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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
15/23

脱皮その弐


 1


 週末を迎えて。

 病み上がりであるとは云え、零華は全快していた。


 中村百合子たち四人は、今から零華が興味深いことをおこなうとの知らせを受けて、女の家にきていた。電話口で八爪目煉やつめれんの云っていた“興味深いこと”とは、いったい何なのであろう。煉のあの口振りからして、どこかしら嬉しそうであった。何故あんなに嬉しそうに、わたくしに話してきたのか。

 百合子にとって、煉のこの無邪気な声が、ひじょうに癪に障った。

 煉と三日月結美みかづきゆみに案内されて、百合子は田中香津美と櫛田美姫と天照舞子との三人を連れて、零華のいる八畳間にお邪魔する。この部屋からは、縁側を通り抜けて遠方のコンクリート群景色が一望できた。庭の植え込みの青々と茂った草花と、垣根を挟んで見える、灰色を基調としたビル群にマンションなどの賃貸物件とが、異様なほどにギャップがあったのだ。初めて招待された、尊敬や憧れの対象であり何よりも愛おしく恋い焦がれているひとの家に上がっていた百合子は、至福を味わっていた。

 しかし、まあ、よく手入れが行き届いている庭である。花々は色鮮やかで、葉っぱや茎などは瑞々しく青々としていた。ここまで丹念に世話しているのは、いったい誰なのと、百合子は零華へと尋ねてみる。

「ねぇ、零華さん」

「なあに?」

「このお庭、メイドさんたちが手入れなさっているの」

「いいえ。ほとんど私が世話しているわ。―――剪定せんていは流石に庭師の方に任せているけれど、雑草とりや間引きは私がおこなっているの」

 零華が何だか珍しく自慢気に微笑んで答えた。若干、未だに血色が悪いものの、ミス紫陽花を二連覇したその美しさと猫のような愛らしさを秘めた魅力は全く衰えていなかったその顔には、脱帽せざるえない。しかし、零華は最近、生徒会の仕事で煉を手伝っているので、今回の体調不良は例外としても、ずっと忙しい筈。

 日本人形を思わせる美しさで、ミス聖マリアンナを制覇した、百合子。零華の言葉を聞いて、感心をした上に、さらに尊敬を増した。

「そうでしたのね。―――しかし、お忙しい中でよくここまで……」

「暇はおのずと見つかるものよ、百合子さん。―――零華、持ってきたわよ。いいの? お布団、汚れないかしら」

「あら、珠江さん。お久しぶりですわね」

 割って入ってきた女に、百合子は「それももっともですわね」を含んだ笑顔を向けて返した。口縄龍くちなわりょうと一緒に、何やら黒っぽい物体をシーツに乗せて抱えて運んできた、この水野槌珠江みのづちたまえも、百合子と同じく日本人形の美しさと魅力を兼ね備えている女。もちろん、こちらも零華に呼ばれて参加している。「構わないわ」との零華のひと言ののちに、その荷物を布団に置いた。するとそれは、赤黒い人型。全身が満遍なく焼け爛れているうえに、ところどころ肉が削げ落ちている。しかも、よく見るとこれは、細い躰つきに胸には膨らみが二つあったので、女の遺体ではないだろうか。その後から、ひたひたにぬるま湯を満たしたたらいを抱えた鱶涼子ふかりょうこが部屋に入ってきて、布団の隣りに置く。

「うひゃー。グロいねぇー」

 胡座をかいて見ていた舞子が、こう漏らした割には“しかめて”おらずに、どちらかと云うと楽しそうなひと言である。これを百合子から「ちょっと舞子さん、失礼ですわよ」と突っ込みを受けた。百九〇を超える身の丈の持ち主である舞子は、当然、ここの日本家屋の天井に頭をこすりつけてしまう為に、そうならない故の配慮の胡座。


 毒島零華と八爪目煉に三日月結美。口縄龍と水野槌珠江。そして鱶涼子。中村百合子と田中香津美に櫛田美姫と天照舞子。なんと、華やかであろう。総勢、十名の女の子が八畳間に集まっている。しかも、ほとんどお姫様顔ばかり。焼死体を真ん中に置いて、いったい何を始めようというのか。



