第七話『必殺技』
渋谷区・原宿竹下通り。
ファッションブティックやカフェ、ファストフード店など様々な店が軒を連ね、制服姿の学生や外国人観光客などでごった返しているこの場所にソレはいた。
「ギッギッギッ!」
単眼に大きな口、両手両足に鋭い爪を備えた毛むくじゃらの身体。
やたらと背の高い猿のようなその禍霊は、まるでウィンドウショッピングでもしているかのように、行き交う人々を物色している。
やがて一人の男性に単眼を向ける。
そして、
「アイハブコントロォォォル!」
眼から光線を放った。
「ん?」
光線を浴びた男性の動きが止まる。
次の瞬間には身体が自分の意志とは無関係に動き出し、すぐそばにいた見ず知らずの男性を殴りつけた。
突然の出来事に周囲は騒然となる。
殴りつけた男は倒れ込んだ相手にそのまま跨りマウントポジションをとって、さらに殴り続ける。
「身体が……! 身体が勝手に!」
男は自分の意志でやっているわけではないと主張しながら暴行を続ける。
「誰か、誰か止めてくれぇぇぇぇぇ!」
男が涙ながらに叫ぶが、周囲の人間たちはそれをよそにスマホで暴行の光景を動画に撮っている。
「ギッギッギッギッギッギッギッギッ!」
それを見て、禍霊は笑い転げていた。
☆
「はい。お弁当」
「おおっ!」
昼休みの青鶯高校。
天平と純礼は昨日と同じように中庭のベンチにいた。
純礼から渡された弁当を、天平は恭しく受け取り、蓋を開ける。
メニューは白胡麻の振られた白米、鮭の塩焼き、ウインナー、だし巻き卵、ほうれん草の胡麻和え。
「幕の内弁当みたい!」
天平はそう言って、早速食べ始める。
「鮭の焼き加減最高だね。だし巻き卵も程よい甘さがあるよ。それに……」
「下手くそな食レポやめてくれる?」
「あっ、ハイ。最高に美味しいです!」
「口に合ったなら良かったわ。量は足りる? 男の子がどれくらい食べるのか分からなくて」
「ばっちりだよ!」
天平は完食し、親指を立てる。
少し遅れて純礼も食べ終わると、ベンチから立ち上がり中庭の中央へと歩く。
「それじゃあ今日も特訓しましょうか」
「おす!」
純礼が禍仕分手を発動し、二人は間世に移動する。
「昨日の続きよ。一撃当ててみなさい」
純礼が指をクイクイと動かす。
昨日の昼休みは結局、一撃も与えることは出来なかったのだ。
「当てられたら、次の段階を教えてあげる」
「よ〜し」
天平は片膝屈伸をして、戦闘態勢に入る。
そこから球体を純礼に飛ばす。
「速度はだいぶ上がったわね」
純礼の言う通り、球体の速度は昨日とは比べ物にならないくらい速くなっている。
「でもまだまだよ」
それでも純礼には当たらない。
軽やかな動きでひらひらとかわす。
「なんの!」
天平は純礼がかわした直後の球体と位置を交換して背後を取る。
そしてそのまま掌底打ちを放つ。
しかし純礼は素早く反応。
手首を掴み、そのまま投げ飛ばす。
「うわあっ!」
校舎の壁に激突しそうになる天平だが、ギリギリで球体との位置交換で回避した。
「今のは良いわ」
「どうもぉ」
今度は球体と同時に突っ込む天平。
そのまま位置交換能力を発動。
まるで自分と球体をシャッフルするかのように連続で位置交換をし続ける。
純礼は動きを見極め、先程と同じように掌底打ちを放とうとする天平の手首を、これまた同じように掴もうとする。
しかし、球体との高速シャッフルに翻弄され、手を出すタイミングを誤った。
──とった!
