第二話『INSTRUCTION』
「どこだ? ここ……」
天平が目を覚ました場所は打放しコンクリートの部屋。
上半身裸で椅子に座らされており、背もたれに鎖で雁字搦めにされている。
「目が覚めた?」
「早蕨さん……」
声のした方向にいたのは純礼。
彼女も同じように椅子に座っている。
当然、縛られてはいない。
スマホを取り出し、何やら文字を打ち込んでいる。
「これ、どういう状況? 」
天平の問いかけには答えず、椅子から立ち上がる純礼。
「あの……」
椅子を部屋の隅に片付ける純礼を見ながら遠慮がちに声をかける天平だが、返事はない。
「無視……?」
言いながら部屋を見渡す。
殺風景な打放しコンクリートの部屋は冷え冷えとしている。
窓は無く、扉が一つだけ。
その扉がゆっくりと開いた。
「目ぇ覚めたか。気分はどうだ?」
現れたのはスーツを着た長身の男。
つやのある黒髪に切れ長の目。
非常に整った容姿をしており、俳優かモデルのようだと天平は思った。
「えっと、状況がまったく分からないです」
「そりゃそうだろうな」
男は苦笑し、天平の前に立つ。
「名前は?」
「……帚木天平です」
「ここに来る前の記憶はあるか?」
「えっと、化物に襲われて気を失って、気づいたらなんか腹に凄い痛みがあって、また気を失ったってかんじです」
「特に異常はなさそうだな。外してやれ」
男がそう言うと、純礼が天平を縛っている鎖を外す。
「あれ? 傷が無い?」
自由の身になった天平は胸を擦りながら言う。
彼の言う通り、鉈で斬りつけられた際に出来た筈の傷が存在しない。
さらに彼の記憶にはないが、純礼によって抉られた右腕と、貫かれた腹部の傷もない。
「そりゃ治してもらったからな」
純礼が隅に片付けた椅子を持ってきて、座りながら男が言う。
「え? 俺、どのくらい気を失ってたんですか?」
「一時間くらいじゃねえか?」
「ええ!?」
天平が驚きの声をあげる。
気絶している間に手術でも受けたのかと思っていた天平だが、そんな短時間で手術が終わるとは思えないし、仮に終わったとしてもこんな綺麗に傷痕が消えているわけがない。
「まぁ色々聞きたいことはあるだろうが、まずは自己紹介するぜ。俺は高嶺 喬示。拝揖院禍霊対策局の第二部隊隊長。純礼の直属の上司だ」
「は、はいゆーいん? かりょーたいさくきょく?」
聞き慣れない言葉に分かりやすく戸惑う天平。
「隊長。順を追って説明しないと分かりませんよ」
「ああ〜、そうだな。まずお前が襲われたのは禍霊と呼ばれる死者の霊だ。恨みや未練を抱えて成仏できない霊の成れの果て。世間一般じゃ怨霊とか悪霊って呼ばれてるやつだ。そんで、その禍霊を祓うための組織が拝揖院。禍霊対策局は実動部隊だな。ちなみに今いるここは拝揖院本部の地下だ」
「そんなのが存在してたなんて……」
「まぁ、世間一般には秘匿されてるからな」
「じゃあ、高嶺さんや早蕨さんは霊能者ってことですか?」
「そうだな。霊能者の中にも色々いて俺らは"寄処禍"っつう、有り体にいえば禍霊に取り憑かれてる人間だ」
「取り憑かれてる?」
天平が目を見開く。
「ああ。そして寄処禍は自分に取り憑いてる禍霊の力を引き出して扱うことが出来る。お前の傷を治してくれたのも寄処禍だ。このことから分かるように、主導権は寄処禍の方にある。だから、お前みたいに暴走するなんてことはあり得ないんだよ」
「俺も寄処禍なんですか!?」
「純礼の報告を聞く限りそうだが」
そこで喬示が純礼を見る。
「間違いありません。禍仕分手で移動していましたし、忌名を呼んでいましたから」
純礼がきっぱりと言い切る。
天平には純礼の言っている言葉の意味も、なぜそれが天平が寄処禍であるという根拠になるのかも何も分からない。
一方の喬示は頷いて、天平に向き直る。
