学園動乱
『――この学園はたった今占拠した。この時、この瞬間より、この南座学園は我々のモノだ、生徒、及び教職員は三分以内に庭園に集まれ』
突如として放送が流れた。
……これは…《拡声》か?。
《拡声》。
書いて字の如く。
“音声を拡げて、伝える魔法”。
そして、この学園には《拡声》した声を、
各教室に伝達するための回路が存在する。
さっきの声はそれを利用したものだ。
「光一郎殿…どうしますか?」
千代が至って冷静に聞いてくる。
周りの生徒たちは一部を除いて、
浮き足立っている。
それを一瞥しながら言う。
「先ず―情報を集める」
間違い無く、千代も同じ考えの筈だ。
情報が無ければ何も出来ない。
敵の目的は何か?
敵の人数は何人か?
敵の強さはどの程度か?
本当に学園は占拠されたのか?
それを知る必要がある。
「そもそも、今の放送が本物かどうか―」
調べなければ。
そう言おうとして。
そこで、轟音が響いた。
「な、なんだ……!?」
次いで、またしても、
学園のあらゆる場所から、
轟音が響く。
轟音。
轟音。
轟音。
それは明らかな、
戦闘音。
何処かで―。
魔法による戦闘が行われている。
そして、幾度目かの轟音が響いた時。
「な、何がどうなっているの!?」
「わかんねぇよ!!」
「い、いいから! いいから、早く逃げようぜ!?」
「馬鹿! 庭園に集まれって言ってただろう!? 無視したら、殺されるぞ!?」
周りの生徒たちの中で、
混乱の声が挙がる。
「おい! 全員落ち着け! 落ち着くんだ!」
間宮担任が生徒たちを鎮めようとする。
しかし、全く意味を成さない。
「……まずいわね」
ルーナが近づいて来て言う。
「…うん…」
その通りだ。
何も分からない状況で、
この混乱状態は、まずい。
……早く…なんとかしねぇと…!
三分、経ってしまう。
先程の放送による“警告”。
その中で与えられた時間。
三分。
それまでに庭園に移動しなければならない。
「―こ、光一郎……」
麻里だ。
「ね、ねぇ…これって今、ど、どうなってんの……?」
普段の彼女からは考えられない程に。
怯えている。
「…分からない」
光一郎にはそう答えることしか出来ない。
「そ、そんな……! ど、どうすればいいの!?」
麻里が恐怖に身を任せて、
光一郎の制服の裾を掴んで来る。
「麻里、落ち着いて」
落ち着いた顔で麻里に語りかける。
「む、ムリ……ムリだよ…光一郎………!」
震えていた。
小刻みに。
今にも押し潰されそうに。
震えていた。
「……………麻里……」
光一郎は麻里を優しく抱きしめた。
適切な行動では無いかもしれない。
しかし、光一郎にはそれしか出来なかった。
「…………」
周りを見ると、正しく混乱だった。
麻里のように泣いている者。
大声でわめき散らしている者。
それを鎮めようとする者。
光一郎のように周りを見回す。
そんな余裕のある者は――。
「みんなぁ! 落ち着けえぇぇ!!」
辺りに響いた、怒号。
周りの生徒たちは固まったように動けなくなる。
腕の中の麻里の震えも、止まっていた。
だが――。
真に驚くべきは別にある。
それを発したのが―。
「…………レイド?」
ザコ王子だったのだ。
「みんな…一旦、落ち着くんだ」
レイドはそう言うと、静かに続ける。
「どうなっているか分からない以上、下手には動けない。今はあの放送に従うんだ」
そう語るレイドの表情には―、
恐れなど無い。
焦りなど無い。
在るのは、
優しさ。
そして、確固たる意思。
「……あれ……?」
光一郎はそれを見たことがある気がした。
何処か思い出せない。
何時か思い出せない。
でも。
確実に見たことがある。
そんな気がした。
何はともあれ、生徒たちは落ち着きを取り戻した。
それを見た間宮担任は、
「そ、それじゃあ、状況を確認するために私が一旦本校舎の様子を見てくる。それまで、君たちは―」
そこまで、言いかけたとき。
実技棟の重い、扉が開かれた。
「やぁ、皆さん。ごきげんよう」
