蜘蛛の巣合戦――殴り込み!! vs ソーフィッシュ&ソーシャーク編
1
同屋敷内部。
二階。
犬神はつきが羚羊と。
八千代がラムと攻防を繰り広げていた頃。
村雨瑠璃子は、椚木益子の率いる聖マリアンナ女学院の小隊と戦闘のさいちゅうであった。焦げ茶色のショートジャケットと同色のプリーツスカートとに走る黒く太いラインが特徴的な制服である。
そしてその、瑠璃子を出迎えて“歓迎していた”のは、鋸鱶美と鋸鱏美の双子の姉妹。殴り込みをかけてきた瑠璃子の振るう小太刀に対して、この鋸姉妹の武器は、両刃の細めのサーベルであったのだが、その刃の部分が全て互い違いの二枚重ねの鋸状態になっていた。これは、確実に切り傷が醜く残ってしまう。そのような大変に凶悪で残忍な刃物に対して、瑠璃子のは貧弱ともいえる二つの小太刀であった。そのような手元の武器でも応戦をしていたものの、鋸姉妹によってあらゆる方向から繰り出されてくる凶悪な刃物に押されて、なおかつ激しい刃こぼれをおこしていき、ついには、本身の半ばから荒々しく折られてしまった。それは、上下中間ときたノコギリサーベルを弾いてかわして後退したときに、今度は、バットのフルスイングよろしく真横に振られてきたそれを小太刀で交差させて頭を防御した直後、なんと重ねた刃物を乱雑に半ばから折ってぶっ飛ばしてしまったのだ。
間一髪で後ろに飛び退けて、片膝を突いて双子の女を睨み付けた。三角白眼から強い視線を受けながらも、大してこたえているふうではない鋸姉妹。うち、姉の鱶美がノコギリサーベルを肩に担ぐなりに、全ての歯が鋭利な鈍色と変わった牙を見せて、薄めの唇を歪ませた。
「なんや、可愛い顔してエラい“ごんた顔”やな。瑠璃子ちゃん」
「ホンマや。ごっつい私らを睨んどるわ。なにか気に障ることでもしたンかな?」
「したンとちゃうの」
そう妹の鱏美のあとに続いた鱶美は、ノコギリサーベルを肩からおろして“くるくる”と回したのちに、両手で柄を握ると胸元で垂直に構えた。続いて、妹も姉と同じ動きを見せて同じように胸元で構えた。そして、双子は背中合わせになる。これを見ていた瑠璃子はというと、舌打ちしたのちに、両腕のみを変化させて、両肘の先から長い刃物を出現させた。それからさらに、腰の後ろから小太刀を二本取り出して、胸元で交差させて構えていく。
これを見た鱏美。
「なんや、まだあったン。ちょっと感心したわ」
と、薄笑い。
続いて鱶美も。
「しかし短小やな。そんなんじゃ私らを“ひぃひぃ”云わせられんで」
「そうや。そうや」
「それから、数打ちゃええってわけでもないんやぞ」
「ないんやぞ」
この姉妹の言葉を聞きながら、瑠璃子はゆっくりと片膝を床から上げて半身に構えていきつつ、目線は外さずに返してゆく。
「あのな。物の大小なんか関係ないねん。たとえ小そうても、相手を“ひぃひぃ”云わせればええねん。相性が大事や。分かったか、嬢ちゃん方」
と、薄笑い。
「瑠璃ちゃん。アンタ、ムカつくわ~~」
「ホンマや。私らのこれで“ひぃひぃ”云わせたる」
「そして、微塵切りや微塵切り」
「そうや、そうや。もんじゃの具にしたるわ」
そう吐き捨てたあとに、姉妹は背中合わせのまま回転しながらノコギリサーベルを振り回してきた。くっついたまま回るのはよろしいが、普通ならば足下が絡まってすぐさま離れてしまうが、この姉妹に至っては違っていた。地面に爪先で弧を描いていくかのように、摺り足で進んでいき、村雨瑠璃子へと迫っていく。
