再会告白
あれから、八年。
彼と共に過ごした一年を含めれば、九年。
彼に出会った頃のことは、
今でも昨日のことのように感じる。
約束のことも。
ついさっきのことのように思い出す。
彼に会えない時間は長かった。
でも、彼のことを考えない時間はとても短かった。
だからこそ当たり前だが。
気持ちは、変わらなかった。
どんなに会えなくても。
否、会えなかったからこそ。
その分、恋しくなった。
ついさっきもそうだった。
他の女が彼に触れてるのを見て。
我慢出来なかった。
ダメだと分かっていたのに、割って入ってしまった。
でも、だからこそ。
この想いを伝えたい。
自分がそんなことに現を抜かせるような立場じゃないのは分かってる。
使命が在る。
主が居る。
力が要る。
なのに、時間はない。
でも、この気持ちは―変わらない。
九年、経っても変わらなかったのだ。
きっと、この先も変わらない。
だから、どんなことになっても伝えたい。
それにひょっとしたら――彼も同じ気持ちかも。
約束のことを覚えているかも。
そう、少女は―乙女は想った。
××× ××× ×××
南座学園は広大な敷地を有している。
敷地全体は長方形をしている。
横、約四百二メートル。
縦、約三百メートル。
全体面積、約十二万平方メートル。
その敷地内には大きく分けて五つの建築物が存在する。
本校舎、実技棟、講堂、男子寮、女子寮の五つ。
その中で一番大きいのは、本校舎。
敷地全体の右半分に配置されている。
校舎は南棟、東棟の二つに分かれている。
東棟は約二百メートルと長細く設計されている。
それに対して南棟は八十メートルと短めだ。
この二つが、東棟は縦に、南棟はそれに対して垂直に―つまり逆L字の形に配置されている。
ちなみに。
今朝、ルーナやレイドと話した庭園は、南棟と東棟の間に存在している。
だが、そんなことは今は関係ない。
関係あるのは、以下の三つ。
一つ、東棟も南棟も四階建てだが一般の生徒が使うのは三階までであるということ。
二つ、南座学園の正門をくぐって直ぐにある南棟と違い、東棟は裏門からも遠くにあるということ。
三つ、特別教室は東棟四階の更に端―逆L字の頭の部分にあるということ。
つまり、東棟の四階の特別教室には光一郎以外誰もいなかった。
特に授業も後に控えている今では静かだ。
「まだ……来ねぇのかよ」
特別教室の中の適当な席に座って、光一郎は呟いた。
光一郎の三年一組の教室は三階の端。
つまり今いる特別教室の真下にある。
ここから帰るのでは一分もかからない。
だが、あちらから指示しておいて、来るのに遅れるとは如何なものだろうか?
しかも先刻、人の頭のことで勝手に人と揉めている。
光一郎はそんな風に思い、苛立っていた。
もっとも、まだ、一分しか待っていないのだが。
授業の合間の小休憩は十五分なので、まだそんなに待たされてはいない。
「――待たせて、ごめんなさい」
そこで待ち人、セイナ・レーシアがやった来た。
心なしか、どこか―ソワソワしているように見える。
否、モジモジと言った方が適切かもしれない。
さっきまでとはまるで別人である。
「いや、全然待ってないよ」
当然のように思ってもいないことを宣う。
「あ、そうなんだ」
モジモジしながら、―ついでに頬を赤らめながら。
セイナは光一郎の言葉をいとも簡単に信じた。
……馬鹿な女だな…
千代のように察しがいいわけでも、
ルーナのように知略を巡らせるわけでもない。
どうやら、千代に調べさせる間でもなく。
この女から何か聞けそうだ。
この女から、こいつ自身の正体も、
ルーナの正体も、
掴めるかも。
あわよくば、利用できる。
ちなみに、約束通りこの場には一人で来たが、
セイナと二人きりで会うことは千代にはもう伝えてある。
もし、光一郎に“万が一のこと”が起こった時の指示もしてある。
