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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
21/23

蜘蛛の巣合戦――殴り込み!! vs チーム・シープ編


 ほぼ、同時刻。


 麻実と零華が火花を散らしながらの。合戦の真っ只中。毒島邸を中心にして、両陣営がぶつかり合いを繰り広げている範囲から少し外れた場所に移ると。

 長崎の市街地が見渡せるくらいの位置に建つ、零華の別荘のある山から少し離れて下ったところに、八爪目練の別荘があった。それは、周りを程よく草木に囲まれた、白い木造の三階建て。

 の、一階。

 ワインレッドのショートジャケットの制服が印象的な、聖ガブリエラ女学園の生徒たちが六名、それぞれソファーや椅子などに腰を下ろして読書やゲームの類いなどをしてくつろいでいた。しかも、ただ遊び呆けているようにも見せて、ちゃんと建物内外の警備および見張りも兼ねている。


 一階ベランダにて椅子に腰掛けて小説を嗜んでいた、線の細い“いかにもな”文学少女な容姿の聖ガブリエラ女学園の生徒が、じぶんたちとは違った気配を感じて、銀縁の眼鏡を正しながらみま面を上げて見渡してゆく。そして、とある樹木の上ら辺の枝振りへと目線を向けたそのとき。

 銀色の閃光が眉間を貫いた。

 銀縁眼鏡は真っ二つに割けて、椅子ごと後ろに倒れる。これを木陰から確認した銀髪の女が、後方で待機している者たちに顔を向けて。

「今です。早く」

 と、犬神はつき。


 一階のバニラ色のソファーで横になりながらも、ルービックキューブと真剣に向き合っていた聖ガブリエラ女学園の生徒のひとり、牧場ラムは、扉の向こう側から聞こえてくる“何か”に気づいて、それを確認するかのように身を起こしていき、足音を立てずにその側へ近づく。この女、品のある美貌に三つ編みのおさげ頭からさらに、その両方に渦巻きをさせているせいか、ヒツジの角ような印象的な髪型が特徴的だった。

 ラムが、その品のよい顔を皆に向けるなりに、手のひらを低めにかざして、ただいまの行いを止めさせた。そして再び扉に耳を傾けながら静かにドアノブを回した。すると、用心深く開けていくたびに、それはじょじょに大きさを増して接近してきたのだ。

 しかも、その上。

 速度を増してきたではないか。

 そして、その瞬間。

 それは雄叫びとともに扉を突き破り。

 ラムの胸元に蹴りを一撃喰らわせ。

 僅かな滞空時間を利用して旋回。

 ふたつ目の蹴りを放った。

 横っ面にもろに不意打ちを喰らった牧場ラムは、そのまま押し倒されて、侵入者の踏み台にされてしまった。そんなラムの頭から跳ねて降り立った者とは、神棚八千代であったのだ。しかし、この女に限っては、それはいつもの紫陽花女子高校の夏服とは違っていた。

 上は、髪型をポニーテールにしたその額に、鉢巻き型の保護具。胸元から腰回りにかけて、胴当てとたれ。そして、両腕両脚ともに至るまで、制服の上から防具を纏った重装備姿だった。


「ラム!!」

「なんなら!!」

「カチコミ(殴り込み)や!」

「なにもんや!」

「麻実んとこの鉄砲弾に決まっとるやろ!!」

 そして、その斬り込み隊長の背後からは、二つの影が駆け込んでくるなりに、まずはひとつ目の影である犬神はつきは、椅子から跳ね上がった後音カペルの蹴りの連打を受けて流したのちに、その下腹部から鳩尾と胸元へと拳を叩き込んだ。そして、さらに、カペルの喉に突きを三発お見舞いした。それの隙を突いてか、ふたつ目の影である村雨瑠璃子むらさめるりこが二階へと駆け上ってゆく。

 カペルを殴り倒した直後の不意を突かれた“はつき”は、真横からきた大きな影によって、体当たりを喰らい、そのまま押しやられて襖をぶち破って、八畳間に投げ捨てられた。その大きな影の正体とは、円らな瞳に整った顔。ポニーテールにした黒髪を三つ編みにして垂らしているため、まるで鞭髪を思わせる髪型。そして、百八〇センチを誇る長身に長い手足を持ち、さらには、九等身という恵まれすぎた容姿のこの持ち主は、カザフスタンの血を引く上海娘、羚羊(リン・ヤン)という。

