している。
臨戦態勢だ。
その目は語っている。
貴方が戦うのなら、自分も戦う。
と。
これで、五人。
しかし、戦力の差は絶望的。
おそらく、千代、アトラス、セイナ。
この三人が全力で戦えばなんとかなる。
だが、他の生徒を守りながらとなるとそうもいかない。
それに、
「おい! さっきから、ずっと黙ってんじゃねぇぞ!」
ロドリゲス。
この男はおそらく、別格だ。
何より、その手に持ったナイフ。
まず間違いなく、魔導兵器だ。
せめて、一対一なら。
しかし、そこで。
「光一郎、好きになさい」
隣に立ったルーナが語りかける。
「貴方の考えなら、命を預けられるわ」
その表情には一抹の不安も無い。
在るのは信頼のみ。
「……俺たち、会ってまだ一週間だぞ?」
笑いながら言うと、
「大事なのは、長さではなく濃さよ」
と、笑って返してくる。
そんな、濃密な関係でも無かったとは思うが。
「後のことは頼む」
不思議と光一郎もルーナを信じられた。
そして、ロドリゲスに向き直る。
その時。
数人の死体が見える。
光一郎が守れなかった人々。
……すまない…
心の中で、謝る。
代わりに誓う。
今度こそ全員守ると。
「話は終わったか?」
ロドリゲスが言う。
それに、光一郎は。
「あぁ、まぁな」
と、答える。
そして、ロドリゲスを見据えて続ける。
「なぁ―筋肉脳」
そこで、
その言葉、
“筋肉脳”を聞いた瞬間。
ロドリゲスの額がピクリと動く。
周りのミリタリー服もざわめく。
……手応えあり、だな…
内心で呟くと、
光一郎は続ける。
「筋肉脳、実際のところ、あんたの実力ってどの程度なんだ?」
「て、てめぇ……!」
ロドリゲスの顔が真っ赤に染まり、太い血管がピクピクと動く。
かなり、怒っている。
……いいぞ、もっと怒れ…
「おい? どうしたんだ、筋肉脳? 気分でも悪いのか?」
「―ッ! ぶち殺すっ!!」
そう言うと、ロドリゲスは真っ直ぐに突っ込んでくる。
……ッ!?…
かなりの速度。
間違いなく『身体強化』を使っている。
ロドリゲスが振り上げたナイフを後方に退がりなんとか避ける。
―――が。
「――ッ!?」
光一郎の腹にナニかが刺さる。
一瞬、痛みが走る。
しかし、光一郎の腹からナニかが引き抜かれた。
その瞬間。
「――熱ッ!?」
熱が走る。
高熱だ。
皮膚が焼かれ。
血が蒸発し。
内臓が燃やされる。
「ぐっ…あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁッ!!」
痛みのあまり。
否、
熱さのあまり絶叫し、
地面をのたうち回る。
……な、なんだ…!?
驚愕しながら、
ロドリゲスを見やる。
すると、
ナイフの刃が―伸びていた。
正確には、
ナイフの刃から出現した、
紅い光。
その光は刃から伸び、
刃の延長線上に、
“光の刃”を形成する。
長さはおよそ、一メートル。
ナイフは刀に変わる。
そして、光の刃は高熱を発している。
周りの空気は温度差に因って陽炎のようにゆらゆらと揺れている。
「二度と嘗めた口を利けえねぇようにしてやるぜぇ!」
ロドリゲスが勝ち誇ったように光の刀を振り上げる。
「――ッ! く…糞がっ!」
熱に悶える躰に鞭を打ち。
光一郎は校舎の中に走り出す。
××× ××× ×××
学園長室の中には二人の男が居る。
レイドとハンスだ。
エレンはついてこさせたが、今は外で待たせている。
ハンスはソファに深く腰を沈めると、
「どうぞ、“殿下”もお座り下さい」
そう、殿下―レイドに促す。
しかし。
「その呼び方はやめろ」
レイドが嫌悪を露にする。
「俺が王子だったのは、もう十年も前のことだ」
そう。
レイドが王宮に住み、“殿下”と呼ばれていたのは、
十年も前のことだ。
更に、レイドの存在は、
かつての魔王国の国民すら知らない。
「俺が王子だと知っているのは、王族と王宮の使用人……」
そして。
「貴族だけ―そうだろ? ハンス…いや―ハンス・グランダルト公爵」
レイドは冷たい表情のまま、言う。
しかし、
それをどう受け取ったのか、ハンスは―。
魔王国の元貴族、ハンス・グランダルト公爵は。
「私のことをご存じとは、光栄の至り」
満面の笑みで、立ち上がり、お辞儀をする。