入って来たのは、中年の男。
背は高く、体格は屈強。
頭はスキンヘッドだが、フォーマルな燕尾服を来ているため野蛮な印象より紳士的な印象を受ける。
片手に持った杖もその一因だ。
そして、その男の後ろから数人、
否、数十人の人間が入って来る。
性別は男が多いが女もちらほら。
しかし、身に付けているのは一様に。
迷彩柄のミリタリージャケットとミリタリーパンツ。
……傭兵か?…
立ち姿からして、戦闘訓練を受けている。
魔法の技能もこの学園の生徒より上だろう。
「あなたが先生ですか?」
燕尾服の男が間宮担任に話し掛ける。
「……えぇ…そうです」
間宮担任が答えると、
燕尾服の男は爽やかに微笑む。
「先程の放送を聴いていただいているので、分かると思いますが―この学園は我々が占拠しました」
その言葉に数人の生徒が息を呑む。
腕の中の麻里がまた震えだす。
「私の名前はハンスと申します、どうぞお見知りおきを」
そう言うと燕尾服の男―ハンスは礼儀正しくお辞儀する。
「ひとつおうかがいしますが、このクラスは、何年生ですか?」
続けて、ハンスはそんなことを聞く。
「…? 三年生です……」
間宮担任が不審に思いながらも答えると、
「そうですか♪」
と、笑顔を作る。
「も、目的は……なんですか?」
間宮担任が弱々しく聞くが、
「そんなもの……あなた方が知る必要は無い」
ハンスは笑みを消すと冷たく一蹴し、続ける。
「あなた方は我々の命令に従っていれば良いのです。分かって頂けますね?」
言い終わると、再び微笑む。
「………はい」
間宮担任が答えると、
ミリタリー服の人間達に促されるままに。
全員、庭園へと向かった。
××× ××× ×××
庭園に連れてこられた。
光一郎達の三年一組が来る前に、
既に多くの生徒と教員が集められていた。
同じ三年生や一年生や二年生。
特に、一年生や二年生は怪我した者や気絶している者もいた。
「ひどい……」
光一郎の左手に抱きつきながら、麻里が言った。
だが、その感想は正しいものだ。
今、本校舎の状況が分かったのだが。
本校舎はボロボロだった。
魔法によるものであろう、風穴。
魔法によるものであろう、崩落。
魔法によるものであろう、破壊。
先程まで響いていた轟音、
否、
戦闘音。
その発信原はここのようだ。
「――い、イヤァッ!」
何処からか、
女性徒の悲鳴が挙がる。
すると、それを皮切りに至るところから。
悲鳴や絶叫が聴こえてくる。
……なんだ…?
見やると、
死体があった。
「―――ッ!」
光一郎は思わず左手に抱きついている麻里の目を覆い隠す。
「なっ、なに!? どうしたの!?」
麻里が不安そうに、
教えてくれと懇願する。
だが、今の麻里にあれを見せる訳にはいかなかった。
“それ”は主に校舎の中だ。
瓦礫の下敷きになったであろう者。
魔法で体を撃ち抜かれた者。
正確な数は分からないが、
南座学園の生徒であろう“それ”が
少なくとも、五十近く
さまざまな、形で転がっていた。
「静かにしろ!」
ミリタリー服の人間が怒鳴ることで、
悲鳴はなんとか止んだ。
しかし、生徒たちの中の恐怖は消えない。
そんな中で光一郎は、
「……妙だな」
と、呟いた。
「…何か分かったのですか?」
右隣の千代が聞いてくる。
彼女も死体を見ているが至って冷静だ。
「奴らは…何故、殺した?」
麻里に聴こえないように小声で話す。
「……どういうことですか?」
千代が分からない様子で聞いてくる。
「奴らは最初の放送で言った…『三分以内に庭園に集まれ』と」
「はい…確かに」
「だが、戦闘音がしたのは奴らが実技棟に来る前だ…もし、三分以内に庭園に集まらなかったから殺したのだとしたら……」
「私たちも殺されている筈……!」
千代がひらめいたように言う。
それに光一郎は頷く。
その通りだ。
もし、ハンスやミリタリー服の人間達が、
始めから生徒を皆殺しにするつもりなら、
そもそも、あんな放送をかける必要は無い。
では、人質にするつもりなら?