当然のことだ。
セイナの目的は分からない。
ならば敵かもしれないのだ。
隠しているだけでセイナは、
もしかしたら、光一郎を殺そうとするかも。
と、考えつつも現実的には、それはない。
推測では、ルーナの使いとしてやって来たはずだ。
セイナが光一郎に個人的な話があるわけがないからだ。
だから、この場には主の―ルーナの指示で来ているはずだ。
そう考えるとさっき、明日木・麻里と起こした騒ぎもルーナの指示だったのかもしれない。
また、そうであれば麻里もひょっとしたら、こいつらの仲間かもしれない。
もっとも、今はそんなことまでは分からない。
ただ、唯一分かってることは、
このセイナという女は利用出来そうだということ。
だが、そんなことはおくびにも出してはいけない。
なので、あくまで自然に―慎重に話を進める。
「話って…人には聞かれたくないことだよね?」
「え?―えぇ、そ、そうよ」
そこで席を立ち窓に近づく。
「カーテンも閉めた方がいいよね?外から覗かれるかもしれないし」
「あ、え、えと、いや大丈夫よ!この教室は角度的にどこからも見えないから」
「あ、そうなんだ」
そんなことは知っている。
この学園に編入することが決まってから、
この学園の地図は全て頭に入れた。
光一郎が本当に知りたかったのは別にある。
相手がこの学園のことについて自分より詳しいかどうか。
そこが知りたかったのだ。
だが、今の言葉でセイナ―もといルーナは光一郎と同じ程度、もしくはそれ以上にこの学園に詳しい。
ということが分かった。
これで、後は用件を聞くだけ。
もちろん、その間により多くの情報を絞り出す。
セイナの近くに行き、向かいあうように立ってから
「じゃあ、早速だけど。…僕に話でも?」
そう聞くとセイナはビクッと居ず舞いを正す。
「え、いや、ね。話ってほどじゃ無いんだけど久しぶりだなって…」
「え?」
「いや、だ、だからほらね久しぶりだから少し話したいなぁ~、…何て思って、えへへ…だ、ダメかしら?」
「い、いや、ダメじゃないっていうか……」
要領が掴めなかった。
なんの話をされているのかさっぱりだ。
セイナはルーナのの使いとして来たんじゃないのか?
久しぶり?セイナと俺は前に会ったことがあるのか?
そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
しかし、そこでセイナの態度が急に変わる。
「………え?ひょっとして、わ、、私のこと…覚えて無いの…?」
図星だった。
それが顔に出たのか、
「あ……う、うそ…、ホントに覚えてないの……?」
「…え、えーと…」
「あ、そ、そうなんだ……ホントに覚えてないんだ…あ、あはは」
相当ショックだったのかセイナの目から涙が零れる。
さっきまで利用する気満々だった光一郎も思わずたじろぐ。
「そ、その……ごめん」
「ははは……はは、ホントだよ……ひ、ひどいよ、光一郎」
「――ッ!ご、ごめん、本当にごめん!」
「……ひどいよ……ひどい、ひどいよ……ひどい……!」
嗚咽混じりの声に光一郎はただ、謝ることしか出来なかった。
しかし、次の瞬間。
「ホントに…ホントにホントに…本当に非道い……!」
「ご、ごめ――んがぁ!?」
光一郎は後ろにぶっ飛んだ。
途中、机と椅子に当たり何とか止まる。
でも、めちゃくちゃ痛ぇ
見やれば右ストレートを決めた構えでセイナが立っていた。
気のせいでなければ、拳から煙が上がっている。
そして、頬を赤らめたまま、
否、顔全体を真っ赤にしながら、
「光一郎の……ばかあぁぁぁぁぁ!!」
めっちゃ怒だした。
「は、…はぁ!?」
遅れて、反応する光一郎。
それに、セイナも反応した。
「はぁ、じゃないわよ!なんで!?なんで覚えてないのよ!」
「し、仕方ねぇだろ!覚えてねぇもんは覚えてねぇんだよ!」