「勘違いするな、俺は魔王国の全ての貴族を覚えている。それに、お前は六つの爵位の中でも上から二番目―公爵だ」
かつての魔王国には六つの爵位が存在した。
下から、子爵、男爵、伯爵、侯爵、公爵、そして大公。
以上の六つだ。
ハンス・グランダルトは公爵の爵位を持っている。
「だから覚えていただけ…お前個人にはさして興味はない」
と、レイドは冷たく言い放つ。
しかし。
「それでも、構いません」
と、ハンスは答え、
「大事なのは! 貴方様が生きてらっしゃるということ!」
大仰に言う。
「…何が…目的だ?」
レイドは聞く。
ハンスの答えは分かっていながら。
それにハンスが両手を広げ、
答える。
「ヘイルスウィーズ王国の復興でございます」
……やっぱりか…
その答えはレイドの予想した答えと一緒だった。
ハンスにとっては、
否。
生き残った魔王国の貴族にとっては、
それが全て。
もう一度、魔王国を――。
ヘイルスウィーズ王国を復興する。
しかし。
それには、一つ問題がある。
王族だ。
王家の血筋が無いのだ。
遣えるべき、主が居ない。
従うべき、王が居ない。
レイドの父である魔王ジークが、
光一郎の母である天道・桃花に、
敗死れた。
それにより、
王族の血筋は途絶えた。
しかし。
王子がいた。
それならば。
話は別だ。
王家の血筋が残っていた。
遣えるべき、主が居る。
従うべき、王が居る。
ならば、貴族のすることは一つ。
王子を見つけ出し、
王として奉り、
その元に、
魔王国を復興させる。
それがハンスの狙いだった。
「あの連中…他の者達も魔王国の人間か?」
レイドの質問はミリタリー服の人間や、ロドリゲスのことを示している。
「えぇ、もちろん。あの者達は皆、魔王国の軍人です」
レイドの質問にハンスは快く答える。
「そうか…」
それにレイドはどこか悲しげな表情をする。
しかし、ハンスはそれに気づかない。
「さぁ、レイド殿下―否、レイド“陛下”!」
ハンスは一際大袈裟に両手を広げる。
「今こそ、その時です! レイド陛下の元に魔王国を復興致しましょう!!」
「――断る」
ハンスの大声に、
レイドは即答する。
「―――――――は?」
遅れてハンスが反応する。
続いて悲壮な表情を作りながら。
「……………な、何故……ですか?」
と、問い掛ける。
その表情には悲しみの色は無い。
寧ろ、驚きのあまり。
その表情は凍りついていた。
しかし。
ハンスの表情より、
レイドの言葉の方が、
冷たい。
「お前が只の間抜けだからだよ」
「は?」
ついでハンスの表情に怒りが浮かぶ。
「そ…それは……どういう意味で……しょうか?」
レイドはその問いに答える。
「まず、お前には計画性が無い」
「な、何が仰りたいのですか!?」
「単純な話だ」
そう言うとレイドはソファに座り。
足を組む。
そして――。
「この学園は皇国・神威の首都にあるんだぞ? こんな事をして無事に逃げ切れると思っているのか? もう魔法教会が動き出しているんじゃないか? どう対処するつもりだ? そもそも、こんな大事にする必要はあったのか? もっと下調べをすれば密かに俺に接触出来たんじゃないのか? 外の連中は本当に魔王国の元軍人か? 全員の身元の確認はしてないんだろう? あの大鎌を担いだ少女は? 魔王国の人間じゃあないだろ? 一体組織の人間だ? 何が目的なのか知っているのか? 本当に信用に足る人間なのか? お前らは―いや、お前は利用されてるだけじゃないのか? お前は――」
「黙れえぇっ!!」
レイドがつらつらとまくし立てるのを、
ハンスは怒鳴ることで止めた。
レイドの連ねた言葉が全て図星なのだ。
その心中は、
……小僧が嘗めやがって…!
穏やかであろう筈が無かった。
「ふざけるな! この…クソガキがぁっ!」
先刻までの“取り繕った貴族”はもう無い。
「…それが本性か」
レイドが静かに言う。
「大方、俺を王として即位させ、その後はお前が実権を握るつもりだったんだろ?」
「だ…黙れえぇッ!」
ハンスにとってそれも図星だった。
ハンスの計画は最初からレイドの“血筋”しか必要としていない。
利用しやすい王がいれば良かったのだ。
しかし、そんなものはもう、どうでも良い。
「こっちが下手に出てるからって……いい気になるんじゃねぇっ!」
……我慢ならん…殺す…!!