ふたつの“ギザギザ”の両刃は、容赦することなく、上下左右斜めからの降り下ろし振り上げというふうに、まさにあらゆる方向からその牙をむいて襲いかかってきた。それらの攻撃から、瑠璃子はふたつの小太刀を使って、弾いたり捌いたり流したりしていく。ときには、足を上げて低空の斬撃をかわしたりしていきながら、切っ先を突き立てていく。高い音を鳴らしてオレンジ色の火花を散らして、逆手に持った小太刀を腕ごと弾かれたとき、真横に振られてきたノコギリサーベルが迫ってきた。これを順手の小太刀で受けたのちに、この動きの止まった刹那的な隙を狙って、瑠璃子はサーベルの腹に足を乗せるなりに、なんと、踏み台にして飛び上がったのだ。
この様子に、顔を仰いでいた鱏美を押して回転してきた鱶美が。
「ご苦労さん」
と、労いを吐き捨てたのと一緒に手元の刃物をひと振り。
これを逆手の小太刀で止めて、スピンした瑠璃子が着地。
背中合わせの姉妹を視界におさめて構えるなりに。
「おおきに」
と、口の端を歪ませた。
そして。
私の想いを受け止めて!と云わんばかりに、床を力強く蹴って、姉妹の間へと飛び込んでいった。そして双子の空間に触れた瞬間に、顔の前で交差していた小太刀を、真横に広げた。瞬時に危機を察した双子の姉妹は、いち早く離脱して、瑠璃子を挟む陣形をとるなりに、各々のノコギリサーベルを振り上げた。そして、無数の鋭利な牙を剥き出した無情な刃物が同じタイミングで振り下ろされた、そのとき、飛び込みざまに間一髪で床に伏せた瑠璃子は、まずは両手を突いて脚を滑らせていき、鱏美の足を払った。次は、さらにそのままの勢いを利用して、今度はお尻を支点にして踵を滑らせていき、鱶美の足を払って転倒させた。それから瑠璃子はす早く立ち上がり、片方の真横から振られてきたノコギリサーベルを逆手の小太刀で受けたと同時に、肘を鱏美の顔に叩き込んだ。
刹那。
瑠璃子の背中を、熱いものが下に走った。
一瞬、痛さに気をとられて仰け反ったものの、食いしばった顔を後ろに向けて、鱶美を睨み付ける。そしてす早く鱏美に向き直るなりに、踵で蹴飛ばした。それから再び、鱶美と向き合う。脳天めがけて振り下ろされてきたノコギリサーベルから、交差させた小太刀で受け止めて振り払い、肘を胸元に喰らわせて、さらに肩を当てて突き飛ばし、間合いを確保する。そうはさせるかと、大股で間合いを詰めてきた鱶美の、真横に凪ぎられてきたノコギリサーベルから跳ねあがって避けた、その直後。真上から振られてきた小太刀の切っ先が、鱶美の脳天から下顎まで貫いた。いま何が起こったんや?という表情を浮かべた鱶美の顔を、今度は下顎から小太刀で突き上げてきたのだ。
そして。
「鱶美ちゃんよ。やっぱりノコギリで斬られたら、やらしい痛さやな」
そう歯を食いしばりながら、近づいて話していく。
次に、顔の上下を刺している小太刀を、中で打ち合わせていき、タイミングを見計らうなりに、高い金属音を鳴らすほどにす早く引き抜いて離脱した。そしてその直後、たちまち鱶美の両目と鼻孔と耳の穴と口と、さらには脳天と下顎の傷口から橙色の炎を噴き出していき、やがてそれは勢いを増してゆくと、ついには抑えきれなくなったのか、爆発して弾けとんだ。顔を喪失した首の断面から、赤い体液の噴射をしながら、残った鱶美の躰は膝から折れて天井を仰ぐかたちをとって倒れこんだ。
