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灰色の世界より  作者: 霧間 誠二
第一章 目覚め
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3話 教育

 あれからすっかり、アンジェさんに懐いたボクだった。

 そしてやっと『はいはい』で移動できるようになりました。

 今日もはいはいとアンジェさんの後ろについて行く。

 狙いは前々から触りたかった青い尻尾。しかし、これが絶妙に届かず、高さが足りない!

 両足で立てるようにならないと届きそうになかった。だけど、元気なく垂れてる時は届きそうな感じがして、挑戦していた。

 アンジェさんなら解ってくれる! と尻尾に触りたいと念じると抱かれてしまう。触りたいというのは何となく解ってくれるようではあった。

 最近は、尻尾を垂らすとボクが近寄ってくるのを理解したらしく、移動する時は、ゆらりゆらりと釣り針のように揺らしている気がする。

 いやまさか、あの優しさが具現化したようなアンジェさんが、そんな罠を仕掛けてくるはずないだろと考えると、途端に尻尾が上がっていく。

 獣人の感情察知って、結構すごいなと思った。

 家の中を探索すると「ここは入っちゃ駄目です」と言われた場所が、倉庫と台所と風呂とトイレ。赤ん坊には確かに危ない場所である。

 廊下で素直に待っていると、さすがにアンジェさんも気付いたようで「もしかして……」と呟きながら、考え始めたようだった。


「オーランと会話ができます!」

 夜に、家族が集まる夕食後の憩いの時間。

 自信満々のドヤ顔で、喋れないボクを物理的に持ち上げるアンジェさん。

 さすがに喋れないから、それは無理だと「んーんー」と否定する。

「言葉を理解しています!」

 両親も最初の発言に「何いってんだこいつ?」みたいな顔をしてたが、理解してるというのは納得していたようだ。

「確かに普通の子よりは成長は早いね、五ヶ月ではいはいできるようになったし」

「そうなのー? でも確かに、言葉を理解しているようなことがあったわねー」

 それなら試してみようと、やる気のアンジェさんだが、やるのはボクだ。

 別に隠す必要もないかと思って、付き合うことにした。

 まずボクを床に降ろすと、三人が少し離れて円陣で囲まれる。

「さぁオーラン、アンジェのとこに来てください」

「次はセリアさんです」

「ディーノさん」

 指示通りに移動していく。

 正直、両親のことはまだちょっと怖い。

 でも優しい人だと解っているので、すぐに飛び付いたりはできないが、ゆっくりとなら近づけるようにはなった。

 努力して頑張ろうと思う。

 一通りそんな指示をこなしていくと、アンジェさんが「天才です!」と抱き上げてくれた。

「うん、名前で人の区別が付いているのは間違いなさそうだね」

 ディーノ父さんは冷静に分析してるようだ。

 いやさすがに、天才とか親バカすぎると思うのだが、セリア母さんも「天才だわー」とか言い出してボクの頭を撫で始めた。

「ちゃんと試してみるか」

 ディーノ父さんは部屋から出て行くと、見慣れない薬瓶を二つ持ってきて、自分を中心に左右に置いた。

「オーラン、傷薬のほうに移動してごらん」

 そうは言われても、どっちがどっちか解らない。これは難しい。

 悩んで動かないボクを見ると、ディーノ父さんは瓶を両手に持つと説明してくれた。

「こっちの緑色のが傷薬で、黄色なのが花の香水だよ、さてもう一回やってみようか」

 ちょっとした意地悪なのか、さっきと逆の方向にそれぞれ瓶を置く。

 しかし、この世界にガラス瓶ってあるんだな。使ってる食器が全部木製だったから無いと思っていたんだけど、薬品とか専用なのか。

「よしオーラン、香水がどっちかわかるかな?」

 迷うことなく香水のほうに進んだ。

「おっと触っちゃ駄目だぞ」

 ちょっと触ってみたかったんだが仕方ない。

 瓶の前で止まってディーン父さんのほうを見ると、すごく驚いた顔をしていた。

「これはすごいな……」

 ディーン父さんは瓶を手に取ると、急いで部屋を出てすぐに戻ってきた。

「いや驚いたな。確かに言葉を理解しているね。それに物覚えもいい」

 そう言いながらボクを高い高いする。

「明日から文字を教えてもいいかも知れないね」

 教育魂に火がついたのか「天才だな」とディーノ父さんまで言い出したのは仕方ないのかもしれない。


 次の日、文字を教えて貰うことになったのだが、ディーン父さんは仕事へ行ってしまい、アンジェさんとセリア母さんが一緒に文字を教えてくれるようだ。

「基本的な文字はこれよー」とボクを膝の上に乗せたセリア母さんが、木版を小さな机の上に置いてくれたのだが……カタカナだった。

 濁点と半濁点追加版の文字列が並んでいる。

 左上から横へ読んでいく流れで、横文字そのままだった。

 結構楽しみにしてたのに「これはもう解ってますよー」とは言えない。

 一文字ずつ発音して教えてくれるのが、心苦しい。

 全部読み終えると、自分の名前をとか、私の名前をと言い出して、言われた通りに木版を指指していくゲームが始まる。

 時々意味がわからない単語を言われるが、この世界特有の名称なのだろう。たぶん地名とか人の名前とかなんじゃないかなと考えるのは楽しく、解らない単語を聞いて、それが一体どんなものか想像する。

 今まで、寝ているか身体を動かすことだけだったので、この頭の運動はいい刺激だった。

 突然、横から頭を撫でられる。いつもは火傷するのではないかと激しく騒々しい彼女だが、今日はゆっくりと優しく無言だった。

 もちろんいつもの謎の幽霊少女だ。

 たぶん、勉強の邪魔にならないように、静かにしているのだろう。文字盤を真剣に見ながらコクコク頷いてるので、彼女も文字を覚えているのだろう。

 毎日の体験で判断しているのだが、たぶん彼女は睡魔なのだろう。こうやって彼女に触られた途端に船を漕いで、ボクを夢の世界へと旅立っていった


 話し声で目を覚ますと、昼食時だったらしく、珍しくディーン父さんが帰ってきているようだった。

 いつもは夜になるまで帰ってこないはずなんだが、ボクが生まれてから初めてではないだろうか?

