4話 世界の人々
アンジェさんが持ってきたのは、本と言うよりはノートの束で、積み上げると一メートルくらいにはなりそうなほどだった。
セリア母さんもその量に驚いて、置き場所を確保しようと倉庫から椅子を四脚ほど持ってきて、部屋の隅っこに置いた。
それを、とりあえずの設置場所にしたようだ。
アンジェさんは、表紙に書かれた文字を読んで、分類ごとに整理しているようだった。
ボクはアンジェさんの横で、表紙を見ているのだが、かなりのジャンルが揃っているようだ。
『料理』『町の特産』『武具の作成・加工』『植物』『病気』『古代エルフ文字』『魔物』『魔法』等が……魔法?
魔法ってあの魔法か?
この世界に魔法とか……いや、トイレとかお風呂で解っていたじゃないか。いやいやあんな便利な道具とかを、魔法って言ってるのかもしれない。でも、もしかしたら、こう手から火が出るとか期待してもいいんではないか?
興味は惹かれるが我慢しよう。でも、ちょっとくらいならいいんじゃないかなと、魔法のノートを見てしまう。
その上に『魔法2』と書かれたノートが置かれる。
数字はそのままなのかと、新しい発見でもあったのだが、更に『魔法3』も置かれた。
三冊もあるのかと、つい手が伸びてしまった。
「あ、駄目です!」
今までで一番鋭い声を上げて、それから素早くアンジェさんが本を遠くに持っていってしまった。
「興味があるのかしらねー」
それから、セリア母さんに捕まって抱かれてしまう。
そこに魔法の秘密があるのに!
「掟ですから。さすがに……大きくなってからですよ」
うん? 魔法に掟なんてあるのか?
残念だな、ちょっと読んで見たかったのに。
「う……ごめんね、オーラン。普通なら十歳くらいで教えることができますから、それまで我慢してください」
そのまま、ボクの手が届かない場所に、詰まれてしまった。
残念という気持ちを感じてしまったのか、アンジェさんが謝ってしまった!
十歳まで我慢だ、我慢。
しかし、本はまだ沢山あり、好奇心でどんな本があるのか眺めていた。
丁寧に整理して大切に扱っているんだが、本というのは高額なのだろうか。
「アンジェ、これ全部買ったのー?」
セリア母さんも疑問に思っていたのか、アンジェさんに訪ねていた。
「いえ、さすがに本は高すぎて買えなかったので、頼んで読ませて貰いました。これは写し書きした写本です」
……これ全部、写本?
「買うより安かったですよ」
ボクとセリア母さん絶句した。
そういや前に、知らないことを知るのが楽しいとか言っていた。
そんなこんなで整理も終わり、イーゼルというか譜面台っぽいのを持ってきて、そこで本を読み始める。
表紙は何かの皮で出来ており、紙は書道で使う半紙によく似ている。
片面にだけに、細かく小さな字がびっしりと書いてあった。
ページを捲るのはアンジェさんの役目のようで、補足を入れながら読み進めていく毎日が始まった。
最初に教わったのは、ボク達が住んでいる『カーミラ村』についてだった。
カーミラとは、争い続けていた『白の神々』と『黒の神々』を仲裁する『祝福の女神カーミラ』から取った名前で、二つの勢力の中心地に森を創ったとされている。それが大陸の中央に存在する通称『カーミラの森』といわれる大森林である。
そんな森の中にあるのがカーミラ村で、東と西どちらにも住めず追い出された者達が集まって、色々な異種族が集まり住むようになったそうだ。
祝福の女神カーミラは、大陸中に存在が知られていて『灰色の女神』とも一部で呼ばれている。この呼び方をするのは年寄りが多いとか。
そんなことからカーミラ村に住んでいる者達は『灰色の民』と呼ばれており、この村の全人口が六十人ほどと、極めて少数の民で、村の特徴としては、村人全員の苗字がカーミラなんだそうだ。
これ以降は、外の街などのことが書いてあるようで、旅に出るまでのお楽しみと言われて終わった。
この世界の時間は、一日が『白の刻』が十時間で『灰色刻』が二時間『黒の刻』十時間、灰色刻が二時間で白の刻に戻る。
合計二十四時間と、元の世界でいう五時から七時が灰色刻のようだ。
簡易的な時計があり、アンジェさんが懐中時計を見せてくれた。
分と秒の単位はないようで、長針だけのものだったが、時計版がちょっと違っていた。
円グラフのように灰白灰黒と分割されており、時計回りで十二時のちょっと左から、灰色に青字で0から2、白に黒字で1から9、灰色の青字で3から5、黒色の白字で1から9と並んでいる。
かなり見辛く解り辛かった。
この世界に住む人々は西と東で種族の人数が大きく偏ってるらしい。
西の地に多く住む黒の民。
『獣人族』
