回帰
少年は気が付くと白い闇の中にいた。闇は濃く、数メートル先はもう視認することはできない。少年はどうして自分がこんなところにいるのか、ここが一体何処なのか解らなかった。
少年は回想する。
そうだ、たしか今日は家族で出かける約束をしていたはずだ。お母さんが今朝、張り切ってお弁当を作っていたぞ。えっとそれから、
「ねぇ」
突然声をかけられ振りかえる少年。
少年の目の前に少年と年恰好の似た、子供が、一人立っていた。
「ねぇ」
その子は少年を呼んでいるようだった。というのも辺りに少年以外の人物を確認することができない。
「ねぇ」
少年にはその子がだれなのかわからなかった。その子の綺麗な顔立ちとその姿で性別さえもわからない。
「君はだれ」少年は問いかける。
するとその子はにっこりと微笑んで、
「忘れちゃったの。 仕方ないよね、もう随分前のことだったものね」そう言って少年の手をとった。
その子の手はとてもあたたかかった。春の訪れのような陽気さにも似た感覚に少年はとても心地よい気分になった。何だろうか、うっとり眠くなる。
「何して遊ぶ」その子が少年に聞いた。
少年の中には不思議とその子と遊ぶことがさも当然の事の様に思えていた。同様に、ここが何処なのかそのことを聞くことも思いつかなかった。いや興味が無くなっていた。
「何して遊ぼうか」少年はそう言って辺りを見渡す。が、辺り一面は相変わらず白い闇。
何もないね。少年がそういうと、その子はまたにっこりと微笑みゆっくりと、握っていない方の手で、少年の視界を遮った。
一瞬の暗転ののち少年の視界はゆっくりと光を取り戻していく。すると辺りの白い闇の中に花畑が浮かび上がる。様々な遊具もあった。ブランコに滑り台、シーソーにジャングルジム、メリーゴーランドやジェットコースターまである。
「ほら、あっちにも」
そういってその子が指をさした方には大きな湖ができていて、その側には出店が立ち並んでいる。焼きそばにたこ焼き、かき氷にリンゴ飴、ラーメンやカレーライスまである。
「さぁ、行こう」その子に手をひかれ少年は二人で駈けだした。
少年はその子と二人、夢中で遊んだ。それこそ文字通り時間が経つのも忘れて遊んだ。
いや本当に時が進んでいるのだろうか。切り取られた楽しい瞬間、瞬間、の感情だけが貼り付けて並べられたかの様に、その子と過ごした時間は蓄積されない、だから飽きることがなく、つかれることもない。永遠に遊んでいられるのだ。
その子と二人で遊んでいると、ふと誰かの視線を感じた。
「どうしたの」
「いや、誰かがこっちを見ている様な気がして」
「それは気のせいだよ」
「いやでも、」
「君は、楽しくないの」
「そんなことないよ。でも…。」少年が言いよどんでいるとまた、視線を感じた。
そこには少年がいた。少年自身がそこにいたのだ。少年は自分と同じ姿をしている。
その少年は泣いていた。
「なんで泣いているの」
「あのね、お父さんが帰ってこないの」
そういわれて少年はドキリとした。同時に深い悲しみと罪悪感が少年の中にひろがる。
少年が視界から消えた。その少年は何かに突き飛ばされたかの様に尻もちをついていた。振り返る少年。そこにはその子がいた。怒りに顔をグニャグニャに歪めていた。その子は倒れている少年を指さして、
「そいつはね悪いやつなんだ」と言った、
「君を連れ去る悪いやつなんだ、だからね…」少年が瞬きをしたその一瞬、その子の手には大きな ハサミがあった、綺麗な銀色のハサミ。少年はその子がこの少年に何をするのかわかった。助けなくちゃ、少年はとっさに少年の手をとって駆け出した。
白い闇の中をひたすら走る。少年が瞬きをするタイミングで今までの景色が融け落ちる。代わりに錆びついた建物や異形の怪物が無数に現れる。
ただれた皮膚に爪の無い手、生気の無い顔に引きずった足、腕や足は通常とは違う方に折れ曲がっている。
少年は必至で走った、振り返ればその子が追ってきているような気がして。
銀色のハサミに頭を割る金槌、人を刺す包丁に首を絞める縄、体をバラバラに切断するノコギリやそれから鉄の…
ドン!突然現れた車に少年の体は宙に浮いた。
その子の悲鳴がきこえた。
白い闇に朱色が滲む。
少年の意識はなくなった。
男は目を覚ました。
病院のベッドの上。白い天井。周囲でたくさんの人が、騒がしく動いている。男には何が何だかわからなかった。ただあの時のその少年が男にしがみついて泣いていた。
何もかも初めてで少しだけドキドキしています。
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