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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
19/23

蜘蛛の巣合戦――センチピドー編


 1


 時は前後して。

 犬神はつきが隼美と真魚と交戦をしていた、その時間。

 再び、せんとマリアンナ女学院の班の、黒部勝美くろべまさみ瀬川歌子せがわうたことその妹の奏子かなこ奇辺原清子きべはらせいこたちのいる建物の屋上へと戻る。そして、同級生の田中香津美たなかかつみと対峙していた。屋上に吹く若干の強風に焦げ茶色の制服のプリーツスカートを靡かせながら、勝美らは香津美を、香津美は勝美らを、それぞれお互いに目線を外すことなく立っていた。しかも、適度に脱力をして構えている。

 一触即発に備えて。

 ―――――だが。

「このまま“突っ立っている”気なのか」

 そう切り出したのは、香津美。

 前方で、等間隔に半円形の陣をとっている女たち四人へと瞳を流していったのちに瞼を一秒弱閉じて、また開くと、軽い溜め息をついたあとに、こう漏らした。そのときの顔は、心なしか期待外れを感じさせるもの。

「なんだ。準備オッケーだっのか」

 香津美は、意識を集中していき、胸元で両拳を突き合わせたのち、胸を張るのと同時に両腕を広げた。すると、焦げ茶色の制服をあっという間に細かく引き裂いてそのスレンダーな裸体を青空のもとに晒した瞬間に、ちょうど“あばら”のあたりから躰が急速に伸びてゆくと、たちまち“節”に変わり、それぞれその両側からさらに節のある外骨格を持つ脚を生み出していったのだ。やがてそれらは、まるで、背骨を少し平べったくさせたような長大な連なりとなり、巨大な虫の躰を思わせた。

 そうして、程よい小振りな乳房を持つ剥き出しの上体を仰け反らせていきながら、両腕は肩から指先に至るまで外骨格化して、天を仰いだ顔の両目を長い物が突き破って左右に流れていき、それは“あばら”のあたりまで達したのだ。両方に切れ長な瞳はなく、実に長い触角を生やして、その全長は目測十数メートルはあろうかと思われる平べったい躰に節を刻んだその香津美の姿は、ある虫が重なった。


 百足むかで

 しかも、朱い体躯をしている。



 2


 香津美が瑞々しい口元を歪ませた直後。

 奏子を掴んで、皆の間を駆け抜けていった。巨大でかつ長大な躰の割りには、信じられないほどの速さだった。妹の名を叫んで、歌子はその朱い体躯の節へとしがみつく。こうしている間にも、奏子を捕まえたまま香津美は向かい側のビルの屋上にへと飛び移っていた。変化した香津美は、デカさと速さだけではなく、跳躍力も桁外れであった。

 そして、着地と同時に、抵抗を見せている奏子の胸倉と両足首とを掴んで抱え上げた香津美が、屋上の金網フェンスの有針鉄線へとめがけて振り下ろした、その、瞬間。奏子は腰から上下に割けて、赤い飛沫と内臓とを噴き出してゆき、二つになった。割けた少女の躰を両手にぶら下げていた香津美が、後から追いついた歌子に向けて投げつける。滑りながら転がっていき、駆け寄ってきた姉の足下で止まった、二つに別れた奏子。それは非情にも、すでに絶命していた。

「奏子……!!」

 変わり果てた妹を見て、やっとの思いで絞り出した声だったが、反応は無い。この瞬間に、たちまち歌子は周りにうつる景色が真っ白となり、何かが抜けたように放心した。それから座り込むと、奏子の上体を抱きかかえてゆく。

 香津美が、両目から触角の生えた顔を歌子に向けていた姿勢から、上体ごと向けると、歯を見せてひとつ呟いた。

「まずは、ひとり。亥夜との戦いを見ていたら、その子が一番やっかいそうだったからね」

 と、この言葉を聞いていたのかどうか定かではないが、妹の上半身を抱きしめていた歌子の両腕に力がこもっていき、それはやがて“ただならぬ気”を発していった。そして、奏子を地に“そっと”寝かせたのちに、ゆっくりと立ち上がって香津美へと顔を向けた。その刹那、地から大きな音が鳴ったと思われたときは、飛び上がっていた歌子は香津美に接近していたのだ。背中から直刀を抜いて、袈裟を狙って斬りつけるも、あげられた腕で防御されてしまう。これと同時に、腹に拳がめり込んだ。続いて、容赦なく肘を振り下ろされてゆき、延髄のあたりを叩きつけられて、地面へと落下した。

