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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
13/23

貢ぎ者


 1


 週明けて。

 放課後。

 長崎市私立聖ガブリエラ女学園、生徒会室。

 聖マリアンナ女学院の、中村百合子とその一派による裏切り行為に事態を重くみた眞輝神樹梨まきがみじゅりは、主要メンバーは阿部満月あべみつきに始まり、稲荷こがね、そして蓮華道縁れんげどうゆかりを至急に集めていた。

 皆を席に着かせるなりに、樹梨はその美しさの中に秘められた精悍さのある顔で見渡して、パイプ椅子の背もたれに上体を軽く預けると、静かに切り出していく。

「お忙しい中、時間を割いて集まっていただけて有り難い。―――今回、正直、麻実たちと勝美たちと我々との連合の戦力を、零華から一気に削がれてしまった。それが最終的に、百合子の裏切りときた」

「お疲れ様。―――まあ、あの子は零華に“ぞっこん”で有名だったからねー。……しかし、まあ、こうもあっさり堕ちるなんて……」

 満月みつきは苦笑いを見せて赤味がかった頭髪の前髪を掻きあげたのちに、少し間を置いて語り出した。このような、飛び抜けた綺麗どころが集まった席においても、この女の魔女のような魅力は微塵も薄れていなかったのだ。

「それもそうだけれども」

「なんだ?」

「肝心の勝美たちはどうしたのよ。呼ばなかったの」

「“あちらはあちらで”大変な事になっているからね。重要なところは、じぶんたちで“何とかさせる”さ。それに、私たちは、あくまでも後方支援。表にしゃしゃり出ることは決してしない」

 そして、机の受話器を取ると、稲穂色の髪をした美しい狐顔の女へと首を回して、ひとつ尋ねる。

「こがね」

「なーに」

「はつきを呼ぶわよ」

 その名前を聞いた途端に、こがねの顔には、ある種の決意の色が浮かんできた。

「ええ」

 答えを耳に入れて頷いた樹梨は、内線を押した。



 2


 数分後。

 生徒会室の扉がノックされて、ひとりの女を招き入れた。

「失礼します」

 それは、涼やかな風が舞い込んできたような印象。と、同時に、この場にいた三人は、その女の容姿に息を呑んだ。思わず、魅入ってしまったのである。

 犬神はつき、十八歳。聖ガブリエラ女学園高等部三年生。透明感のある色白い肌に、京都生まれ特有の端正な瓜の輪郭を持ち、その中に整然と並ぶ、少し鬱な感じを受ける切れ長な赤褐色の瞳に、緩やかに高く走る鼻梁、薄くても血色の良い瑞々しい唇。身の丈は百七〇に達していて、脚も長く、等身バランスがひじょうに整っていた。そして、なによりも特徴的だったのが、肩甲骨まで届く頭髪と眉毛とが銀色だったことだ。

「相も変わらず、美しいな」

「そ、そんなこと、ありません……」

 樹梨から顔を合わせるなりに、一発目からこのようなことを云われたものだから、はつきは少し俯いた。と、その脇から、こがねの「本当に美人さんで、まいっちゃうよ。この子」と後ろ頭を掻きつつまんざらでもなさそうに、樹梨へと向ける。こがねのひと言を耳に入れた途端に、はつきは頬を一瞬にして桜色に染めて、こちらも“より、まんざらでもなさそう”にして狐顔の女に瞳を流した。樹梨は、この美味しい状況を見逃さず堪能したすぐに軽く手を打ち合わせて、机に身を乗り出していくなりに、はつきへと語りかけていく。

「そう、今日は、お前をこうして呼んだのは他でもない。いつもする事は置いておいて、変わりにひとつ、大事な仕事をしてほしいんだ」

「偵察の他に、ですか」

「そうだ。こがねの愛弟子である、はつきにしか出来ない仕事だ」

「ま、愛弟子だなんて……」

「照れるなよー。―――なぁに、簡単な事だ。聖ガブリエラ女学園の『KKK』こと、キティ=ルキフェールを引き出して、私たちの戦力になるように交渉してもらいたい」

「えっ……!?」

 これには、切れ長な目を見開いた。間髪おかずに、再び脇から、先ほどとは全く違った、こがねの素っ頓狂な声が発せられた。ちょっと、お嬢様らしかぬ感じだが、顔は崩さないのは流石。