「ええぞ、リン! その白髪女しばいたれ!!」

 といった縦縞美砂たてじまみさの励ましを受けて、僅かな微笑みを浮かべて頷いた。



 二階扉を蹴破って。

 村雨瑠璃子の登場。

「なんや、下がえらい騒がしいなあと思ったら。……眞輝神さんとこのお嬢さんでおしたか」

 そう、焦げ茶色のショートジャケットの制服が特徴的な聖マリアンナ女学院の群れの奥から、静かに立ち上がってこう発したのは、切れ長な眼差しに瓜実顔といったいかにもな京都娘、椚木益美くぬぎますみであった。



 2


 一階に戻って。

 縦縞美砂と砂原ひづめとが、それぞれ姿を変えながら八千代へと飛びかかっていく。美砂は、頭部の中央から鶏冠のごとくたてがみを生み出して、額と頸から肩に掛けて縞を縦に走らせて、そして肘から下と膝から下とを蹄の動物のように形成して、シマウマのように。次に砂原ひづめは、その名のごとく両腕両脚ともに蹄と化していき、頭部の両端からは、緩やかに後方へとしなる角を生やして、ガゼルを思わせる変身だった。そして、両方から容赦なく振るわれてくる蹴りを、八千代は、その防具を利用して弾いたり捌いたりしていく。

「しゃぁらあっっ!!」

 美砂の蹴りを膝の裏に受けて、片膝を突かされたその一瞬を狙われて、ひづめからの廻し蹴りを頭に喰らってしまった。かと思ったら、瞬時に両腕を上げて顔を庇った八千代であったが、その威力でフローリングに後ろ頭を打ちつけてしまう寸前に、背中を丸めて後転をして立ち上がった。そして、再び繰り出されてゆく、美砂と“ひづめ”の蹴り。足技の応酬を受け流しながらも、反撃の機会をうかがっていく八千代。ひづめのローからハイへのキックを流したのちに、頭を狙って振り上げてきた美砂の脚から身を沈めてかわした八千代は、そのまま、がら空きとなった相手の膝をめがけて、踵を突き刺した。膝を砕かれた美砂は、しりもちを突き、次は八千代からのミドルキックをその顔面に喰らって転倒。

 ひづめの繰り出す、膝、爪先、踵などから捌きながら後退していったときに、頭上高く振り下ろされてきた踵の下に潜り込んで、腕を上げて受けたと同時に、空いた軸足の内腿に拳を一撃。次に、下腹部に拳をもう一撃喰らわせて、腹鳩尾肋胸元と撃ち込んで、喉輪で突き上げて、肘を顔面の左右に叩き込んだ。そして最後は、素早く背中に回り込むなりに、延髄に強烈な一撃をお見舞いしたのだ。事切れて膝から崩れ落ちる“ひづめ”の後ろから、頭を振って起き上がっていく美砂に、八千代は容赦なくその後ろから首に腕を絡ませて頭を押さえつけて、身を捻り、頸椎を破壊した。


 続いて。

 出会い頭に犬神はつきから殴り倒されていた、後音ごおとカペルが、“生き物”の力で回復するなりに、勢い良く飛び起きて、美砂たちと同じような蹄を持つ四肢に変えながら、頭の両端から生えた角を左右に広げて、ヤギのごとき姿となった。そして、ひと息着きながらも、身構えて周囲に目配りをしていた八千代に飛びかかっていく。カペルから繰り出されてくる幾つもの足技を、捌いたり弾いたりときには腕を上げての防御をしていたその前方から、窓を突き破って現れてきたのが、外で見張りをしていた例の文学少女。

 先ほど、額に小太刀を突き立てられて倒れたのだが、そこは“生き物”の力によって回復していた。どうやら、脳に損傷はなかったらしい。ちなみに、名は山森羊子という。そんな羊子は、引き抜いて小太刀を、八千代に向けて投げつけた。