 受け身を取ることなく腹と顔を真正面から打ちつけてしまい、頭蓋骨を割った歌子は、口元から赤い液の溜まりを作っていった。

「あと、ふたり」

 そう呟いたときは、黒部勝美が目の前にきていた。首を両足で鋏まれて、景色の反転するのを目撃したと思ったら、脳天を叩きつけられていた。だが、どうやってこの向かい側のビルまで勝美はやってきたのか。答えは簡単。奇辺原清子が建物と建物との間を縫い付けた糸を辿って、渡ってきた。しかし、常人相手の技では簡単にくたばらない香津美。逆さまになったまま、長い躰を丸め込んでいくと、勝美ごと跳ね上がって、屋上の地面を突き破って落下した。

 階を二つほど貫いたのちに、三つ目で受け身をとって勝美を“吐き出した”あとに、床に伏せて鎌首を構えてゆく。片膝を突いた姿勢から、身を上げていき半身に構えていく勝美まさみから目を離すことなく述べていった。

「紫陽花女子(高等学校)は毒島零華ぶすじまれいか。聖ガブリエラ(女学園)は眞輝神樹梨まきがみじゅり。そして、私たちの聖マリアンナ(女学院)は貴女、黒部勝美くろべまさみ。―――貴女たちスリートップを倒せば、三大女子校で百合子を筆頭にすることが出来るのさ」

「へぇー。これはまた、随分どデカく出てきたものね。―――意外や意外。零華に忠誠心が無いなんて。驚いた」

 わざとらしく肩を竦ませた勝美。これに対して、さも当然のように返していく香津美かつみ

「当たり前だ。櫛田美姫くしたみき天照舞子あまてらすまいこ、そしてこの私の田中香津美たなかかつみは、幼少の頃から忠誠を誓っているのは、唯ひとり。中村百合子のみ。―――彼女を絶対的な頂点へとするためには、手段など選ばんよ」

「―――――だから、人間もやめれます。ってか」

「まあ、そういうことだ」

「その肝心な“お姫様”が、零華に恋い焦がれて崇めていても……?」

「それは正直ちょっと厄介だな」

「でしょう。だから、その辺を貴女たちがあの子をどう説得するのかなぁ……。なんて」

「それは貴女が気にすることじゃない」

 香津美が速攻で切り捨てる。

「なんでよ」

 と、これに少し口を尖らかせる勝美。

「ここで死ぬから必要ない」

 こう云い切らないうちに、香津美が跳ねるように飛びかかっていき、勝美へとタックルを喰らわせた。それはまるで、ブレーキの壊れた列車のごとく一直線に突っ走ってゆく。作業机から“めかくし”やコピー機に至るまで、無人の事務所の内装を破壊または蹴散らしていきながら、勝美を盾にして突き進む。そして、行き止まりの壁を目にしたとき、寸前で停止したのとついでに、勝美を突き飛ばして叩きつけた。乱暴に背中を強打したコンクリートの壁を窪ませて、中の鉄筋が顔を見せるくらいに抉ったのちに、両膝を突いて床に口をつけた。瞼を半分開けて虚ろな瞳になっている勝美を見下ろした香津美が、若干嘲りを混ぜてひと言云った。

「そういえば、未だに貴女の“特技”って見たことがなかったけれども、まあ、しょうがないな」

 その刹那。

 床が急速に引いていく。

 別に飛び上がったわけではない。

 意志に関係なく垂直に上がった。

 そして、小さな影を目撃したとき。

 香津美の躰が天井に当たった。

「別にアンタに披露する必要がないってさ。―――よぅ、馬鹿弟子」

 そう付け加えて顔を上げた女は、奇辺原清子。相変わらず表情は出さないかわりに、口調には抑揚を出している。片膝を突いたまま、さらに両手に力を入れて下げると、香津美を天井により強く押し付けた。なんと、巨大で長大な香津美の躰を、清子は天井にへと“縫い付けた”のである。