「なんで! 貴女、あの白人至上主義者が欲しいの!?」

「零華を芯から憎んでいるからだよ」

 こう冷静に返した樹梨を見て、こがねは腕を組むと、目を横に流して“いっとき”その女を睨みつけたのちに銀髪の愛弟子を見つめる。

「なるほど……。でも、随分と思い切ったわね。キティを引き入れるって。まあ、結局は“私たち”の一派の数を減らしたくないからでしょ?」

「そうだ」

「――――で。どーして、この子なの」

「キティは“私たちが交渉に来たって聞かない”からだよ。逆に、はつきを遣わせれば、必ず首を縦に振る筈さ」

「ふぅん、“はつきならば”……ねぇ。情報源はあるの」

「心配するな。情報は、いつどきでも、どこからでも入ってくるものさ」

 確信を持ったひと言を述べたのちに、樹梨は机の引き出しから、透明のビニール袋に包まれた物を取り出すと、はつきに渡した。

「と、いうわけだ。あの女のもとに行く際に、これを必ず着て行け」

 ワインレッドをしたその中身を見ながら、銀髪の女は不可解そうに呟く。

「これ、は……?」

「気にする事は、ない。備えあれば憂い無し、というヤツだ。余計な事を考えずに“これ”を穿いてキティのところに行け。そして、交渉するんだ」



 3


 三〇分後。

 はつきは、廊下を歩くたびに他の生徒たちの様々な視線を浴びながら、キティ=ルキフェールのところにへと向かっていた。これは正直、この女にとって、恥ずかしい姿を晒しているのと同然。それは、上下とも聖ガブリエラ女学園特有の、ショートジャケットにスカートのワインレッドの制服だったが、それは下のみ違っていて、太ももが三分の二強も露出しているほどに切り詰められているスカートを穿いていたからだ。これでは、少しの風が吹くだけで、裾が捲れてパンツが顔を見せてしまう。勢いで、スカートを舞い上がらせないように気をつけながら、歩幅を調節していった。

 更衣室で、樹梨から受け取った袋から中身を出したときは、驚いたものだ。正直に云って、穿き替える前に悩んだ。そして、穿き替えたあとは、よりいっそう悩んだ。鏡のに写るその姿と何度見直したことか。普段、制服のスカートは校則通りに膝丈を穿き続けていたから、じぶんのこの姿を鑑越しに見たときは、あまりにも新鮮すぎた。やがて更衣室から出る際には、扉を少し開けて、怪しまれないていどに顔のみを出して左右をキョロキョロと窺ってしまったほどだった。しかし、こうして歩いてしまっては、先ほどの行為も意味が無くなる。

 だが。

 ―嗚呼、恥ずかしいっっ! ……でも、こがねさんだったら、こんな短いスカートなんて、難なく穿きこなすだろうな……。――

 と、ふいに浮かんだ想像に、はつきは僅かに口の端を歪めた。幼い頃に、養子として稲荷家に引き取られてきた人見知りの強い銀髪の少女は、その日のうちに、当主の長女であった稲穂色の髪の毛をした少女、しかも誕生日が数日違いの、こがねから強引とも思えるくらいに手を引っ張られて、庭から始まって道場に至るまで家の隅々を案内させられたのだ。しかし、このとき、何故か不思議と不快な気持ちは沸き起こらずに、むしろ逆に心地よさを覚えた。そして、私はこの人にずっとついて行こうと同時に決意したのである。

 とかなんとかしている内に、目的の場所へと到着していた。


『英文学創作研究部』


 と、教室の表札に記してある。

 その中にはさらに細かく、『用のない黄色人種、特に日本人は、此処に立ち入るべからず』と、英語の筆記体で注意書きが。これを読んだ女は、とんでもないところに私は来たものだと、重たい息を吐いた。

 もう、この姿でここまで来てしまったんだ。考え続けていたって、しょうがない。なので、扉を軽くノックした。途端に「何方どなた?」と、流暢な日本語の割には、明らかに突き放しているのが見え見えな声が返ってきたのだ。とりあえずは、扉の向こうの相手へと声をかけてみる。

「お忙しいところを失礼します。私は、高等部三年弐組の犬神はつきです。部長の、キティ=ルキフェールさんに用があって参りました。部長さんはいらっしゃいますか」

 直後、奥で「はつきが……!」という、なんだか悪い印象ではない呟きが聞こえたと思ったら、ゆっくりとだが、すぐさま扉が開かれて部室に招き入れられた。そうして、脇に立っていた、はつきと同学年の、浅黒い肌で天然のソバージュがかかっている三角白眼の女、アンジェラ=ロドリゲスに案内されて、奥の机の金髪の女と向かい合わせられる。

「お疲れ様、犬神さん」

 椅子から腰を上げて、こうにこやかに白爪牙に微笑みかけたその姿は、まるで天使のような印象を与えた。

 キティ=ルキフェール、十八歳。私立聖ガブリエラ女学園高等部三年生、英文学創作研究部部長。日本生まれの日本育ちであるが、生粋のアメリカ人。艶やかなブロンドには、ウェーブがかかっており、それを襟足のありを白いリボンで括っていた。大きな瞳は穏やかなもので、青緑色。卵の輪郭に、色白さ。百七〇を超える身長と見合った、細身のスタイル。そして何よりも、キティは、見た者に天使と思わせる美しさがあったのだ。