それならば、わざわざ人質を減らすような真似はしない。
では―奴らの狙いは?
奴らの目的とは?
そこまで考えて気づく。
殺されている生徒たち。
正確には―その制服。
より正確には―そのネクタイやスカーフ。
その色に。
全て赤か緑。
光一郎のネクタイの色とは違う。
そこで、更に思い出す。
先刻のハンスの言葉を。
『このクラスは何年生ですか?』
「そうか―」
光一郎は人知れず呟いた。
「……光一郎殿?」
千代が聞いてくる。
なので。
「いいか、千代。よく聞けよ」
説明する。
「奴らの目的は、皆殺しでも人質でもない」
「では、何です?」
訝しむように千代が尋ねる。
「―人探しだよ」
確信を持って答える。
「……ひとさがし…?」
「あの燕尾服男―ハンスは聞いた、俺たちのクラスは何年生か? と。そして死んでいる生徒は皆、一年生か二年生だ」
そう。
ネクタイやスカーフの色。
それは、学年の違いを表す。
そして、光一郎の色は青。
しかし、死体は赤や緑のものばかり。
「奴らは、三年生は殺していない」
だから、ハンスは聞いたのだ。
『何年生ですか?』と。
先程まで、三年一組は模擬戦をしていた。
その格好は当然―魔導着だ。
ちなみに。
光一郎、
千代、
アトラス、
セイナ、
ルーナ、
その五人は、魔導兵器を身に付けるために制服のままだ。
だが、五人だけでは判別しかねたのだろう。
あるいわ、気づかなかったのかもしれない。
つまり―。
「つまり―、奴らは三年生を殺せなかった」
その理由はただ一つ。
「奴らは―、三年生の中に探している人間が居るんだ」
光一郎はそう言いきる。
「なるほど…理解しました」
そう千代が賛成の意を示す。
「―でもな、千代」
と、光一郎は千代に言う。
「それだけなんだよ、それだけしか分からない」
話を続ける光一郎。
その表情には、少し。
焦りがある。
「他には、何も分からないんだ」
奴らはなんのために人を探しているのか?
奴らの探している人間は誰か?
何故、一年生や二年生は全員殺されていないのか?
最初から殺さないつもりなら何故一部だけ殺したのか?
