8話 魔法
「あのー、できたみたい」
心像形成がようやく出来た日の夕食後。
食後のお茶を飲んで、家族一同が集っているとセリア母さんは恥かしそうに言い出した。
「ええ、オーランは心像形成できるようになったんですよ」
「すごいじゃないか、でも無闇に使うんじゃないぞ?」
「うん、平気だよ。ボクそんなこと絶対にしないから!」
「そうか、怪我には気をつけるんだぞ?」
ディーノ父さんは、いつも褒めると同時に注意も促してくる。
毎日仕事に行くので、ボクとの交流が家族で一番少ないのはディーノ父さんだろう。
いつも一緒に居られないから、ボクの心配をしてくれる。
いや……自分の息子を心配するのは、当たり前か。
うん、ディーノ父さんの子供でよかったと笑顔になると、ディーノ父さんはボクを撫でてくれた。
「そうじゃなくてー、赤ちゃんできたみたいなのー」
ちょっと拗ねた様なセリア母さんのこんな表情は、初めて見るなー……ってそうじゃなくて!
セリア母さんの爆弾発言で、一気に固まってしまったボク達だった。
「赤ちゃん?」
「赤ちゃんですか?」
「赤ちゃんかい?」
三者三様に理解しているようで、理解していなかったような気がする。
最初に復活したのはディーノ父さんで「診断するよ」と一声かけ、セリア母さんが頷くとお腹に手を当てて集中し始めた。
ボクとアンジェは未だに呆然と成り行きを見守っていた。
初めて見るのは当たり前なんだけど、あれがディーノ父さんの魔法……何だろう。
不思議な感覚だった。
まず始めに感じたのは流れだった。室内の空気が、ディーノ父さんの手に流れていくように、風を感じるわけではなく、毛先を軽く撫でられたような波を感じだ。
今までやってきたこととは違う。
魔法のようで魔法じゃないと聞いていたけど、本来の魔法はこんな感じで、軽く外にも影響があるのかと思った。
「おめでとうセリア。 確かに感じるよ、二人目だ」
少し興奮気味にそう言うと、ディーノ父さんはゆっくりとセリア母さんの肩を抱いた。
「おめでとうございます。セリアさん」
「ふふ、ありがとう」
お祝いムードになりつつある三人を眺めつつ、ボクは何が起こっているか頭では理解はしているのだが、感情が理解できていなかった。
そんな風に呆然としていると、ディーノ父さんが気付いてボクの手を取って、セリア母さんのお腹に触らせる。
「オーラン、ここに新しい命が宿ったんだ。生まれたらオーランはお兄ちゃんになるんだぞ」
「そうねー、お兄ちゃんねー」
ボクはまだ理解できていない。この感情は何のか解らない。何と言えばいいのか知らない。
少し混乱して三人の顔をキョロキョロと見比べてしまう。
「オーラン、『活動』して感じてみるといいです。今だけ許可します」
そうアンジェが言うので、言われたままに視界をカチリとやってみた。
自動的に『流動』されて調和されていく流れの中で、違う流れを感じる。左からはディーノ父さんの流れが、正面からはセリア母さんの流れを、右からはアンジェの流れが感じられてくる。
そしてボクの手からは、三人とは違い、小さい水滴で広がる波紋のようなものを感じた。
「これは……えっと?」
「感じましたか? それが命の流れですオーラン。私達が守り育む新しい命です」
「そうだ、今度はオーランが守る番になるんだぞ」
「頑張れー、お兄ちゃん」
三人とも笑って言ってくれるが……でも、そうなのか。
これはボクの弟か妹で、兄はそれを守るとそういうことなのか。
確かに掻き消えてしまいそうなほど、小さな存在。だから、ボクも守るのか。
そうだ、家族だからそれが普通なのだ。
「うん、ボク頑張るよ!」
赤ちゃんが生まれるまで、修行を継続する。
毎日のランニングを一人で走ることなる。アンジェに神殿と家までの往復でとコースを指定された。アンジェはセリア母さんの近くに待機して、家の外で待っている。
神殿を訪ねて「赤ちゃんが無事に生まれますように」とお祈りするのがボクの日課になっていた。
最近は見なくなったカーミラ様の眷属と名乗っていたミラは、三歳の誕生祭からカーミラ様の膝枕でずっと寝ていた。その姿は仲の良い姉妹のように見えて、弟か妹ができるかもしれないボクには、カーミラ様に親しみが持てた。
それからセリア母さんとやっていた剣の稽古は無しになり、日本刀で素振りをだけになった。
心像形成は、やればやるほどアンジェの凄さを実感できる。正に自由自在に使いこなしている。応用が効くらしく、武器が手甲ということが理由なのか、各部位を薄い金属で纏ったりして、重厚な感じはせずに、軽やかに移動して体術を披露してくれた。
人によっては複数の物を出すこともできるようで、それならとやってみたら脇差ができた。しかし、作りが一緒で、長さが半分の短いだけというお粗末な物だったが、おかげで働きかけるマナとオドも見えるようになった。
日本刀を出現させる速度は、手を握る動作くらいで出来るようにはなったが、アンジェの予備動作無しを見ているからか、アンジェの錬度の高さに脱帽する。
この能力、出現させた物を残すことも出来るようで、住んでいる家もこれで作られてると言い伝えられている。実践して解ったが、近くであれば寝ていても残っていて、見えない範囲まで離れて意識から外れると消える。残すことはアンジェも出来ないそうで、たぶん強固な心像を更に強くするか、また別の手段が必要なのではと、予測は立てていたようだが、色々試して諦めたとのこと。
