獣化ローカスト
1
数日後。
放課後。稲穂翠と茜が、手を繋いで歩いていた八千代と真也の両脇を風のように通り抜けて足早に下駄箱につくなりに、いそいそと上履きから学生靴へと履き替えて校舎を飛び出していった。
これを見ていた八千代は、微笑ましくなる。
「あの子たち、麻実を気に入っているみたいだね。楽しそうだもの」
「ああ。―――顔には出さねーけれども、内心はすっごく嬉しくってたまらないんじゃないか」
彼女に同意しながら、真也はニタニタとしていた。するとその横を、小振りな縦ロールをした女が早歩きをしながら、怒りの形相で通過していったのである。そのクラスメートの珍しい行動に、ちょっと驚いた真也。
「馨のヤツ、すげー顔してったな……」
八千代と真也にも目もくれず、馨はさっさと校舎から出ていくと、その女の後を追うようなかたちで、団栗眼の明恵とロングシャギーの由夏が駆け抜けていった。
この様子を、三階の教室、つまりA組から見ていた零華と煉。
「馨ったらまさか、あの子たちを呼び戻しにいったのかしら」
零華が窓から顔を離してそう訊いた時にはすでに、その恋人は背を向けてじぶんの席に着いていた。そして、机の中から文庫本を取り出すなりに読みだしてゆく。これは端から見たら「我、関せず」な、態度である。席に戻った零華が、己の空手着を肩に担いだときのこと。
「零華。そんなに心配しなくたって、大丈夫よ」
「ありがとう」
その言葉に感謝した直後だった。体内を下ってゆく物を感じて、思わず机に手を突いてしまい、下腹部を押さえた零華。これに気づいた煉は、慌てて椅子から腰を上げるなりに、彼女の躰を支えてやった。そして煉から介抱されながら、零華は御手洗いへといく。
暫くして出てきた零華を待っていた煉が、壁から背を離す。
「今日はもう、稽古を休んだら?」
「うん、そうする……」
赤い顔をして頷いた。
2
場所は、紫陽花女子高から少し離れた公園に変わる。
ゴシックメイクをした双子姉妹の後に追いついた馨は、翠の肩を掴んだ。そして振り返ったと同時に、手を弾かれる。
「なにすんだよ」
女から強い声と睨む顔を向けられた馨が、反射的に言葉を投げつけてしまった。
「あんた達いい加減にしなよ。零華から離れる気なの」
「うるさいっ。私たちを見放したのは、零華なんだ」
その翠の吐いたひと言に、茜が続いてくる。
「麻実たちを襲ったとき、零華は私たちをもう用済みとして突き放したのよ!」
「なに云ってんの。あの子は厳しいことも云う時だってあるけれどもね、どんなに駄目な子たちだって決して見捨てたりしないんだよ! その証拠に、空手部のメンバーはほとんど変わっていないじゃない」
女は、零華に対して日頃から思っていたことを、翠にぶつけた。その後ろから、心配そうに見ていた由夏が、ひと言呼びかけて馨の肩へと手をやる。女はその手をゆっくりと除けて、私は大丈夫よと目を向けたのちに、再び翠と茜を見る。
「貴女たちがヘコむことを云ったかもしれないけれどもね、零華は――――」
「うるさいっ!」
馨が、そう言葉を繋げていったその瞬間。翠の遮ったひと言とともに、公園じゅうに鈍い音が鳴り響いた。腕を上げて拳から顔を防御した馨は、翠を強く睨みつける。
「…………今まで、訳ありな貴女たちを軽蔑したくなかった。けれど、こうやって話してみてよくわかったわ。―――結局、貴女たち姉妹は、落ちこぼれな上に甘ちゃんだったのよ」
こう語り終えたと同時に、翠が、馨の顔の横で爆竹が弾け飛んだかのような打撃音を鳴らした。女は瞬時に、感情の赴くままに、相手に怒りと蹴りをぶつけたのだ。だが、馨がこれを反射的に防御。さすがにこの蹴りには応えたようで、整った顔を一瞬だけ歪ませる。そして、足を払いのけて翠から間合いを取ると、猫足に構えた。
馨の目つきは、これまでにない程に鋭くなっていた。
