1話 近い未来と今の出会い
「告白をされました」
僕の部屋で、ベッドの上に正座をする彼女は言った。
「へえ」
「……それだけですか?」
ベッドの脇にもたれながら、床に座る僕は曖昧な返事だけをした。不満そうな声色が響いて彼女を見れば、口先を尖らせ睨みつけている。
「それだけって言われても……珍しいことでもないよね」
「……渚くんは、どんな相手かとか何かされたなかったかとか、返事はどうしたとか、気にならないんですかっ」
「気にならないことはないけど……。断ったんでしょ?」
「そ、それはそうだけど」
納得はできていないらしい。敬語は崩れたが、口先はいっそう尖っている。
「何かされなかったかは心配じゃないとは言わないけど」
「けど?」
「だって僕それ見たもん。それにそもそも君、人気のないとこについていくような子じゃないでしょ」
「……悔しいっ!」
「なんでだよ」
話は終わったな、と向き合った姿勢を崩してベッドの脇に再びもたれる。すぐに彼女は僕の髪の毛に手を突っ込んで、くしゃくしゃと撫で回し始めた。一度始めると、飽きるまでは止めないので、僕も黙って本を読むことにする。
僕の高校には女神がいる。入学してすぐに彼女のことは噂になっていた。ひどく容姿の整った女子生徒がいると。僕の髪の毛を好きにいじっている彼女と、学校の女神さまが同一人物だとは、今も疑いたくなる。
今日のような時間を、過去の自分に説明しても決して彼は信じないだろう。現在の僕でさえ、時々何かの夢なように思えるのだから。
僕があの日、一目で彼女が誰かを気がついたのは偶然だった。昼間に教室で彼女の話題が上っていたせいもあるだろう。
「まさかね、流石に僕の見間違い……」
放課後友人と遊んだ帰り、さらにひとりゲームセンターに寄った帰りのことだ。僕は自宅への帰り道として、普段なら選ばない通りを選んだ。
駅前の大通りから少し行ったところにある繁華街は、県内では最大ということもあって治安はあまり良くない。いつもなら避けるその通りを進んだのは、何となくの気まぐれだった。
「あの、すみません、通してください……」
「学生さん?こんな時間に歩いてちゃダメだよ。補導されちゃうよ。どっかお店にでも……」
居酒屋などが建ち並ぶ通りの端の方で、見覚えのある制服に身を包んだ、見覚えのある顔をした女の子が立っている。まだ九時にもならないというのに、ほろ酔い状態の男性に絡まれているのか、彼女は壁際で困った顔をしている。
一見正論だが、何故店に誘うのか。酔っ払いの言い分に僕は肩を竦めた。
見て見ぬ振りをするか、声をかけるか。それは単純な二択だった。良心に従うなら、声をかける一択だ。けれど僕が悩んだのは、彼女に覚えがあるせいだ。
美澄日和は僕の通う高校で、少なくとも僕の学年では一番人気を誇る女子生徒だ。ずば抜けて優れて容姿と穏やかで人あたりの良い性格は、すぐに男連中を魅了した。そのうえで誰の告白にも首を縦に振らないから、質が悪い。その穢れなき清純さは、いっそう魅力を増していくらしい。今では女神などと呼ぶ声すらある。
どうしてそんな彼女が、こんな時間のこんな所にいるのか。純粋な疑問と、それから面倒ごとの予感がした。
声をかけるか悩むのは、万が一彼氏を待っているだけとかなら、戻ってきた彼氏に殴られるのは僕だ。もしくは何かやましい場面を見てしまったのなら、明日以降学校に居場所を失うことすらあると考えた。
彼女が僕に何かされたなどと言えば、男には殴る蹴るの暴行をされ、女子からは総スカン。教師陣の印象も良い彼女だ。評定もまずいかもしれない。
そんな勝手な被害妄想は、目の前の彼女の表情と天秤にかければすぐに負けてしまった。
「あの、彼女は帰るとこで。僕を待っててもらったんです」
声をかけると、先に反応したのは彼女の方だった。近くで見ると本当に可愛いなと呑気なことを思った。
