6話 修行開始
あれから二年の時が流れる。
ボクは午前中は勉強を、午後は運動を毎日して過ごした。
村の外にある街の知識は相変わらず秘密だが、アンジェに「自分が感じたモノをオーランにも感じてほしいのです」と笑顔で言われたら、引き下がるしかない。
あらゆる知識を詰め込んでいくような授業だったが、見たこともない植物や魔物などは名前だけ覚えてもわからないのだが、アンジェが楽しそうに説明してくれるのでボクも楽しく覚えていった。
運動は、前の世界でやってた筋力トレーニング、木剣を持って素振り、村の家々を周り、走るのを繰り返していた。
本当は村の外周を走りたいので、提案したら「危ないから駄目です」と言われ、みんなの家をアンジェと走るだけだったのだが、ランニングで近所付き合いの挨拶回りをしてる感じで、どこに誰が住んでいるかとか、みんなの名前を覚えるのには丁度よかったのかもしれない。
木剣の練習相手はセリア母さんがしてくれるのだが、お互いに傷つけたくないので、軽めのチャンバラごっこになっている。
こんな毎日を過ごして三歳になり、待望の魔法授業が始まった。
魔法の授業場所は部屋ではなく、家の外で行うようだ。
「オーランに魔法を教えてもいい許可がでました。今日から魔法を教えていきます」
「はい」
「魔法を教える前に、絶対に守ってほしいことがあります」
今までなかった真面目なアンジェの表情だった。
逸る気持ちを抑えて「はい」と答える。
「それは絶対に、面白半分で人に向けて使わないこと、まわりに人がいないのを確認してから練習してください」
「はい!」
かなり危険なんだろうな……アンジェがすごい真面目だ。
「それと、この村では子供の前では絶対に使ってはいけません」
「あの、危険なのは解ったけど……子供は何で?」
「これも危険だからです。これから説明していきましょう」
子供の前で使うのも危険って何だろ?
さすがに解らないな。
「子供の前で使うのが危険なのは何故か? それは灰色の民の特殊性が原因です」
アンジェの説明を簡単にまとめるとこうだ。
神を信仰する民には『神の加護』という特殊な力が備わることがある。
白と黒の民は、人口が多く。どんな加護が与えられているかは不明なんだそうだが、加護を受けているものは、歴史に残る英雄や偉人として称えられている。
言い伝えや記録によると、神に出会った者が後天的に授かるものらしく、神のお告げとかで得られるもの何だそうだ。
問題の灰色の民なのだが、カーミラ様の信者は人数が少なく、村で生まれた者なら、誰にでもその加護が宿っているそうだ。
「本来なら、十歳くらいまで許可はでません。あまり家の外に出さず、良識を教え込むのです」
そんな掟があったのか。
考えると監禁状態になるんだよな、閉鎖的すぎる気がするけど、そんなに徹底するほど危険なのか。
「オーランの場合、物覚えがよかったので異例の早さで許可がでました」
そういえば、さっきから許可が出たとか、言っている。
「今まで教えませんでしたが、翼人には心がわかる能力があります。言い方は悪いですが、先日の誕生祭でオーランは分別がつく、良識ある人間だと判断されました。黙っていてごめんなさい」
突然、アンジェが頭を下げたぞ!
「え、いや怒ってないよアンジェ。必要なことなんでしょ?」
「そういって貰えると信じていました」
今のも試験だったのかな?
実感はないが、翼人の能力で判断して、約十年は学ばせないといけなことなのか……これはかなり危険そうだった。
ボクの様子にふむふむと真面目なアンジェ。
たぶん、今も感情察知をフルに活用して判断していたのか、まだ不安そうな顔はしてるけど何だろう。
「大丈夫そう、ですね。オーラン、みんなの信頼を裏切らず、絶対に力を悪用しないで、下さい」
「はい」
懇願するように言われた。
泣きそうなを顔して震えた声になっていたが、まだ続きがあるようだ。
「もしも、力に溺れて悪用した場合、わ、私は、オーランの、ことを、殺さ、ないと、いけなくなり、ます。だから、絶対に、ですね……」
肩を掴まれ座り込んで、泣き出してしまった!