内心で声を張り上げ、
ハンスは左手で杖を握る。
無論、只の杖では無い。
魔導兵器『氷雪剣』。
仕込み杖型の軍刀。
水属性の複合魔法『氷結』は、
二つの単一魔法で構成されている。
水属性魔法全ての基礎となる《流水》。
物質を低温す《冷却》。
そして、魔導兵器『氷雪剣』は『氷結』の魔法陣を刻んでいる。
そのため、
斬った物体を凍らせる。
恐ろしい攻撃力を秘めた魔導兵器である。
一見すれば只の杖なので、
レイドはこの杖が『氷結』の刃を持った刀とは知らない。
……一瞬で抜き去り、凍らせる…!
レイドが。
小癪なクソガキが。
この杖が、魔導兵器だと気付く前に、
全身を凍らせる。
その後で、自分を馬鹿にしたことを後悔させる。
ハンスは怒りを膨らませながら。
右手で杖の柄に伸ばす。
が。
「止せよ」
と、レイドがこちらを真っ直ぐに見据える。
「それ、魔導兵器だろ?」
「…………なっ…!?」
何故、分かった。
ハンスは思わず聞き返しそうになるが、
続くレイドの言葉がそれを許さない。
「《流水》と《冷却》が用いられているから、水属性魔法の『氷結』系を使った魔導兵器……だと思うが、違うか?」
その通りだった。
「――――――」
驚愕が体を突き抜ける。
「………な、…………何故……?」
ハンスの問いにレイドは
「視えるから」
と、答える。
あり得ない。
ハンスはこの魔導兵器をレイドの前で一度も使っていない。
そして、仮に使ったとしてもその魔導兵器や魔法の使用者本人で無ければその魔法の内容は分からない。
しかし、レイドは言い当てた。
魔法の内容を――。
「その程度の魔導兵器じゃあ、俺は殺せない」
「――ッ! くそがあぁッ!!」
レイドの言葉にハンスは杖の柄に右手をかけ、
刃を抜き放つ。
……たとえ、分かっていても対処出来なきゃ関係無え!…
ハンスが座っているレイドに剣を降り下ろす。
「死ねッ!」
――が。
ガキィン。
と、音を発てて、
『氷雪剣』の刃が停まる。
「――なッ!?」
驚き見やると、
レイドの頭頂部から五センチ程前で、
刃が魔法陣とぶつかっている。
灰色の丸い直径一メートル程度の魔法陣。
それが『氷雪剣』の刃の道を塞いでいた。
……『防護障壁』…!?
ハンスはまたしても驚愕に顔を染める。
「なんだ? 何をそんなに驚いている? こんなの誰だって使えるだろう?」
あっけらかんとした様子でレイドが言う。
レイドの言葉は正しい。
『防護障壁』は『身体強化』と同じくらい誰でも使える魔法だ。
――だが。
「あ、あり得ない! は、速すぎる! お前はさっきまで全く魔法を使っていなかったじゃないか!?」
魔法には展開速度がある。
それは書いて字の如く、
魔法陣を展開し、
魔法を行使するまでの速さのことだ。
複雑な魔法であればあるほど、
この速度は遅く。
簡単な魔法であればあるほど、
この速度は速い。
しかし、
どんなに簡単な魔法でも魔法陣の展開から発動までは、
五秒を要する。
――だが。
「―い、今の魔法の発動速度は……い、一秒を切っていた……!」
ハンスが魔導兵器を抜き、斬りかかるまでの、
一瞬に。
レイドは『防護障壁』を展開してみせた。
「い、一体…ど、どういうことだ……?」
「いいから、さっさと武器を納めろよ」
レイドは淡々と続ける。
「敵わないのは分かっただろ?」
「………く、くそがあぁぁぁっっ!!」
ハンスは灰色の四角形の魔法陣を展開する。
『身体強化』の魔法を行使し、
刀を振り上げ、何度も降り下ろす。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死ねぇ!」
『身体強化』により、威力と速度を増した斬撃。
その全てがレイドに襲いかかる。
―――――が。
ガキィン。
ガキィン、ガキィン。
ガキィン、ガキィン、ガキィン、ガキィン。
全て、防がれる。
レイドはハンスの刃が当たる前に『防護障壁』を展開し、
刀の一撃一撃を受け止めてしまう。
左首筋。
右肩近く。
左胸。
鼻先。
右胸。
顎辺り。
右頬。
あらゆる箇所に飛んでくる斬撃。
しかし、レイドはその全てを、
『防護障壁』を連続で高速展開することで、
無効化する。
――座ったまま。
そして、
何度目かの。
否、
“何百回目”かの斬撃で、
「――ッ! ハァッ…ハァ、ハァ…クッ…ハァハァハァ……」
ハンスが力尽きた。
足に力が入らず膝から崩れ落ちる。
全力で高速の斬撃を繰り返した結果だ。
更にハンスは『身体強化』だけでなく、
『氷結』の魔法も斬撃を放つ度に使用していた。
レイドが攻撃の全てを防いだためにレイドを凍らせることは出来なかったが、
魔力は確実に減っていた。
魔力が底を突けば、
場合によっては身動きも出来なくなるほど、
疲弊する。
現在のハンスがそうだ。
しかし。
ハンスは思う。
それは、レイドも同じはずだ、と――。
何度も連続で『防護障壁』を使っていたのだから、
当然レイドも疲労しているはず。
そう思い、下からレイドの顔を覗くように見上げるが―、
「――なんだ?」
その顔には汗一つ流れていなかった。
……ば、馬鹿な…!?