 だが、飛び込んできた女も視界に入れていた八千代は、カペルの蹴りを脇に挟んで胸倉を掴んで引き寄せるなりに向きを変えて、なんと、そのヤギ女を盾にしたのだ。そして、当然のように小太刀がカペルの背中に突き刺した。これにカペルが、躰を縦に貫く激痛に思わず仰け反る。それから、足首を脇に挟んだまま足を払って倒した八千代は、カペルの頭を踵で踏みつけて、さらに捻った。

 仲間を倒されたことで鶏冠にきた羊子は、頭から角を生やして、緩やかに後方にしならせ、四肢を蹄と変えたその姿は、オリックス。両脚をバネのごとく使って跳び、宙から蹴りを放ってきた。これを受け止めた八千代が、羊子の着地したところを狙って踏み込むと、鉄の楔のような膝を相手の胸元に喰らわせたのちに、脳天から真下に向けて肘を振り下ろした。頭蓋骨の中で、脳味噌を激しくシェイクされていきながらも、なんとか必死に両手を突いて堪えた羊子だったが、自身に起きた脳震盪のうしんとうと視界に飛び散るプラズマに、恐怖を覚えていく。そのような中で、顔を上げて、じぶんらを襲った“鉄砲弾”を睨みつけた、その瞬間、振り下ろされてきた踵によって頭を変な方向に捻らされて、頸椎が折られて、羊子は完全に倒された。


 ひづめの女二人を倒して、構えつつもひと息を着いていた八千代の後ろでは、入口で、殴り込みの一発目に蹴り倒されていた牧場ラムが、上体を天井に仰がせたままで脚の力のみを使って静かに起き上がっていた。


 時間を並行して。

 八千代が美砂と“ひづめ”とを相手していた頃。八畳間では、はつきとリン・ヤンとによる体術と蹴り技との攻防戦が繰り広げられていた。まさに、見事な美しい線を描く「カモシカのような足」を巧みに使って、リン・ヤンは犬神はつきを追い詰めていた。

 低空の蹴りを防いだと思えば、腹を刺され。あばらの蹴りを防いだと思ったら、胸元に受けて。顔面の蹴りから庇ったと思ってみれば、太腿を踵で踏みつけられたり。変幻自在に富んだ足技を生まれて初めて直に味わっていた“はつき”は、驚愕をしながらも感心もしていた。

 ――は、反撃できない!!―

 と、横っ面の蹴りから庇ったそのときに、小太刀を使えばいいじゃないかと思い出した。そして、すかさずリン・ヤンの長い脚を捕まえると、腰の後ろから抜いた小太刀を、軸足の太腿をめがけて突き刺したのだ。痛みに顔を歪ませたカザフスタンの上海娘は、貫かれたその足で跳ねて躰を捻り、はつきの頭に叩きつけた。が、しかし、反射的にそれから防御した“はつき”が、捕まえていた片足を惜しくも手放すも、相手の着地をしたその瞬間を狙って踏み込み、後ろから抜いたもうひとつの小太刀と合わせて、リン・ヤンの腹と鳩尾とを突き刺す。そして、トドメの一撃を細い喉に突き立てた。

 口元から赤い泡を噴き漏らして、リン・ヤンは喉を押さえて“はつき”から離脱する。だが、逃がしてたまるかと更に踏み込んだ銀髪の女が、突き出されてきた脚を上に払いのけたところで、太腿の後ろにその切っ先を喰らわせて、腹の横と肋と腋の下と上がっていき、最後は細長い首に刃を当てて、そのまま押しやって引いた。すると、はつきの振り下ろした小太刀の後を追うかのように、リン・ヤンの頭は横にずれていき、やがては落ちて転がっていった。それから、残りの躰が膝から崩れ落ちて仰向けに倒れたのを確認した犬神はつきは、八畳間を出て二階を目指して駆け上がっていく。




 3


 二階へと“はつき”が駆けあがっていくのを見た八千代も、後に続けとばかりに床を蹴って踏み出したその、瞬間。突如、後ろから膝の裏を蹴られて、前のめりに倒れこんだが、とっさに両手を突いて緩和した。素早く身を翻して起きあがり、半身に構えてその相手に向き合ってみれば、それは、先ほど突入の際に蹴飛ばされた上に頭を踏み潰された、おさげを渦巻きにした女。