「翠に茜。貴女たちが零華に拳を突きつけたと、私はそう判断してもいいのね」
「私たちは、もう、あの春の終わりで、零華から心が離れてしまっていたんだよ!」
「……そう。―――これでハッキリしたわね。……全く、貴女たちを気にかけていた零華のことが哀れでならないわ……!」
馨がこう云ったのちに、明恵と由夏は女の両側に立つ。すると、直後に、その展開を見計らったかのように公園の周りにある木々の陰から、峰子に操子に小百合の三人が姿を現した。
これには驚いた、稲穂姉妹。
馨も後に続く。
「貴女たち、見張ってたの」
その投げられた質問を受け取った操子が後ろ頭を軽く掻いたのちに、申し訳なさそうに返してゆく。
「んーー。アンタたちが心配だから、念の為に様子を見てきなさいって。そう八爪目さんから頼まれたんだけれど……」
「零華じゃなくて、八爪目さんから?」
「うん。出来ることなら、そっちの双子さんを“こちら側”に連れ戻してあげてって内容だったんだけれどもー。……今までアンタたちのやり取りを聞いていたぶんじゃあー、そうもいかなくなったね」
「ええ、実に残念な結果になったわ」
そう云いつつ稲穂姉妹を取り囲んだ面々が、腰に両拳をそえて、意識を集中してゆく。そして、六人の眼が緑色に反転をしたのちに、額を突き破って触角が現れて、四肢それぞれの肘から下と膝から下とが昆虫の“それ”を思わせるかの如く変形した。同時に、下顎は縦に割けて硬質化をして完了となる。六人の少女たちの皆の変身ぶりは、濃い葡萄茶色の装甲を身にまとった者たちが群れを成して襲いくるその姿は、蝗。
円陣の中央で背中を合わせていた稲穂姉妹も、複数の敵に負けじとして、各々が構えをとってゆく。
まずは翠。拳を腰に添えて、斜め上にあげた片腕を左から右へと回したのちに、それらを入れ換えるように腰の腕を対角に突き上げて、右の拳を腹に乗せて型を決めた。眼全体が桃色に変色したと同時に、額を突き破って触角が現れたのだ。
続いて茜。手刀にした両腕を斜め上平行に伸ばして、左から右へと回してゆき、右拳を立てて、左拳を寝かせて型を決めた。次は薔薇色に変色して輝きを放ち、額を突き破って触覚が現れたのだ。
そして今度は、馨たち六人と同じように肘から下と膝から下とが昆虫の装甲の如く変形をしたのちに、下顎は縦に割けて完了と思いきや、首筋の両側に幾つかの孔が開いた。直後に、そこから血色の蒸気を噴き上げて、翠と茜の首に巻きついてゆき、やがてそれは赤いマフラーを連想させるものとなったのだ。そして、この姉妹の姿はとある桁外れな脚力と跳躍力とを有する昆虫の姿が重なった。
それは、飛蝗の如く。
翠は、青緑色の。
茜は、赤茶色の。
3
明恵の掛け声により、両側から操子と小百合との飛んできた膝蹴りを腕で防いだ稲穂姉妹は、瞬時に互いの立ち位置を入れ替えて踏み込んだ。そして、姉妹の技が同時に炸裂。翠の蹴りは小百合の首をはね飛ばして、茜の拳撃が操子の頭部を粉砕した。よく見たら、翠の掲げた右脚の踵から長くて薄い刃物が生やしており、それを折りたたんだ。一方の茜は、撃ちだしたのちに腰に添えている右拳から肘にかけて、赤々と焼けて蒸気を噴き出している。馨たち四人は、この双子の完全な変身ぶりに驚いたものの、そう簡単に萎縮する魂の持ち主ではない。
今度は、稲穂姉妹からかかってゆく。翠は馨に。茜は由夏に。翠の蹴りをかわした馨が、襟を掴んで肘を叩き込んだが、防御されて不発に終わり、膝を腹に喰らい、突き出した踵で飛ばされる。背面を狙って、発砲された弾丸のごとく飛んできた明恵の拳を、翠は間一髪で跳躍して避けたと同時に、宙で身を捻って、足の甲を思い切り女の顔へと叩きつけた。翠が着地したのと同じタイミングで、跳び起きた馨と構えあう。