身体的に他種族より秀でて、特に敏捷力と嗅覚が優れている。
勘が鋭い種族といわれているが、思考力がある生物の感情が何となく解るからそう言われているのではないかとアンジェさんの補足。
そして頭が悪い種族と一般的に言われており、単純な性格の人が多いからとはアンジェさん談。
黒の民なら『獣化』することができるそうで、元である耳と尻尾の獣に顔が変形してすごく強くなるんだそうだ。
大体の強さが耳と尻尾で決まっているらしく、強いのは獅子とかで弱いのが兎なんだそうだが、兎の獣人はすごく可愛いらしく、美男美女に絶対になるとのこと。
動物の数ほど種類がいるらしく、両親が犬でも猫が生まれたりと規則性は不明。
見た目の成長は二十歳くらいで留まり三百年ほど生きるそうだ。
『ドワーフ族』
肌が頑丈で熱に強く、手先が器用で特に力の強さが優れている。
鍛冶師、工芸品など物作りが得意で、アンジェさんの補足では触覚が鋭いので手先が器用と言われてるのではないかとのこと。
性格は頑固者が多いと言われているようだが、灰色の民には驚くほど友好的でその理由は秘密だそうだ。
見た目は十歳で留まり、寿命は四百年。
体型が子供なのを気にして、男性は髭を生やし、女性は髪を長くしてる人が多いとのだが、そんなことは気にせずに髭を生やさず髪を切ってるドワーフもいるようだ。本人達は耳を見て、お互いの年齢が解るらしい。
「怒らせると怖いので、見た目が子供でも子供扱いしないように注意してください、絶対に!」
アンジェさんは嫌な思い出があるようだ。
『竜人族』
人型をしたドラゴンであり背中に羽があるのが特徴。
空を飛んで荷物を運んだり手紙を届けたりと、平和的な人が多いらしい。
山で生まれて成長してから町に来るそうで、寿命は不明。
謎が多い種族であり、どんな生態をしているかまったくわからないそうだ。
カーミラ村にも一人いて村長らしく、神殿の守護をしているそうだ。
東の地に多く住む白の民。
『エルフ族』
耳が長いのが特徴で、目の良さに優れている。
一番頭が良いと言われている種族だが、若いエルフはそうでもなく、寿命が長いからそう言われてるんじゃないかとアンジェさんの補足。
見た目は二十歳で、寿命は平均が九百年と長い。
極端な教えが浸透しているらしく「恩を一生忘れるな」と恩義に篤く、吟遊詩人となって、受けた恩を語り継ぐ人が多いとのこと。
ちなみに恩を仇で返すと、それも一生忘れないらしく「エルフに仇なすは汚名千年」なんて諺があるようで、意味的には「悪いことをするとずっと悪者のままだぞ」と子供を叱る大人がよく使うそうだ。
『人族』
特徴が無いのが特徴な種族で、極めて短命。
繁殖能力は高く、種族人口は一番多い。
生き急ぐかの如く努力する人が多く。偉業を成し遂げるのは、人族がほとんどなんだそうだ。
二十歳で成長しきってゆっくりと老いていき、平均寿命は六十歳。
どの種族よりも身体的には劣るのに、鍛えれば鍛えるほど強くなる種族として知られている。
『翼人族』
人族の背中に白い翼があるのが特徴な種族。
世間では本当に存在するのかも不明と言われており、記録だけはあるようで、翼で空を飛べて不老な種族と伝えられている。
カーミラ村には夫婦がいて、繁殖能力は極めて低く、子供はずっといないそうだ。
大昔に、その珍しさから捕らえられそうになり、逃げてきたのでその存在は絶対に秘密にするのが村の掟だとか。
こうして勉強の毎日を過ごしながら、ボクも成長していく。
両親とアンジェさんの三人は、本の内容を本当に理解してるのかと、半信半疑で復習が多い授業だったが、ボクが喋れるようになると、一気に加速していった。
喋れるといっても、あまり思い通りに発声できず、単語を区切ってしか言えない。まだ声帯が成長しきっていないのだろう。
そして何といっても、立って歩けるようになったのが嬉しい。
歩くだけでこんなに楽しくなるとは夢には思わなかったのだが、バランスが悪いのか、思うようには動かない。
少しずつ鍛えていくしかないだろう。
尻尾への道は、まだ遠い。
さて、基本的に余りにも似通ったこの世界にも誕生日がある。
一年は十二月で一月は三十日で固定。三百六十日で一年。
今は一月十日で、年越しの概念はないらしく気付かなかったが、新年を迎えていたようだ。
そしてボクの誕生日は一月十一日。
つまり明日が、ボクが生まれてから一年経つことになる。
カーミラ村では、生まれた子供はあまり外に出さず、一人前になるまで誕生日に、みんなにお祝いされるのが通例なんだそうだ。
ボクは自分の誕生日を緊張して迎えることになるようだった。
説明回です。編集するかもれない(遠い目