 牧場ラムであった。

 そして、赤く変色して腫れた己の頬を指で突っついた。

 そののち。

 八千代の頬のあたりを指差していく。

 それから、なんと、微笑みを浮かべたのだ。

 顔立ちが顔立ちなだけに、天使のようである。

 このようなラムの仕草を目にした、顔を踏みつけた当の本人である八千代は、ほんの一秒か二秒ほど沈黙したと思えば、薄笑いを浮かべていくなりに言葉をひとつ吐き出していく。

「できるものならば、やってごらんよ」

「メルシー」

 そして再び、天使のような笑みを浮かべたラムへと向かって、八千代は力強く床を蹴って間合いを詰めにかかった、その瞬間。目の前の女が垂直に飛び跳ねた。

 高く舞い上がって開脚された“それ”は。

 長く美しく。

 まるでサーベルのよう。

 そう、鋭利なヘリコプターのプロペラのごとく。

 空気を切り裂いて、八千代の頬を蹴りつけた。

 まさに、ヘリコプターキック。

 予想外の技を喰らい、躰をスピンさせたうえに激しく床に叩きつけられてしまったが、そこは反射的に受け身を取って最悪のダメージを免れた八千代。しかし、さすがに軽い脳震盪は覚えていたようだ。片膝を突いてなんとか立ち上がろうかとしていた八千代に、牧場ラムが口を開いていく。

「フレンチのお味は如何だったかしらん」

 と、嘲りを含めてたずねられて。

「なかなか“美味しい”じゃない」

 そう返した神棚八千代。

 立ち上がるかと見せかけての、足払いの蹴りを放つ。

 後ろへと引かれて避けられた。

 そして、間髪入れずのローキック。

 振り下ろされた斧のような勢いで、頭を狙う。

 とっさに腕で顔を庇うも、打撃の威力で後方に飛ばされた。

 尻餅を突いたその勢いを利用しての後転。

 片膝を突いて立ち上がり、半身に構えて体勢を立て直した。

 今度は、八千代の反撃。

 思いっきり躰を捻り、その足元に何倍もの重力を乗せて放った。ラムの頭部をめがけての蹴りが振るわれていくも、当の標的から上体を下げられてかわされた。だが、これで諦めるわけがなく、スカをした勢いを利用してさらに身を捻ってからの踵を突きだした。すると、その執念が実ったのか、ラムの土手っ腹に踵を突き刺したのちに、バランスの崩れた隙を狙って追い打ちをかけていく。飛び込むように間合いを詰めて、まずは腹に拳を一発。続いて鳩尾に再び拳を喰らわせて、胸ぐらを掴んで引き寄せる。駄目押しの拳を腹に二発。そして、とどめの一撃をお見舞いせんとの流れで、拳を振り上げた。

 その刹那。

 頭突きを受けて、目の前で火花が散る。

 力の緩んだ隙に突き飛ばされ。

 垂直に牧場ラムが舞い上がった、その次。

 開脚されたそれは、鋭利なサーベル。

 プロペラのごとく回転して八千代の頭を蹴り飛ばした。

 ヘリコプターキック、再来!!

 受け身を取り損ねた八千代は、床に叩きつけられて、痺れと軽い脳震盪を味わっていく。そのような女を見下ろしながら、ラムはひと言吐きつけた。

「どうしたの? もう、お寝んねかしら」

 次に大きく手を叩いて両腕を大きく広げていく。

「こっちは見物料払ってんのよ。もっと見せなさいな!」

 と、“はっぱ”をかけてきた。

 敵からの激励に応えるかのように、八千代が食い縛りながら立ち上がっていった。

「そうそう。それでいいのよ」

 こう呟きながら構えたラムは、今度はその姿を変えていったではないか。膝から下および肘から下に白い体毛を生やし、その先端に蹄を形成した。次に、女の特徴的な三つ編みのお下げを渦巻きさせていた部分が、そのまま硬質化して黄ばんだ白い物となり、羊の角を思わせる物に変わり。最後は黒眼が横に潰れて、頭髪から背中にかけては、パーマのかかった白い体毛となっていった。

