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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
9/23

ライノセラスビートル&スタッグビートル


 1


「キャスト、オフ!!」

 いきなり、同時に上着に手をかけて勢いよく脱ぎ捨てた、浅黒い肌の女二人。

 皐月が平行にして斜め上にあげた両腕を、左から右へと回したのちに、両方の手刀を力強く擦り合わせていく仕草を数回繰り返した。

 姫子も続いて、右手のひらを突き出して左拳を腰に添えたのちに、刀を鞘に収めるような動作をして型を決めたのだ。

「変んんっ、し――――」

 と、姫子が躰を折って吹き飛んだ。皐月が目を見開いて、後方で尻餅を突いた相方に首を回したその頬に、風の触れるのを感じてその方へと顔を向けた。すると、八千代の繰り出してきた、全身の筋肉を捻って放たれた蹴りが、皐月の頭を容赦なく叩きつけたのだ。しかし、奇跡的にも反射神経が働いたおかげで、皐月は肘をあげて頭を防御。だが、八千代が上段の姿勢からそのまま脚を流して、力を溜めたのちに踵を真っ直ぐとそ皐月の胸元へと突き刺した。蹴られて吹き飛んだ女は、未だに地面で腹を押さえて悶えている姫子の隣りに落下するなりに、何度か胸元をさすりつつも咳き込みながら起き上がって、ツーサイドトップの女に肩を貸していく。

 そして、皐月は呼吸を整えて八千代を睨み付けるなりに、力強く指差した。

「ああアンタ、卑怯だと思わないのっっ!? アタシたちまだ途中だよ!」

「そ、そうだ! 普通、変身している間はね、終わるまで待つのが敵の礼儀ってもんじゃないの!!」

 姫子も続いて声を投げる。

 が、当の八千代は。

「……え? 戦いの時には、相手に全力を出させなくても良い、ってアタシのお姉ちゃんが云っていたよ?」

「『云っていたよ?』っつって、アタシたちがアンタのお姉さんなんか知るかっ!」

「――――だからね、こうしてお喋りしている間にも」

 とか何とか云っているところで、あっさりと八千代を己のエリアへと招き入れてしまった浅黒い二人。そして、肘を頬に喰らってしまい、皐月は壁に叩きつけられ、姫子は胸板に膝を受けて倒れ込んだ。

「ちょっと今、虫の居所が悪いのよね。だから、そんなアタシを通せんぼした貴女たち、別に恨みはなかばってんが、それなりの覚悟を決めてもらうからね」

 このような八千代の言葉に、皐月と姫子は悪寒を覚えながらも、拳を握って立ち上がり地を蹴っていった。それは、先ほど、二人してムエタイ使いでありながら、古武道という全く畑の違う使い手の対戦相手から肘打ちと膝蹴りを受けてしまったことによる屈辱感と、その反動で湧き上がってきた悔しさと怒りがあったのだ。



 2


 そして。

「わぶっっ」

 場所は川通りから、廃屋となった町工場へと移動。波状の板壁を破壊して、皐月が背中から床に落ちた。その破れた穴から、八千代は後を追って入り込んでくると、出入り口扉のガラスを割った浅黒い腕が下を弄りノブを回して、息を切らした姫子も屋内へと入る。

 舌打ちをしたのちに、姫子は八千代をめがけてかけてゆく。助走をからの跳躍の中で、肘を構えた。すると、宙を舞う女の視界には、ダッシュしてくる八千代の姿が。何てこと、タイミングを外された!でも、一か八か、このまま肘をお見舞いしてやるまで。これに賭けた姫子は着地と同時に、鉄の肘を斜めに斬り落とした。が、しかし、惜しくもというか案の定というかやはりというか、それは虚しく空を斬ったのみで八千代を懐へと招き入れてしまい、そして、腰に腕を巻かれたときに、今度は反対方向に躰は宙に浮き目に写る景色はたちまち遠ざかっていく。直後、姫子の視界は急上昇したかと思われたその刹那に、廃工場の天井が見えた。それは、細長い蛍光灯の両端は黒ずんで、寿命を終えてそのまま放置されて長い時間を過ごしてきたものと、姫子が放心しかけた頭でそう馳せた瞬間、鈍い音を己の後ろから聞いたのと一緒に脳内と視界のスクリーンに駆け巡ってゆくプラズマをみたのである。八千代の繰り出した高角度の裏投げが、姫子の後頭部に炸裂。

 やがて。

 天井を仰いで痙攣をしている姫子から身を放した八千代が立ち上がったその先には、怒り心頭の露わに目を釣り上げている皐月がいた。わなわなと拳を震わせて、額には青筋を立たせている。この浅黒い女を見ていた八千代じたいも、無傷というわけではない。ここまでの間にも、半分やけっぱちな皐月と姫子の攻撃を防御しながらの中で、いくつかの肘と膝とを喰らってきた。きたが、こちらも虫の居所が悪くて、怒りが先行したのだ。