それが分からない。
「だから―」
光一郎の言葉を千代が遮る。
「―まだ、行動を起こすべきではない…と?」
そして、その言葉は当に光一郎が言わんとしていることだった。
なので。
「……あぁ、そういうことだ」
と、肯定する。
このままでは、まずい。
このまま敵の流れでいけば、
他の人間どころか。
自分すら守れない。
誰も守れない。
なんとか。
早くなんとかしなければ。
光一郎は焦っていた。
すると。
「光一郎…大丈夫……だよ」
麻里が光一郎の手を自分の顔から外し、
そのまま、強く、
強く―握る。
まだ、震えている。
「…麻里?」
心配になり麻里の顔を覗き込む、と。
「……大丈夫……」
笑っていた。
恐怖に押し潰されそうになりながら。
不安に壊されそうになりながら。
瞳に涙をためながら。
それでも、確かに。
微笑んでいた。
「…あ、あたしなら……大丈夫だから…」
弱々しい声だ。
しかし、
強い意思が込められていた。
「…光一郎は、じ、自分のことを…考えて……」
「…………麻里」
その言葉で理解出来た。
麻里は足手まといになるまいとしている。
光一郎の足枷になるまいと、
精一杯、平静を保とうとしている。
そんな麻里を見て。
必ず守る。
麻里だけでなく。
全員、必ず、生存させる。
そう光一郎は決心する。
そのためにも、
周りを観察しなければ。
情報を得なければ。
そう思い周りを見回そうとした。
その時。
「ハンス! これで全員だ!」
前方で大声がした。
見てみると。
そこは、光一郎が初日にくぐり抜けたトンネルのような入り口。
その前で、ハンスが大柄のミリタリー服の男と話をしていた。
高身長のハンスより更に大柄。
おそらく、身長は二メートル近くあるだろう。
「敷地の中にはもう誰も居ないな? ロドリゲス?」
ハンスが大柄の男―ロドリゲスに話し掛ける。
「おうとも! ここにいるのが全部だぜ!」
ロドリゲスは得意気に答えると、
庭園に集められた人間達を指差す。
その様子にハンスは―。
「………そうか……」
と、呆れた様に一言。
そして、ため息。
「なんだ? ハンス、調子悪いのか?」
そのハンスに向かって、
ロドリゲスが無遠慮に尋ねる。
どうやら、ロドリゲスは察しが悪いらしい。
「あぁ、どっかの筋肉脳のせいで少し機嫌が悪い」
そんなロドリゲスに、
ハンスは皮肉を込めて言う。
「あぁん? ハンス、そりゃあどういう意味だ?」
自分のことをいわれている。
そう気付いたロドリゲスが喧嘩腰で聞く。
すると。
「では聞くが―何故、一年生や二年生を殺した?」
と、ハンスが逆に尋ねる。
「はぁ? お前が三年生以外は殺しても良いっ言ったんだろうが!」
ロドリゲスが怒鳴る。
しかし―。
「―だが、こうも言った筈だ。―必要な時以外は殺してはならない―と」
ハンスは視線を鋭くし続ける。
「それとも、なにか? ―魔導の技術の乏しい一年生と二年生が反抗してきた―とでも?」
「そ、それは……」
それだけ言うと、ロドリゲスは押し黙る。
どうやら。
一年生や二年生の約五十人。
彼らを殺害したのは、
ロドリゲスの独断らしい。
「まぁ、もう、良い」
そう言うとハンスは、
「では、私たちは予定通りに行かせてもらうが…よろしいか?」
と、尋ねる。
入り口の中。
トンネルの中腹辺りに佇む。
一人の少女に。
「えぇ、私は構いませんわ」
そう返事をする少女はが身に付けるのは、
黒色のロングコート。
黒色のロングブーツ。
全体的に黒の印象を受ける。
コートの中は灰色のシャツと赤色ミニスカートだが、
やはり、黒の印象は変わらない。
―しかし。
最も印象的なのは、
ツーサイドアップにした灰色の長髪。
紅い瞳。
そして、少女の隣に立て掛けられた。
灰色の大鎌。
「だが、君の“目当ての者”は探さなくて良いのかい?」
ハンスが大鎌の少女に問い掛ける。
「えぇ、もう―見つかりましたので」
大鎌の少女はそう答えると、
一瞬。
ほんの一瞬。
光一郎を見た。
――ような気がした。
「……では、始めよう」
ハンスは言うと、
パァンッ。
と、手を叩く。
すると、周りからミリタリー服の者達がハンスの周りに集まってくる。
そこでやっと敵の総数が見てとれる。
……四十……否、五十か…?
総勢、約五十人。
無論、これが全員とは限らない。
「南座学園の諸君!!」
そこで、ハンスが大声を挙げる。
「先ずは、恐ろしい思いをさせてしまい申し訳無い」
紳士的な物言い。
およそ、人に害を成すとは思えない。
「だが! 諸君らが我々の目的のために協力してくれるのならば! これ以上の死傷者は出ないだろう!」
と。
まるでスピーチでもするように言う。
「では…我々の要求を話す。我々は今日、この学園にとある人物を探しに来た」
……やっぱり…な…
ハンスの話を聞いた瞬間に光一郎は内心で呟いた。
だが、問題は此処からだ。
「では…我々の求める人物を言おう、その人物は―」
「ヘイルスウィーズ王国、第一王子・レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズ様だ!!」
その言葉に多くの生徒がざわつく。
しかし、反対に光一郎は声を出せずにいた。
……何故、奴らが知っている…!?