「でも俺、今まで生きてきて禍霊なんてものが見えたことありませんよ」
「寄処禍として覚醒するまで禍霊が見えてなかったって奴は、珍しいがいないわけじゃない。お前が普通と違うのはそこじゃない。寄処禍ってのは産まれた時点で禍霊に取り憑かれてんだよ。そこから遅くても十二、三歳くらいには覚醒する。お前いくつだ?」
「十五歳です」
「だよな。その時点で結構なイレギュラーだ。それはまだ良いにしても、覚醒の際に暴走するのはあり得ない。寄処禍に取り憑いてる禍霊、憑霊と呼ぶんだが、そいつらには自我なんて無いからな」
「じゃあ俺はなんなんですか?」
「さぁ? 分かんね」
「ええ……」
頭の後ろで手を組み、背もたれに寄りかかりながら言う喬示。
「一回、発動してみろ」
「え?」
「憑霊の力を使うのを憑霊術って言うんだよ。それを発動してみろ」
「どうやるんですか?」
「禍霊には忌名というそれぞれの名前がある。それを呼ぶんだ。さっき一回呼んだんだろ?」
そう言われて、先程マスクの憑霊に襲われた際に叫んだ名前を思い出す。
「大丈夫ですかね? また暴走したり」
「俺が抑えてやるから大丈夫だ。心配すんな」
喬示に言われて、天平は決心したように椅子から立ち上がる。
深呼吸をして、静かに自身の憑霊の名前を呼ぶ。
「"明星"」
光り輝く五つの球体が、天平を取り囲むように出現。
球体は勝手に動き回るようなことはなく静止しており、天平にも特に異常は無い。
「大丈夫そうだな。初期不良とかだったんじゃねえか」
「そんな電子機器じゃないんですから」
軽い調子で言う喬示に、純礼が呆れたようにツッコむ。
「球体を動かしてみろ」
喬示に言われ、天平は自分を取り囲む球体たちに動け動けと念じる。
しかし五つある球体の一つたりともピクリとも動かない。
「ただ念じるだけじゃあ駄目だぜ」
そんな天平の様子を見て喬示が言う。
「寄処禍と憑霊は縁穢と呼ばれる霊的な繋がりで結ばれてる。その球体たちと自分が糸で繋がれてるとイメージしろ」
天平は言われた通り球体と自分が糸で繋がれている光景をイメージする。
「憑霊術で重要なのは想像力だ。繋がってるその糸はピンと張ってるか?」
「はい」
「だから動かない。糸がよれるイメージをしろ」
再び言われた通りにイメージをする。
ピンと張っている糸がよれて、それによって糸の先にある球体が動くイメージを。
「うわっ!」
すると、五つの球体がすべて大きく動いた。
そのうち二つが天平の身体に当たるが、不思議と痛みは無い。
「自分の憑霊の力で自分がダメージを喰らうことはねえ」
不思議そうな顔をしている天平に喬示が言う。
「次は能力を使ってみろ」
「能力?」
「貴方の明星は、貴方と球体の位置を入れ替える能力を持ってるわ。暴走している時に使っていたの」
「そんな能力があるんだ」
純礼に言われ、天平は再び糸をイメージする。
──位置を入れ替えるって何をどうイメージするんだ? こうか?
天平は球体の一つと自分を繋ぐ糸がねじれて絡まるイメージをする。
「どわあっ!」
次の瞬間、天平は地面にひっくり返っていた。
その場所は、さっきまで自分が立っていた場所から離れており、その場所には代わりに球体が浮遊していた。
「へえ! 飲み込みが早いな。センスあるんじゃねえの」
一発で能力の発動に成功した天平を見て、感心したように喬示が言う。
純礼も言葉にこそしないが、驚いている様子だ。
「しかし、特段他の寄処禍と変わりはねえな。本当に暴走なんてしたのか? 難癖つけてボコっただけなんじゃねえの」
「私をなんだと思ってるんですか?」
純礼に冷たい目で見られた喬示は肩をすくめ、椅子から立ち上がる。
「まぁ、これで確認は終わりだな。危険性は認められない。解放だ」
そう言いながら扉に向かう。
「ついてきな」
喬示に言われ、同じように扉へ向かう天平。
その後に純礼も続いた。