 そう、その姿はまるで羊のごとく。

 そして、間髪を入れずに蹄を持つ踵を真っ直ぐと突き出した。まるで、丸太を乗せた乗用車から全力で突き飛ばされたに等しい打撃と衝撃を受けて、襖を突き破って隣の八畳間へと転げ落ちた。こみ上げてきた息を嗚咽して咳き込み、手を突いてなんとか立ち上がっていった、そのときに、畳の上で赤い液を撒き散らして転がる羚羊りんやんの頭部と躰が目に入り、思わず朝御飯の分を嘔吐してしまった。何度か残りを絞り出して出しきったのちに、ようやく立ち上がってみたら、城麻実じょうあさみから支給されていた武具のうちの胴当てに大きな穴が開いていたのだ。土手っ腹に荒々しく開けられた穴の断面からは、間に挟まれて加工されている鉄板が顔を見せていた。通常の武具よりも重い分、より頑丈により丈夫にと防御力を上げていたはずの胴当てだったのだが、それが今や破壊されて使い物にならなくなってしまった。この上体を目にするなりに腹を“くくった”八千代は、胴当てのみを己の躰から外して投棄した。しかし、武具というか防具に風穴を開けられたわりには、よく生きていたものである。

 この八千代の一連を動きを見ていた牧場ラムは、口元の端を釣り上げていく。よく考えてみれば、今までにでも八千代に向けての攻撃ができていたはずだが、この女はあえてそれをしなかったのは、自信のあらわれか。

「すううううううーーーーっ………」

 と、腰を低く落として右の拳を前に出しながら構えていく八千代が、このような呼吸法をしていった。やがて行きを吐ききったのちに、このままは姿勢で、頭の上で両腕を交差させた少しあとに、下へと引いて腰に両方の拳をそえた。そして、大きく一歩を踏み出して畳を蹴った。

 これに合わせるかのように、牧場ラムも床を蹴って再び戦闘態勢に移った。当然のように、一気に二人の間合いは詰め寄り、技の応酬が繰り広げられていく。

 ラムから放たれたハイキックを頭を下げてかわしたと思ったら、すぐに次のスピンからのローキック。この蹴りから逃れるように、八千代は床に両手を突いてバック転をして避けた。その倒立から着地をした女の隙を狙って、力強く踏み出したラムが、今度はそのあばら骨と内臓もろとも潰してやらんとばかりのミドルキックを打ち出してきた。だが、次の瞬間、八千代の持ち前の条件反射によって、その中蹴りは止められたのである。それは、肘を打ち下ろし膝を突き上げるといった動作を同時におこなうもの。ほんの僅かでもタイミングがずれようものなら、この防御は決まらない。だが、この神棚八千代という女は、生まれ持っての条件反射と姉の千代から気でも違っているかと思われんほどの異常な尋常ではない鍛練を受けているせいもあってか、この防御の技が実践でも使えた。しかも、それだけには留まらずに、ラムの脚を肘と膝で挟んだまま、高さと勢いを付けた拳槌を振りおろして、思いっきり情け容赦なくその膝の横に叩きつけたのであった。横からの衝撃によって、膝は破壊されて、駆け上ってくる激痛にたちまち顔を“しかめた”牧場ラムは体勢を崩してしまった。

 しかし、その顔つきから睨みをきかせて次の蹴り技へとうつろうかとした、その途端に、間髪を入れずにもう片方の膝も横から踵で蹴りおとされた。さすがに両膝を破壊されては、いくら“生き物の力”を持ってしても時間がかかる。そして膝から崩れ落ちようかとしていたラムの内腿に、八千代は拳を互い違いに叩き込み、念入りにダメージを与えたのちに、息を吐くと同時に、相手の躰の真ん中に走る線をめがけて拳を撃ち込んでいった。

 股間、下腹部、鳩尾、胸。

 続いて、喉に連続の突き。

 そして、なんと、神棚八千代は間合いをとって構えた。

 普通、これだけでもお釣りがくる勝利である。

 現に、牧場ラムは隙だらけ。

 ところがどっこい。

 当の八千代は床を蹴って舞い上がった。

 それも、踵を振り上げての後方宙返り。

 垂直に突き上げた踵が当たったと同時に、ラムの頸は大きな音を立てて破壊されて、逆さまになった顔が後ろを向いているといった、一見は滑稽ともとれる悲惨な姿に変わったまま膝から崩れ落ちていき、天井を仰いで倒れた。

 牧場ラム、即死。


 静かに残心をとったのちに、八千代は二階を目指して駆け上っていった。



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