レイドがこの学園に居ること。
否、
そもそも、レイドが生きていること、
それ自体がこの学園の中だけの機密だ。
しかし、奴らはそれを知っている。
「―――ッ!」
光一郎は思わず、辺りを見回す。
レイドを見付けるために、
決して、名乗り出てはいけない。
だが。
「俺が―レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズだ」
光一郎のかなり前。
ハンスにより近い場所で、
レイドは名乗り出た。
「―おお! 貴方が……!」
そのレイドを見た瞬間、
ハンスは心底嬉しげな声を挙げる。
「お、お待ちください!?」
そこで、レイドの隣にいたエレンが、
ハンスとレイドの間に立つ。
主であるレイドを守ろうとしているのだ。
「………何か?」
ハンスが苛立たしげに言う。
が。
「こいつは俺の従者だ。手を出すな」
レイドが更にエレンとハンスの間に割り込む。
「あぁ、そうでしたか、これは失礼を」
レイドから言われた途端。
ハンスは畏まる。
「では―レイド様、従者様も。どうぞ、こちらに…」
そう言うとハンスはレイドとエレンを学園長室に案内する。
しかし。
「待て」
レイドがハンスを遮る。
「は? なんでしょうか?」
「お前に付いて行くのには条件がある」
「……どうぞ」
戸惑いながらもハンスは尋ねる。
「他の人間には手を出すな」
庭園に集められた生徒達に目を向け、
レイドは静かに、答える。
それにハンスは安心したように微笑むと。
「畏まりました」
と、短く返す。
「では、ロドリゲス。私は“殿下”と話をしてきます。それまで彼らの監視をお願いしますよ」
「おう…任せな」
ハンスはロドリゲスに言うと、
レイドとエレンを連れて学園長室に入って行く。
そこで、生徒達が再びざわめく。
「お、オレ達…助かるのか?」
「探してた奴は……見つかったんだろ?」
「…な、なら解放してもらえるよね……?」
そして、それがエスカレートしていく。
「な、なあ! 解放してくれよ!?」
「お、お願い! も、もう許してよ!」
「頼むから! 頼むから、助けてくれぇ!」
……ま、まずい…!
周りの人間は再び、混乱に陥った。
それに。
「あぁ! ぐちゃぐちゃ、うるせぇな!!」
ロドリゲスが怒号を挙げた。
顔に血管が浮き出るほどに怒っていた。
そして。
「あぁ、うぜぇ! やっぱりダメだ!」
そう言うと、
ミリタリージャケットのファスナーを開け、
懐からアーミーナイフを取り出す。
そのまま、一言。
「てめぇら……ぶち殺す……!」
『――――っ!?』
光一郎達だけではない。
何人かのミリタリー服も驚きを露にする。
「あら? よろしいんですの? ハンスさんがお怒りになるんじゃなくて?」
平然とした様子で大鎌の少女がロドリゲスに尋ねる。
しかし。
「あぁ? かまわねぇよ! こいつらが反抗したことにすりゃ良いんだからよ!」
ナイフを構え直す。
そして部下達に叫ぶ。
「てめぇら! 準備はいいな! 殺して、殺して、殺せ! 命令に逆らった奴は俺が殺すからな!!」
『――ハッ!』
ミリタリー服の人間が一斉に返事をする。
そして、前方から光一郎達に迫ってくる。
その光景を見ながら。
光一郎の中に、焦燥が広がる。
危険い。
危機い。
命が―危ない。
早く、
早く、早く、
早く、早く、早く、
なんとかしなければ。
殺される。
沢山、殺される。
急げ。
考えろ。
何か、考えろ。
打開策を。
全員守れる。
そんな、方法を――。
「―ま、待ってくれ!」
男が声を出し立ち上がった。
