始まり
真っ白な、まるでギリシャ神話にでも出てきそうな神殿。
そこは神の間と呼ばれる、死神たちを携える神の書斎。
部屋にいるのは、死神たちを携えている神と、その秘書、それから、今回神から呼び出しを食らった死神。
番号は三番。
「三番」
三番は黒いフード付きマントを深く被り、顔がほとんど見えない、人の体を持つ死神だった。
「なぁに?神様。またお説教でもするつもり?」
三番は随分と余裕のある声で、緩慢な態度で神と向き合った。
神から見ても、ただただ楽しんでいるようにしか見えなかった。
「自覚があるなら、そろそろそのサボり癖を治したらどうなんだ。一ヶ月前にこうして呼び出して注意した時から、何も変わっていないようだが」
神様は冷や汗をかきながら、それが三番にバレないように声を荒げた。
「僕が、サボってる?そんなわけないでしょ。これも僕のある種の選択だよ。だって、僕は君よりもはるかに強い。僕よりも弱い奴らから指図されたことなんて、どうして実行しなくちゃならないの?」
唯一フードに隠れていない右半分の口元が歪んだ。
笑っている。
どうして、この状況で笑っていられるのだろうか。
「死神には、死神の勤めがある。その勤めを果たせないのなら、お前を冥府から永久追放するぞ」
肘掛けの先を掴んでいた手に力が入った。
その言動を見たのか、あるいは言葉だけに反応したのか、それはわからないが、三番は声をあげて笑った。
「へぇ、君が。僕を。永久追放?やれるものならやって見ればいいよ。一番も二番もいないこの状況で、僕がいなくなったらどうなるかくらい、頭のいい君ならわかるだろうに。ねぇ、神様」
奥歯を噛み締めた。
言葉も出ない。やっぱり、呼び出すべきではなかったのだろうか。
「というか、そもそもの話。勤めを果たさないなら冥府を永久追放って…それって規定に反しているんじゃないの?各神なら把握しているはずの、あの規定。まさか忘れたの?」
「…話を変えよう。君にはたくさんの任務がきているだろう。このままずっと、任務を放棄し続けるのならば、君の任務が終わるまでは、冥府への立ち入りを禁止しなければならない」
このままだと一生話が進まない。
そう思って、別の話へと振り切った。
私はできるだけ冷静に。三番に動揺していることがバレないように伝えた。
「は?なんで君なんかに禁止されなくちゃいけないの?」
三番は、突然の冥府への立ち入り禁止の報告に驚いたのか、若干の焦りを含んだ声色をしていた。
「このまま君が任務放棄をし続けるようならば、人間界に死者の魂が溢れ出してしまうだろう」
「うん、それで?そうなるとどうなるの?別の人に僕の仕事をやって貰えばいいでしょ」
「別の死神にも、別の任務が割り振られている。全員平等に。死者の魂が溢れ出した場合、人間界は滅び。役割を失った死神たちは消え、君の存在は無くなるだろう」
誇張しすぎかもしれないが、こうでも言わないと、彼はきっとその気になはならいだろうし、効果はないだろう。多分。
これでやる気になってくれなかったら、それこそ死神たちは終わりかもしれない。
三番は熟考の末、ため息をついた。
「はぁ、わかったよ。やるよ、やればいいんでしょ」
仕方がなさそうに承諾してくれた後、神の間の扉へと向かっていった。
「僕なんかに頼るなんて、世も末だね」
捨て台詞を吐き捨てて、三番は神の元からさっていった。
神の間に一人残された神は、椅子からしばらく動けず、声すらも発せなかった。
秘書が紅茶を持って戻ってきたところで、神は椅子の手すりに寄りかかるようにして倒れた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!緊張したよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
秘書としては、紅茶を持ってきたタイミングですぐに真隣でそんな大声をあげられたものだから、とんでもない迷惑だ。
「うるせぇ!!」
モノクルをかけた、真っ白な長髪をお団子にしてまとめあげ、燕尾服に身を包んだ、そして今神の頭をものすごい勢いで引っ叩いた男性、それが私の秘書だ。名前はない。
「イッタ!ちょっと手加減くらいしてくれても良くないかなぁ!?」
※秘書が上官を引っ叩くなんてことはしませんが、この二人の間ではこれが普通です。
「手加減したところであんまり意味はないだろ。アンタに関しては」
「口が悪いよ秘書ちゃん。僕のことを誰だろ思っているんだい?」
「泣き虫ジジイ」
「おかしいな反抗期かな」
さも当然のように目の前で悪口を言われてしまい、悲しくなる。
また肘掛けに縋り付くように倒れ込んだ。
秘書はそんな私の様子には気がつかないふりをして、三番が出ていった扉を見つめた。
「アンタがああなるのも、ちょっとは頷けるけどな。あんな任務放棄サボり魔の問題児が、現存している死神の中では最古の存在ってのが、俺は納得できないけど」
秘書のその言葉に、神は黙るしかなかった。
彼がああなってしまったのには、私に責任がある。
あの時、ちゃんと気づくことができていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。
「おい、どうした?」
秘書が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
心配そうなその目に、私は居た堪れなくなって、秘書から目を逸らして咳払いをした。
「すまない、なんでもないさ。さぁ、次の死神を呼び出してくれないか。任務の説明をしなければならないからね」
「わかった」
秘書は放送で、六百番の死神を呼び出してくれた。
私は気持ちを切り替えて、六百番が来るのを待った。