 ゆっくりと歩きながら、はつきの前にくる。

「この私に、何の御用かしら」

「貴女の力をお借りしたいのです」

 直後に、キティの表情が固くなったと思われたが、それもたちまち穏やかな笑みに変わる。

「それって、樹梨からでしょ」

「い、いいえ」

「まあ、いいわ。―――質問で返して悪いけれども。何故、私の力を必要としているの」

「私たちに敵対関係を宣言した、毒島零華を倒してほしいのです」

「あのビッチを……!」

 零華の名を聞いた途端に、キティの天使のような愛らしい顔が歪んだ。それは明らかな憎しみ。だが、それもすぐにおさまり、微笑みと変わった。

「倒してほしいっていうのは、殺しても構わないという意味にとらえてもよろしいのね」

「ええ」

「そう……」

 このキティの様子を見ていた銀髪の女は、これでやっと交渉が成立すると思い、安堵の笑みをこぼしたその時だった。はつきの穿いている、極端なまでに短い制服のスカートに、キティが注目をしてしまったのだ。

「犬神さん。交渉には、何事も取り引きがあるわよね」

「……ええ」

「その前に。―――どうしてそんな短いスカートで、私のところまで足を運んできたの」

「え……? い、いや、それは……」

 はつきがその問いに戸惑いを見せている間に、キティはより接近していた。「本当。貴女って、綺麗なのね」と何だかうっとりとした感じで見つめて呟いていき、はつきの肩に手を乗せて、腰に腕を回してきたのだ。思わぬキティの行為に、はつきは顔を赤らめた。

「ち、ちょっと、キティさん」

「“はつき”……。貴女は“あの”日本人連中と同じだなんて、とても思えないくらいにイイ女よね。―――貴女がイエローとは信じられないわ」

 肩に乗せていた手を、はつきの頭の横にやって撫でながらこのように語りかけたのちに、頬を撫で下ろしてゆき、次は指で顎を優しく持った。

 そして、続いてキティから発せられた言葉に、はつきは驚きを示した。

「樹梨も憎い事をするわね。私を知った上で、貴女を交渉相手としてよこすなんて」

「ど、どういう事なの」

「んふふふ。頼まれた答えを先に云うとね、YESよ。……そのかわり――――」

 キティが語りの途中で、一瞬ためらったのか、下唇を噛みしめて言葉を飲み込んで、顔を俯かせてゆく。やがて数秒の沈黙ののちに、心に決めたのか、顔をあげて銀髪の女を見つめるなりに、ひと言告げていった。

「そのかわり……。私に抱かれてほしいというのが、交換条件だけれども。受け入れてくれるかしら」

「え……!?」


 思いがけぬ告白に、はつきが呟くように声をあげた。この場合、どう、反応をして良いのか解らない。しかし今日は、驚かされてしまう事ばかりである。

「どうする? 貴女の返事しだいでは、この話しは無かったことになるのよ」

「そんな……、そんな事って……」

「心までとまでは云わない。いっときの間だけ、この私に貴女の躰を預けてほしい」

「ちょっと待って、ください。私、貴女とはそんなに親しくないのよ。それを、抱かれてほしいだなんて、急にそんなのむ――――」

 無理。と、云いそうになって、はつきは思いとどまった。嗚呼、そうか。これは私ひとりの意志で左右できるほど限定できないくらいに、大きな問題だったのよ。ここで私が断固反対して、条件を飲まなかった場合、樹梨さんに満月みつきさん、ゆかりさん、そして、こがねさんの命を危険に晒してしまうのを高めてしまう。そう、私ひとりでは、独断では決めてはならない。

 反らしていた目線をキティへと定めて、はつきは決意したことを告げた。赤褐色の瞳が、青緑色の瞳を見つめていく。

「…………解りました。条件は、のみます。ただし……、これから行う事は貴女の為ではありません。―――私の主の為です」

「そこまではっきりと云ってくれるなんて、感動を覚えてしまうわね。―――まあ、貴女の心が樹梨にあるわけがないってことは、最初から解っていたし……。―――私、知っていたんだ。はつきの心って、こがねの物でしょ?」

 キティのその微笑みの中に、はつきは痛ましさを見てしまったのだ。そうして、顔を近づけながら、はつきに囁きかけてゆく。

「じゃあ、交渉は成立したということね」

「んん……」

 キティの瑞々しい唇が、はつきの血色の良い唇に重なり、さらにその舌先で歯をこじ開けてゆき、舌を絡ませていった。




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