あれだけ魔法を使っておきながら、
全くの余裕。
……一体、どれだけの魔力を持っている…!?
「…なんだ、もう、終わりか」
一片の興味も無さげにレイドが言う。
――そして。
「じゃあ…お前の真似でもしてみるか」
そう言うとレイドは魔法陣を展開する。
青い三角形の魔法陣。
色から見て水属性の魔法だろうが、
ハンスには見覚えが無かった。
……な、なんだ…?
警戒するハンス。
しかし、その魔法の正体はすぐに知れた。
「――冷ッ!? …さ、……寒い……!」
寒さ。
春先にはあり得ない冷気が、
学園長室を支配していた。
更に、
ピキ、ピキピキ。
と、音を発てて、
氷が発生する。
あまりの冷気に、
空気中の僅かな水分が凍り始め、
床や壁を氷が覆う。
そして。
その氷はレイドの背後から徐々に、
ハンスへ迫る。
「ひっ…ヒイィィッ!?」
思わず悲鳴を挙げるハンス。
それに、レイドは。
「まさか…人を凍らせようとしておいて、自分は同じことをされる覚悟も無いのか? とんだ屑だな」
冷たい。
それこそ、氷よりも冷たい瞳と言葉で返す。
それを受けたハンスは、
「…あ、……あぁ、あ………あああぁぁぁぁ……!」
逃げた。
氷から逃れる、ため。
それもある。
しかし、
今のハンスにそんな合理的なことを考える余裕は無かった。
確信したから。
否。
確信して“しまった”から。
殺される、と。
レイドは化け物だ。
あれこそが真の“天才”。
あれこそが真の“天災”。
絶対的な上位者。
魔王の息子などでは無い。
真の魔王だ。
何人も敵わず、
何人にも容赦しない。
敵対したが最期。
深い後悔の中に沈み、
果てなき絶望を味わいながら、
死ぬ。
故にハンスは逃げた。
氷からではなく。
レイドから。
疲弊した足に力を入れ、
四つん這いになりながらも
自分の背後にある、レイドとは逆方向の窓に向かう。
「ヒィ……ヒィ…! ハァハァ…!」
息を切らしながら、無様に這いつくばって逃げる。
「ハァハァ…ハァ……や…やった……!」
そしてなんとか窓に辿り着く。
――しかし。
「……あ、あれ……? あ…開かな……!?」
窓が開かない。
何故なら。
「こ、凍ッ……!?」
窓はすでに凍っていた。
窓枠を完全に氷が覆い、
窓ガラスの上から氷が膜を広げている。
「――――ッ!? あぁ!?」
そして、気づけばハンスの足も凍っていた。
氷が冷気と共にハンスの足を登ってくる。
「あぁぁ!? ひぁ! ああ! ああああああぁぁぁぁ!?」
膝から腿へ。
腿から腰へ。
冷たい氷が絶望と成って押し寄せる。
ハンスは終わりの無い後悔と恐怖の中でレイドの言葉を聞いた。
「――広範囲攻撃魔法『絶対零度』」
それは今、当にハンスの体を覆っている魔法の名だ。
「お前も使った『氷結』を主として、更に《広域》と《強化》を追加した魔法だ……冥土の土産にでもすると良い」
その言葉を聞き届けた瞬間、
ハンスは完全に氷に覆われた。