 2


「お二方。そろそろ始めるわ」

 縁側に並んで腰掛けていた珠江と百合子の後ろ姿に、零華の声がかけられたので、部屋に戻って横座りになる。そんな二人を見たミス紫陽花の顔は、なにやら微笑ましい感じ。何だか妙だわねと、周りに目を配ってみたら、りょうも含めた皆が笑みを浮かばせていた。ある種の気味悪さを覚えた二人の、うちひとり、珠江からたまらずに切り出してゆく。

「りょう、何が可笑しいの」

「いやあ。お前たちの後ろ姿が可愛くってさ、それを見ていたアタシ、みんなも堪えきれなくなっちまってね」

「ヤダ……、皆さんの前で」

 顔を俯かせた女の耳元は、赤くなっていた。その隣りにいた百合子にも“うつった”らしく、頬を朱に染めて皆から顔を逸らした。すると、そんな二人に見かねた龍が、手招きをする。

「ほらほらー。赤くなってないで、こっち来いよ」

 こう呼ばれたので、珠江は素直に己の好きな人の隣りにへと座り込む。同じように、香津美の呼びかけとともに舞子と美姫も手招いていたから、百合子はその中に行って横座り。

「百合子って、やっぱ可愛い」

「もう……。香津美さんったら、御冗談ばっかり……」

 こう突き放した割には、顔に「ありがとう」と思いっきり書いていた。


 やがては、このような和やかな空気も収まってゆき、自然と部屋一帯に緊張感が張り詰めていったのだ。その理由は至って明確なもの。零華がその細く白い腕で、赤黒く焼け爛れた女の遺体の頭を抱きかかえて、干からびた口元を丁寧にタオルで拭いたのちに、顔を近づけていっていたからである。そして、零華の瑞々しい唇と、焼死体の渇いた唇とが重なった。

 これには皆、なんとも云えない卑猥さを覚えたのだ。学園いちの美貌を誇る少女と、ほとんどミイラ化していると判断できる女との口付けという、日常生活ではまず有り得ないシチュエーションが、その目の前で堂々と行われている。百合子は勿論のこと、この場にいた他の皆も、奇妙な高ぶりと興奮を感じていた。 そうして、数秒経ったのちに、零華の顎が少し動いたかと思ったすぐに、焼死体の口元も動きを見せて喉を膨らまして体内へと移動していった。完全にあちら側へと行ったのを確認した零華は、ここで唇を離して、労るようにその女の遺体の頭を枕に置く。次に、白い指先で赤黒い額を撫でながら、こう呟いた。

「もうすぐ“生き物”が動きを見せるわよ」

 己に云い聞かせるかのように。

 直後、その焼死体は何やら“メリメリ”と細かく割いてゆくような音を頭から発していき、次にそれは、まるで池の鯉が餌を欲するみたいに自ら顎を動かしていくといったのを見せた。そしてそれは、手元足元の小さな震えを生むことに始まり、四肢の根元までいき、遂には躰じゅうに及んでいくと小刻みなものと変わり、最後は布団の上で大きく背中を反らせて顎を見せるほどに首を伸ばして、酸素を欲しがっていく。すると忽ち、削げ落ちていた四肢や躰の箇所が膨らんでいくと、それは女特有の曲線を形成した矢先。乾いた音を響かせた直後に、赤黒い躰の頭から下腹部までに一本の白い線を走らせた。その中で“もぞもぞ”と左右に何かが悶える様子を見せたと思っていたら、それは線に従って割けてゆき、赤黒い中から無色透明な液体にまみれた青白い裸の女が注意深くじぶんの躰を“くねらせ”ながら引き抜いていく姿は、なんとも不可解で艶っぽいものを周りの者たちに与えた。

 それから、やっとの思いで“じぶんの殻から出てきた青白い女”は、安堵したのか膝の力が抜けてしまい、天井を仰いで倒れようかとしたところを零華から後ろを支えられて、煉にその抜け殻をどけてもらった布団の上へと改めて寝かせてもらった。この不健康な白い裸の女は、息を切らして周りに眼を動かしていったあとに、零華に目線を定めると口の端を歪ませて声を発していく。