「だよね?」
「う、うん」
理解はしてくれたらしかった。すぐに頷くと、彼女は僕の背の方へくるりと回った。小さく掴まれた裾の方に、汚れてないといいなと思った。
「帰り道なので、それに歩いている分には補導も大丈夫ですから。それじゃあ、せっかくの金曜を邪魔しちゃいけないので」
ぺこりと頭を下げると、少しだけ顔を顰めたものの、すぐにスタスタと去っていった。その先でキャッチの女の子に絡んでいるから、きっと誰でもよかったのだろう。
「あ、ありがと」
「ううん、本当に帰り道だったから」
まだ掴まれたままの裾に目をやると、彼女は慌てて手を離してごめんと謝った。別に咎めたつもりはなかったが、平気だと返した。
「どうしてこんなとこに?」
沈黙を嫌って、僕が尋ねる。
「その、お友達に誘われて」
「あれ、ひとりじゃなかったんだ。それじゃあ僕、余計なことしちゃったな」
「そんなことないよっ、ありがとう、嬉しかった」
小さな声なのに、周囲の喧騒に負けずはっきり聞こえる声に、妙に動揺した。
「そ、それで!そのお友達は?」
緊張を悟られたくなくて出した声は裏返った。顔が熱くなったのが分かる。
「それが、その、見当たらなくて」
「は?」
「だから待ってたんだけど……」
聞けばこんな場所に連れ出した友人とやらは、彼女がトイレに行っている間に居なくなったらしい。店の会計は済んでいたから、連絡をしつつ待っていたが一向に帰ってこないらしい。そんなうちに先ほどの場面となったとのことだ。
僕はもうとっくに顔の熱も抜けていた。駅前のファミレス程度なら百歩譲って、繁華街であるこの通りに一人残すなんて悪質だ。
「その友達とはよく?」
「ううん、今日が初めて」
だから嬉しくて、添えられた言葉に胸が痛んだ。
動揺を気取られることのないよう努めて明るい声を出した。
「送ってくよ、ここからなら最寄りは何線?」
「い、いいよ!」
「あー、別に誰かに言いふらしたりはしないよ。とりあえず駅前に出れば」
「ち、違くてっ!……帰り道だったんでしょ?悪いもん」
初めて聞く大きな声に、少しだけ驚きつつ、僕は笑った。あんな目にあってもこちらを気遣ってくれているらしい。そのピュアな性格は、好感と同時に不安を抱かせる。また今日のようなことにならないといい。
「いいよ、送ってく。ここら辺大通りって言っても治安良くないし」
「でも……」
「むしろ無事に帰れたか心配で落ち着かないよ。家までって言いたいとこだけど、流石にそれは嫌だろうし、駅くらいは我慢してくれると嬉しい」
「あ、ありがと。でも、嫌とかは、思ってないよ」
「そう?悪印象じゃないなら良かったよ」
結局駅までの道を歩くことにした。初めて話す彼女との時間は、そう悪いものではなく、そこそこあるはずの道のりもあっという間に終わってしまった。
改札の前まで立つと、彼女はくるりと僕を向いた。
「今日はありがとう。ほんとうに助かりました」
ぺこりと綺麗なお辞儀をする。
「もう遅いけど、駅からは?」
「パパが迎えに来てくれるって」
「なら安心だ。僕もゆっくり眠れそうだよ」
「もうっ、からかってるのは分かりますからね」
「からかうくらいは許してよ。お礼代わりってことで。じゃあ気をつけて」
「……お、お礼は必ず。じ、じゃあ学校で!またね、汐瀬くん!」
言い切ると、さっと駆けて行ってしまう。振り返りすらしないが、直前に見えた赤く染めた耳から、何故か照れたことは分かった。
「あれ、僕名前言ったっけ」
独り言は溢れていた。疑問は浮かびつつ、僕は達成感を得ていた。これでまた一つ徳を積んだと思おうと。
思えばこれが僕にとって初めての美澄日和との出会いなわけだから、本当に徳を積めたのだろう。
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