翠と反対方向へと飛びかかっていった茜は、大股に由夏のエリア内に踏み入れて、灼熱の拳でその胸元を貫かんと突き出した。真っ直ぐと放たれた赤い拳を紙一重でかわした由夏は、素早く身を沈めて、茜に足払いをしたのちに、地に背中を付けたその女へとめがけて、高く掲げていた踵を振り下ろした。だが、茜のとっさの判断によって、由夏の踵は寝返りで避けられたときに脚に腕を巻かれて、膝の横から赤々と焼けた拳を喰らってしまう。膝から下を焼き切られて、苦痛に声をあげた由夏と入れ替わるように、飛んできた峰子の足を喰らいながらも茜は間合いをとると、一気に詰め寄った。次々と繰り出してくる茜の拳を、捌いたり払い除けたり時には喰らいながら、峰子は反撃のチャンスをうかがっていく。そして、茜が再び間合いをとろうとして拳を止めた一瞬を狙い、峰子は踏み込んだ。茜が間を与えずに迫ってきた敵の蹴りから仰け反りつつも、反射的に踏みとどまって、蒸気噴き上げるその拳を相手の側頭部へと叩き込んだ。その瞬間、頭の三分の二を失った峰子が地面に倒れ込む。畜生と激しく吐き捨てて、由夏は片脚ながらも全力で跳ねて、茜の顔をめがけて蹴りを繰
り出す。その一歩遅れて跳躍した茜が、由夏と同じ位置に並んだとき、相手の胸を拳で貫いた。片膝で着地した茜は、絶命した由夏を地に叩きつけたのちに、胸から拳を引き抜く。
翠と馨に戻る。
足技と拳とが交わる中で、翠の突き出してきた踵をすり抜けた馨が、真横にした腕を、その胸元へと叩きつける。打撃の勢いで翠の躰は宙で旋回して、落下。辛うじて受け身をとったのも束の間で、馨を飛び越えて明恵が迫ってきた。跳ね起きて、明恵の拳と蹴りを防御したのちに、バック転してゆく。逃がすかと翠のあとを追って、間合いを詰めた明恵の視界に入ってきたものとは、目線の高さで“きりもみ”をする女の姿。刹那、翠の足が延髄から頭頂部にかけて当たった時には、明恵の顔は地面へと深くめり込んでいた。頭蓋骨を砕かれて骸となった女の横で、着地した翠を見た馨が雄叫びをあげる。
「糞が! てめーら、どーしてそんなに強いんだよ! ふざけんな!!」
直後、両肘から手首にかけて筒状の物が隆起して先端の穴が顔を見せたのちに、今度は額の触角が引っ込んだと思ったら、その中央から皮膚を破って金属色に輝く球体が現れた。そして最後は、延髄から額へとかけて、一本の細くて歪曲した鋭利な角が生えて、馨の更なる変身が終了となる。大きく開けた顎の両頬から、勢いよく蒸気を噴射していったのちに、稲穂姉妹を睨みつけた。その眼は、赤々と毛細血管を輝かせていたのだ。
この予想だにしなかった相手の二段階目の変身に、稲穂姉妹は目を剥いて驚きつつも、怯んでたまるかよと三角白眼をさらに鋭くして、同時に地を蹴って馨へと飛んでいく。熱を発して突き出してきた茜の拳をすり抜けて、その背中へと肘を当てたのちに、一歩踏み出して翠の蹴りから頭を防御したのと同時に、更に踏み込んで斜め上に掌を突き上げた。瞬間、それは翠の顎から脳天にかけて衝撃波と稲妻を駆け巡らせてゆき、脳味噌も揺らして女の判断力と神経を一瞬鈍らせた。しかし、一瞬だけで良い。翠が長いコンマ0秒を体験しているこの間を狙って、馨は胸板めがけて拳を真っ直ぐ突き刺したのである。拳が胸骨を破壊してめり込んだときに、翠は口から赤い飛沫を撒き散らしながら、地に背中を着けた。
すぐさま踵を返した馨の正面で、茜が躰を回転させてバックハンドを繰り出してくる。馨は頭を下げてその拳をやり過ごしてすぐに、片脚を軸に回転して、撃ちだした踵を茜の下腹部へと叩き込んだ。口を尖らかせて躰を折って吹き飛び、背中から落ちた茜を確認した馨は、残心の構えをとった。そして、片方は手刀を立てて、もう片方は拳を腰に添えて、左右に目を配ってゆく。
稲穂姉妹は馨の力に驚愕しつつも、同時に歯を食いしばって怒りを覚え始めていった。私たちの少林寺拳法が、専属の手下としてついていたあの女ひとりに通用しないなんて、と。やがて呼吸も整ってきた頃に、翠が勢いを付けて飛び起きて構えた。茜も続いて跳ね起きて、型をとる。姉妹の間にいた馨は、猫足のまま顔は茜を見て、構えた腕は翠へと向けた。