純礼が手を出したタイミングで背後を取った天平。
掌底打ちが決まるのを心の中で確信する。
「"臈闌花"」
「うおっ!」
しかし、純礼が憑霊術を発動したことによって防がれる。
発生した猛烈な花吹雪に押しのけられたのだ。
「まだまだぁ!」
「っ!?」
しかし天平は瞬時に純礼の背後にある球体と位置を交換。
そして慣性そのままに純礼に体当たりをくらわせた。
膝をつく純礼と、倒れ込む天平。
「や、やった……!」
「やるじゃない」
ようやく一撃当てることに成功した天平。
純礼が手を差し伸べ、それを掴み立ち上がる。
「それじゃあ、次は"抖擻発動"について教えてあげる」
「とそーはつどう?」
頭にはてなを浮かべる天平をよそに、純礼は右手を猫の手に構える。
「"臈闌花・刳為咲"」
純礼がそう言うと、花びらが右手の掌に収束。
細長い円錐のような形になり、凄まじい速度で回転を始めた。
「うおっ」
「これが抖擻発動。言の葉に合わせて発動する、謂わば必殺技ね」
「必殺技! かっこいい!」
「古来から日本には言霊と云う概念があるわよね。言葉に霊が宿り、その霊が働きかけることで言葉に表すことを実現するという考えが。抖擻発動はその考えを元にしてるわ」
「名前が大切ってことだね」
「それだけじゃないけどね」
「俺もやりたい! どうやるの?」
「まずは、どういう技にするかイメージする必要があるわ」
「どういう技か……」
純礼に言われ、天平は自身の両手を見る。
うんうん唸っていると、純礼のスマホが昼休み終了五分前を告げるアラームを鳴らした。
「今日はここまでね。教室に戻りましょう」
☆
「う〜ん」
教室の自分の席で相変わらずうんうん唸る天平。
現在は五時間目の授業中だが、担当教師が不在のため自習になっている。
天平のクラスは真面目な生徒が多いのか、席を離れたり、大声でお喋りをしている者はいない。
ちゃんと自習をしているかスマホをいじっているか、席が近くの者と小さな声で喋っているかだ。
そんな中で天平はノートを広げ、シャープペンを握っていた。
といっても、勉強をしているわけではなかった。
──どういう技が良いかなぁ……
彼は自身の抖擻発動についてのアイデアを練っていた。
ノートにはよく分からない絵が描かれている。
──純礼ちゃんのは花びらのドリルみたいでかっこよかったよなぁ〜。俺もかっこいいのにしたいよなぁ。
純礼の抖擻発動を思い出しながら、ぼんやりとアイデアを考えながら、無軌道にペンを走らせる。
──いまいち良いのが思いつかないな。先に名前から決めるか? そしたら良いアイデア浮かぶかも。
天平はスマホを取り出す。
──星……光……なんかそんな感じの名前が良いよな。
スマホに適当な文字を打ち込み、何か自分の抖擻発動に相応しい言葉がないか探す。
その時、背中をちょんちょんとつつかれた。
「ん?」
天平が振り返ると、後ろの席の菅原が口元に手を添え耳打ちをしてくる。
「今週の日曜、暇か?」
「日曜? なんとも言えないな」
「なんだよそれ?」
要領を得ない天平の回答に、菅原が眉をひそめる。
しかし天平としてはそう答える他ない。
禍対の仕事がある可能性があるのだ。
「遊びの誘い?」
「まぁ、そうなんだけど。あのさ……」
菅原が声の大きさをさらに一段落とす。
「ダブルデートしねえ? お前と早蕨さんと、俺と紗季」
「ダブルデートぉ?」
菅原からのまさかの言葉に、今度は天平が眉をひそめる。
「紗季って、相川さんのことか? 付き合ってたの?」
天平はそう言って、クラスメイトの相川 紗季に視線をやる。
明るく人当たりの良い少女で、天平も何回か会話をしたことはある。
「いやまだ。良い感じではある。もっと進展させたいんだけど、二人で遊びに行くのはハードル高いからさ」
「ダブルデートもハードル高いだろ。なんで俺たちなんだよ?」
「紗季がさ、早蕨さんと仲良くしたいけど話しかけづらいって言っててさ。橋渡しになって好感度を稼ぎたい」
「だからって……」
「無理か?」
「俺は別に良いけど、向こうがなんて言うか……」
「説得してくれ」
「ええ……」
「頼む。俺の青春がかかってるんだよ」
両手を合わせて言う菅原。
天平はため息をつきながら、純礼に視線をやる。
彼女は真面目に自習をしている。
「まぁ、聞いてはみるよ」
「帚木! サンキュー!」
菅原が天平の背中をバシッと叩く。
天平はもう一度、大きなため息をついた。