そんな感じで修行に明け暮れる日々が続いた。
数ヶ月は経ったころ。
長い木の杭を持ってアンジェが話しかけてきた。
「もう十分に使いこなせるようになりましたね。次に進めたいと思います」
あまり気乗りはしてないのか、心配そうに続ける。
「何度も言いましたが、魔法は子供の前では使ってはいけません。それは今から教える段階まで、今迄オーランが修行してきたことを全て飛ばして、子供が使えるようになってしまうからです。灰色の民は、魔法が使いやすいので、物心が付く前に見てしまうと自分もできると思い込み、制御できずに自滅するか、周辺を巻き込んで大惨事になります。今迄以上に、いえ、この段階こそ最も注意してください」
神妙に頷いて答えると「付いて来てください」と歩き始めた。以前にここから外は駄目と言われた柵を通り過ぎて、左右に広がる畑を横目に、村から一直線に続く道を進んで森に向かっていく。
ここまで遠くに行くのは初めてだ。ここから家は見えない。森の入り口とは言えないが、ロープで括られた木からロープにそって進むと、少し開けた場所に出る。
「魔法はここで練習します。子供が生まれたら、村の中では練習できませんので、ここが魔法の練習場所です」
木の杭を地面に刺すと、その辺の石を上に乗せる。
「では、これから教えるのが第九段階『現象創造』と呼ばれる魔法です。魔法の属性、そこから種類は色々ありますが、治療魔法以外のほとんどが浮かせて発動するのを基本としています。それは何故か解りますか?」
「危ないから?」
「そうです、危険だからです。まずはそれを確認します。ここにある石を魔法を発現させたもの、この木を自分の体だと思ってください。この石がもしも火だったら、そのまま木は燃えてしまいますね? 私の魔法は風なので、火での実践はできませんが、制御できないと、そのまま自分の体に被害が及びます。完璧に制御できるようになると、術者自身には被害を与えなくすることもできますが、最初は絶対にやらないでください。それでは風魔法で実践しますので、見ててください」
アンジェが石に手を翳すと、石にマナが集まっていくのが解る。薄い膜が全体を覆っていって、それから手と繋がって……いや、石に集めたマナ取り込んでオドと一体化させて調和しているのか?
そのまま見てると、跳ねるように石が軽く飛んでいった。
「久しぶりでしたけど、できましたね。今のは風を操り、石を飛ばすように軽く魔法を掛けました」
話しながら石を拾い上げると、また木の上に乗せる。
「魔法を詳しく説明しますと、一般的にマナを取り込みオドと調和すると言われていますが、実際にはマナで使う属性の要素を集めて現象化させ、そこにオドを通して働きかけます。オドを通す時にマナと同じ要素に変換していき、動かしやすくします。それでマナとオドを一体化させて制御しますので、自分のオド以上のマナを集めると制御できなくなり、集めた属性の要素も散ってしまって失敗となります。なので、魔法を使うとオドを消費していくので、オドが少なくなると『魔力切れ』と呼ばれる状態となって酷い疲労状態になります。精神力や集中力が魔力とも言われていますが、体力にも影響しています。これで間違いではないと思うんですけど、魔法を教えてくれた人に言ったらすごく怒ってましたので、みんなには言わないでくださいね」
笑って教えてくれたけど、アンジェは説明してる時いつも楽しそうだ。
危険なことは真面目に説明してくれるけど、アンジェって先生に向いてるよね。難しいことも楽しそうに喋るから簡単そうに思えてくる。
何いってるか解らない時もあるけど、実践してみると納得できることばかりだった。
ボクは天才とか言われているけど、記憶があるだけだし、本当の天才ってのはアンジェのことだと思う。
「次に現象創造ですが、流動で調和されたマナとオドがあるので、魔法より早く発動して強力になります。すでに完成され制御された状態があるのですから、こっちを使ったほうが簡単であり危険です。心に思い浮かべることで心像形成と同じ方法で使えます。絶対に小さなことから試して下さい。それでは、さっきと同じことを現象創造でやりますので見ててください」
斜め後ろ辺りに移動させられ、アンジェがさっきと同じように石に手を翳すと「いきますよ」と言ってすぐにそれは起こった。
石が、辛うじて見える速さで、森の中に消えていって、木に当たった音がした。見ていなかったら、その音は解らなかったと思う。それは石が木に当たった音ではなく、破裂したような音がしたのだから。
「石が魔法で木が手だった場合、こうなってしまいます」
そういって地面に刺さった木を見ると、先端が罅割れて抉れていた。
「見れば解ると思いますが、絶対に小さなことから始めてください。何となくで巨大なことをした場合。最悪、自分が死にます。やるなら本当に小さなことからです」
アンジェに肩を掴まれて目線を合わせられる。
「いいですか? 小さくやっていって自分で判断して下さい。人に向けて絶対に使わないで下さい。恐ろしくなって使うのをやめた人も大勢います。セリアさんも危険だと判断して使いません。ディーンさんは人のために治療魔法を使っています。使い方はあなたが決めるんです。解りましたか?」
「……うん」
真剣な眼差しにボクは力強く頷いて答えた。
魔法説明、続きます。