お互いに目で合図を交わした稲穂姉妹が、全力で地を蹴って、一気に馨に爪を剥いてかかってゆく。その場から足を一歩引いた馨は、茜のフックから顎を退いてかわした直後に、腕を立てて翠の蹴りを防いで、そのまま踏み込んで爪先を女の腹に突き刺した。昼飯を逆流させて吐き出していく翠を後目に、馨は素速く躰を返して茜の突きを払い落とす。
畜生が、と、ひとつ吐き捨てて次々と拳を撃っていく茜。螺旋を描きながら迫り来る数々の拳を、防御したり叩き落としたり払い除けたりして、馨は攻撃の機会をうかがっていた。その間、この躰に幾らでも、アンタの自慢の少林寺拳法の拳を撃たせてやる。頭と急所とをやられない限り、大したことは無いからだ。そして、茜の拳を避けたときに、馨は鞭のごとく脚を振り上げた。全身を捻り、遠心力を付加した足先を、茜の頭を砕かんとばかりに繰り出していく。公園じゅうに肉と肉とがぶつかり合った音を響かせたときに、馨は相手の横っ面を蹴り飛ばしたかと思って口の端を歪ませたが、その技が茜の反射的に上げた腕により不発に終わった解り、舌打ちしてとすぐに脚を引こうかとしたその瞬間。
茜がその腕の小手を返して、馨の足を払い落とした刹那に、両方の拳で円の軌道を描き出していきながら、大きく間合いに踏み込んだ。鋭い直線で撃ってくる赤々と焼けた拳から、背を向けた馨は躰を折ったまま身を捻り、踵を振り上げた。これはもう、空手を経験してきた馨の、ほとんど勘に頼った一撃。“これ”が幸いしたのか、茜の拳を弾いて速攻でエリア内に踏み入れた馨が、装甲に覆われたその鋭い爪を女の肋へと突き刺したのだ。直後、その両手首の付け根のあたりから細長い刃物が生えて、茜の背中を突き破って切っ先を現した。
たちまち両脇から駆け上ってゆく雷に、茜は声をあげていく。それから振り落とされて、地面に叩きつけられる。うつ伏せで口から鉄の臭いのする赤い体液を流しながら、茜は喉の奥からこれまでにない苦痛の喘ぎを吐いていった。しかし、こちらも幸いに、勘でちょっと身を引いたお陰で心臓を貫かれてしまうという最悪の結果だけは免れたのだ。
両手の刃物についた血糊を払い落として反対側の相手に構えをとったときに、馨は驚いた。それは、翠が両脇から出血していたからである。茜の受けた傷と痛みが、片割れの翠へと全く同じものが伝わったのであろう。息を小刻みに吐きつつも、馨に構えてゆく。
「ふん。シンクロってやつ?―――双子って変わっているわね。……貴女たち、一卵性ね」
「…………ああ。―――だが、私たちは元々ひとつなんだ……。心も……、躰も……」
その翠の言葉を聞き入れていきつつ、馨は猫足になる。翠と茜が口からビチャッとした赤い半凝固したもの――茹でた卵の黄身が、未だ生身に極めて近い状態のもの。――を吐き出したのちに、息を整えると、馨の正面に立って肩を並べた。
姉妹共に地を蹴って走る。
馨は、数々と迫り来る足と拳とから弾いたり防御したりしてゆくなかで、翠の腹に蹴りを喰らって体勢が崩れたときに、茜からジャブをお見舞いされて、思わず「熱っっ!」と呻いた。その隙を狙った茜が、赤々と焼けて輝く拳を数発ほど相手の胸元に叩き込んだと思ったその矢先に、さらに翠の足が腹と胸元へと射し込まれた。そして、蹴りを喰らった勢いで、馨は稲穂姉妹から離れてしまう。しかし、翠と茜は、この機を狙っていたのだ。
目の前の敵に、二人は拳を引いて思いっきり腰を落として、低空に身構える。次は、大きく踏み入れると、引いていた拳を弩の矢のごとく同時に撃ちだした。胸骨を破壊する音を立てて、馨の胸板へと双子姉妹の一撃が突き刺さり、女の躰を数メートル飛ばす。だが、馨はなんとか体勢を整えて踏みとどまってみせた。しかし、それも束の間で、すでに翠と茜はダッシュを切っていたのだ。全力で助走をつけて一気に敵の間合いへと詰め寄ったその瞬間に、稲穂姉妹は跳躍をして、僅かな滞空時間にかけて溜め込んだ足の力を、一緒に馨の胸板へと爆発させたのである。
