第九話『主ある花』
「おお……」
花びらの壁とでも言うべき光景に、天平が感嘆の声をもらす。
「無事?」
そこに純礼が現れる。
「おかげさまで。助かったよ」
「どういう状況?」
自分の憑霊の力に襲われていた天平に、純礼がもっともな質問をぶつける。
「あの禍霊、目からビームを放つんだけど、それに当たると制御権を奪われるんだよ」
「なるほど。その能力で事件を起こしていたわけね」
純礼はそう言って、禍霊に向き直る。
一方の禍霊は、突然現れた純礼を警戒している。
「私がやるわ。貴方は下がっていて」
「いや、俺も……」
「球体をすべて奪われているのになにか出来るの?」
「う……」
自分も戦うと言いたい天平だが、痛いところを突かれ引き下がる。
「ギィッ!」
禍霊が球体を純礼に飛ばす。
純礼は花びらを飛ばし迎撃するが、球体の放つ熱に焼け落ちてゆく。
「やっぱり相性が悪いわ」
そう言いながら、さらに大量の花びらを放つ。
焼け落ちるそばから新たな花びらが球体にぶつかり、少しずつ押し返す。
「アイハブコントロォォォォォル!」
大量の花びらに、禍霊が目から光線を放つ。
「能力言ったのに!」
「ギッギッギッ!」
天平が叫び、禍霊は笑う。
禍霊は球体を止め、制御権を奪った大量の花びらで純礼を攻撃しようとする。
しかし、
「ギィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
花びらは禍霊に向かってゆき、ズタズタに切り裂いた。
「え!? なんで!?」
それを見た天平は目を見開いて驚く。
確かに今、禍霊の光線を浴びて純礼は花びらの制御権を失ったはずだった。
「寄処禍と憑霊は縁穢で結ばれているのよ。制御権なんてそう簡単に奪われないわよ」
「ええ!? 俺の明星は思いっきり奪われてるけど!」
天平が未だに自分の元へ戻ってこない球体たちを指さして主張する。
「それは貴方が寄処禍としてまだまだ未熟だからよ」
純礼が視線もよこさずに言う。
そう言われては、天平には反論のしようがない。
「アイハブコントロォォォォォル!」
禍霊が再び光線を放つ。
狙いは花びらではなく、純礼自身。
「まぁ、そうくるわよね」
純礼は軽快な動きでそれをかわす。
しかし、光線の先に球体がある。
「気をつけて! 球体で光線を曲げてくるよ!」
天平が警告を送ってすぐ、彼の言った通りに、光線は球体を中継して純礼のいる方向へとねじ曲がる。
それに対して、純礼は花びらをぶつけ冷静に対処する。
「アイハブコントロォォォォォォォォォォォォォォォル!」
禍霊は光線を連発。
それらを球体をフルに使いあらゆる方向へとねじ曲げる。
「うおおおおおおおおおっ!?」
自分の方へ向かってくる光線を天平はギリギリで回避。
「くっ!」
より多くの光線に晒されている純礼も、花びらを利用しながらなんとか防ぐ。
「曲げてくるのは厄介ね。制御権取り戻せないの?」
「……ごめん! 無理っぽい!」
純礼に言われ、制御権を取り戻そうと意識を集中させる天平だが、再び光線が飛んできたため即座に諦める。
純礼はため息をつき、禍霊を睨む。
「さっさと本体をやるしかないわね」
純礼は禍霊に花びらを放つ。
結構なダメージを追っている禍霊は動きは鈍くなっているが、鋭い爪を振り回し、花びらを切り裂く。
「爪が邪魔ね」
そう言いながら、純礼は切り裂かれて舞う花びらに手をかざす。
「"臈闌花・感電若"」
舞う花びらが収束し花冠になる。
そしてそこから大量の花粉が放出される。
それが禍霊に触れた途端、禍霊の動きが麻痺する。
「ギッ!? ギィッ……ギッ……!」
身体の自由が効かなくなったことに戸惑う禍霊。
腕や足を動かそうとするが、ぷるぷる震えるだけで動かない。
「"臈闌花・刳為咲"」
純礼による立て続けの抖擻発動。
掌に収束させた花びらのドリルを構え、素早く禍霊へと距離を詰める。
禍霊は避けようとするが、身体が思うように動かない。
「ギァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
ドリルで腹を貫かれ、大量の血が噴き出す。
禍霊は膝から崩れ落ち、打ち伏せる。
「おっ?」
その瞬間、球体が天平の元へ戻って来る。
「制御権が戻ったようね」
純礼が禍霊から天平に視線を移して言う。
その瞬間、
「ギィアッ!」
禍霊が素早く起き上がり、爪を振り上げる。
純礼はドリルで迎撃をしようとする。
だが、
「"明星・射光"」
それより早く、天平が抖擻発動のレーザービームで禍霊の脳天を撃ち抜いた。
「ギッ……アッ……」
脳天を撃ち抜かれた禍霊は消滅。
祓除が完了した。
「油断大敵だよ純礼ちゃん」
銃の構えをしたままで、ドヤ顔で言う天平。
「驚いた。もう抖擻発動を習得したの?」
ドヤ顔はスルーして、抖擻発動に驚く純礼。
「まぁね。俺ってやっぱ天才なのかも」
「天才は憑霊の制御権を奪われたりしないわ」
「…………」
ドヤ顔から一気に萎えた表情になる天平。
「ま、まぁ。一件落着ってことで。戻ろう!」
天平はそう言って、両手を叩く。
すると二人は、現世の竹下通りに戻る。
通りには相変わらずの人混みと、数人の警察官がいた。
「そういえば俺、店内で禍仕分手使ったんだけど、監視カメラとかに消える瞬間映ってるかも」
事件の起きたカフェに警察官が入っていくのを見て、天平が心配そうに言う。
「拝揖院には、任務の事後処理を行ってくれる部署があるから問題ないわ」
純礼はそう言って、スマホを取り出し電話をかける。
相手は拝揖院の職員で、任務が終了したことを伝えた。
「私たちの仕事はこれで終わりよ。帰りましょう」
純礼はスマホをしまい歩き出す。
天平もそれに続くが、クレープ屋が目に入り立ち止まる。
「純礼ちゃん。クレープ食べない?」
「クレープ?」
「うん。食べるでしょ? 買ってくるよ!」
天平はそう言ってクレープ屋に引き寄せられるように歩いて行った。
「もう……」
純礼はため息を吐いて人混みから外れた場所で天平を待つ。
そこに二人の男がやって来る。
「君ひとり?」
「ビジュ強すぎじゃない? モデルとかやってる?」
いかにも軽薄そうな若い男二人。
明らかなナンパで、純礼は再びため息を吐き顔を背ける。
「いや無視?」
「お茶しようよ〜。もち奢るよ」
しつこく言い寄る男たち。
やがて一人のほうが、純礼の腕を掴もうと手を伸ばす。
「フホォッープ!」
それを天平が止める。
左手にクレープを持ち、右手で男の腕を掴む。
「は? 誰?」
「はれふぃれふ」
「はぁ?」
もう一つのクレープを口に咥えているため上手く喋れない天平。
そんな彼に男二人は不快感を示し、腕を振り払う。
「なんふぁはやめへくらふぁい」
「なんだこいつ」
「もう良いや。行こうぜ」
右手が空いたにも関わらず、クレープを咥えたままの天平を奇異な目で見ながら、男二人は去っていく。
「自分で追い払えたのに」
「そうだろうけど、偽装カップルとはいえ一応彼氏だから」
そう言いながら、天平は左手に持っていたクレープを純礼に渡す。
「カップルで思い出したんだけど、菅原に今週の日曜ダブルデートしないかって誘われてるんだよ」
「ダブルデート?」
「俺たちと菅原と相川さんでね」
「あの二人付き合ってたの」
「いや、良い感じってだけらしいよ。それを進展させたいんだってさ」
純礼はクレープを一口食べて考え込む。
「嫌なら俺から断っておくよ。俺が用事出来て無理ってことにしておくから」
「いえ、構わないわ」
「え? マジで?」
「ええ。たまには気分転換もしなきゃね。もちろん任務が入らなければだけど」
「それは分かってる。じゃあ菅原にそう伝えとくよ」
まさかのダブルデート受諾にやや面食らう天平。
純礼は気にせずクレープを食べ進める。
「それじゃ帰ろっか」
そう言って歩き出そうとする天平だが、
「歩きながら食べるのは行儀が悪いわ。食べ終わってからにしましょう」
「あ、はい」
純礼にそう言われ、直立してクレープを食べ始めた。