「このまま、その節々から躰を輪切りしてやろうか」

 ここで少し考えたのちに、香津美は口を開いていった。

「それは多分、あまり意味がないかもしれない。だって私―――」

「『だって私』―――どうしたの」

「こんな躰だからさ」

「え……!」

 目を剥いたほどに、市松人形のような顔を珍しく変えた清子の見たものとは。それは、一瞬にして、躰の節々から“自ら分離させた”香津美を目撃したため。

 分離した“それら”は、まるで各々に意志のあるかのごとく一斉に断面を向けて飛翔していき、まずは四つばかりが清子をめがけて体当たりして壁に叩きつけて押さえ込んだのちに、さらに追い打ちとばかりに五つほど連なった物が丸太で門を打ち破るかのような勢いで、そのまま直撃した。すると、これによってコンクリート壁は鉄筋ごと破壊されて、大きな風穴を開けたときには、清子を宙へと放り出したのだ。

 刹那的な滞空を味わったのちに、清子の小柄な躰が急速に落下しはじめてゆく。それに追撃を加えるかのように香津美の分離した節々の躰から連続して当て身を受けていくと、落下速度を増していった。さらに、駄目押しと云わんばかりに、二股の長い尻尾の生えた部位からの一撃を喰らい、それに加えて“とどめ”とばかりに押しやられたあとに、突き飛ばされた。そうして、清子の躰から離脱した尻尾の部位は建物の壁に張り付くなりに、早々と風穴のあいた階へと“分離した節々たち”もあとに続いて壁を伝って上がっていく。それから、床で腕立て伏せのかっこうで待機していた香津美“本体”にへと近づいた、その直後。

 香津美“本体”が垂直に跳ねたのを見計らい、それら“節々たち”も後に続けと飛び上がっていき、順々に“本体”の“あばら”下から連結していき、もとの長大な朱い躰へと戻った。

 そして、たくさん生えた脚を絡ませることなく動かしていきながら、破壊しつくされた無人の薄暗い事務所を這って未だに息のある女のもとへと確認しにきたとき、それが見あたらなかったのだ。確かに、抉って鉄筋が剥き出しになった壁がある。しかし、そこに倒れていたはずの女の姿がない。

 まさか……。

「まさか、今まで“猫をかぶっていた”とはね。気が付かなかったよ」

 こう、口の端を釣り上げつつ呟いて、右の奥の事務用品の瓦礫の先へと顔を向けたのちに、上体もそれに合わせてゆく。そうして、その瓦礫の奥に立つ相手と真正面に向かい合った。

「そういえば私たち“下”って、貴女たちスリー・トップの底を未だに知らないんだ」

「あら、そう?」と、影が返す。

 そして、歯を見せていく。

「女の子ってね、秘密があればあるほど魅力を増していくものよ」

 そう家猫のように人懐っこい笑みを見せたその女は、黒部勝美。先ほどまで、香津美から喰らった体当たりによって壁に躰を強打して、意識朦朧と倒れ込んでいたはずだったが、そんな様子など微塵も感じさせないくらいに“けろっと”している。受けたダメージは、いったいどこへやら。

 それから勝美は、おもむろに背中に両腕を回したと思ったら、黒く薄い“くの字”の板のような物を両手に構えるなりに、躊躇いなく香津美へとめがけて投げつけていった。



 3


 その頃、奇辺原清子はどうしていたかというと。されるがままに突き落とされているわけではなかった。

 小さな背中に、迫りくる石畳の歩道を感じてきた瞬間。左手首に巻いている黒い幅広のバンドから、糸のついた針を二つほど引き抜いて、その建物の壁を狙って放った。すると、針は壁に突き刺さったのと同時に、清子の落下も止まり、壁に足を着けて、糸を伝って上っていく。それからは、これを数回繰り返していき、先ほど突き落とされた階を目指していった。


 再び、建物内では。

 勝美の両手から放たれた“くの字”の黒い板は、香津美の両側を通り抜けていったと思ったら、あっという間にそれらの脚を切断してしまった。一瞬にして支えを失った香津美が、その長大な躰ごと床に落下した。それでも歯を食いしばって上体を起こそうとしたときに、勝美から、指ぬきの革手袋をした両手の平を向けられていたのだ。

「おっと。―――貴女に忠告。今、躰を起こしたらその両腕が吹っ飛んじゃうわよ」

「そうかい」

 突き放した返しをした香津美が、跳ね上がって鎌首の構えをした刹那に、背後から突然と衝撃を受けて、両肩から腕を切り離されてしまった。桃色と朱の混じった肉の断面から赤い駅を噴出していきながら、香津美は苦痛の喘ぎを漏らしていく。

