登場!破壊四人衆
1
「要するに、死 ね。―――ってこと」
その後に続いて、公園内のどこからか女の声が発せられた直後に、これを耳に入れた百合子は途端につまらなそうな顔になって、広げていた両腕を下ろした。
「ちょっと舞子さん。わたくしが…………。まあ、よろしいですわ。翠さん、茜さん。わたくしのお仲間をご紹介致しますわ。―――貴女方、ご紹介なさって」
二度大きく手を叩いて、周りに呼びかけたその後に、公園の植樹の茂みの陰から女が三人姿を現してゆく。
まずは、百合子から見て右手側から出てきたのは、巨大な影。天照舞子、十八歳。聖マリアンナ女学院高等部三年生。百九〇を超える身の丈の割りには、ひじょうに均整のとれている等身。切れ長ながらも親しみのある眼差しと、卵の輪郭。肩よりも長めな、全体的に癖の強い頭髪を七三にセットして、地毛と思われる黄金色の先っちょを全て黒くしていた。巨体だからといって、筋骨隆々ではなく、むしろ、バレーボール選手並みにスレンダーである。そして、制服の胸元を肌の露出するくらいにV字に開けて、下のプリーツは特注なのか、今どき珍しい膝下十センチだった。
続いて百合子の左手側から出てきたのは、二人。内ひとり目は、田中香津美。同じ女学院高等部三年生、十八歳。細面の中に、高い鼻筋と、蛇のような切れ長な瞳を持つ。しかも、中性的ではなく完全に女ながらもボーイッシュな印象を見る者に与えているのは、全体から放つ鋭いものと、七三に分けた黒髪を襟足あたりで切っているせいであろう。身長は、百合子よりも高い百七〇の細身。
そして最後のひとりは、櫛田美姫。同じ女学院高等部三年生、十八歳。美姫は名の通り、お姫様な感じである。色白で、穏やかな目元に、茶色い瞳。身長は、百合子と並ぶ。躰つきは、どちらかといえば華奢な感じか。髪の色も実に薄く赤茶けており、更には天然のソバージュが掛かっているということで、まるで西洋人形でもある。これは、日本人形のような百合子とは対照的であった。
その女たちを、百合子はにこやかに紹介していった。
「ご紹介しますわ。右手側から、天照舞子さん。そして左手側、田中香津美さん、櫛田美姫さん。どうぞ、よろしくね」
2
稲穂姉妹が、百合子の引き連れてきたこの三人を見て、緊張を高めてゆく。
すると、そんな双子に気づいたのか、女は日本人形のような整った顔を嘲りに歪ませるなりに、言葉を優しく吐きかけた。
「翠さんに茜さん。そのようにご心配なさらずともけっこうよ。別にわたくし達は、貴女方を袋叩きにする訳ではありませんもの。ご安心なさって。―――貴女方のお相手するのは、この、わたくし。唯ひとり」
「……ふん。私たちに貴女ひとりだって? “うぬぼれ”もいいところだわ」
「翠さん。おやりになれば、解ること」
そう女に言葉を返して歩みを進めたときに、後ろに立つ大女へと思い出したように尋ねた。
「そういえば舞子さん」
「なんだい?」
「あのお二方には、御挨拶は済ませてこられたの?」
「ああ、あのカワイ子ちゃん二人組みかい。心配しないで、この公園に来るように“ちゃんと誘っておいた”から」
「よろしくってよ」
「あと、小者を足止めに差し向けておいたよ」
「流石、わたくしと長年連れ添ってきた人たち。きっちりとお仕事をなさって、実に頼りがいがありますわ」
百合子は足を休めることなく声を交わしながら、稲穂姉妹の間合いまで近づいたときに、歩みを止めたその背中にへと「どう致しまして」と舞子が後ろ頭を掻きつつ声をかけた。これが気にならない翠と茜ではない。
「だ、誰がここに駆けつけてくるの。……麻実? それとも、志穂?」
「あらあら茜さん。一度あの人と拳を交えになさったのに、もうお忘れしたのね。―――お隣の翠さんから破壊された肝臓を抱えながらも、手を抜くことなく全力で貴女と闘ってくれた人をお忘れになるなんて……」