「零華……、あり、がとう……」

「お帰りなさい、温子」

 こう微笑んだ顔は、本当に嬉しそうであった。


「温子って、あの温子!?」

 突然あげた、りょうの素っ頓狂な声に、笑みを向けた零華は「ビンゴー」と返した。すると、当然というか、紫陽花女子は勿論のこと、蝦蟇口温子がまぐちあつこの素性に興味がなかった聖マリアンナ女学院のメンバーもざわついてゆく。

 珠江の斜め後ろで座っていた涼子が身を乗り出すみたいに畳に手を突いて、己が四つん這いになっているのを気にもとめずに寧ろ気にかける暇などなく、驚きを顔に出して零華に言葉を投げる。この時、肩にかかるくらいまでに伸ばしていた髪の毛が、左右に流れるように流れて落ちた。

「すげぇ! 温子って、この前完全に“おっちんだ”って聞いていたから、嘘みてぇだ。生き返るなんて!」

「うふふふ。焼却処分された中で、この子が一番酷かったけれども、それを乗り越えての再生を見せてくれたのよ。―――だから、生き返ったというのとは違うわね」

「な……、なるほど」

「これは“脱皮”ね」

 なんと、自信に満ち溢れた笑顔か。この表情には、皆は当然のごとく釣られて微笑みの連鎖を生んだ。

「アタシにも拭かせて」

「いいわよ」

 興奮を抑えきれない涼子を見た零華は、微笑ましくて堪らなかった。



 そのあとはというと、零華と煉と涼子との三人がかりで温子の躰にまとわりついた無色透明な液体を丁寧に拭っていっている間、龍と珠江たちは部屋の換気を良くする為に襖を開けたり、たらいのお湯を替えに行くのを手伝ったりしていった。こうして温子を介抱している時の涼子の顔に、云い表せぬ喜びを感じとった零華は、チクりと奥深くで良心が痛むのを覚えたのだ。

 そうして“脱皮し終えた”温子の皮膚も病的な青白さから健康的な“ほんのり”とした赤味を取り戻してきた頃、零華の寝間着を貸して替えた布団へと寝かせたときに、寝息をたて始めた女の額を優しく撫でていたミス紫陽花の顔を悲痛な面持ちでれんは見つめながら、重く切り出してゆく。

「ごめんなさい、零華」

「え、なになに?」

 恋人のあまりの真剣さに、驚きを示す。

「なんで貴女が私に謝るの」

「今から見せる私の姿は、今まで受けてきた貴女の好意を裏切る事になるから」

「……まさか、煉……」

 直感的に察したのか、零華の顔が強張る。しばらく目を合わせていたのちに、申し訳なさそうに瞼を伏せると、煉は意識を集中していく。そして忽ち、煉の左右の“こめかみ”と頭の横と後ろとにそれぞれ筋が生まれて、それらが割いて真っ黒の、まるで漆を塗ったかのような黒く艶やかな眼が左右で合わせて六つ現れて、ギョロギョロと動きを見せてゆく。この異様な姿を晒しながら、瞼を閉じたまま煉は、冷静に言葉を綴っていった。

「『偵察』にしては“ネズミ”が多いわね。―――北に六、西に五、南に三、東に四。―――結美、縁側から様子を見ながら貴女の針を撃ち込んでやりなさい」

「はい」

 いつもは射抜くような鋭い瞳を持つこの三日月結美が、絶対的な尊敬と愛情を捧げている八爪目煉に対してとなると、このように愛らしい笑みを見せるのだ。そしてその指示に従った女は、障子の陰から身を潜めるかのように半身に立つと、左手が左右に割れたかと思ったら忽ちそれは癒着して伸びて、適度なしなりを形成して弓となった。あとはその先端部から生まれた弦を引いて、いつでも射撃出来る態勢を整える。

