夏の始まり
1
夏。
始業式を終えて無事に二学期を迎えた、『長崎市私立紫陽花女子高等学校』。
その翌朝。
「おはよー、八千代。―――貴女、可愛くなったじゃない」
「え?」
席に着くなりに、後ろにいる大原朱祢から、こう云われた。驚いた顔をして振り向く。おかげで、挨拶するのも忘れてしまった。
「あ……ありがとう」
礼は述べないと。
「アタシ、変わった……?」
「うん。―――好きな人でも出来たんじゃないの。多分」
「あははは。そう、かな」
ここは笑って誤魔化す。
―変わったと云われれば、変わったかもしれないなー。――
とくにこれといって、化粧したりなどの“色気づく”という見た目からの変化はないが、あの春の終わりあたりに真也に想いを告げてからは、アタシ自身にも気づかない何かしらの変化はあったのかもねと、神棚八千代は机に教科書などを入れながら思った。そして、あれからは真也とは順調な日々を送っている。なんだか急に周りが気になりだして、クラスメートたちへと首を回してゆくと、朱祢を含めた皆が皆、校則に違反しないギリギリのところでの精いっぱいなお洒落をしていたではないか。その改めて突きつけられた現実に、八千代は驚愕したのち、眉をひそめた笑顔で己の頭を軽くペシッと叩いた。
―いやー、はっはっはっはっはー。皆さんお綺麗で。…………アタシも、お姉ちゃんにやり方教わろーっと。――
中休み。
体育館裏へと足を運んだ八千代は、そこにいた先客を見るなりに忽ち笑顔を見せた。
「真也ーー」
「よぉ」
そう呼ばれて、壁に背を預けていた八尋鰐真也が八千代に向けて手刀を上げる。真也とは、入学当初にお互いにひと目見た瞬間に親しくなった。そして、お互いに初めてとはいえ、命を削るという戦いを経験して、共に告白して両想いだったことを知り、関係を進展させたのだ。二人は、待ち合わせをして、ちょくちょく逢い引きしていたようだ。
2
日はあけて週末。
浜の町観光通商店街の西口にある家具屋の前で、私服姿の真也がいた。上は胸元に花の刺繍の入った白い袖無しブラウスに、革のベストを羽織っており、下はデニムの超ミニスカートとといった身なり。控え目な化粧は、学校にいる時と同じ。
とある人影に気づくなりに、真也は柔らかい笑顔を向けて手を振った。
「貞幸さん」
「いやあー。久しぶり」
女から貞幸さんと呼ばれたこの男は、少し髪が気持ち長めな好青年だった。しかし、貞幸のちょっと息を切らしている姿は、待ち合わせに遅れないように焦って来たらしい。若干スーツを着くずして、ラフな感じに見せていた。身長が百八〇に近い彼を見上げて、真也が声をかける。
「ごめんなさい。急がせちゃった……?」
「んなことないよ。せっかくこうして、君と逢えるんだ。残業なしで、ラッキーだったよ」
息も上がっているせいか、男の顔はなんだか高ぶっている。というか、久しぶり真也と逢えて本当に嬉しいらしい。そして、二人は足を進めてゆく。
「真也さん、どこで食べようか」
「じゃあーーあ。今、貞幸さんが食べに行きたいところについて行くわ」
そう云う真也も、嬉しそうに微笑みながら、お見合いで仲良くなった彼の手をとってくっついた。