「え……? まさか、八千――――」
皆まで云わせることなく、茜の横で風が唸りをあげて、目の前の相手をめがけていった。至近距離から放たれた飛び足刀を、百合子は腕を立てて防ぎ、そのまま拳を走らせてゆくと、吹き飛んで再び茜の隣りに落下した。とっさの判断で離脱をして、突き飛ばされた際に受け身をとった翠が、苦痛に胸元をさすりながら茜へと話していく。
「バカ……! 敵の講釈に何気を取られてんのよ」
「は、ははは。そう、だったわね……」
そして次は、稲穂姉妹は百合子に鋭く目を向けて、翠がひと言投げつける。
「そんなにお望みなら、袋叩きにしてやるよ! いくぞ、茜っ!」
「わかった、翠っ!」
そうして、姉妹それぞれが型をとっていく。先ほどの六人を倒した時のように、全力でいってやるよ。後悔するなよ。同時に斜め上平行にあげた両腕を、左から右へと回して、それぞれが構えを決めた直後、翠の眼は桃色に、茜の眼は薔薇色にと輝きを放って触角が額を突き破り、下顎が縦に割けて四肢を装甲化させてゆく。首筋の両側から噴き出した、赤い蒸気を巻き付けて風に靡かせた時に、稲穂姉妹の変身が完了した。そして、雄叫びをあげながら、双子は目の前の敵に飛びかかってゆく。茜の灼熱の拳が走り、翠の刃を備えたな踵が一斉に放たれたその刹那、百合子の振るった“つる”のごとき両腕から双子の技は緩やかに流されて、直後にその先端が二つの拳と化して胸板を殴りつけた。受け身を取ることも許されずに、稲穂姉妹は公園の地面へと背中を叩きつけられて、呼吸困難になり口を餌を欲しがる鯉のように何度も開閉させて、躰を縦に走る太い雷に仰け反っていく。
暫くして、咳き込みながら酸素を取り戻したのちに、翠と茜は構え直して百合子の前に立った。しかし、二度目が踏み込めない。僅かな距離に立つ敵を前にして、双子の緊張は異常なほどに高まっていた。これも、姉妹同時に飛びかかった乗っけからの、喰らってしまった一撃が大きかった為か。やがては、双子の四肢の先端部分にへと、震えを生み出してきたのだ。明らかな恐怖。生まれて初めて感じた、相手に対する恐れ。それは、息があがっていき、躰じゅうに脂汗を噴かせて制服を皮膚に張り付かせていくという、見た目のかたちとしても顕れてきた。
どうしてなんだ、一歩が踏み出せない。
パンッッ
と、突然として寒気を帯びていた稲穂姉妹の沈黙の中央で、乾いた音が鳴ったのだ。やや、力強く。思わず、大きく肩が動くくらいにビクッと驚いてしまった稲穂姉妹。
「ほらほら。何をそんなに、わたくしに対して恐れておいでかしら?」
叩いた手を胸元から下ろしながら、嘲り微笑む百合子に怯えから怒りへと一転させた翠と茜は、大地に根を張って腰を落として構えた。そして、翠の足が空を斬って百合子の細い首を狙う。途端に足首に添えられた手によって小手を返されて、天地が反転。翠が背中から落ちたときには既に、百合子は茜から繰り出された拳を捌いていた。
その手をそのまま茜の利き腕を伝い上がり、手刀となり頸動脈を斬り込み、すぐさま膝を脇腹へと叩き込んだ。打撃で茜の躰が離れた百合子のその横で、翠が跳ね起きて、踵を軸に回転して蹴りを撃ちだしてくる。百合子の廻し受けから離脱するなりに、横向のまま足を突き出す。腹でその蹴りを掴んだ百合子は、相手の足を払おうとしたら、翠が自ら地から跳ね上がり、もう一方の脚で頭を狙っていた。しかし、腕を上げられて翠の蹴りは不発。素速く離脱して着地したその側で、片割れの茜が、腕を大きく円弧を描かせながら次々と拳を百合子めがけて繰り出していっていた。この流れに、翠は迷うこと無く加わって、己の今まで身に着けてきた蹴り技を次々と叩き出していったのだ。相手から捌かれようが、払い除けられようが、流されようとも、しかもそれらが全て片腕でやられていたが、翠はお構いなし。