遠くで馨が落下したときはすでに、翠と茜の姉妹は片膝を突いて着地していた。
内臓に刺さる骨の痛みに堪えながら、口の端から血を流していきつつも起き上がった馨が、遠くで立っている稲穂姉妹を睨みつけて構えたのちに、意識を集中し始めたその時。胸元の傷口から始まって、眼の隙間や喉の奥から蒸気を噴き上げていき、そして赤く光り、次は強く輝きを放った刹那に、馨の躰は四散した。女は三度目の変身を試みたのだが、その細い躰に、溢れてゆくエネルギーが伴わなかったようだ。
やがて、遠くで敵が細かい肉片を散らした最期の姿をを見届けた稲穂姉妹。うち、茜が身を落として片膝を突いた。続いて、翠も躰を折って両膝に手を乗せて数回ほど大きく息を切らしたのちに、地面へと腰を落として胡座をかいて、己の手をまじまじと見ながら、その隣りで咳を切る茜に話しかけていく。
「茜……」
「な……に?」
「もと……に、戻ら、ない、や……。ほら……」
「あ……。ほんとう、だ……。―――“力”を、使い、過ぎたの、かな……」
「……かな」
翠はそう相槌を打ってすぐに、地べたへと大の字になった。
「ああーーーっ。疲れた!」
「ち、ちょっと翠。人に見られるよ……」
心配そうに声を出した茜へと、翠は満たされた笑顔で返した。
「見たきゃ見ればいいよ。誰からなんと云われようと、私は私。茜は茜だよ」
「そっか。……そうだね」
「茜もこうしててごらんよ」
「……うん」
微笑んで頷いたのちに、翠と同じように茜も地面へと四肢をいっぱいに広げて、天を仰いだ。
4
そうして、稲穂姉妹の姿も元に戻り、躰じゅうの傷も癒えて体力も回復した頃には、太陽も落ちかけて、周りは薄暗くなっていた。
「よい、しょ」
翠が身を起こしたその横で、茜も同じく起こした上体で両腕を上げて伸びをしてゆく。そして翠と茜が立ち上がって、公園から出ようかとした時だった。
「いやーー、凄い凄いすごぉーい。本当、凄いお二方ですわ」
出入り口から、突然として聞こえてきた拍手。しかも何だかそれは、稲穂姉妹を小馬鹿にしたようなものであった。その拍手とともに姿を見せた人物とは、焦げ茶のショートジャケットの肩と、同色の膝丈のプリーツの裾とに、黒いラインを走らせたデザインの制服の少女。日本人形のような顔立ちの中に、一重瞼で切れ長ながらも大きな黒い瞳を持ち、高く緩やかな線を描く鼻梁。透明感のある白い肌と対比して、黒く艶やかな長い頭髪。
一瞬、この少女の美しさに目を奪われて息を呑みかけた稲穂姉妹だが、その姿を見たときに記憶の箪笥から引き出した。
「アンタ、なんで……?」
「百合子……、さん」
そう問われた少女は、拍手を止めて腰に両手を当てて言葉を吐き出していく。
「せーいかぁーーい。如何にも、私は私立聖マリアンナ女学院高等部三年生、中村百合子ですわ。……また、お会いしましたわね。―――先ず。稲穂翠さんに、稲穂茜さん。貴女たちのような落ちこぼれにしては、よく頑張ったと誉めておきましょう」
百合子が、わざとらしく且つ多少の嘲りを感じさせて名乗ったのちに、胸の下で腕を組んで、少し間を置いて再び語り出した。
「しかし、所詮は落ちこぼれ。所詮はゴス娘。ひとりの敵に対して二人がかりの割に、何を手間取っておいでなのかしらね。あまりにも遅すぎますわ。……全く。―――そして、貴女方は何よりも、零華に拳を突きつけた裏切り者」
最後は、腕を横に広げて唇の端を釣り上げると、稲穂姉妹に言葉を投げつけた。
「そう。裏切り者には制裁を受けていただきますわ」
中村百合子。
今は無き特殊クラスに変わり、専属の手下を連れて新たに零華の組織に加入した。
その名も。
『破壊四人衆』