 それから、煉は更なる指示を送ってゆく。

「隼美、嶽子、翔子。貴女たちは真魚を連れて、一番数の多いところを襲いなさい。―――残りは、百合子さんたちの判断にお任せするわ」

 この言葉を受けた直後、庭の茂みから姿を現したその女たちが煉と零華を見て頷くなりに、隼美と嶽子と翔子らは両腕を伸ばして翼を広げると、真魚を連れて羽ばたいていった。

 ようやく瞼を開いた恋人と見つめた零華の顔は、悲しみが露わになっていたのだ。

「煉……。貴女……」

「ごめんなさい、零華……」




 3


 同日。

 時を少し戻して。

 風見志穂は、巻風木葉と春風若葉はるかぜわかばとを連れて、それぞれビルとマンションとの屋上の貯水タンクの影に隠れて、遠くから毒島邸を囲んで偵察していた。小振りなイヤホンの周波数をダイヤルで調節していき、セーラーカラーに高性能集音インカムマイクを取り付けると、各々の姿を確認できるくらいに離れた、両方の建物にいる二人へと音声テストをして調子の確認をとる。このダイヤル式イヤホンと高性能集音インカムマイクとは、常に一式で用いる諜報機材。片方のイヤホンからアンテナを伸ばして、スモークブルーのゴーグルに表示される数字を見ながらダイヤルで目標に周波数を合わせていくと、胸元のインカムマイクが半径およそ五〇〇メートルに渡る音声を拾い集めて、使用者の耳に届けるといったもの。

 しばらく、デジカメ双眼鏡越に縁側にいる零華の様子と動きを観察していた志穂が、一旦はずして左側のマンションの若葉へと訊いてみた。女は、夏の生ぬるいビル風にショートボブの髪の毛を靡かせながら、志穂の声を拾う。

『若葉。玄関側になにか見えるかしら』

「ええ。たった今、例の四人組のお出ましよ」

『まさか、百合子さんたち』

「そう。―――ああ、その四人を八爪目さんと結美さんが出迎えているわ」

『解ったわ、ありがとう。―――こちらの方は、零華が何やら布団を敷きはじめだしたわ。……しかし、大袈裟すぎないかしら』

「“口移し”するには、でしょ」

『ええ……』

 相槌を打ちつつ、志穂は再び双眼鏡で縁側を窺ってゆく。

 週末だというのに、零華や煉を含めた来訪者たちは皆そろって律儀に各々の学校の制服姿とは、これいかに。そして、それぞれの屋上で見張っている志穂たちも制服姿なので、あまり他人様のことは云えない。



『おや、貴女たちも来ていたんだ』

「ま、勝美……!」

 周波数を合わせて待機をしていたら、東側から黒部勝美の声が入ってきたのだ。志穂の思わずあげた驚きに、木葉このは若葉わかばは「有り得ない」と云った顔になる。そんな志穂の反応に、勝美はついつい噴き出してしまうも、答えてゆく。

『いやあ、私たちって、人手不足だからさ。こうして直に動くしかないのよ』

「隠密は、ひとりもいないの」

『あははは。―――その代わり、凄いメンバーが来ているわよ』

「誰?」

『樹梨んところの“隠し玉”の、犬神はつき。さっき近くでその子を見かけたんだ。五人ばかり可愛い子に囲まれていたね』

「隠し玉って……」

『あれは、塾か何かの習い事に行くのを装って、零華の家を偵察できる建物に行っていたわ。多分、まだあと五人ほどを配置させているんじゃないかしら』

「そうなんだ……。で、貴女はひとりだけ?」

 この質問に、イヤホンの向こう側から勝美の軽く笑う声を聞いたあとに、何だか嬉しそうな含みを持った感じで言葉を繋いできた。

『ありがとう、志穂。心配してくれているんだ。安心して、私だけじゃなく、歌子と奏子ちゃんも来ているから大丈夫よ』

「本当に、人手不足なんだ」

『し、しょうがないじゃない。百合子がごっそり下っ端を引き連れて、手のひらを返しちゃったんだから』

「ごめんゴメン、通信切るね。―――勝美、気をつけてよ」

『ええ、勿論。―――志穂こそ気をつけてね』

 最後はそう交わして、通信を切って、再びデジタル双眼鏡から零華たちの様子をうかがってゆく。



 4


 場所は変わって、別の賃貸マンション。その屋上にある貯水タンクの影で、黒部勝美くろべまさみが毒島邸を観察していた。百八〇に近い身長と相まって、細くて締まりのある躰つきに、野生種のネコ科を思わせるシャープながらもその美しい顔立ちと、肩甲骨まである大巻き癖毛の黒髪がひじょうにバランスをとっていた。街中を歩いているだけで誰もが振り返りそうな、そんな女が、屋上でひとりデジタル双眼鏡を片手にイヤホンと集音インカムマイクとを身につけている。