「ふ、鱶美!鱶美!」
片割れの最期を見てしまった鱏美が、起き上がりながら呼びかけてゆく。そして、怒りに顔を歪ませて、瑠璃子に声を投げつけた。
「おどれ、瑠璃子! われ何したんや!!」
「稲荷一門、狐火。という技やで」と、冷静に返す。
「あの女狐か!」
どうやら、稲荷こがねを指しているようだ。
「そうや。それがどないしたん?」
と、薄笑い。
この瑠璃子の追い討ちに、完全に鶏冠にきた鱏美。
「瑠璃子、そこ動くなや! その首たたっ斬ったる!!」
悲鳴混じりのこの叫びとともに、目の前の仇へとノコギリサーベルの切っ先を向けて飛びかかっていった。その標的である瑠璃子は、両手の小太刀を投げ捨てるなりに、鱶美の亡骸から武器をとりあげて、鱏美の突きを弾き返した。これに怯むことなく、鱏美は瑠璃子の急所を狙って愛用の武器を振り回していく。そして、ノコギリサーベルどうしの打ち合いがはじまり、高い金属音を鳴らしていき、オレンジ色の火花も散らしていった。鱏美の全ての攻撃が、怒りを込めた全力の剣の軌道に尋常ではない重量も付加されてくるので、この“しのぎ”の削り合いで瑠璃子は徐々に押されていった。
脳天を狙ってノコギリサーベルを振り上げたそのとき、鱏美の口元から後頭部にかけて同じ武器で貫かれたのだ。そしてその勢いに乗ったままかけていき、瑠璃子は鱏美を後ろの壁に突き刺した。そこからさらに、駄目押しの一手を加えて深く刺し込んで、念をいれたのちに、今度は引き抜こうかとした、そのときだった。
両腕の上をギリギリで刀が通過して、壁に刺さった。
不意を突かれた瑠璃子は思わず硬直する。
そして、それはこれだけではなかった。
先程と全く同じ速度で刀が飛んできたのだ。
しかも次は両腕に狙いを定めてである。
瑠璃子はとっさに判断して両手を離して避けた。
そして、さっきと同じ箇所に刀が突き刺さった。
まさに、間一髪。
一撃目に気をとられていたままなら、両腕を二撃目に持ち去られていただろう。そう安堵したのも束の間、目の前で壁を使って三角跳びをしてきた長身の茶色い影の繰り出してきた、足刀を胸元に喰らってしまい飛ばされて、瑠璃子は柱に叩きつけられてしまった。そして、崩れ落ちて両膝を突いて咳き込む。
「なるほどな。見覚えのある胸糞悪い動きはなんかと思おとったら、あの女狐の一門じゃったのか」
こう吐き捨てながら二本の刀を壁から引っこ抜きながら、腰まである黒髪の女が、従姉妹たちの亡骸に見向きもせずに瑠璃子へと聞いてきた。それから、一本は背中の鞘に、もう一本は腰の鞘にそれぞれ収めたのちに、ゆっくりと振り向いていった、その顔は。先ほど倒した双子の姉妹、鋸鱶美と鱏美と同じ歯を持つ女であった。鈍色の鋭い歯。卵顔の中にある切れ長な眼差し、そして稲穂色に輝く瞳。しかも、それらの特徴を覆い隠すかのように、前髪が簾か暖簾みたいになっていた。
そしてその女は、瑠璃子に長い腕を突き出していき、指を差したあとにこう云っていく。
「稲荷一門の村雨瑠璃子、ワシは不知火一派の梶木有美じゃ。ワシらんとこの一派はの、お前ら一門とはただならぬ因縁があるんや。今から覚悟決めとけ」
2
「なんや、不知火一派てうちらを破門されてどっかに逃げてしもうたと聞いとったんやけれども。こんな近くで“こそこそ”しとったんかい」
「なんや、ずいぶん人聞き悪い言い方やの」
と、強めに跳ね返した有美。
