百合子と八千代
1
場所は再び公園へと戻り。
「云い返すことがおできにならないとは、やはり“あの程度の噛ませ”に苦戦を強いられていらしたのね。八千代さん」
相変わらず中村百合子は余裕の口調と笑みで、悔しそうな顔を浮かべている八千代に言葉をつなげてゆく。
「本当に理解できませんわ。そのように貧弱な貴女が、あの珠江さんに口縄さんから買い被られているなんて」
「あの二人に接触したのね。―――期待通りで悪いけれども、アタシは、龍と珠江にかかって行って勝てなかったわ」
「……でしょうね」
侮蔑の笑みを顕著に浮かべたのちに、たちまち歯を剥き出して怒りを抑えこむ顔に一変した。
「しかし、その程度の貴女が……。どうしてその程度の貴女が、あのお二人はおろか、零華にまで……。許せない……!」
「ちちちょっと、それは、貴女の勘違いじゃない? 百合子さん」
「勘違い? 勘違い? この、わたくしが……?―――事実、零華は貴女を八千代さんを傍におきたがっているのよ。何故、わたくしでなくて、よりによって八千代さんなの!? 零華の傍に相応しいのは、このわたくしにおいて他に考えられませんわ」
「な、なにか見たの?」
日本人形のような美しさを持ったこの女のただならぬ気迫に、八千代は圧倒され気味になっていた。その質問を受けた百合子が、熱くなっていたものを抑えて、歩きながら静かに語り出していく。
「――――って。わたくしが、そこまで“何でもかんでも”貴女に喋ると思って? そこから先は、御自身で確かめになられたら如何」
それは途端に嘲りを生み、絶対的な対立を宣言した。八千代の目の前まできてのひと言。
「わたくしたちは、敵同士。もう、決して相容れる関係ではありませんわ」
「……貴女って……!」
その言葉に、八千代が顔を“しかめた”とき。後ろから陽気なひと言を聞いた。
「百合子の云う通り。―――まあ、そういうことなのよね。あたしたちは敵同士」
「ごめんなさいね。そういうことだから、八千代さん」
これに続いて、鈴の鳴るような声も。
背後に首を回した八千代は、息を飲んでいく。
―アタシと真也の二人に、あちら側は四人。……今やり合ったとして、勝てるかしら……。―――畜生。百合子さんを前にして、脚が震えているなんて……!――
拳を強く握ってゆく姿に、真也は気づいて、百合子の前に立った。よく見ると真也の顔には、いくつかの痣がある。
「さっきから黙って聞いていれば、まあー、随分、一方的に好き勝手に云ってくれるじゃない」
「あら、真也さん。それは違いますわ。―――わたくしは必要な分だけ云っていますのよ」
「……まあ、いいや。―――今回、貴女のその堂々とした裏切り行為。眞輝神さんと黒部さんに報告しといてやるから、今日はこの場からとっとと失せろ」
そのひと言を受けた百合子は、一瞬、真顔になるも、すぐさま微笑を浮かべて、軽く握った片方の拳を腰に乗せた。
「んふふふ。ま さ か。満身創痍とまではいかなくとも、万全でない状態の貴女がたお二人を、このわたくしたちが見過ごすと思って?」
最後は語尾を露骨に上げて、そのまま帰す気などないですわ、と述べた。そして、真也が舌打ちをして、百合子は構えをとっていく。と、そのような矢先。二人の肩に、ポンと優しく手を置かれた。
「まーまー、お三方。クールダウン、クールダウン。―――今回はそこの痣だらけの二人に免じて、特別に見逃してあげようよ。ね、百合子」
「舞子さんったら……!―――解りました。今回“だけ”見逃してあげましょう。例え、致命的な傷を一時的に負ってまで勝ったその後も、此処まで駆けつけて来られただけでも褒めてあげますわ」
一度は舞子を見上げるも、再び八千代と真也に視線を合わせて、自信たっぷりにこう語っていった。
2
「やっと話しが着いたようね」
そう怒りを含ませた声とともに、長い黒髪の女が、植樹の林から姿を現した。黒く大きな瞳はキリッとしており、卵型の輪郭の中にある顔は整っていたこの女は、瀬川歌子。私立聖マリアンナ女学院高等部三年生、十八歳。以前、吹風紅葉と涼風松葉の葬儀に参列して、港町の喫茶店で他の皆と集まっていたうちのひとりである。
女は、八千代と真也のそばまでくると、中村百合子の前に立って相手を見つめた。しかし、その眼差しは厳しいもの。
「百合ちゃん。貴女が日頃から零華さんに抱いていた想いは、とっくの昔に気づいていたわ」
「そう、ですの」
「アタシね。貴女は、そんな感情を持っていながらも、ある程度の分別はつける子だと思っていたのだけれど、それももうぶち壊しだわ」
「でしょう、ね」
「そして、こうなってしまってしまった結果には、アタシの“甘さ”もある。だから――――」
後ろの女二人を制しながら、下唇を噛みしめたのちに歌子は言葉を繋げていく。
「……だから、今回は“アタシの顔に免じて、逃げられた事にしといてやる”から、さっさと此処から出て行きなさい。―――その後に、貴女とケリをつける。それまで首を洗って待ってなさいよ」
「そうですの。……それは楽しみにお待ちしていますわ。歌子さん」
「ええ、そうしておいて。その間にも、寝首をかかれないように用心しとくのよ」
「ご忠告、感謝いたしますわ」
こう微笑みを見せたのちに、百合子は八千代たちの横を通り過ぎていき、幼い時分から己につかえている三人の女に「舞子さん、香津美さん、美姫さん。帰りましょう」と促して、公園から出ていった。