3話 デート
「どこに行きたいですか?」
以前会った時と同様に、僕らは辺りで最大の駅都市部へと降りた。平日の夕方に差しかかろうという時間はひどく混んでいる。
「行きたいところは特に、強いて言うなら自宅です」
「お、お家は流石に……その、あの」
「……違います、そういう意味じゃないです。帰りたいっていう意味であって」
「むぅ、それならダメですっ!まずは通りに出ましょう」
それならダメです、とは一体。とてもじゃないがスルーはできない発言だ。もっとも僕にそこを深堀るつもりも度胸もない。
だいたい助けたと言っても大したことはなく、仮に大したことだったとしてだ。だからと言ってこんなに気を許すものか、疑問が残る。そういえば、どうして彼女は僕を知っていたのか。
「僕らは会ったこと、というか話したことがあっただろうか」
「それは、あの日以外でということですよね?」
「そうなるね」
「そういうことなら、答えはイエスです」
「あれ、僕に心当たりはないのだけど」
学校であれだけ話題の人物ならば、一度挨拶を交わしたくらいでも覚えていそうなものだ。クラスも違うのだからなおさらに。首を傾げた僕に、彼女は楽しげに笑っている。いっそうと謎は深まるばかりだ。
「いいんです。私は覚えているので」
「……モヤモヤするんだけど。この答えが出ない感覚は苦手なんだ」
「だとしたらそれが覚えていないことへの罰ということで」
「……あの日のお礼ってことで、教えてくれないかな」
「お礼はいらなかったのでは?」
もう言葉は浮かばなかった。何か言おうと息を吸っては、諦めて吐く。それを数度繰り返したあたりで、とうとう彼女は声を出して笑った。
女神は意外と意地が悪いらしい。誰かに教えてやろうか、いや自分だけが知っているのも悪くない。僕はため息だけを返した。
「それで、行きたいところはありますか?」
「成海くんの行きたいところに。付き合ってもらってるわけですから」
「変な遠慮の仕方はやめてよ。どうせ付き合うんだから、それならとことんだろ」
「……それなら、普段行くところに行ってみたい、です」
「え、僕の?」
「は、はい。だめですか?」
「ダメじゃないけど、別に面白くないと思うけどなあ」
そんなことないです、と胸の前で拳を握りしめている。釈然としない思いを抱きつつ、応じることに決めた。多分彼女は本当にやりたいことを言ってくれただろうから。何に興味があるのかまではこちらが決めていいことじゃない。
「うーん、基本的にはファストフード店でバーガーでも食うか、ゲーセンカラオケあたりに行くとか。あとはラーメン食う時もあるけど」
「おー、ぽいね」
「もはやイジッてるよそれは」
「え!ち、違くてっ!」
「冗談だよ、冗談」
隣でむくれる彼女を笑って流す。キツく引き締めた表情もそのうち解れていった。こうして歩いていると不思議な感覚がしてくる。大した交流もなかったというのに、突然訪れたこの時間の居心地はなかなかに悪くない。
少し歩くのが速かったか。
そう思ったのは、彼女が少しだけ駆け足で寄ったからだ。気が付かなかったが、先ほどから時おりそうしていたらしい。文句のひとつもなく笑っているから、性格まで良いとの噂は本当だったようだ。
「ごめんね、遅くて」
少しスピードを緩めれば、彼女はすぐに申し訳なさそうな顔をする。無駄に察しがいいのは、少し困った。
「いやむしろ僕の方が悪いよ。ごめんね、あんまり女の子と並んで歩くって意識したことなくて」
「そ、そうなんだ」
「ん?」
「その、意外だなって」
「僕ってそんなイメージなの?」
「……ちがうよ?」
「嘘は下手なんだ」
思わぬ風評にほんのりと傷つきつつも、あまりに嘘が下手だから笑ってしまう。目も泳いでいるし、表情がなんとも怪しいのだ。
「ごめんね、気が利かなくて。僕ももっとスマートにできるといいんだけど」
そんなつもりはなかったが、自虐的な笑みになってしまった。
「そんなことないもん」
「そう?少しはスマートに見えてるなら安心したよ。ほかの男子と比べられたら、勝てる自信はないからさ」
軽口のつもりだったが、彼女は不満と怒気を込めた顔を僕に向けている。失言だったことを悟ったのは、その表情を見てからだった。
妙に気まずくて、目を逸らす。振り返ったのは袖を引かれたからだ。
「……私ってそんな印象?」
「ああいや、ネガティブなことを言いたかったんじゃなくて。人気があるのは知っているから、もっとスマートな男もいるだろ?そこと比べられると分が悪いなって……ごめん」
「……自慢じゃないですけど、男の子こうやって街を歩くのなんて初めてで私も緊張してるんですけど?」
「は?」
とっさに出たのは、ひどく間抜けな声だ。予想外の言葉だったのだから、仕方ないだろう。散々にモテる彼女が、こうしたよくある時間を過ごしたことがないなど想像もつかなかった。
それからよく見れば、なかなか目は合わない首筋あたりも薄らと赤く染っている。
散々に女神などと呼ばれ、気が付かないうちに僕まで神聖視でもしていたみたいだ。目の前の彼女は、紛れもなくただの女の子で。そう思うと、かえって可愛らしく見えた。
「むぅ」
「そんな顔されると困るな」
「だって今のはバカにした笑いだった」
「バカにはしてないさ。むしろ可愛いなくらいで」
「か、可愛い……!そ、そんなのじゃ誤魔化されませんよ?」
「まあ言われ飽きてるだろうし、分が悪いか。もっと良い褒め言葉が浮かべばいいんだけど」
「……なんかムカついた」
僕の腕を叩く彼女からは、ぽこぽこと可愛らしい音が聞こえてきそうだ。女性はよく分からないとは父の教えだが、全く正しいことが今日わかった。
不満そうに叩いていたくせに、だんだんと楽しそうな顔をしている。とても女神さまとは思えない顔だ。
「お腹減ってる?」
「お、女の子にそんなストレートに聞きますか?」
「あれダメだった?」
「よく食べるなこいつとか、思わないですか……?」
「別に思わないし、食べないよりは食べる方がいいよ。世間一般でも、男の本音はそうだと思うけど」
「じゃあ、減ってます」
ちらりと目線をやれば、こっちを見るなと肩を叩かれる。なんだかずいぶんと親しくなれたらしい。
「ラーメンでも食べる?よく行くとこに行きたいって言ってたし」
「いいの?」
「え、逆にダメなことある?僕が誘ってるのだけど」
「行きたい」
「決まりだ。って言っても僕もあんまり行かないからね。詳しくはないんだけどさ」
そうなの、と首を傾げた。その仕草は少しあざとい。
僕は、コホンと大げさな咳払いをして気を取り直す。まだ少し彼女の方は見れないが、それでも話を続けた。
「他の男は分からないけど、僕は、というか僕とその友達とかはあんまり行かないね」
「私ね、男の子と言えばラーメン!みたいなイメージあったよ」
「わかるよ。でも実際雑談どころかちょっと会話するのも気遣うし。食べる速さがバラバラだと先出てたりとか」
「え、そんなに殺伐としてるの?」
心から驚いたのか、目を丸くして、それから不安そうにこちらを見上げている。それならいっそ意地悪をしてみようかと思い、慌てて頭を振った。
多分これ以上のからかいはシャレに留まらない気がしたからだ。だいたいこの先は怯えさせることに繋がりそうだ。それは僕とて本意ではない。欲求を堪え、平気だよと返した。
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