「だ、大丈夫だよ、アンジェ! ボクの大好きなアンジェにそんなこと絶対にさせないから!」
いきなりのことで、慌てて告白してしまったボクだった。
「……絶対ですよ」
涙を拭って立ち上がったアンジェだったが、ボクは(告白とか恥かしいな、大好きとか言っちゃったし、しかもボクの大好きなアンジェとか、自分で顔が赤いのわかるってすごいな、おい!)と混乱していた。
「そうですね、私の大好きなオーランはそんなことしませんよね」
頭撫でられながら、ボクの顔は更に熱くなったのだった。
落ち着いてから授業を再開。
「灰色の民が授かる神の加護は、魔法に近いのですが魔法ではありません。本来の魔法とは、大気に溢れる自然の力『マナ』を取り込み、体内に流れる気『オド』で調和させてから発生させる現象のことです。魔法を使う場合は、最初にマナを感じる訓練をして、オドを制御するのが始まりなのですが……わかりますか?」
少し不審な感じで聞かれたのだが、正直に答えよう。
「言葉の意味でなら、実際にやれと言われたら無理かな」
言っていることは解るが、さすが魔法だ。どうやればいいのかさっぱりわからない。
「よかったです。すぐに使われたら自信がなくなるところでした」
安心したのか胸を撫で下ろして説明を続ける。
「私達が授かっている加護は、マナとオドを使用せずに魔法と似たようなことを行使できます。このことから、世間で言われている魔法とは違うものを最初に教えることになります。まずは実際にやって見せます」
そう言ってボクから距離を取ると両手を前に出して、何か光ってるかなと思ったら鉄の手甲を装備していた。
手品ではないだろう。両手をずっと見ていたのだから、視覚を誘導して装着したにしては、時間が一瞬すぎる。
まさに魔法だった。
「……何ですか、それ」
「これが出来るようになるのが、最初の目標です。私の場合、素手で戦うの基本なので、このような手を守る防具になるのですが、作り出す物は人それぞれです。さて、加護を扱うにはそれぞれ段階があります」
喋ってる途中で消えたけど、どうなってるんだ?
「……大丈夫ですか、オーラン?」
「はい、ちょっと驚いただけです」
「それでは第一段階から説明します。目を閉じると白い球が一瞬だけ見えるはずです。『試見』と言われています」
これは何というか、普通に目を閉じれば誰にでも見える気がするが、強い光を見てるとなる残像のことだろうと考えて、目を閉じると二秒ほど確かに見えた。
だけど、これは強い光を見てからではないと起こらない現象のはずだ。太陽が無いこの世界では、ちょっとおかしい。
「次は見えた球を留めるように念じてください。第二段階の『留意』です」
念じるだけでできるのかと半信半疑でやってみたが、普通にできて拍子抜けした。
何も見えないはずなのに、うっすらと残像の球が留まっている。
普通だったら段々と、暗闇に目が慣れて霧散するのだが、確かに念じただけでそこに在り続けている。
「今度は留めた球を横に回すように念じてください。黒くなったら教えてください。第三段階の『始動』になります」
横に回すと月の満ち欠けのように段々と暗くなって消えていった。
「できました」
「では、目を開けてください」
目を開けると何だろう、特に変わったことはなさそうだけど。
アンジェが近寄ってくるとボクの目をじっと覗き込んだ。
「成功してますね。始動の状態になると……こうなります」
目を少し瞑ってすぐに開くと、瞳の中心が銀色に少し輝いている。
「オーランの瞳も、私と同じように光っています。次に第四段階の『終動』なんですが、始動と同じことを逆にして白い球に戻します」
言われた通りに目を閉じてやってみるとすぐにできた。
アンジェもすでにやっていて、輝きは消えていつもの瞳に戻っている。
ボクの瞳も確認して離れてくれる。
目を開けた時ちょっと顔が近くて吃驚したよ。
「戻りましたね、始動の状態になると加護を扱うことができます。今までの段階は使用制限を解除する初歩になりますので、覚えておいてください」
制限解除とか安全装置みたいなものか。
でも目が光るようになるとか、ちょっと格好いい。
「さて最初の話に戻ります。大昔のことですが、魔法を見た子供がたまに始動状態になって魔法を暴走させることがあります。同じようなことが自分にもできると信じてしまった結果、自分の家族を殺めてしまった子供がいたそうです。それ以来、魔法の扱いを慎重にすることになりました」
それって子供が恐怖の対象になるんじゃないか普通。
でもカーミラ村は人口が少ないから、教育を徹底してるのかもしれない。
「それを防ぐために第五段階の『制動』があります。相手を終動にすることなんですが、制動をするには相手の目をみて終動することが前提になります。次は目を開けてできるようにしてください」
目を開けたままやるのは難しそうだなと思ってやってみたら、すぐにできた。
一回イメージを掴めれば、焦点をずらして見ると白い球がぼんやりと見えるようになりあとは念じるだけだった。
「普通は数日かかるんですが、さすがオーランです。それでは私に制動をしてください」
顔が急接近して驚いたが、真面目にやらないといけない。恥かしい気持ちを押し殺して挑戦する。
制動は相手の目と、自分のずらした焦点を合わせる距離を探らないといけないようで、かなり難しい。
これは使う人によって、目と目の距離が違うようだ。
掛けられて解ったのだが、制動を掛けられると横に瞬きする感じがするのでよくわかる。
ちなみに制動は、相手の能力を封じるものでは無いそうで、始動方法を解らずに始動してしまっている子供に対する予防なんだそうだ。
結局、制動を使うのには数日かかり、ボクの制動は鼻と鼻が触れ合う距離だということが解った。
顔を真っ赤にしながらやっとできた時には、嬉しさよりも恥かしさで一杯だった。
主人公はヒロイン。
長すぎたので次話に続きます