 己の投げた物が、目の前の女の両腕を切断したその二つを指ぬきの革手袋で受け取るなりに、当の勝美が残念そうな口調で云った。

「あーあ。だから忠告したのに」

 これに対して、香津美はひとつ返してやろうかと思って躰を仰け反らせた瞬間に、延髄の下のあたりを踏みつけられて、床に頬をつけてしまった。

「そういえば、ときに香津美さん。清子をどうしたのかしらん」

 両手に持っていた、黒くて薄い“くの字の板”を重ねると、今度はそれを回して広げてゆく。二枚だったそれは数を増して広がっていき、一枚の黒い円卓のような板となった。しかもそれは、周りに鋭利な先端を連ねた物。これを片手にした勝美を知ってか知らずか、香津美が床から顔を向けて言葉を返していく。

「清子がどうなったか知りたいか?―――今ごろは、石畳に赤い花を咲かせているだろうよ」

「最後まで見届けたの? 遺体は確認した?」

「あの高さからでは、助からん」

「そう?―――それじゃあ、(貴女は)まだまだ甘いわねぇ。あの子が“あの程度で”死ぬって思っているなんて」

「見ていたのか……」

 と、疑いを混ぜた呟きののちに。

「いいや。甘いのはお前だ」

 今度はこのように、はっきりと声を強く発した。すると、上体の腕の断面と、節々の断面から、それぞれが赤くて細い繊維質の物をいくつも吐き出していくと、それは方々に散らばっていた両腕と外骨格の脚との断面に接触するなりに引き寄せていき、あっという間に元の位置に付着させるとたちどころに癒着して切れ目を治していったのだ。

「あらら。嘘でしょー」

 その途端に、勝美は跳ね飛ばされた。

 しかし、身を翻して着地。

 そして、腕を振り払った瞬間に、黒い円い板を投げつけた。それを香津美は、外骨格の腕を交差させて跳ね返す。回転鋸かいてんのこぎりのごとく帰還してくる己の武器を、勝美は蜻蛉返りをして受け取った。次にそれを両手で挟むなりに捻ってみせた途端に、それらの鋭利な先端部が幾つかに“ずれて”いった物を、再び、今度は両手で投げつけてゆく。すると、その黒い回転するのこぎりは、一枚だったはずの物が宙で増殖して上下左右に広がり、香津美をめがけて飛んできた。

 これらを、香津美は両腕を振り払い破壊または叩き落としていく。その隙に、勝美が腕を引いたり突き出したりして奇妙な動作を見せていた。真正面から迫ってきた黒い回転鋸を全て捌いたのちに、勝美へと吐き捨てた。

「さっきのブーメランよりも他愛ないな」

「周囲確認くらいしなさいよ」

 と、勝美が拳を立てたその先に、香津美の後頭部を狙って高速回転をする黒い回転鋸が一枚。

「ふん。どうせひとつは逃れていたと思っていたよ」

 このひと言と同時に、両目から左右に生えた長い触角を跳ね上げて、払うように広げた。

 その刹那。

「分離したりしなかったりして。ね」

 勝美が、早口気味に云ったときに両腕を広げると、黒い“それ”は振り払われる寸前のところで、四枚ほどに別れた。しかし、香津美は触角をたくみに操り、叩き落として切断したが、ひとつのみ取り逃がしたのだ。この逃がした瞬間に、黒い回転鋸の中心から生えている極細の糸を発見した。そうして、勝美が腕を力強く引いたその途端に、流れてゆくその黒いひとつが急速に方向転換をして、香津美の首を撥ね飛ばしたのである。それら、戻ってきた武器をキャッチしてひと言。

「惜しかったわね」

 床を転がっていく香津美の頭に、なにかしらの違和感を覚える。やがて、頭が机や事務用品の瓦礫の山に当たって止まった、そのとき、両側の“こめかみ”から顎にかけてタラバガニのような長い脚が左右で合計十本ほど生えたと思ったら、それらは頭を持ち上げるなりに、目標へと向かっていった。ちょうど“頭だけ仰向け”になった格好で、そのカニのような脚を器用に動かしていく姿。

 これに勝美は思わず。

「こりゃあ、いったい何の冗談よ」

 と、不意に後ろから首を締め上げられた。信じられないことに、それは香津美の“躰のみ”が勝美を後ろから首に腕を巻いている姿だった。さらに、足下へと迫ってくる香津美の“頭のみ”を見る。やがてその頭は、勝美を伝っていくと、己の躰に辿り着き、その肉の断面に首を合わせてみせると、たちまち繋がって回復した。

