第四話『変わる日常』
翌日。
天平は眠たい目を擦りながら登校していた。
昨日はあの後、タクシーで家に帰ったのだが、その時点で日付が変わっていた。
そこからシャワーを浴びてすぐベッドに入ったが、中々寝つけず睡眠不足というわけだ。
「おはようございます」
「おはざーす……」
挨拶運動をしている生徒に気の抜けた挨拶を返しながら校門をくぐる。
都立青鶯高校。
これといった特徴のない普通の高校で、天平は家から近いという理由だけでこの学校に進学を決めた。
支度が遅れいつもより遅く家を出たため、教室に着いた瞬間に予鈴が鳴った。
しばらくして担任の教師がやってきて朝のホームルームを行う。
ホームルームが終わり一時間目が始まるまでの時間、天平は机に突っ伏す。
こんな短時間に眠ることは出来ないが、せめて少しの間目を閉じて過ごし、眠気を誤魔化そうという考えだ。
「帚木くん」
「ん?」
机に突っ伏している天平に、頭上から声がかかる。
顔をあげると、そこには純礼。
「早蕨さん? どうしたの?」
「今日のお昼、一緒に食べましょう。お昼休み、中庭に来てくれる?」
「えっ」
純礼のその言葉に教室がざわつく。
「早蕨さんが男子に自分から話しかけた!?」
「お昼一緒にって言ってた!?」
「どういう関係!?」
学校のマドンナ的存在となっている純礼が男子に昼食をともにしようと声をかける。
しかも相手は特に目立つわけでもない男子。
まさかの出来事にクラス中の注目が集まる。
「おい帚木! お前、早蕨さんとどういう関係なんだよ?」
天平の後ろの席の男子が小声で声をかける。
菅原 桔平。
クラスのムードメーカー的存在で、天平ともそれなりに仲がいい男子生徒だ。
「ええっと……」
昨日の出来事を話すわけにもいかないため言い淀む天平。
それを見た純礼がさらなる爆弾を投下する。
「私たち、付き合っているの」
瞬間、教室内が静寂に包まれた後、「ええええ!?」という声が響き渡った。
「ちょ! 早蕨さん来て!」
たまらず天平は純礼の腕を引っ張り、教室の外へと連れ出す。
「どういうつもり!?」
階段の踊り場まで行って、純礼を問い詰める。
「これから行動を一緒にすることが多くなるから、そういうことにしておこうと思って。偽装カップルというやつよ」
「いや、普通に友達とかで良いんじゃ」
「恋人のほうが都合が良いと思うわ」
「そうかなぁ!?」
「そうよ。とにかく昼休み、忘れずに来てね」
純礼はそう言って、まだ納得がいっていない天平を置いて教室に帰っていった。
☆
昼休み。
純礼は中庭のベンチに座って、自分で作った弁当を食べている。
そこに、フラフラとした足取りで天平がやって来た。
「遅かったじゃない」
「あなたのせいですけどね……」
「? どういう意味?」
「早蕨さんと俺が付き合ってるって話、あっという間に学校中に広まってて、購買に行く途中色んな人から声かけられてさ。おかけであんパン一個しか変えなかったよ……」
げっそりとした顔で、買ってきたあんパンを純礼に見せる天平。
そのまま純礼の隣に座り、あんパンを食べ始める。
「昼飯に甘いのって好きじゃないんだよな……。コロッケパンか焼きそばパンが良かった」
ぶつぶつ言いながら、あんパンを食べる天平。
純礼はそれを箸を止めてジッと見ている。
「昼食はいつも購買のパン?」
「普段はコンビニで弁当買うよ。今日は寄る時間なくて」
「私がお弁当作ってきてあげましょうか?」
「うえっ!?」
天平が驚いて純礼を見る。
「そんな悪いよ。朝大変でしょ」
「一人分も二人分も大して変わらないわ。それにそっちのほうがカップル感でるでしょう」
「別にださなくてもいいと思うけど……」
「……そう。いらないと言うなら別に良いけど」
「えっ!? いや欲しい! 早蕨さんの手作り弁当食べたいです!」
「なら最初から素直にそう言いなさい」
──女子から手作り弁当作ってきてもらえるなんて。まさか俺の人生にこんなイベントが起きるとは。
小学校でも中学校でも女子との接点など殆どなく、キラキラした青春とは無縁だった天平。
それが、学校中の男子の憧れの存在である女子に手作り弁当を作ってきてもらえることになったのだ。
その喜びは当然だが、彼はすぐに冷静になる。
──いや、まぁ早蕨さんからすれば偽装カップルやるための小道具みたいなもんだろうけどね? 勘違いすんなよ俺!