 そうして再び、皐月は例の型を決めて手刀どうしを擦り合わせる真似を繰り返してゆいったその時に、鼻筋から額にかけてY字の物が浮き出たと思ったら、たちまち硬質化してゆき、その両端が伸びた。続いて、眼を緑色に光らせたのちに、四肢の先端をそれぞれ昆虫の“それ”のごとく装甲化させると、最後は顎を縦に割いて雄叫びをあげていく。やがては、拳から肘にかけて走り纏わりついてゆく静電気を発生させていったのだ。

「ふふふ……。アタシを怒らせたね」

 そして、構えてダッシュ。

「喰らえ! 電ショック!」

 途端に、あっさりと電撃の拳は流されて、突き上げてきた掌を顎に受けてしまった。上下の歯が噛み合い、脳内に稲妻が駆け巡る。―――なんてこった!電撃をお見舞いするがわのアタシが、その対戦相手から見せられるなんて!―――と、皐月はそう驚愕しつつも飛びそうになった意識を引き戻して、瞬時に腰を落とし、八千代の腹にその拳を叩き込んだ。

「まだまだ! 電ショック!」

「っ……あっ!!」

 予想だにしなかった返し技。

 射し込まれた腹から、たちまち太い雷が無数に放射状に体内を走り抜けていき、やがては皮膚を透き通って制服にいくつもの焦げ跡をつくった。皐月の繰り出した渾身の一撃で、八千代は躰を折り曲げて吹き飛び、床に落下するもかろうじて受け身をとった。静電気により埃が巻き上げられて、それらの間を繋ぐように青白い線を描いたかと思えば、それは瞬く間に立ち消えていったのだ。

「ぅえあっっ」

 昼の弁当を交えた胃液を逆流させて吐き、同時に涎をも流していく。一撃を喰らって、これほどの痺れを味わうとは。眼球が“しょむく”て、ろくに瞼を開けることが出来ないし。臓物は焼け爛れたのか、熱くて苦しい。それに、舌は痺れのせいか膨れ上がったように思え、だらしなく開いた口からはみ出していた。涙と唾液とを流しながら、腹を押さえてのた打ちまわってゆく。うつ伏せになり床に擦り付けて、なんとか痛みを和らげようともがいていった。

 そうしているうちにも、ダメージを回復した姫子が身を起こしてゆき、悶え苦しむ八千代を見下ろしてひと言。

「あははは。ゲロと“よだれ”にまみれてらぁ! これじゃあ、紫陽花女子の才女も形無しだね」

 再び抜刀をして、鞘に収める動作をして型を決めた。すると、先ほどの皐月と同じように、四肢の先端は甲虫の脚のごとく装甲化していった。眼は真っ赤に染めあがって輝き、鼻柱から額にかけてY字の物が浮き上がり、両端は伸びて内側にへと歪曲すると硬質化。最後は、下顎が縦に割けて昆虫類の“それ”と化して、さらに右の臑のみに、くすんだ金色の鎧を形成した。

「たっぷりとお返ししてやる」

 こう述べて床に目をやると、目的の女がいないではないか。

「あれ……?」

「さっきまで、いたのに」

 と、その瞬間。姫子が見たものは、皐月の足下に潜り込んでいた八千代。これには目を剥いた。

「え! 嘘、いつの間に!?」

「な、なに!?」

 刹那、皐月の視界は下に流れて、埃だらけの床へとキスをした。八千代は一時的に視覚を失いながらも、勘を頼りに這いずっていったのちに、皐月の片脚を掴んで膝の裏に掌を打ち込んだ。その衝撃でバランスを崩して皐月がうつ伏せになった隙を逃さずに、素早くその背中に覆い被さって脱出を封じ、相手の脚に両脚を絡めて足首を極めて、最後は首と頭とに腕を巻きつけて完全に固定した。

 なんと、実践STF。

 ステップ・オーヴァー・トゥー・ホールド・フェイス・ロック。プロレスリングの極技のひとつである。

 これは、姉の千代から教え込まれたというか、躰に叩き込まれたと云った方が正しいのか、型稽古の前に行っていたプロレスごっこと云うには程遠いくらいに、尋常でないウォーミングアップのおかげである。

 まさかの寝技でこられた為に、皐月は焦った。

「ち、ちょっと、タンマ!――――ふっ……っ!」

 そして、無情にも、八千代は一気に力を込めて捻り、ゴクンと鈍い音を鳴らして皐月の頸椎を破壊した。さらには、駄目押しで、もうひと捻りして顔を横にする。そうして、腕を解いたときに皐月の頭は、力無くゴツンと重い音を立てて落ちた。八千代は息を切らしていきながらも、手探りで身を起こしていき、両掌を突き出して宙を弄りつつも、姫子の位置を確かめようとしていく。

 先ほど喰らった電撃により体内はもちろんのこと、眼球にまでダメージを受けて多少は火傷をおおったのであろう、そのせいか瞼は開けることもできず、痛みを少しでも和らげる為にその隙間から涙を溢れさせてゆき、滝のように頬を流れ落ちていく。これを含めた激痛に気がちりそうになるが、なんとか堪えて残るひとりの気配を探ってゆくことへと神経を向かせていった。未だに痺れののこる舌を一旦しまい込んで、喉の奥に溜まっていた大量の唾液を吐き捨てたのちに、必死に言葉を絞り出してゆく。

