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校内侵蝕【R15指定版】〈第二部〉  作者: サンソン琢磨
12/23

“力”の成長


 1


 同日の夜十時過ぎ。

 放課後に空手部へと行くときに、下腹部を通り抜けてゆく感触を覚えた毒島零華ぶすじまれいかは、御手洗いにて“月のもの”のがきていたことを確認。同時に、何か不可解なまでの消耗感と疲労感に襲われてしまい、めまいを感じたのだ。そのあとに、頬を赤らめながらも、おずおずと恥ずかしげに出てきたところで、待っていていてくれた八爪目煉やつめれんから心配そうに声をかけられたすえに、今日は部活動を休むよう告げられたので零華はそれを承諾した。

 そして、帰宅した途端に膝から崩れ落ちそうになったところをれんから支えてもらいつつ、己の部屋へと連れていってもらい、現在は床に着いていた。実は、零華自身、このサイクルが来る度に異常な疲労感を覚えていたのだが、部活動は通常と変わらずおこなえていたのだ。が、今回ばかりはそれ以上の感覚がくるのを直感したのか、煉の言葉に従い、部活動を中止して休むことを先決したのである。もちろん、部員たちにそのむねを伝えていた。


 零華の部屋。

 八畳間で床に伏せている零華は、熱を持った顔な上に、小刻みに息を吐き続けていた。浮腫むくんでいるようすは無いが、顔は耳のあたりから四肢の末端まで真っ赤になって、その額に触れたときは四〇℃強のような熱さであった。胸元に耳を寄せてみるまでもなく、その傍らにいるだけでも、心臓の鼓動が大きくせわしなく激しく聞こえてくる。これは、弾けるか弾けないかギリギリの線を行き来していた。

 一応、熱冷ましの薬を飲ませて、赤々と染まった額と延髄と胸元にタオルにくるんだ保冷剤を巻きつけて更には、左右から扇風機という完璧な状態をしていたが、これも気休め程度であろうことは、煉は解っていた。しかし、ここまでしなければ、不安でたまらない。いつも煉と話すときの、見つめてくるその猫のような目は閉じられており、瞼を開けるのが辛そうだ。

 何と痛ましいのか。胸が苦しくなってくる。しかし、私はただ、零華の手をこうして握ることしか出来ない。こうして熱が治まってくれるまで、願いながら待つことしか出来ない。


 その時。

 零華の瞼が僅かに開かれて、煉の方へと顔を向けた。



 2


 場所は変わって、毒島邸の台所。看病していた煉は、「新しいお水と氷に変えてくるから、ちょっと待っててね」と零華に話しかけて持ち場を離れて、洗面器に新しい水を入れて、冷凍庫の氷を加えていた。その作業中に、女は先ほどの光景をよみがえらせて、下唇を噛みしめてゆく。

 開けられた、瞼の僅かな隙間から覗く、零華の充血を帯びて潤みきった瞳。いや、あれは、赤味がかって見えただけで、実は漆を塗ったかのごとく艶を放って真っ黒に変化していた眼だった可能性もある。生まれつき黒目勝ちな私の瞳よりも、異様なものであった。だが、あれは痛々しかった。こうして水や氷を交換しながら、安らぎを求めているのは私自身ではないのか。無力感を覚えつつも、洗面器の冷水にタオルを浸して、新しい保冷剤を冷凍庫から取り出したそのときに、窓際に人の気配を感じたので、とっさに顔を向けた。

 すると、その場にいたのは。

「お姉さ……麻実……!」

「やあ、煉」

 城麻実じょうあさみが、窓際の壁に預けていた背を離して、縁無し眼鏡を正した。今日は珍しく、麻実は腰まである天然パーマの黒髪を襟足で括っていたのだ。しかし、制服姿ということは、己の仕事をしていたというのだろう。「少しだけお邪魔させてもらうよ」と微笑みかけたのちに、すぐさま真顔となって話しかけてきた。

