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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
8/23

舞子と八千代


 1


 天照舞子が後ろの女二人に顔を向けて、「よぉ、また会ったわね。お嬢さん方」とにこやかに声をかけた。

 そんな天を突くほどの大女へと微笑んだのちに、神棚八千代かみだなやちよは、前に並ぶ三人の女に「ちょっと、ごめん」と断って割って入ると、その手前には赤と桃色とが混ざり合った薄い物が地面に散乱していた。その後から続いた八尋鰐真也やひろわにまやが、あの女の向こう側にもより少し厚みのある同じような物が散らかっている、と静かに話しかけた。それを受けて八千代は遠くの方を見てみたら、何やら黒くて丸い物が少しずつ揺れ動いている。そして地を走る緩やかな風に煽られたとき、“それ”は転がって八千代たちを向いた。

 この瞬間に、二人の躰を駆け巡って貫いたのは、驚愕という稲妻。そして慌てるように手前に転がる“やや大きめな二股の物体”に目を凝らしたときに、人間の“それ”であると気がついた。その物体はかなり切り詰めた短めなプリーツを穿いており、更にその奥から太股の半分にかけて覆っている黒い物は影ではなかったのである。最後は、真也まやが震える指先で差しながら放ったひと言で決定づいた。

「八千代……。手前の“あれ”って、翠のスパッツじゃねぇーのか?」

「じゃ、じゃあ、あのあたあた“頭”は、茜……!?―――翠と茜が戦っていたって、本当だったんだ……」

 女二人の出してゆくそれぞれの反応を観察していた百合子が、腕を軽く組んで笑みを見せた。

「御名答。―――しかし、貴女がたは“遅れて正解”でしたから、その辺はお気になさらずともけっこうですわ」

「なに云ってんのさ! アタシは今、翠と茜を助けられなかったことで悔しいんだよ! ……アタシが間に合っていれば、最低でも二人は、致命傷は免れていたかもしれないのに……!」

「うふふ……。そんなに幾つも痣を作っておいて、その可能性は無いと断言しておきますわ。―――だいいち、あの程度の“噛ませ”に手間取っているようでは、どの道“ここに散らばっている翠さんと茜さん”を助けられなかったでしょうね。八千代さん」

 百合子のこのひと言に、八千代は言葉を失い、拳を握りしめながら小さく震えていった。


 公園に向かう間、この八千代と真也の二人の身に、いったい何が起こっていたのか。



 2


 時間は、放課後を迎えて、二人が手を繋いで校舎を出たところまで遡る。

 だいぶ足を進めたところで、目の前から歩いてくる異質な影に三つ気づいたので、少しずつペースを落としていった。そして、端に寄って譲ったときに、擦れ違いざま真也まやの肩に“相手の二の腕が当たった”のだ。おおう、と思わず漏らして体勢を整えた女のその背中に、「悪い悪い」と例の長大な影が声と首を向けた。

「いやあ、気にしなさんな」

 に、対して、微笑みを返したその瞬間、真也は目を剥いて声を飲み込んだ。当然、隣りの八千代も彼女と同じ反応。それは、ひとつ詫びた影の正体が、天を突かんばかりなほどの身の丈を有していた女であったからだ。目測百九〇は超えてはいるものの、等身バランスは高かった。その長大な女が、二人に歯を見せてきたではないか。

「ぶつかったついでに、ちょっとお尋ねしてもいいかしら」

「構いませんけれど」

 八千代は受けながらも、目の前に立つこの三人の女の身なりを観察していく。長大な女を含めて、皆、焦げ茶色の同じようなツーピース姿。しかも、以前見たことがある。何だったっけ? 八千代がコンマの世界で記憶を引き出そうと頑張っていた、そんな矢先。