鈍色の牙を見せて、腰に差した刀の柄に手をかけていく。
そして、徐々に躰を沈めていった。
ちょうど、そのとき。
「その闘いちょっと待った!」
このように階段から飛び出して、二人の空気を見事にぶち壊した者が現れた。透き通る白銀の長髪を靡かせながら、間に割って入ってきたその女とは、犬神はつきだった。すでに、色白な躰にいくつもの痣をつくっていたということは、一階で闘った強敵、羚羊に手こずった証拠である。といったわけで、この犬神はつき、腰の後ろから小太刀を二本引き抜くなりに両手で逆手にして構えてみせた。
「梶木有美さん、貴女いま、不知火一派と云ったわね。なおさら黙って聞き流すわけにはいかないわ。貴女はこの私、稲荷一門の犬神はつきがお相手する」
「ちょっと待てや。はつき、お前なに勝手に割り込んできて私の相手を横取りしようとしとるんや、じぶん!―――どうせ、たったひとりの敵に手こずっていたんと違うか。そして残りの多勢に無勢は八千代さんに丸投げしてきたんやろ?」
「な、なんなら。そっち(瑠璃子)こそいままでそこに倒れとる二人の敵に“ヒィヒィ”いっとって、そこの有美さんまで行けなかったのと違うの」
「はん? 図星のようやな。―――そうや、私は二人や。そちらは、たったひとり相手にご苦労さん。ほな、私は今から目の前のタッパ(身長)のある姉ちゃんと闘うんや。だから、はつきはそこの嫌みったらしいお嬢さんの相手しいや」
「んまーっ! あんた、さっきから一方的じゃないの。私がせっかく、あそこに偉そうに構えているラスボスを譲ろうってしとるんやないの。素直に喜んで受け入れたらどげんや」
と、口論中。
「私はどちらを相手にしてもええで」
椅子に腰を下ろして、長い脚を組んでいる女こと、椚木益子が口を挟んできた。
「えらいすんまへんの。この子が一歩も退かないせいで、気を持たせてしもうて。もう少ししたら終わりますけん」
「なんやの、はつき! まるで私が悪いみたいな云い方しくさってからに。お前、ええ加減にせえよ。稲荷一門を喰らわすで!」
「なんなら? 暴力で解決する気け?―――敵さんの居る前で恥を晒すような真似はやめいや。ここは平和的に“じゃんけん”で解決しようや」
「ええよ。でも、私に“じゃんけん”の勝負とは、ええ度胸やな」
「なんや。瑠璃子、えらい自信満々じゃな」
「はつきに負けてたまるか。時間短縮で一本勝負やで」
「よし、乗った」
そして。
犬神はつき、村雨瑠璃子、間合いを確保して向かい合う。
構えて、躰の中心線にそって呼吸を整えていく。
見合って同時に拳を引く。
「じゃんけん、ぽん!」
同時に踏み出して突き出した。
あいこで、しょ。
あいこで、しょ。
「あいこで、しょ!」
犬神はつき、チョキ。村雨瑠璃子、パー。
はつきの勝ち。
「一本! 文句なしの勝利や!」
「うぬぬ。はつき、お前よお覚えとけ」
こう歯を食いしばる瑠璃子を後目に、はつきは満面の笑みで“じゃんけん”の敗者に指示を出していく。
「じゃあ、私は有美さん。貴女はあそこのお嬢さんね」
「私は椚木益子いいますねん。どうぞよろしゅうな」
と、瓜実顔をした京都娘が、品のある笑みを見せながら手を振ってみせた。これに見とれてしまった、瑠璃子。
「こ、こちらこそよろしゅう。―――こうやって見たら、えらい別嬪さんやな。はつきより綺麗な娘さんやで」
「おぉ、おぉ。今のうちに好きに云うだけ云っときや」
ちょっと悔しい銀髪娘だった。