「零華は、大変な事になっているようだな」

「ええ。……急にあんなにまで弱まってしまうんだもの。私、どうしたらいいの……」

 いけない。麻実を前にして、私は信じられないほどに気弱になっている。だけれど、止められない。しかし、この状況はいったい何なのか。ここに訪れているというのは、目的があってに違いない。一旦、目を瞑り呼吸を数回して整えてゆくと、不思議と気持ちの揺れがおさまってきたようだ。だが、これも一時的なものであろう。

 ゆっくりと瞼を開けて、麻実へと首を回したところで、かまをかけてみた。

「麻実」

「なんだ」

「零華を討つのなら、今のうちにしなさい。彼女は今、極限なまでに弱っているわ」

「煉、お前……!?」

 その言葉に、一瞬、怪訝な顔を浮かべるも、それはすぐに穏やかになった。

「安心しろ。私は今日、そのようなことをしに来たわけじゃないんだ」

「じゃあ、何なの」安堵。

「いや……。零華が、私たちと樹梨と勝美たちに以前、堂々と敵対宣言をしたあの姿がな、まるで嘘だったかのような状態なんだ。―――それがどうして、ああなっている? あの“生き物”を受けた人間は、何かを失うのか?」

「……私にも、よくは解らないわ。けれども、以前、貴女たちを襲撃したときに、樹梨たちから倒された筈のかおるや蜜恵たちが回復した際にね、零華が「あの子たちが回復すると、私は強くなっていくのを感じるわ。―――いいえ。それは決して感覚だけじゃないの。戦いを終える度に、“生き物たち”の情報が私に伝わってきて、それと同時に細胞のひとつひとつが免疫力を増して強くなった事を知らせてくれるのよ」と、云っていたわ。―――だから今回、この現象と関係しているのかもしれないわね……」

「なるほど。―――しかし、あれはいったい“何が”原因であそこまで成ったの? あの弱まりは、異常だな」

「“月のもの”がきたのよ」

「なん、だと……!?」

 予想だにしなかった答えに、麻実は目を剥いた。いや、直感的には察知していたかもしれないが、これはあまりにもストレートすぎる。姉だった女の驚きをよそに、煉は言葉を繋げていく。

「零華は確実に強くなっていくかもしれないけれど、その代わり、“女という時期を迎える度に”大きな隙を生むほどに弱体化してしまうのではないかしら……」

「それは、お前たちも体験しているのか」

「いいえ。零華だけよ」

「信じられんな……」

 腕を組みながらのそのひと言は、呟き同然だった。


 数秒に渡る沈黙。

 これを打ち破るかのように、煉は静かに口を開いてきたのだ。

「そういえば、“松葉は達者かしら?”」

「何を今更。……“松葉は死んだ”じゃないか。紅葉と共に」

「そう。それは残念ね」

 こう微笑みを見せて、洗面器と保冷剤とを乗せたアルミメッキのトレイを持ったところで、煉は台所から足を運びながら「心配してくれて、ありがとう。お疲れ様」と労いを送り、零華のもとへと向かっていった。遠くなってゆく、敵でありながら我が唯一の肉親である女の背中に、麻実は笑みを浮かべた。



 3


 それから、約三時間が経ち。

 床に伏せていた零華の吐く息のペースも、だいぶん落ち着いてきて、顔と躰じゅうの赤味も治まってきたところ。手を握って煉の見守っているなか、零華がうっすらと瞼を開いた。

「……煉……」

「良かった……。喋れるまでに落ち着いたのね」

 大きな安堵とともに、煉は笑みをこぼした。それに呼応した零華が、首をゆっくりと回して、見つめていきながら声をかけてゆく。長時間、熱にやられていたその声は、掠れていた。

「ずっと……看ていてくれたの……?」

「ええ。でも時々、おば様も来られていたわ」

「……お母様が……」

 こう答えたときの女の顔は、心なしか嬉しそうであった。

 煉が、こういう場で伝えるのはどうかと迷ったものの、しかし、せっかく先ほど得た情報なので、意を決して伝えてゆく。

「零華、あのね」

「な……に……?」

「さっき麻実が来たの。“松葉は順調だ”そうよ」

 そして、この報告を耳に入れた直後。零華が口元を歪ませて、煉にはっきりとした微笑みを向けたのだ。




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