「失礼。あたし、私立聖マリアンナ女学院の天照舞子って云うんだけれども。私立紫陽花女子の神棚八千代さんと八尋鰐真也さんって、貴女方?」

「はい。アタシがその、神棚八千代です。―――こちら、八尋鰐真也」

 “ども”と、隣りの真也は、舞子に手刀を上げて軽く挨拶をした。物珍しそうに二人から見上げられながら、舞子は顔を綻ばせる。しかも、この女は、今どき珍しい膝下十センチのプリーツときた。

「これはこれは、噂に聞いていた以上のお姫様たちだわ。こんなに小さくって、可愛いもの」

「そりゃあ――――」

 真也が含み笑いをしつつ「アンタは、アタシらよか三〇センチもデカいからなぁ」と、繋げようとしたところで、舞子から断たれた。

「そう、そう。“ついでに”後ろの二人を紹介しておくわね。―――まず、あたしの右側に西洋人形みたいな女の子がいるよね。この子、櫛田美姫って云うの。―――そして、左側の“塚系”美女が、田中香津美。……よろしくね」

「ど、どうぞ、よろしく」

 各々が挨拶を交わしていったその舞子の後ろで、香津美が何だか納得のいかない顔をしていた。

「美姫」

「なあに?」

 隣りの西洋人形みたいな女から発せられた、鈴の鳴ったような声を聞きながら言葉を続けてゆく。

「舞子のヤツ、ひでぇ紹介だな……」

「あら? 私は素敵な紹介だと思ってよ」

「“塚系”って……」

「いいじゃない。その後に“美女”が付いているんだから」

 後ろの同士二人の声を聞き入れながら、舞子は目の前にいる女二人へと会話を続けてゆく。

「―――そのあたし達なんだけれどね。実は、貴女たちに伝えなければいけないことがあるから、探していたのよ」

「なんでしょうか」

「それはね、神棚さん。ゴシックメイクをした双子の“ヒッキー”が、“もう少ししたら近くの公園で命を失う目に遭う”らしいのよ。だから、ね。そうならないように、そうなりたくないように、貴女と八尋鰐さんに伝えたかったの」

「……え?」

 一瞬、この人なにを電波なことを云っているのかなと、ちょっと引いてしまったが、その言葉をよくよく分解してみたら奥底から何やら不可解な胸騒ぎが沸き起こってきたではないか。だいいち、GOHT娘で、引き隠りの問題児の双子って、ウチの紫陽花女子高校では、あの姉妹しか思いつかない。

 稲穂翠と、稲穂茜。

 そんな思考中に、舞子の陽気なひと言がかぶさってきた。

「まあ、今からダッシュでその公園に行けば、余裕で間に合うと思うんだ。その双子ちゃんから、やられっ放しのままの貴女で良ければの話しだけれど」

「ち、ちょっと待ってください。その双子の相手って、誰なんですか」

「実際、貴女の足で現場に行って確かめるといいわ」

 徐々に怪訝な顔をあらわしてきた八千代を見るなり、口の端を釣り上げた舞子は、さらに言葉を繋げてきた。しかし、この女の口調は相変わらず緊張感が無い。上体を折って八千代の肩に片手を乗せて、少し顔を寄せる。

「いーい? この場合は“あたし達部外者じゃ、話しにならない”のね。“闘うお姫様”の“従者たち”を助けるには、そのお姫様が直接駆けつけるのが素敵なの。―――まあ、その従者たちってのが因縁のある相手じゃあ、お姫様の心の底で未だに引っかかっていれば助けるのも迷うわよね」

「それもそうねえ。負けず嫌いな神棚さんが、悔しさを抱えたまま引き下がっているなんて、私たち思えないんですもの」

「そー、そー」

 後ろからきた鈴の鳴るような美姫の声に、舞子が相槌を打ってゆく。

 何気にアタシの事を知っているのは、何故? と、突っ込みながら、この話しを聞いていた八千代の中は、揺れ始めていた。事実、悔しいままだった。翠と茜に一方的に殴られたままというのは。実に、痛いところを突いてくる。しかも、長くて細くてステンレスのように硬くて鋭い針で、アタシの底で今か今かと反撃のチャンスを窺っている“溜まり”を、その大きな針でかき混ぜながら底をチクチクと刺されていた。それも、ゆっくりと。