「さあ、鍬形姫子さんとやら! どうしたの、かかって来ないの!? しし、視界を失った相手になにを怖じ気づいているの。アタシは今、こうやって手探り状態よ。一撃必殺を喰らわせるには、絶好のチャンスだと思わない!?」

「畜生っ! 皐月を倒しておいて、よく云えたものだわ。……ってか、なんでアンタ、そんな状態で笑ってんのよ!?」

「……え? アタシ、笑ってる?」

「なんだよ! じぶんでやっといて分からないのかよ!」

 瞬間、姫子の目の前に拳が飛び込んできて、それを間一髪で払いのけるなりに退避したと思ったら、今度は、下から顎を狙った踵が襲ってきた。とっさに腕をクロスさせて防御したものの、勢いで蹴り飛ばされて、着地して距離を取る。姫子は、八千代を恐ろしい女だと思った。こうして暗闇の世界の戦いを実践している上に、さっきは皐月をSTFの極技で亡きものとしてみせたのだ。

 そうしていたら、手足の先に震えを生み出してきて、息もあがってきたではないか。アタシはいったい何を恐れているの。目の前には、一時的だが視覚を失った敵が必死に空を弄っていて、実際のところ隙だらけじゃない。視界が良好なアタシに、勝機がある。こう巡らせていきながら、姫子は、なるべく音を立てないようにしながら、抜け足差し足で八千代の周りを歩いていった。


 八千代は、できるだけ神経を周囲に尖らせていた。そのおかげで、床と靴底とが埃をかいして擦れ合うのを耳に入れられている。そうして、膠着状態が続いたのち、勢いよくそれを断ち切らんとばかりに、姫子が脚を振り上げていく。狙いは、頭。

 ―左から風が……!――

 そう頬に触れるのを感じた八千代は、腕を上げて姫子の蹴りを防ぐなりにそのまま巻きつけて脇に挟み、腰を落とした。同時に、姫子の膝が破壊される。脚から駆け上ってくる稲妻に、喉の奥から声をあげそうになったところを、八千代の肘で鼻柱を折られてしまった。そして、転倒したときに、弄る手で胸倉を掴まれ、やがては背面に回り込まれてしまい、首と左腕とを脇で挟まれて固定されたのだ。それは、八千代の両腕が、龍のごとく姫子の頭と片腕とに絡みついて、自由を奪った。

 そして八千代は、姫子がもがいているのにもいっさい躊躇ためらわず、一気に絞めあげて極めたのだ。捻られた刹那、姫子の首は鈍い音を鳴らして砕けるなりに、息を引いていった。




 3


 脇の下から事切れた姫子を放して、足を運ぼうかとしたそのときに、扉の開いてゆく音を聞いて八千代は身構えた。

 すると。

「八千代さん、安心して」

「志穂さん……!」

 その優しげな声の主が風見志穂かざみしほと解った途端に、八千代は頬を緩ませていく。そして、両掌を突き出して宙を探っていくが、この場合は、先ほどの戦闘と違って、純粋に親しい相手を求めている仕草であった。

「ど、どこ?」

「そのまま動かないで、じっとしていてね」

「……うん」

 指示通りに動作を止めていたら、顎に優しく指が触れて、顔を仰がせられた。志穂は、涼風松葉と同じく八千代よりも十センチほど背が高い。そうして見上げさせた女の瞼に、その細い指先でそっと触れていく。

「痛いかもしれないけれど、ちょっとの間だけ我慢していてね」

「……んっ!」

 言葉通りに走る痛みに頬を痙攣させていくなかに、瞼が開いていき、光が差し込んできたが、女の視界は涙で遮られて霞んでいた。すると、その眼球に冷たい物が二度三度と当たっていく。続いて、もう片方の瞼も開けられて、同じようなことをされていった。それからたちまち、瞬きを繰り返していくうちに景色のかかっていた“もや”は立ち消えて、最後の滴が頬を伝い落ちたときには、視力を取り戻していたのだ。「はい」と微笑む志穂から真新しいハンカチを手渡されたので、ありがたく受け取った八千代は目元を拭っていった。

「ありがとう」

 満面の笑みでこう返されたので。

「いいえ、どう致しまして」

 と、綻ばせて受け止めた。

 直後、女は何かを思い出したのか、八千代にひと声かける。

「八千代さん」

「なに?」

「あとひとつお薬を塗るわ」

「え? だ、大丈夫だよ。このとおり……」

「そうやって、おなかを押さえてて火傷のひとつもおおっていないと云うの」

「う……、これは……」

「ほら、見せてみなさい」

 戸惑う八千代の制服の上着を「ちょっと、ごめんね」と断ってめくっていき、受けた傷の状態を確認した。

「ああ、ほらやっぱり。可愛い“おへそ”が黒こげじゃない」

「うう……っ」

「今から、このお薬を“おっぱい”の下あたりから下腹部のところまで塗るから、その間だけ貴女自身で制服を広げててね」

「お、おーけー」

 そんな広範囲に塗布されるとは、このような行為は女どうしであっても恥ずかしいものは恥ずかしかった。




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