「だから!なんで覚えてないのよ!私はずっと覚えてたのに!」
「知らねぇよ!そんなのそっちの勝手だろ!」
「はぁ!?なにその態度!人のこと忘れといて謝りもしないの!?」
「さっき謝っただろうが!てかな!それだけのことでいきなり殴ってんじゃねぇぞ!!」
「それだけのこと!?それだけのことって何よ!?こっちはね!この九年間一度も忘れたことなかったんだから!」
「なんでだよ!なんで、そんなに俺のこと覚えてんだよ!」
「だって、ずっと……ずっと、ずっと!好きだったんだから!!」
「―――――――――え?」
「――――――ハッ!?」
両者、同時に赤面する。
「お、おおお、お前!急になに言ってんだよ!」
「う、ううう、うるさい!ホントのことなんだから仕方ないでしょ!」
「ほ、ホントのことって―――あ!」
そこで、光一郎は思い出した。
「お、お前今、九年間って言ったか?」
「―え?え、えぇ、言ったけど?」
思い出したのだ。
九年前。
公国・神威と聖王国との親睦のために聖王国の貴族一家が天道家の屋敷で一年間暮らしていた。
その一家には一人の子供がいた。
その子供と光一郎は同い年のため、よく一緒に遊んだのだ。
そして、その子供――少女こそ、
今目の前にいる、
セイナ・レーシアなのだ。
「そ、そうか、そうだったんだ……」
「な、なによ、どうかしたの?」
一人でブツブツ言っている光一郎を不審に思ってかセイナが聞いてくる。
「あぁ、思い出したんだ…」
「思い出したって…ひょっとして私のこと!?」
とたんに嬉しそうに聞いてくる。
「あ、あぁ、まぁな」
なんだか、照れ臭くて適当に返してしまう。
しかし、それとは正反対に嬉しそうなセイナがまた聞いてくる。
「ホントに!?全部思い出したの!?」
「あ…あぁ本当だよ」
「じゃ、じゃあ九年前一緒に住んでたことも?」
「あ、あぁ、覚えてる」
「な、なら、よく一緒に遊んだことも?」
「ま、まぁな、思い出したよ」
「そ、それじゃあ結婚の約束をしたことは?」
「う、うん、まぁそれも………ってえええぇぇぇぇ!!??」
……そ、そんな、記憶は…
それは刹那。
光一郎は九年前、セイナと共に過ごした一年間を脳内で再生した。
同じベッドで寝たこと。
一緒に食事をしたこと。
一緒に遊んだこと。
そして、見つけた。
否、―見つけてしまった。
今から約八年前。
レーシア一家の交流のための滞在期間が終わり。
聖王国に帰る船に乗る直前。
見送りに来た光一郎とセイナが交わした言葉。
『ねぇ、こういちろう。わたしおおきくなったら、こういちろうのおよめさんになりたい!』
『ああ、いいぜ。おれのヨメにしてやるよ』
『ホントに!?やくそくだよ!』
『おう!やくそくだ!』
――そんな記憶を。
「……お、覚えてる……」
その光一郎の言葉にセイナは更に明るい表情になる。
「ホントに!?ホントに覚えてるの!?やったぁ!!」
そう言って飛びつくように抱きついてくる。
普段の光一郎ならばさっさと引き剥がすところだ。
しかし、今は。
「は、あははは………」
渇いた笑みを浮かべるだけだった。
すると、セイナが一旦、離れる。
見ると顔がさっきと同じくらい赤い、
おそらく怒ってるのではなく、
単に抱きついたことが恥ずかしいだけだろうが
「じゃ、じゃあ…ね?光一郎?」
「へ?あ、はい?」
光一郎らしからぬ素頓狂な声を上げた。
そしてセイナは明らかにいままでと違う雰囲気を醸し出している。
「わ、私と……」
ゴクリ。
何を言わんとしているか分かってしまった。
しかし、セイナは止まらない。
「…わ、私と――結婚してください!」
「…………………無理」
「……………」
「……………」
しばらく続いた、沈黙を破ったのは、
当然というかやはりというか、
セイナだった。
「うわああぁぁぁぁんん!!」
涙を流して走り出したセイナを、
光一郎は止めることが出来なかった。