「じゃ、あたし達の用は済んだから、これで失礼するわね。隣りの“彼氏”にも宜しくね」

 真也のことである。

 そのひと言で八千代が引き戻されたときは既に、舞子たち三人は背中を向けて足を進めていた。


 二人の姿が見えなくなって、駅前の高架広場へと足を運んできたところで、真ん中の香津美が口を開いた。

「お前、神棚八千代がお気に入りみたいだな」

「まさか。あたしの好みは、その隣りの“彼氏”の真也まやって子よ。あの子、あたし好みの美人さんじゃないの。近いうちに、“いろいろと遊んでみたい”わね」

 歯を見せてこう述べた舞子に、香津美は「ほう」と納得。すると、その横から、西洋人形のような女が涼やかな笑顔で切り出してきた。

「香津美。八千代さんは、私に頂戴ね。“いろいろと虐めてみたい”もの」

「え? あ、……うん」

 早々と獲物をとられて、ちょっとなんだかやり切れないモノを抱えた香津美であった。



 3


 場所を変えて。

 浜の町観光通商店街を出たところで、八千代は真也に別れを告げて家路を目指していた。

 いたが。

 じぶんは、こんなことをしている場合ではないような気が余計に膨れ上がってきていた。その間にも、川通りの裏にある、制限速度二〇キロの路地に入る。そういえばここは昔、川の石垣の上に家々が並んでいたのよと、お姉ちゃんがアタシに話してくれたことがあったっけ。それが違法建築だったらしくて、近年、立ち退きを要求されてから、この裏の通りはきれいに舗装されて歩道も砂色の石畳が並んでいるんだ。と、なにや回想を巡らせてみたものの、やっぱりこの奥底で眠っていた物をチクチクと起こされてからは、一向に治まらない。ますます熱を持っていくときた。

 アタシはいったい、翠と茜を今から“どうしたい”の? そう問い掛けて、酒屋のある前で足を止めたときに、意を決して踵を返した。

 その時。

 八千代の目の前に、浅黒い肌に黒髪を持った焦げ茶色の制服姿の女が二人、腰に拳を当てて仁王立ちをしていたのだ。見た目、日焼けサロンで焼いた肌ではなさそうなので、多分、地黒であろう。随分と、健康的な女たちだった。二人揃って、気の強そうな尚かつ自信に満ち溢れている顔立ちである。左側に立つ、セミロングをハーフアップにした女が、さらに胸元で腕を組んで力強く語り出した。

「貴女が、紫陽花女子の神棚八千代だね。その様子では、今から誰かさんを助けに行こうかとしていると見たわ」

「そ、そう、だけれど。……貴女たちは何者? 邪魔するなら、強引に通させてもらうわ」

「よくぞ、訊いてくれたわね」

 ハーフアップの女がニヤッとしたその瞬間、腰を落として、双方の下腕をLの字に突き立てたのちに、大きく地を鳴らすかの如くドンッと一歩踏み出した。

「長崎市私立聖マリアンナ女学院高等部、三年、ムエタイ愛好会所属! (かぶと)皐月(さつき)!!」

 すかさず、その隣りのセミロングをツーサイドトップにした女も、皐月と名乗った女に続いて、同じように構えてこちらもドンッと踏み出して型を決めた。

「同じく、高等部三年、ムエタイ愛好会所属! 鍬形(くわがた)姫子(ひめこ)!!」

 そして、皐月と姫子は、更に一斉にドンッドンッと大見得を切って声を揃えた。

「長崎市私立紫陽花女子高等学校三年、神棚八千代! お命、頂戴!!」




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