「ああ、それと。これからはお互い名前で呼び合いましょう」
「名前で?」
「ええ。純礼と呼んで。私は天平くんと呼ぶわ」
「呼び捨てはちょっと……。純礼ちゃんじゃダメ?」
「……構わないわ」
少し考えた後でそう言って、純礼は黙々と弁当を食べる。
天平もあんパンを平らげる。
「それで、何で呼び出したの? その話するためだけ?」
純礼が弁当を食べ終わるタイミングを見計らって、天平が切り出す。
「まさか。試用期間中、貴方は私の仕事に同行してもらうことになるわけだけど、足を引っ張られても困るから鍛えてあげようと思って」
「な、なるほど。お手柔らかにお願いします……」
「禍仕分手」
純礼が禍仕分手を発動し、二人は瞬時に間世に移動する。
夕暮れに染まった校舎の中庭。
その中央で天平と純礼は向き合う。
「臈闌花」
「明星」
まず純礼が、少し遅れて天平が憑霊術を発動。
天平の周囲には光り輝く五つの球体が、純礼の周囲には色鮮やかな花びらが出現する。
「まずは、そうね。私に一撃当ててみなさい」
「え?」
「本気で来なさい」
指をクイクイと動かす純礼。
天平は戸惑うが、純礼は指をクイクイと動かし続ける。
「ああ、もう、分かったよ!」
昨日やったように自分と球体が糸で繋がっているイメージをして動かす。
緩やかなスピードで純礼に向かうそれは、簡単に避けられてしまう。
「そんな速度の攻撃、当たるほうが難しいわね」
「ぐぬぬっ」
今度は五つすべてを純礼に向けて放つが、これもすべて簡単にかわされる。
「数の問題じゃないわ。スピードよ」
「そう言われても……」
「隊長に教わった通りの動かし方をしてるでしょう?」
「え? そりゃそうだよ」
「あれは、あくまでチュートリアルよ。実戦ではそのやり方じゃ今みたいに使い物にならないわ」
純礼が腰に手を当てる。
スカートからすらりと伸びる長く白い足が強調され、天平の視線が一瞬そっちに向く。
「聞いてるの?」
「はいもちろん!」
慌てて視線を戻し、ついでに姿勢も正す。
そんな天平を見て、訝しげな表情をしながら純礼は話を続ける。
「こんな数の花びらを、いちいち糸で繋がってるイメージなんかしながら動かせると思う?」
「いやぁ無理っすね」
純礼の周囲に舞っている、数えるのも億劫になる量の花びらを見ながら天平は答える。
「そうよね。だから最終的にはそんなイメージなんか無しで動かせるようにならなきゃ駄目。実戦ではとても使えないわ」
「どうすれば出来るようになるの」
「ひたすら特訓あるのみね」
「マジかぁ……」
☆
昼休みが終わり、天平と純礼は一緒に教室に帰る。
結局あの後、時間いっぱい特訓を続けていた。
二人が教室に入ると、それまで騒がしかった教室が静まり返り、クラスメイトたちの視線が集まる。
「ん?」
天平は面食らって立ち止まるが、純礼は気にした素振りもなくスタスタと自分の席に戻っていく。
天平も少し遅れて自分の席に戻り、後ろの席の菅原に声をかける。
「なんか変な雰囲気になったけどなに?」
「なにってそりゃお前、マジでこの二人付き合ってんだぁ、って感じだろ」
「ああ、そういう……」
「しかしお前と早蕨さんがなぁ。お前から告ったのか? つかいつから付き合ってんの?」
「え? あ、次の授業の準備しないと……」
「おいシカトすんな!」
天平は前を向き、わざとらしい動きで教科書を取り出す。
──偽装カップルやってくなら、色々設定詰めとかないとな……。