 聖マリアンナ女学院の身なりは例のごとく、焦げ茶色の上はショートジャケットの両肩にかけて走る黒くて太いライン、下も同色のプリーツの裾に三センチほど黒いラインを引いてあった。今回は夏服仕様なので、上着は袖なしのベストタイプに、中身は白い半袖のカッターシャツ。

 これらをビル風に揺らしつつ、勝美は瀬川歌子とその妹の奏子かなこへと回線を繋ぐ。

「貴女たちも聴いていたと思うけれど、紫陽花女子のメンバーがきているわよ」

『ええ。志穂も直接動いているのね。……深刻な人手不足ねー』

 小振りなイヤホンの向こう側で、瀬川歌子せがわうたこが、いつもはキリッとした大きな瞳と細い眉毛を下げて、本当に深刻そうに呟いた。それに対して、もう一方のイヤホンから、奏子の声が聞こえてきたではないか。

『お姉さん。敵の手に簡単に堕ちたのは、圧倒的に百合子さんに否があるわ。あれでは初めから、意志の揺らぎがあったとしか思えないもの』

 我が妹ながら、このひと言に歌子が言葉を詰まらせる。次女の奏子は、二番目特有な自我の強さなどが伺えないくらいに、その外見が『黒いカチューシャの似合う、まさにお嬢様』なほどに大変に落ち着きを払って“おっとり”とした顔立ちであったが、こうしてキツい口調と言葉を聞いたときは、改めて次女独特だわねと歌子は実感した。オマケに、イヤホンの向こう側の奏子のムッとした表情まで想像できたほど。

 そして、このひと言を受けて、勝美はニヤニヤとする。痛いところを突くねぇー、と顔に書いて。

「奏子ちゃん。いーこと云うじゃなーい」

『どう致しまして』

 一転して、嬉しさを露わに礼を述べた。



 5


 同時刻の毒島邸周辺。

 一方こちらも、ビルやアパートにマンションの建物にある貯水タンクの影から、犬神はつき率いる十一名が二手に別れて、志穂や勝美たちと同じ装備で見張っていた。

 聖ガブリエラ女学園の身なりも、特徴的なワインレッドの上はショートジャケットに、下は同色の膝丈スカート。そのインナーは、詰め襟式の白いブラウスに、襟元には楕円形のエメラルドグリーンのブローチを黒い紐タイで結んでいる。そして、今回は、上着は袖無しジャケットのベストタイプにインナーは半袖という夏服仕様。

 屋上の物陰で銀髪を靡かせながらデジタル双眼鏡で零華たちの様子をうかがっていた女のイヤホンに、部下のひとりの声が入ってくる。

『はつきさん』

「なに?」

『あのー。私たち見られていましたよね』

「誰から」

『聖マリアンナの黒部さんと瀬川姉妹から、もろに、露骨に、しっかりと』

「そんなにまで装飾語つけなくたっていいでしょ。その前に、向こうはこっちに気づいていないから大丈夫よ」

『はあ……』生返事。

 はつきは内心ムッとしていた。まさか、こんなに表立った偵察をやらされるとは。最終的には尊敬して仕える我があるじ、稲荷こがねの為だったとは云え、最初にこの仕事を振ってきたのは学園の赤毛の魔女こと、阿部満月あべみつきであったわけで。二日前の放課後の生徒会室にて打ち合わせをしていたとき、偵察を持ち出した途端にあの赤毛の京都娘は「ここは折角、こうして隠し玉の“はつきちゃん”と一緒に打ち合わせが出来ているんやから、この子にもいろいろと表を覚えてもらうというのは、どないやろ」と、来た。くそぅ、どうして貴女はそんなに愛らしい笑みが出来るか、それは反則よと歯を食いしばってみた数秒後、部屋の隅っこで何やらメモ帳を広げていた満月の恋人である桜月あづさが、くりっとした大きな瞳のある天使のような顔をこちらへと向けるなり「ねぇ。私がサポートするという条件なら、今回だけ任せてみようか」と前下がりボブの髪を耳に掛けながら微笑んだ。