だが、それらも僅かな時間だった。
翠の爪先から顔を引いた百合子が、同時に己の後ろにいた茜の拳を流して、その肘を背後の女の顔へと喰らわせた。鼻を折られて体勢を崩した茜から、素速く離れた百合子は、翠の眼前で跳躍をしたそのときに、膝を顔面に打ち下ろしていたのだ。着地した次は、そのまま踵を槍のように撃ちだして、翠の腹に突き刺して吹き飛ばす。背後から打ってきた茜の拳を廻し受けをしたのちに、胸板に肘鉄を喰らわせて、駄目押しの背中の当て身で突き飛ばした。
そうして百合子は、両側で身を起こしてゆく稲穂姉妹に目を配ったのちに、少しばかり残念そうに吐き出していく。
「もう少し、貴女がた御自慢の北派少林寺拳法でアクロバティックに楽しませてくれると思いましたが、わたくしの期待外れですわね。―――しかし、翠さんと茜さんがこうして本気を見せてくれたんですもの。次は当然、わたくしが貴女がた“落ちこぼれ”へと本気を見せて差し上げましょう。……ほんの一部だけですけれど」
こう意を決して述べた直後に、百合子は両腕を振るったそれと同時に、稲穂姉妹の足下で高い音が鳴って、砂埃を上げて地面に長細い窪みを作った。それはまるで、鞭が叩いたの如く。だが、これだけではなく、稲穂姉妹が目線を地面から真ん中に立つ女へと這わせていったそれは、百合子の両腕の肘から緑色の蔓のような長大な物が、拳を上下に挟んで二つずつ生えていたのだ。
「如何? まるで、龍のお髭みたいでしょう」
そう双子にへとひと言嬉しそうに声をかけるなりに、百合子が一歩踏み出して身を捻り、全力でその長大な鞭で翠を地に叩き伏せた。落雷の如き音を立てて、翠をめり込ませる。怒り任せに飛びかかってきた茜から、一歩飛び退けて、百合子が腕を横に振るった瞬間、女は地面に躰を半分埋まっていた。めり込んだ双子から、そくざに距離をとったのちに、百合子は「おほほ」と短く笑ったあと、龍の髭のようなその“つる”の生えた腕を交差して繰り返して振り回してゆく。その度に、地は砂埃を上げて、銃撃のような音を鳴らし、抉りとっていった。
「さあ、さあ。これで終わりだなんてありませんことよ。わたくしに冷や汗のひとつくらいかかせてくださらないと。お二方」
なんとか地面から躰を引っ張り出した稲穂姉妹は、それぞれが眼を光らせて、タイミングを見計らうと蹴って走り出した。それを目にした途端に、百合子が口の端を上げて、侮蔑な笑みを見せた。翠の飛び足刀を、飛び後ろ廻し蹴りで払いのけて、さらに己の身を捻り、女の背中に鞭の如き蹴りを浴びせて着地。続いて茜を踵で突き放したその直後、百合子は“つる”を女の首と腹と脚とに巻きつけるなりに、思いっきりじぶんの方へと引っ張った。すると、茜は躰を輪切りにされて、瞬く間に、赤い飛沫を撒き散らしながら公園の地面に広がったのである。
「茜っっ!!」
悲鳴混じりの声をあげた翠を見た百合子が、その手を休めること無く腕を突き出して、その女の顔から胸元と腰とに“つる”を巻きつけた途端に、先ほどと同じく躊躇わずに我が方向に引いた。刹那、翠は、茜のとき以上により薄く輪切りにされて、女の上体は赤い花を咲かせたのだ。そしてその後を追うかのように、残った下半身がゆっくりと膝を落として前のめりに倒れ込んだのである。
「うふふ。お美しいお花だこと。―――零華を裏切るから、こうなってしまうのよ。翠さん、茜さん」
こう、百合子が小さく笑いながら呟いた直後。気配を感じて、公園の出入り口に首を向けたそこには、新たな人影が二つ立っていた。しかし、これは、この女の予定していたことにすぎない。息を切らしている到着した二人の女へと、百合子は微笑みを見せて、静かに呼びかけた。
「お久しぶりですわね。神棚八千代さんに、八尋鰐真也さん。貴女がたが“間に合っていただけて”、わたくしとっても嬉しい」