「首を撥ねたくらいでは勝てんよ」

 絞められている腕に手をかけて抵抗をしながら、勝美は思った。

 ―あ〜あ。こんな変なシチュエーションで、アタシゃ殺されるのかねぇ……。―――それにしてもさ。――「いつまで見物してんのよ。勿体ぶってないで、さっさと助けてちょうだい!」

「失礼しました」

 この第三者の声が聞こえた瞬間。

 香津美は躰を横に引かれて、壁ごと窓を破壊して廊下に吐き出された。この隙を突いた勝美は脱出。その香津美の長大な躰を部屋から引っ張り出した相手とは、奇辺原清子だった。

「感動の再会ね」

 こう呟きつつ、手首に巻いた黒い幅広のバンドから新たな針と糸を出してゆく。そして、身を起こして飛びかかってきた香津美をめがけて、その腕を振り払ったとき。瞬く間に“両側の壁を縫い付けた”のだ。それはまるで、上下を交互に行き交うレーザーのごとく、触れる相手を容赦なく切断する武器と化していた。だが、香津美がこれを上手い具合に間をすり抜けていき、清子を目指していく。しかし、それは進むごとに段々と狭まっていき、横断する糸の数も増してきた。この状況に舌打ちをした香津美が、外骨格の腕を唐竹割りよろしく振り下ろして、縫い糸を断ち切っていき、目標の女へと突き進んでいった。

「そうくると思ってたのよ」

 半ば感心を含ませた呟きを吐いたのちに、再び手首のバンドから針と糸を引っ張り出して、真正面から突っ込んできた香津美に向けて投げつけたと同時に、飛び越えて、その背後を捕った。そして、足を踏ん張り、糸を引いていく。すると、放たれた数多くの糸は針の描いてゆく軌道に従っていき、それらは巻きついていくと、香津美の長大な躰を縛り上げるなりに、その全体を仰け反らせた。清子が“弟子”の後ろ頭に瞳を流して、話しかけていく。

「ねえ、香津美。今度は“みじん切り”にされた場合、いったい再生にどれくらいかかるのかしらね」

「畜生……!!」

 そして、トドメの一撃の“引き”を加えんと腕に力を入れたそのときに、硝子窓をぶち破って第三者が乱入してくるなりに、香津美の躰に巻きつけていた糸を断ち切った。突如として飛び込んできた影が、両手に持つ青龍刀を構えようかとしたそのすぐに、勝美の放った黒い回転鋸が部屋の中から勢いを増して第三者を狙ってきた。だが、それは、振り下ろされた青龍刀によって真っ二つにされて、虚しく床に落下。清子は先の不意打ちにバランスを崩したが、すぐに体勢を立て直して踏ん張ったそんな目の前で、乱入した影が小柄な身を屈めて両腕を交差させるのを見た。直後、その小柄な影から両腕を横一線に広げられたと思った瞬間に、清子の躰は腰を境にして上下に割けたのだ。同時に、細い腰の切断面から、赤い飛沫が僅かながらの渦を描いて巻き上がっていく。

 脊髄から躰を断ち斬られて“上体のみの滞空を味わいながら”も、清子は、体内から湧き上がって滲み出て広がり赤く染まる歯を食いしばり、最期の力を振り絞って、両手で糸の束を引っ張った。その刹那、香津美は廊下いっぱいいっぱいに肉の花を咲かせて、その長大な躰を四散させたのだ。

 それから、飛び散っていく香津美とともに、清子の下半身は膝を突いて“仰向け”に倒れ、そして上半身は音を立てて後ろ頭を打ちつけて落下した。やがて、握りしめていた拳を小さく痙攣をさせたのちに、開花するかのように指を広げていくと、力尽きた清子は絶命した。


 廊下から壁から天井まで一面を赤黒く染めて散っている、香津美の肉片のある通路へと飛び込んできた勝美が目にしたものとは、上下に切断された清子の亡骸と、両手に二つの青龍刀を持っているツインテールの小柄な女。その女は、紫色のセーラー襟と同色のプリーツを穿いた、悪戯好きそうな顔をした者。

 鶴嘴黄緑つるはしきみどりだった。

 黄緑きみどりは、勝美にへと切れ長な眼を弓なりに歪ませて歯を見せていく。

「この子さすがは御庭番ね。本当に最後の最期で、ひと花を咲かせたんだもの」

 そして、肩甲骨から脈を生やした乳白色の羽を出すと、その場から一撃離脱をするかのように飛び去っていった。




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