 直後、「あづさがそう云ってくれるなら、しょーがないわね」と、稲荷こがねは目尻を下げて決定打を出した。そしてトドメは「そういう事だから。はつき、頑張って」と、こがねからギュッと手をとられて熱い眼差しを送られたら、不思議と嫌な気持ちが何処か宇宙の遙か彼方へと吹き飛んでいったのだ。



 6


 再び、零華たちのいる部屋。

 しばらくの間は布団で顔を見合わせている二人の様子を見ていた百合子だったが、少し前に黒目勝ちの瞳を持つ女から発せられひと言を再生して、確認する意味もつけて割り込んでみた。これでは、らちがあかなさそうだったからだ。

「八爪目さん、わたくし達もお力を貸してよろしいのですね」

「……ええ、是非ともお願い出来るかしら。しかし、なるべくなら全滅は避けてちょうだい。生かすのは半数か、それ以下で充分よ」

 百合子の透明感のある声に引き戻されて、煉は頭の周りの黒く眼を収めると顔を女に向けて付け加えていく。これに百合子は鼻で安堵の息をすると、片方の拳を腰に置いて、庭を見たまま声を出した。

「阿門さん、先ほど飛び立って行った方々を手伝って」

「了解」

 渋い声がしたと思ったら、天井の板が開いて、そこから焦げ茶色の制服姿をした女子生徒が飛び降りて現れた。髪の毛は茶色いショートの内巻きシャギーにした、細面の鼻筋高い女。制服のプリーツが、膝上五センチなのは気のせいか。この女の名は、阿門亥夜あもんいよ。私立聖マリアンナ女学院高等部、三年生。亥夜いよは縁側に立つと、首を百合子の方に回した。

「百合子。私は東西南北のどっちに行けばいい」

「聞いていたでしょ。八爪目さんが仰っていた、四人のところよ」

「了解、お頭」

 そう述べてニヤリとしたのちに再び庭に首を戻した直後、亥夜の頭髪はたちまち白化して、肘からと膝から先とがそれぞれ白銀の羽毛に覆われると、手と足の指先は鋭い鈎爪と化して、最後は両側の肩甲骨から両腕の先端にかけて白い翼を生やして変身を終えた。そうして、羽音を立てて飛び出していく。亥夜の後ろ姿を眺めていた田中香津美が、意を決した顔になって、百合子を見た。

「私にも行かせてくれ」

「何を仰るの、香津美さん。貴女は何も動く事などありませんのよ」

「ありがとう。……いや、なに。亥夜が飛び立って行った方向に、私たちの『師匠』がいる感じがするんだ」

「『師匠』って、まさか、あの子……! 待って、待ちなさい香津美さん。あの子の……あの方の強さはバケモノ並みかそれ以上ですのよ」

 必死に呼び止めようとする女の頭に、優しく手を乗せられて、そして撫でられていく。

「本当にありがとう。―――でも、それを含めた上で“あの子”と戦ってみたかったんだ」

「香津美さん……」

 その女の輝いた眼差しと、揺るぎない口元の笑みを見た百合子は、満面の笑みを返して送り出した。

「絶対『師匠』に勝って来なさいよ、香津美さん」

「ああ。じゃあ」

 手刀をあげて告げると、垣根を飛び越えて行った。


 一連の流れを見ていた零華は、己に呆れるような軽い溜め息を吐きながら微笑みを浮かべるなりに、ただちに顔を引き締めて後ろの開いた襖へと声をかけていく。

こう、黄緑。聞いていたわよね。少し多い“ネズミ”たちの数を減らしてらっしゃい」

 直後に襖に気配が現れたと思った刹那、あっという間に立ち消えたのだ。これには、珠江とりょうと涼子が、びっくり。

「えっ? あの二人、来ていたんだ」

「んふふふ。“お姫様”には、常に護衛をつけるのは当たり前でしょ」

 驚いた、と書いた顔をした珠江に、煉は小さく笑って返した。




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