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早めの再会


 後日。先日と同じ時間。

 僕は溜まった仕事をかたずけている途中だった。

 たまたま、そう、たまたまあの女の家の近くを通りかかったから、寄ってみただけ。

 昨日と同じように、窓が空いていたから、少し覗いて見ることにした。

 女は、僕の姿を見て、救急箱をを持ったまま固まったあと、少し経ってから、嬉しそうに笑った。


「何?」

「いいえ、なんでもないわ。きてくれてありがとう」


 口ではなんでもないと言いつつも、笑いが止まらないようで、僕のことをじっと見ながら笑い続けている。

 なんだか気に食わない。


「何笑ってるの?殺すよ?」


 三番はそう言って脅しに似たようなことを言ってみたが、効果は無く、女は先ほどの嬉しそうな笑みから、不敵な笑みへと変わった。


「あら、私のこと殺してくれるの?」


 殺すよ、というと、たいていのやつは黙るか、ムカついて言い返してくるか、殴ってきたりもする。

 その時の表情を見たり、どう行動に移すのかを見たりするのが好きなのに、女は正反対で、余裕のありそうな顔でそんなことを言われると余計に気に食わない。


「…やっぱりやめた」

「あらそう」


 残念そうな表情で言われた。

 そう、この表情が見たい。ついでに泣き喚いてくれるともっといい。

 だがこの会話の中で、女が泣き喚くということはないだろう。残念だ。

 そう思っていると、突然、部屋の扉が開く音がした。


「?ちょっと、客人置いてどこにいくつもり?」

「せっかくきてくださったお客様なのに、お茶も出さないなんて世間知らずだ、と思われてしまうから、とってこようと思って」


 女は先ほどの残念そうな表情から一転、笑顔で振り向いた。


「あっそ、その間に僕がいなくなるとか思わないの?」

「思わないわよ。だって昨日は三十分も私の部屋に留まってくれたもの」


 なんでこいつそん正確な数字覚えてるんだよ…。

 そう言いたくなったが、このまま会話が続くとまたこいつのペースに巻き込まれてしまいそうだったので、やめた。


「ふーん…勝手にすれば?」

「えぇ、そうさせてもらうわ。ここは私の家なんだから」


 女は音を立てないようにして扉を閉めて部屋を出ていった。

 窓辺に足を組んで座りながら、頬杖をついて、小さな影を見下ろす。

 こんなくらい道を好き好んで通る馬鹿もいるんだな、と考えながら、米粒のような人間を見下ろす。

 人間が角を曲がって見えなくなったところで、突然、怒声と共に、耳をつんざくような、何かが割れるような音が聞こえてきた。


「うるさ…何…?」


 そう愚痴をこぼしつつも、三番は室内に入ろうとはしなかった。

 しばらく扉を見つめたあと、視線を外して夜空を見上げた。

 今夜は満月なはずなのだが、空には光り輝いている物は全く見えない。雲にでも隠れているのだろうか。

 ここは都心だから、この辺りが明るすぎて、空の状況が全くわからない。

 空をしばらく眺めていたが、何も見えない空にだんだん飽きてきて、また地上に視線を戻した。

 地上を眺めていても、人は全く通らなかった。ここは暗いから、人間には人気がないんだろう。

 任務で回収しろと言われた魂が、この辺りを彷徨っていないだろうか。そうすれば、僕はさっさとあっちに帰れるのに。

 あ、でも終わったら報告しろって言われてたっけ…。めんどくさ。もう任務とか放り出して人間界で暮らしてやろうかな。

 でも人間界でも仕事があるのか…。だったら冥界の方がいいか…。

 だんだん血迷った方向へと話が逸れていく。そのタイミングで、部屋の扉がまた開いた。

 茶菓子を持ってくると言って部屋を出ていった女は、残念そうな、今にも泣きそうな表情で部屋に戻ってきた。

 部屋の扉に寄りかかって、何も言葉を発さない女は、床に座り込んだ。


「ねぇ、そこで何やっているの?」


 何も知らないふり、何も感じていないふり、何も聞いていないふり。僕はそうやって過ごしてきた。

 女は僕の声にハッとして、慌てた様子で立ち上がった。

 目元を拭って、セーラー服のスカートが皺になってしまいそうなくらいの力で握りしめながら、顔を上げた。

 女は笑っていた。


「いいえ、なんでもないわ。ごめんなさい。お茶は準備できなかったわ」

「…別にいいよ」

「でも、せっかくのお客様なのに…」

「そのお客様がいいって言ってるんだからいいんだよ。でももクソもないよ」


 三番はそっぽ向いて窓辺に座り直した。

 気を遣ったつもりはない。僕は気がつかえない、空気を読まない、サボり魔、で有名な死神だから。

 女は驚いたような表情をしたあと、寂しそうに笑った。


「そう、ありがとう。見かけによらずやさしいのね」


 『やさしい』、そんな言葉を言われたのはいつぶりだろうか。


「一言余計だよ。ほんと、君みたいな面倒臭い人間には初めて会ったよ」


 皮肉のつもりで言った言葉は、女にとっては悪口にはならない。きっと、笑って受け流されるのだろう。


「それは、褒め言葉として受け取っておこうかしら」


 ほら、やっぱりそうだ。笑っている。見なくても、なんとなくわかった。

 背中に女の頭が擦り付けられるような感覚を感じながらも、三番はそのまま地面を眺めていた。

 しばらく、無言の時間が続いた。

 そろそろ仕事に戻らなくてはならない、そう思って飛び立とうとしたそのときに、女は口を開いた。


「ねぇ、死神さん。どうして今日は来てくれたの?今日も残業のついで?」


 この女、本当にタイミングというものを考えない。


「…そんなところ」

「何その間」

「うるさい」


 変に気を使うとこうなる。


「まぁ、もう帰るけどね」


 またこいつのペースに飲まれそうだ。そう感じた三番は、女の部屋の窓辺から飛び立った。

 窓前で浮かんで、女の部屋の窓の前で静止する。


「そう、またきてちょうだいね」


 女はまた笑った。

 女のその言葉に、僕は何も返さずに、黒い煙とともに消えた。




「…もう…嫌だ…」





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