役割
次の日。
昨日の夜口にしたクッキーのせいでおかしくなってしまった体調は、残業をこなしているうちに、いつの間にか元通りになっていた。
元通りにならなければ、今頃体調不良で神様に訴えて、冥府に戻って休めたと言うのに。最悪だ。
簡単になんでも治してしまうこの体に悪態をつきつつも、後少しで終わるこの残業の山をさっさとかたずけるために、任務に尽力した。
なかなかない光景だ。この僕が、任務という大嫌いなものに対して集中しているなんて。今頃、監視している神様もとても驚いているだろう。
そう思うと何だか気分がいい。
だがそれ以外にも、『早いところこの残業を終わらせて、冥府に戻って休みたい。というか寝たい』、という思いがあるからだろう。
ずっと徹夜続きで仕事をしているからか、体が重たいし、頭がふわふわする。たとえ神だとしても、休息が必要なんだということが今回の件でよく分かった。
あとで神様のところに行って愚痴をいってやろう。
ふと、下を見下ろすと、昨日あの女が殴られていた公園の真上を通っていることに気がついた。今は昼頃だからか、公園には誰もいない。
また、今日もああやって殴られるのだろうか。
嫌なら断って、そのまま縁も切って仕舞えばいいのに。
そんなことを言ったら、「できるのなら今頃もうやってるよ」と言われてしまうだろうか。
人間は面倒臭い。
回収すべき魂を見つけたので、地上に降りて、瓶の中に入れた。
その日の夜。
三番はまた女の家にやってきた。
今日は昨日と違って、窓が開いていた。ただ、肝心の本人が部屋にいない。
下にも窓があった。そこから光が漏れていたので、中の様子が見れるかもしれないと思い、のぞいてみることにした。
だが、覗く前に大きな音がした。
何を言っているのかはわからなかったけど、中で何が行われているのかは、なんとなく分かった。
昨日みたいに窓を通り抜けて中に入れば、あの女の苦しんでいる姿を見ることができるだろう。それに、普通の人間ならば、僕の姿は見れない。
そう、こいつの両親が普通ならば。
三番は考えるのが面倒くさくなって、結局下の部屋には入らず、女がいつもいる部屋で女が帰って来るのを待つことにした。
暇だし、星の数でも数えながら待とうと思い、空を見上げた。だがそこには、何一つなかった。よく晴れているのにも関わらず、何も見えなかったのだ。
今はなんとも、寂しい時代になったものだな。
三番は星空を見上げるのをやめて、代わりに地上を見下ろした。やっぱり何もない。
つまらないと思いながらも目の前のビルをぼーっと眺めていると、背後で物音が聞こえた。
女が戻ってきたんだろう。
「窓を開けたまま、この部屋を出て行くなんて、よっぽど危ない目に遭いたいみたいだね」
三番が声をかけると、女は僕がいることに気がついたのか、ハッと顔をあげて窓辺に座る三番を観た。
いつものように笑顔を貼り付けることなく、ただただ純粋に、驚いているような表情をしていた。
「え、あ、きてたのね」
「何?きちゃいけなかっ…」
三番はようやく女の顔を見た。
頭から流れる血。足首を伝う脹脛から流れ出る血。桃色と白で、女性なら一度は着てみたいと思うほどのかわいらしい制服には、血が飛び散っていた。
おまけに、女の頬には、涙が伝った跡があり、目の下は赤く腫れていた。
「…ひどい顔」
「女の子の泣いてる顔見て一言目がそれ?」
三番は目を逸らした。
女は三番の心情も考えずに近づいてくる。
足音が近づいてくるか、多分そうだろう。
突然背中に、何かが押し付けられた。
驚いて振り返ると、女が僕の背中に、頭を押し付けていた。
「何?重いんだけど」
悪態をついてみたが、女は何も言わない。
「ねぇ、シニガミサマ。ちょっとお願いがあるんだけど」
背中からそんな声が聞こえてきた。
僕はしばらく経ってから答えた。
「…何?」
どうして聞いてしまったのだろうか。
どうしてこの女は僕なんかにお願いを申し出たのだろうか。
僕は死神で、こいつは人間の女。
死神には人間界の安寧を守るために生まれてきて、人間にはその人生を最後の時まで生き抜くという役割のために生まれてきた。お互いがお互いのために干渉し合うことは好ましいことではないのに。
気がついたら、口が聞き返していた。
死神なんかに願いを乞うなんて、つくづく馬鹿な女。




