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人間の女


 その日の夜。三番はまた女の家に向かった。

 今日は珍しく、窓が閉じられていて、カーテンも閉められている。中は暗くて、様子が見えない。

 いつものこの時間なら、窓は空いているのに。

 三番は窓をノックしてみた。しばらく待ってみたが、返事はなかった。

 仕方がないので、窓を通り抜けて女の部屋に入った。きっと、僕が思い描いている三番ならこういうことを簡単にすると思ったから。

 中に入ってみると、あの女はいた。部屋の隅っこで、膝を抱えて、小さく震えながらスカートを濡らしている。

 嗚咽すら聞こえない涙の流し方。バレないように、聞こえないように。そうした願いからこう言う泣き方になったのだろう。なんて面倒臭い。

 三番は女に近づいた。浮いているので足音は聞こえないだろう。

 女を見下ろした後、部屋を見渡してみる。この部屋に一つしかない窓。クッション一つすら置かれていない部屋。女がいる反対の隅に置かれた、小さな救急箱。

 人間にしては、生活感のない部屋だ。服もいつも同じもの。学校の制服なんだろう。

 つくづく、下手くそな女だ。

 女は、部屋の中にいつの間にか入ってきている三番の存在に気がついたのか、慌てて立ち上がって目元を拭った。そして昨日と同じように笑って見せた。

 その表情が、三番の気に触った。


「ごめんなさい、気がつかなくて。お茶菓子を持ってくるわね」


 女はそう言いながらドアノブに手をかけた。


「馬鹿なの?昨日同じことをして取って来れなかったのは、どこの誰だったっけ?」


 三番は何も気がついていないふりをして、いつも見せている僕を見せた。


「あ、そうだった…そうだったわね…」


 女は笑顔のまま、視線を床に落としていく。

 ぴちゃ、ぴちゃと、雫が地面に落ちる音がした。

 音の出所は意外と近くて、目の前から聞こえてきた。

 女は笑顔を張り付けたまま、涙を流していた。


「何?なんで泣いてるの?」

「ちが…これは…そう、あなたに会えて、嬉しくて泣いているだけよ。そう、それだけなの」


 女はそう言いつつも、顔を隠している。


「いいかげん、下手くそな嘘はやめたら?」


 どうして、僕がそんなことを言うのだろう、どうしていってしまったのだろう。

 隠し続けることに、一体なんの意味があるのだろう。

 想いを受け止めてくれる奴が目の前にいるのだから、吐き出して仕舞えばいいのに。


「どうして、そんなこと言うのよ」


 女は怒りに満ちた目で、涙を堪えながら、三番のことを見つめた。


「隠し続けることに、なんの意味がある。少なくとも僕は、そのことに意義を感じない。どうしてかわかる?」

「知らないわよ、あなたのことなんか」

「隠したって、誰も助けてくれないからだよ」


 三番は、部屋を見渡しながら答えた。


「誰かがきっと、この状況を見抜いて、助けてくれるというか、本当に思ってる?残念だけど、それはないよ」


 女は目を見開いたまま、三番を見つめている。三番は何も気にしないふりをして、言葉を続けた。


「人間…少なくとも、この時代の人間は、巻き込まれたくないんだよ。それは死神だろうが、動物だろうが、本質は同じ」

「え…?」


 まずい、余計なことを言った。

 しかし、どうしてこんなことを言ったのだろうか。この女がどうなろうが、別に僕には関係ないのに。

 僕も、あの時から変わっていないのだろうか。


「助けを求めても、誰にも助けてもらえなかったのは、そう言うこと」


 ほらまた、そう言うことを言ってしまっている。


「なんで、私の過去を知っているの?私がいじめられているときに、助けを求めて、逆にその人もいじめに加わるようになったってこと」


 女は不思議そうな表情でこちらを見つめながら聞いてきた。


「…僕が死神だからだよ」


 三番はそう言って笑った。


「さて、僕話し過ぎで疲れたから行くね」


 部屋の中から窓の鍵を開けて、窓の淵に足をかけた。


「あ!ま、待って!」


 女は突然大きな声を出して、三番のマントを掴んできた。


「何?もう十分話したでしょ」


 これ以上ここにいると、余計口が滑りそうで、もう嫌なんだけど。

 女は三番が足を止めてくれたことをいいことに、鞄をあさって、可愛らしいビニールの放送に包まれた菓子を持ってきた。


「これ、よかったら」

「何これ」

「クッキーよ、友達…うん、友達が作ってくれたものなんだけど、私は小麦粉アレルギーがあって食べられないの。捨てるのもなんだか勿体無いし。もしよかったら食べてくれないかしら」


 小麦粉アレルギーがあると知っていて渡したのか、知らずに渡したのか。そんなことを考察しても意味はないから、代わりに違う言葉を三番はかけた。


「人からもらったものを他人にあげるなんて、恩知らずな女だね」


 三番は口でそう言いつつも、クッキーを一枚口に運んだ。


「そうは言いつつも食べてるじゃない。どう、美味しい?」

「…美味しいからもらってあげるよ」

「ありがとう、それじゃあ、また明日」


 三番は窓の淵から飛び上がると、黒い煙に包まれて消えていった。


 死神様が消えてしまった部屋で、人間の女。華は一人呟いた。


「あそこまでアドバイスしてくれるなんて、本当は優しい死神なのかしら」


 華は死神様が消えていってしまった方向を眺めながら、星空に目を移した。

 今日はあの人たちに色々されたり言われたりして大変だったけど、死神様と会えたから、ちょっとすっきりしたわ。

 明日も会えるといいのだけれど。

 華はそう思いながら、窓を閉じた。


 窓が閉まる音を聞いて、三番はほっとしつつも、込み上げてくるものを押さえ込んでいた。

 目の前がだんだん見えなくなってくる、目眩もひどい。やっぱり、このクッキーには仕掛けがあった。


「あいつが食べてたら今頃死んでただろ、こんなの…」


 クッキーに一体何を仕込んだらこんなことになるんだ。

 多分これも、あの女のことを殴っていた奴らの仕業なんだろう。ちょっとした嫌がらせの次元を超えている。


「まだもう少しだけ、あいつには生きてもらわないと」


 三番は吐き気を我慢しながら、任務に臨んだ。

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