「……桐堂学園長……」
立ち上がったのは、桐堂・義博。
気弱な性格の中太りの中年男性。
そして、南座学園の学園長。
「…頼む! た、頼むから! 生徒には手を出さないでくれ!」
そう言って、
果敢にも、
ロドリゲスの前に立ちはだかる。
それを見た、ロドリゲスは―。
「死ね」
ナイフを一振り。
桐堂学園長の首が飛ぶ。
桐堂学園長の頭は数秒宙を舞い。
庭園の噴水の中に、
ボチャン。
と、落ちる。
残された体は糸の切れた操り人形の様に、
地面に倒れ、
切り口から血飛沫を飛ばす。
「――き、キャアァァァァ!!?」
たっぷり、数秒を経た後。
誰かが叫ぶ。
それに連れ、みんな口々に叫び出す。
「………学園…長…」
光一郎は思わず、茫然と、
死者の名前を口にした。
「イヤアァァァ!?」
隣で麻里も叫んでいる。
しかし、それに反応出来ない。
人の死を見るのは初めてではない。
だが、
知り合いが死んだのは初めてだ。
「――光一郎殿!!」
千代に肩を揺すられ、
やっと我に帰る。
「な、なんだ?」
「光一郎殿……」
千代が言いにくそうにしながら、
いつもは冷静なその顔に汗まで垂らし。
「光一郎殿…逃げましょう」
と、静かに言った。
「……………は?」
思わず、聞き返す。
言葉が聞き取れなかったのではない。
聞き取れた上で、
脳が意味を理解するのを拒んだ。
だが、千代は光一郎に言葉を理解させるため。
光一郎の両肩を掴み、
正面に向ける。
「良いですか―貴方は天道・光一郎だ。“天道”光一郎なんだ! 天道家の長男だ! だから、貴方はここで死ぬわけにはいかない……!」
その表情には、
苦悶がある。
苦痛がある。
人々を捨てて、
仲間を棄てて、
逃げることに対する。
苦しみが。
しかし。
「ま、麻里はどうする?」
混乱と焦りの中で光一郎はそう聞いた。
麻里を―友を見殺しにするのか? と。
残酷にも選択を迫る。
千代は一瞬、顔を伏せる。
千代の手に力が入る。
千代の口から歯ぎしりの音が漏れる。
そして、今にも泣きそうな顔になりながら。
「………捨てて行きましょう………」
と答える。
「そ、そんな……」
自分でも情けない声だった。
「……ねぇ、光一郎…」
後ろの麻里から声が聞こえる。
それに、千代は手を離す。
拘束が解けたので後ろを―。
麻里の方を向くと。
光一郎の唇に麻里の唇が重なる。
「――――――え?」
それが。
いわゆる、キスだとその時は思えない。
実際の時間で言えば、
おそらく五秒にも満たない。
だが、光一郎は、
一時間近くそうしていたような気分だった。
麻里は唇を離すと。
「……は、ははは、ご、ごめんね、いきなり…せ、セイナに悪かなって思ったけど……やっぱり…死ぬ前に伝えときたくて……」
そう語る麻里は。
泣きながら―笑っていた。
「な、なにを―」
「――好き」
光一郎の言葉を遮り、麻里が告げる。
「好き……こ、光一郎のことが…好き」
その笑顔は申し訳なさそうで、
でも、少し満足そうで。
「だから――光一郎は生きて…」
そう、別れを告げる。
周りを見る。
敵から逃げる者。
しかし、敵に追い付かれ殺される者。
魔法で応戦しようとする者。
しかし、実力が違い殺される者。
皆が絶望から逃げたがっている。
しかし、
絶望からは逃げられない。
誰かを――。
誰かを――。
誰かを――。
見捨てなければ。
「光一郎殿…行きましょう」
「……あぁ」
千代に促され、
光一郎は逃げようとする。
麻里に背を向けて。
麻里を見捨てて。
絶望から逃げるために――。
