5話 初恋を語らう
「日和、それなに?」
「あ、これ?なんでもないよ」
「ふーん」
「あ、ちょっとっ!待ってって!」
対面に座って、ついさっきまで楽しくお喋りをしていた友人、柚希は目ざとく私の隠しごとを見つけた。
必死の抵抗も虚しく、財布にしまった例のプリクラは彼女の手元だ。私は俯いて頭を抱えた。
「うわすごっ。あんたも意外と大胆ねえ。ああ、これとか」
「やめてっ!?私目の前だし、目の前じゃなくても!」
「だって意外でさ。これとかどういうメンタリティで」
「あーもう聞こえない、なーんにも聞こえない」
机に突っ伏して、ようやく彼女の攻撃は終わった。もう顔中どころか全身が熱かったはずだ。当日までは勢いのせいもあって、まだマシだったが今ではひどく恥ずかしい。成海くんもおそらくは引いているだろう。そう思う度に、もう全身をかき乱される思いだ。
「これってやっぱり例の成海晶くん?」
「……それ以外あると思いますか?」
「いやあ?でも一応ね。あんたの初恋だから、私も気になってたんだよ。廊下で見るくらいしかなかったからさ」
「……廊下で見るで十分でしょ」
私が何を言っても、彼女は気に留めたようすすらない。なるほどね、と感慨深そうに呟くだけだ。それすら私からすれば羞恥以外のなにものでもない。
「加工入ってるからさ、なおさら美形ね」
「……加工ない方が好き」
「いい素材は生で、みたいなやつか」
「その言い方はちょっと」
「流石は女神を落とした美貌だわ」
「あー、もうっ!全部違うから!」
手元にあったペットボトルのキャップを回して水を飲む。ようやく少しは熱が引いてきた。柚希には、私にとっての成海くんのファーストコンタクトを話している。それは私にとって、輝かしい初恋の記憶だ。確かに一度の出会いによるものだから、一目惚れなのだと彼女は言う。けれど決して見た目だけじゃなかった。
「けど見た目が全く要素にないわけじゃないでしょ」
「……それはそうだけど」
「あの人モテるっぽいし。これで一歩リードかな」
「そ、そうかな?引かれてないかな?」
「それは私にはわかんないよ。デートに同行させてくれれば別だけど」
「で、でーとじゃないよっ!」
「あー、はいはい」
デートじゃない、そう否定してみせたものの、内心では強く信じていない。むしろあれはデートだったと思いたい節もあるのだ。
出かけようと誘うつもりもなかった。以前までは、ただ遠巻きに見るだけで良かった。同じ学校に通い、たまに廊下などで見かける。その度に幸せな気持ちになって、それだけで満足だった。
あの日、誘われたクラスメイトらに置き去りにされ、酔っ払った男性に話しかけれて。全てにうんざりしていた時、助けれくれたのは彼だった。それより前、初めて出会った時と変わらない優しさに、もう一歩くらい近づいてもいいのではないか。そんな欲求が芽生えたせいだ。
「前は付き合うなんてとんでもないと言っておられましたが、心境に変化は?」
「……お友達にくらいには、なれたらいいな」
「おー!成長だ」
「成長、なのかな。むしろ卑しくなってる気が」
「恋愛を卑しいなんて価値観は捨てなさい。あんたのその卑下するくせは嫌いだわ」
「だ、だって」
「仮にも今は女神さまなんですから」
思わずキッと彼女を睨む。その扱いを私が嫌っていることを知った上での軽口だ。顔に滲んだ隠しきれないからかいの笑みからもそれは十分にわかる。
「そんな可愛い顔で睨んでもねえ」
「はあ……もういいよ」
「ごめんって、でももっと自信を持つべきよ」
「そんなの……無理だよ」
所詮は彼に出会って、少しでも変わりたいと思っての高校デビューだ。地味で大人しかった自分と今のギャップにまだ理解は追いついていない気がする。
「自分が可愛いってことは自覚してるでしょ?」
「そ、それは、あんなに告白とかしてもらったら、わかるよ」
「だったらなんで自己評価は低いのかね」
「だ、だって!成海くんが、どう思ってるかはわかんないし……」
柚希は、大きなため息を吐いた。それは言外に、私を咎めている。たとえそれが分かっても、私には直せない。
自信なんてどうやって持てばいいんだ。
「そんなのね、あんたが迫れば一発よ。それで欠片も意識しないようなら、多分異性愛者じゃないだけ」
「せ、迫るなんてそんな……!」
「はあ?プリクラ撮ったんでしょ?あれ、なかなか大胆なポージングで……」
「ゆずき!もうっ、ほんっとに怒るよっ!」
「……本気なんだけどなあ」
本気だから質が悪いんだ。私はちらりと写真を見る。たしかに近くて、大胆にさえ見えたその距離に、頭を横に振る。
この距離が、イコールで心の距離感ではない。はしゃぎすぎた自分を恥じながら、引かれていないことを祈った。それから、写真を手元に取り戻して、財布にしまう。これはまだ、お守り程度でいい。いつか振り返る時が来て、こんな時もあったなと、そう思えることを願った。
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