「本当にもう文字を覚えたのかい?」

「言葉とは一致しているようです。意味までは理解していないようですが」

「本当にすごいわねー、私は文字覚えるに苦労したよー」

 どうやらボクのことを、昼食の用意をしながら話しているようだ。

 もう覚えていたからとは言えないが、不思議なものだ。世界は違うのに言語は日本語とは一体どういうことなんだろうと思う。

 ボクが起きたことに気付いて、一緒にご飯となり離乳食を食べさせられる。

 スープにパン粉を入れたような食事なんだが、ほとんど飲むのと変わらない。アンジェさんがゆっくりと食べさせてくれる。

 食べ終わるころ、食後のお茶を飲んで寛いでいる両親。

「早すぎるとは思うが、本を読ませてみるのもいいかもしれない」

「良いと思うけど、家に本なんてないわよー?」

 本は無いのか、残念だ。

 どんな本があるか興味があったんだけど。

「私の家にありますよ」


 何でも旅の間に集めて持って帰ってきたものがあるらしい。

 そんなこんなでアンジェは家に本を取りに、ディーノ父さんは仕事に出掛けていきました。

 必然的にセリア母さんと二人になった。

 今までを思い返すと、お風呂以外はアンジェさんを交えての関係だったわけで、少し緊張する。

 セリア母さんもどうしたものかと、ボクを見て考えてるようだったが、いつも通りに剣を腰に差してボクを抱いて外に連れて行かれる。

 そういえばずっと家の中で、外に出るのは初めてだったような気がする。

 セリア母さんが靴を履いて外に連れて行かれると、木造の家が二十五メートルくらいの間隔で円陣のように建っており、中心部に道が一直線に伸びているようだ。家の外側は畑になっているようだ。

 そしてボクの家は、銀色の花が咲いている道の横にあるようだ。

 セリア母さんは、ボクをドアの前に座らせると「動いちゃ駄目よー、わかった?」と言うので頷いて答えると「うんうん」と頷いて頭を撫でてから、少し離れて、こっちからは横向きになり素振りを始めた。

 いつもおっとりと優しい笑顔をして、間延びした口調のセリア母さんに、剣は似合わないなと思っていたんだけど、剣を抜いた途端に表情が冷徹に変わった。

 同一人物とは思えない変貌であった。

 三十回ほどで素振りを終えると、こちらをチラリと見る。そのときはいつもの笑顔だった。

 ボクが動いてないことを確認しただけなんだろう。次は舞うように剣を縦横無尽に振り始めた。

 いつもの面影が天と地ほども違う迫力で、速く鋭く剣を振る音が聞こえる。

 華麗とはいえず、荒々しいともいえず、流れにまかせて流れている。それは流麗だと言われると少し違う気もする。そこには野性的な動きも含まれている印象があった。

 いや、これはもう何というか、痺れるほど格好良かった。

 ディーノ父さんも、これを見たんだなと理解できた。

 ヒーローに憧れる感覚というか、あのドキドキ感を思い出した。

 一通り終わったのか、動きを止めると剣を鞘に入れて、こっちを見てドヤ顔をしていた。

 その顔は恐るべきことに、健康美に溢れる男前、いや女前。

 普段はのほほんと優しいお姉さん、剣を握ると厳しいお姉様、そんな感じの落差だった。

 セリア母さんはボクのほうに歩いてくると、勝手に身体がビクッとしてしまった。何でこんな反応してしまうかなと自己嫌悪になる。

 それに気付いたのか「むむ?」と唸ると、ボクの前で剣を反対側に置いてから、仰向けに寝転んだ。

「おいでー、オーラン」

 顔を横に向けて、チョイチョイと手招きして呼ばれる。

 これはたぶん、セリア母さんも怖がってるのは何となく解ってしまったんだろう。

 アンジェさんみたいに悲しい思いをさせてはいけない。こんな風に目線を下にして、気遣ってくれているのだ。剣も見えないように置いて配慮してくれている。

 ボクはその手にゆっくりと近づいて、セリア母さんにお手をする。

「持ち上げるぞー」

 そういって身体の向きを変えて、両手でボクの脇あたりを掴むと、ゆっくりと腕を伸ばして、空に向けて高く上げてくれた。真下にセリア母さんの笑顔が見える。

「どうだ、お母さん格好よかっただろー」

 えっへんと、擬音が聞こえそうな自慢げな笑顔だった。

 その顔に思わず笑ってしまった。

 これが本当の母親なのだろうと、胸の内に込み上げてきた気がした。

 暖かい気持ちになる。

 セリア母さんはちょっと驚いた顔を一瞬したが、すぐに笑いながらをボクを上げたり下ろしたりして「そーれ、たかいたかーい」と遊んでくれた。

 体を上げ下げされてるだけなんだが、そんなことがとても楽しく思えた。 幸せってこんな感じなのだろう。


 長い時間そんなことをしていると、アンジェさんが戻ってきた。

「オーランで腕の修行しちゃ駄目ですよ」

 何て言われたセリア母さんだった。


1話の長さはこれくらいでいいのだろうか?

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