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
怒声が響いた。
それによって、
混乱が止まる。
喧騒が止まる。
絶叫が止まる。
止めたのは、
淡い金髪の美少女。
ルーナだ。
「――止めなさい」
ルーナは毅然と、
否、
超然と言い放つ。
その姿は光一郎には―。
光輝く何かに見えた。
「なんだ? 他の奴より先に死にてぇのか?」
ロドリゲスがルーナに対して話しかける。
が。
「黙りなさい」
ルーナは一蹴する。
「私を殺す? この私を? 貴方ごときがそんなことをして……許されると思っているの?」
冷たい。
とても、冷たい言葉と視線。
それにロドリゲスは、
「なんだとぉ……!! てめぇ! 何様のつもりだ!?」
と、憤激する。
しかし、そんなものはどこ吹く風の如く。
受け流す。
そして――。
「私が何者か? 良いわ、とても、とても、愚かしい貴方には私自らが名乗ってあげる」
名乗る。
「我が名は、ルーナ! ルーナ・エル・ライト・“アルヴァレン”! 神聖アルヴァレン王国・第三王女だ!」
その高貴なる御名を。
……ルーナ・エル・ライト・アルヴァレン…“アルヴァレン”…!?
光一郎は言葉も失い。
ただ、驚いた。
……何故今まで気付かなかった…
ルーナ・エル・ライト。
この名前の最後に、
神聖アルヴァレン王国の王家の姓を当てはめれば。
『月光の姫君』の異名を持つ。
聖王国の第三王女の名になると。
「さぁ、どうするの? 私を殺せば貴方は―いえ、貴方達は聖王国の全てを敵に回すわよ?」
ルーナが静かに脅しを掛ける。
聖王国は世界一の大国。
そんな国を相手にするなど――。
「……上等じゃねぇか……!」
しかし、
ロドリゲスはそんなことをさして気にしていない。
「………愚かな人」
ルーナは吐き捨てる様に言う。
そして、
「アトラス! セイナ!」
二人の従者の名前を口にする。
『ハッ!』
それに、反応して、
アトラスとセイナがミリタリー服の人間達の前に立つ。
「戦えない者は、我が騎士の後ろに退がりなさい!」
ルーナの言葉に二人の従者―、
否、
二人の騎士が、
敵を睨む。
そして、制服の腰に付けた剣帯に手を伸ばし、
魔導兵器を抜く。
「我が名はアトラス・アウグスト、我が姫の命により、今から貴様らを排除する。名乗りは不要だ――ゴミの名前などどうでもいい」
「我が名はセイナ・レーシア、我が姫の命により今から貴様らを切り伏せる―我が剣の錆になれることを幸運に思え」
アトラスとセイナが臨戦態勢に入る。
「……………………」
光一郎はその背中を見ていた。
そして、自分に問う。
お前は何故戦わない?
ルーナは言った。
『戦えない者は後ろに』
俺はいつから“戦えない者”になった?
何故戦わない?
理由は簡単だ。
生き残らなければ、ならないから。
天道家の長男として。
だが――。
それは光一郎だけか?
ルーナはどうだ?
彼女は聖王国の第三王女だ。
寧ろ、光一郎より生き残らなければならない。
しかし、彼女は戦っている。
そして。
桐堂学園長は?
彼にも責任があった。
学園長としてやらなければならないことがまだまだあった。
しかし、
いや、だからこそ。
生徒達を守るために、
戦うことを選んだ。
ならば自分は?
そう思い、
不意に噴水を見る。
桐堂学園長の首が沈んだ噴水を。
いまやその水は血により紅く染まりつつある。
しかし。
その水のまだ青い部分に自分の姿が写る。
その姿は純白の髪と青い瞳。
公国・神威の領主である、
天道家の者である証。
それを見た瞬間。
光一郎は自分の成すことを決めた。